107.4 目的――サウスの狙い――
2023/09/18 文章一部修正
内職部屋は食堂と同じように、囚人全員が座れるよう席の数は膨大になっている。神奈達が座る席は完全に自由であり、同室の四人と一緒に横一列になって座った。
「それでは四時間の内職だ、頑張ってくれたまえ」
囚人たちがサボらないように見張りの役目を持っている看守が見回る中、内職の仕事が開始される。
神奈達の目の前には膨大な量の小さめの箱と、何千枚というシールが積まれていた。
シール貼り。雑貨に値札などを貼っていくだけの仕事であり、内職の中でも頭を使うことはなく、手が動くなら誰でも可能な仕事。基本的に頭の良さを期待していないので看守達はバカでも出来る仕事を選んでいる。
「想像と違うな……もっとこう、工場的なやつかと思ってた」
「そ、そうだね、これって……主婦とかがやってるやつ?」
目の前の箱とシールを見て、神奈と伊藤は口をポカンと開けて呆然としながら呟く。それが聞こえたのか看守が目を向けてくる。
「おいそこ私語は慎め!」
神奈と伊藤は看守に英語で注意されるが、そこに不知火からのフォローが入る。
「いやあすまないねえ、この子たちは昨日入ったばかりの新入りでさあ……まだ分からないことが多いんだよ……大目に見てくれないかい?」
「なに? ああそういえば昨日四人の囚人が日本から来たんだったな。仕方ない、今日は大目に見よう」
金髪の外人看守は終始英語でしか喋っておらず、神奈達には何を話しているのか分からなかった。一先ず不知火が助けてくれたことは分かるので礼を言う。
「それにしてもすごいな……英語、だよな?」
今度は注意されないように神奈は小声で話す。
「まあ、ここに長くいれば話せるようになるもんさね」
「へぇ、青木は?」
「オレは全く分からねえです」
五年以上いるのに分からないことに、青木は毛のない後頭部に手を置いてへらへらとした笑みを浮かべる。青木と不知火では年季が違うのもあるが、どう考えてもそれ以上に頭の良さが違うのが原因だと神奈は密かに思う。
四時間の内職時間はあっという間に過ぎて、神奈達はまた四人で食堂に行き食事をとる。
昼食を食べている間、神奈はハーデスに来るまでのことを思い出す。船内で怪盗サウスから受け取った紙を懐から取り出し、見られないように手で隠す。
その紙には【詳しくは明日の自由時間、十階の隅で】と綺麗な字で書かれており、自由時間というのは昼食後、つまりもうすぐだということで神奈は若干緊張しつつ昼食を食べ終わる。
伊藤達三人には用事があるとだけ言い残して、螺旋階段を一気に十階にまで駆け上がっていく。
神奈達が放り込まれた牢屋が九階であるため当然ではあるが牢屋には誰もいない。サウスがこの状況も計算していたのだとしたらと考えると、その賢さと予測に身震いする。
牢屋に挟まれた誰もいない通路を進んで行くと、最奥の牢屋に人が座り込んでいたことで慌てるが、そこに居たのはクロノスに春雨と呼ばれていた少年だった。
「やっぱり、お前がサウスなのか……?」
「……うん、正解。といっても昨日のここに来た面子の中じゃ候補は僕しかいないだろうけどね」
うっすらと青く光る髪をしている春雨は、自身が怪盗サウスだとあっさりと認めて立ち上がる。彼は神奈を手招きで中に誘ってきたので、神奈はそれに多少の疑問を抱きつつも牢屋内に入る。
「さて、何から聞きたい?」
「じゃあまず、どうしてこの場所なのかってところから質問しようかな」
「え……? なるほど、少しズレてるなあ。簡単だよ、牢屋の中は監視カメラからもっとも離れているからさ」
ハーデス内には螺旋階段に監視カメラが存在している。しかし肝心の通路と牢屋の中には監視カメラはない。なぜならハーデスには男女両方が存在するためにクロノスがプライバシーの保護を心掛けているからだ。
通路にもない理由はその壁が鉄壁といえる硬さを誇っているからである。
神奈も監視カメラの存在には気付いており、怪しまれないように螺旋階段をカメラに映らない程の速度で駆けあがってきたのだ。気付いていたからこそ、彼が語る理由には納得できる。
「じゃあ次……お前がわざとここに来たのは何が目的だ?」
「……へぇ、どうしてわざとこの場所に来たって?」
「ほとんどは勘、だけど思い出してみれば不審な点が多い。まずテレビでの報道」
神奈は人差し指を立てながら、昨日警察に捕まる前に自宅で見ていた報道を思い出す。テレビで言われていたのは【怪盗サウス、次の獲物はもう決めていると警察に予告状を出す】という情報だが、それに神奈は違和感を覚えていたのだ。
「予告状を出すなら普通は盗む宝を所有している人間に対してだ。それなのにお前は今回警察署に出した。おかしいだろ、警察署に何かがあるってわけじゃないはずだ。おそらく警察に関連した施設、つまりこのハーデスが目的だった……違うか?」
「合ってるよ、まだあるなら続けてどうぞ?」
「じゃあ二つ目」
今度は中指を立てる。
「警察に捕まる直前、お前のわざとらしい演技だ。あれどう考えても捕まりに行ってただろ……私も巻き込んでな」
「うんうん、まだあるかい?」
サウスは頷きながら続きを話すように促すと、神奈は薬指を立てる。
「三つ目、お前が船内で渡した紙。ハーデスに着く前なのに監視カメラの存在を知ってて場所を指定した。自由時間の存在も知ってて時間も指定した。これからハーデスに行くと分かってたから下調べしたな?」
「ブラボーブラボー、すごいね全部合ってるよ。でも君が聞きたいのはもっと根本的な部分だろう?」
すごいすごいと両手で拍手するサウスの瞳は、まだ言いたいことがあるだろうと問いかける。
「ああ、どうしてもこれだけが分からなかった。どうして私を協力者に選んだのかがな……!」
神奈は立てていた指を折りたたんで拳を握る。
当然の怒りだ。誰だって監獄に行くよう誘導されて投獄されたら怒って当たり前なのだから。
「メイジ学院」
サウスが口にした言葉に神奈はハッと息を呑む。
「あの日、黒い虎が暴れていた日、あのとき僕もあの場にいたんだ。関係者ってわけじゃない、上空からたまたま見つけただけだからね。言っておