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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
七.五章 神谷神奈と怪盗サウス
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107.5 作戦――それぞれの――


 神奈と怪盗サウスは手を組んだ日以降、自由時間を利用して何度も密会を重ねている。ハーデス内にあるという太陽宝石(サンシャインジュエル)を盗む作戦を立てるためだ。しかし未だ作戦の大まかな骨組みが決まっていない。


 サウスは下調べをしていたもののハーデス内部に潜入してはおらず、警察機関に存在している数少ない資料を漁っただけにすぎない。それゆえ詳しい情報はなく、現状では内部調査を何よりも優先している。


 サウスが色々と調べている間、神奈は卓越した情報収集力などないのでハーデス内で普段通りの日常を送っていた。朝早くに起床して、眠そうな目をしながら朝食を食べて内職にとりかかる。そして昼食を食べてからまた内職をし、牢屋内に設置されているシャワールームであまり掻いていない汗を流す。


 シャワールームは一人しか入れないうえに防音機能などないので、物音を立てればすぐ周囲に伝わる。


 伊藤がシャワーを初めて浴びた時、出たのが冷水で「ひゃあっ!?」と悲鳴であるのに色っぽい声を出していた。それがベッドにいた神奈達全員にしっかりと聞こえており、彼女は一日中揶揄われたのである。


 神奈は伊藤とは違い、神の加護によって温度を感じないようにして乗り切った。悲鳴を上げず黙々とシャワーを浴びたことに対して、青木が興奮しながら「凄い」と連呼していた。


 シャワールームは個室になるし作戦に組み立てられないかと考えたが、神奈の頭では何も良案が思い付かない。やはり作戦を考えるのは、怪盗として場数を踏んだサウスの役目だろう。


 ハーデスに来てから十日目。

 内職の仕事も終わった神奈は不知火と螺旋階段を歩いていた。


「そういえば、この監獄って世界中から犯罪者が集められているわりには人数が少ないよな」


 神奈自身が気になっていたことである。

 ハーデスには多くの囚人が存在しているが牢屋は半分以上余っている。世界中から集めているのなら数百人はいてもいいと思ったゆえ、神奈は青木よりも先輩だという不知火に聞いてみることにした。


「そうだねえ、まあその理由は考えれば分かるんじゃないのかい? クロノスの行動を見ていればねえ」


「クロノス……まさか、殺す数が多いからか?」


 神奈はハーデスに来た当日、それも着いてすぐに一人殺されるのを目撃している。それ以降もこの十日以内に何人かがクロノスに処刑という名目で殺されており、囚人が少ないのはそれが原因だと悟る。


「クロノスにはクロノスなりのルールがあって、それに逆らったやつらは全員さよならさ」


 不知火は軽い口調で首の根本の部分を親指で切るように動かす。


「……なら、あれはいいのか?」


 神奈は六階で立ち止まって通路にいた二人を指さす。

 その二人はまだ三十代というくらいの男女であり、お互いの唇を貪るように吸いあっていた。次第に二人の体が絡まっていき、その様子は一目見ればカップルだというのが分かる。


 ハーデスでは男性と女性で建物を分けていない。

 牢屋は国ごと、性別ごとに分けているが巨大な建物に全員収監されている。そんな場所だからか、目前で絡み合うカップルを見るのは珍しくない。十日以内に見た連中には同性同士、老人同士のカップルだって見かけている。


「……当然ダメに決まってるさね。クロノスに、いや他の看守だったとしてもアウトだよ」


 不知火は気の毒そうな目を向けて階段を上っていくので、神奈もそれに付いていく。

 二人が六階を離れようとしたら偶然クロノスとすれ違う。

 カップルは彼に気付いていない。彼は裸になって交わりそうな雰囲気の男女の頭を掴み、思いっきり牢屋の鉄格子に押し付けて潰す。二人の男女はびくびくと痙攣した後に動かなくなった。


「さっきみたいなのはね、クロノスは敢えて何も言わないんだ。ああいった行為がルール違反だというのは誰もが知っているが、人間生まれ持った欲には逆らえない。いつかどこかであんな連中が出てくる。クロノスはそんな連中を殺して囚人の数を減らしているんだ。……悪魔の管理方法さね」


 大人っぽい顔を少し歪めた不知火と神奈は九階に辿り着く。

 自分達の牢屋へと向かうが、その前に神奈は不知火に太陽宝石(サンシャインジュエル)について知っていることがないか訊いておくことにした。


 牢屋に入ってからは伊藤や青木もいるので訊きづらいのだ。同じ時期に入った伊藤が何か知っているとも思えないし、不知火と比べて賢くない青木も知らないだろう。無駄に訊ねて噂になってしまっても困るので、神奈は不知火だけに訊くことにする。


「ところでさ、このハーデスには珍しい宝石があるって聞いたんだけど……何か知ってるか?」


 その問いに不知火は目を細めて「宝石?」と問い返すと少しして納得したようにニヤリと笑う。


「ああ、もしかしてここ最近彼氏とコソコソしてるのはそれが目当てかい?」


「……気付いて……って彼氏じゃない! 違うから!」


「本当かいぃ? 怪しいねえ……」


「違うって言ってんだろ!」


 春雨、つまり怪盗サウスを、今まで考えたことのない彼氏という存在にされるのは断固拒否だ。神奈は慌てて手を振りながら「違う」と連呼するが、不知火はにやけながら疑惑の視線を向ける。


「気を付けなきゃねえ。アンタは不自然なまでに周囲を気にしてた。あれじゃあこれから何かしますって表現してるようなもんさ。そういう時は自然体でいなきゃあねえ」


「ぬぐっ、そういうもんか……」


「そういうもんさ、周囲を騙すなら自分がこれから騙すってことを意識しちゃダメなんだから」


 神奈が不知火の助言を感心して聞いていると、話の論点がズレていることに気付いて話題を元に戻す。


「で? 宝石について知らないのか?」


「……さあねえ? だいたいどうして知りたがるんだい? 興味本位ならやめときな。関われば、命がないよ?」


「――神谷さんは宝石に目がない金の亡者でして。高く売れるかもと興味を持っていただけですよ」


 不知火の声が重くなったと同時、その場にもう一人別の人間の声が交じる。


「おや、噂をすればだね」


 やって来たのはサウスだ。平凡な少年にしか見えないサウスに対して、不知火はニヤニヤと笑みを浮かべながら振り向く。


「どうも、神谷さんを借りても?」


「どうぞ? アタシが決めることじゃないからねえ。それじゃあアタシは先に牢屋に戻ってるよ、密談も見つからないようにしなよ?」


 一応の許可を取ったサウスは神奈の腕を掴み、螺旋階段の方にまでグイグイと歩いて行く。困惑しながら付いていく神奈は、先程不知火と話した内容のせいでまさか告白かとアホらしい考えが頭に浮かぶ。


 螺旋階段の近くで、サウスは神奈の腕を離して口を開く。


「あの不知火という女性は信用しない方がいいよ」


「……なんでだよ」


 悪い人間ではないと思っている神奈は、サウスの言葉を聞いて眉間にシワを寄せながら理由を問う。


「不知火月代(つくよ)。十五年前、当時二十五歳で詐欺を働いたことで捕まる。人から金を騙し取り、被害額は総額二億も超えるらしい。その被害から国はハーデス行きを決定した」


 不機嫌だった神奈は表情を一気に真剣なものへと変える。


「不知火さんが詐欺師だから信じるなってことか?」


 神奈はサウスの瞳を真っすぐに見ながら問いかける。

 彼はその瞳にたじろいでしまうが頷いて返す。


「……一応考えておく」


 葛藤した神奈だが心の中では決定出来ず保留にした。


「それと新しい情報が入ったよ。この島についてだけどね、ここでは魔力が使えない。魔力に干渉出来なくなる元素をオーストラリアの研究者が発見したらしくてね。この島では実験も兼ねて大気中にばら撒いているそうだよ。君も知らぬ間に吸い込んでいるだろう」


「魔力が使えない? ほんとだ」


 神奈は手のひらを壁に向けてグッと握ったりパッと開いたりして確認する。


「……ちなみに今なにをしようとしたのかな?」


「魔力弾を撃とうとした」


「危ないよ! それがもし出てたら壁が破壊されて即処刑だよ!? 壁が壊されたら確実に看守が集まって来るんだから!」


 衝撃発言と直前まで行っていた行動にサウスは顔を至近距離まで近づけて叫ぶ。さすがに悪いと思った神奈はバツが悪そうに視線を逸らすと、先程の話題に戻す。


「あ、ああ悪かったよ……それで魔力が使えないってことはマズいのか?」


「……まだ予想の範囲内だよ。ただ〈収納〉という魔法でいくつか便利道具を持ってきてたんだけどそれが使えなくなったくらいかな。それと君の腕輪もね」


「……どこまで知ってるんだよお前」


 白黒の腕輪を指さしてそう言う目前の少年をジト目で見る。

 彼の言う通り、ハーデスに到着してから腕輪は一言も喋っていない。万能腕輪の構造など神奈には全く分からないが、それでも何かしらの魔力があって活動しているのではないかと予測を立てている。魔力への干渉を防ぐ元素で満たされた場所では、腕輪もただの装飾品になってしまうらしい。


「はぁ、知ってるなら話が早いけど……この腕輪は知能搭載魔道具(インテレクトアイテム)。まあ喋るのが取り柄の腕輪だから、使えなくなっても行動に害はないから大丈夫だ」


「そうかい? ならいいんだけど……それと明日、自由時間だ。太陽宝石を盗むための経路を確認するから遅れないでね。集合時間は昼食を食べてすぐ、場所はこの九階通路」


「了解、そっちこそ遅れんなよ」


 神奈は手をひらひらと振って自分の牢屋に戻ろうとして、ふと気づく。


「……何でついてくんだよ」


「いや、僕もこの階だからね? 忘れてない?」


 かっこよく別れようとした神奈の気持ちを見透かして、バカにしたように事実を告げるサウスは深くため息を吐いた。



 *



 神奈とサウスが話し合いをしている時、自分の牢屋に戻ると言っていた不知火は部屋を通り過ぎて行き止まりに辿り着く。立ち止まり、豊満な胸の谷間に手を突っ込むと、そこから小型の黒い長方形のタッチパネルを取り出す。


 横についていた電源ボタンを押すと、暗かった画面が一瞬で明るくなりクロノスの顔が映しだされる。


「アタシと同じ部屋の神谷、そして九十九番の牢屋にいる春雨、二人が手を組んで何かしようとしてるよ? おそらく太陽宝石が狙いだと思うね」


『ほう、あの二人か。ジャパンからも要注意だと書類が送られている。怪盗だと書いてあったが本当だったのか』


 小型の端末からクロノスの声が聞こえることで二人が会話していることが、誰かが見ていれば分かっただろう。

 小型通信端末。クロノスが何人かの囚人に渡している機械であり、それを渡された者は囚人の見張り役になる。そのことはサウスも把握出来ていないほどに隠蔽されている。


 神奈が目撃した男女の恋人がすぐに発見されたのは、その階にいたクロノスに従う囚人が知らせたことが原因だったのだ。何も知らない大半の囚人は、同室の囚人が内通者であるかもしれないことすら思い当たらない。


「一応出来る限り見張ってはおくけど、策は考えた方がいいんじゃないかい?」


『……そうだな、処罰しようにも証拠がない以上動けん。吾輩自らではなく、手駒を増やすとしようか……同室の者ならばやりやすいだろう。それではな、何かあったら知らせろ』


 ピッ! という音と共に電源が切れたことで画面がまた暗くなる。

 不知火はやれやれといった風にため息を吐き、小型通信端末を胸の谷間に戻す。


 詐欺師の才能を買われて傀儡にされたがやりたくてやっているわけではない。同じ国からやって来た数少ない仲間を売り、処刑するきっかけを作る行為には辟易(へきえき)している。……だが、いくら嫌悪しても止めれば死へと一直線。保身のためにも止めるわけにはいかない。


「さて、部屋に戻ろうかね」


 不知火は笑みを浮かべる。

 今日も不知火は、周囲だけでなく己の心すら騙して牢屋に戻る。



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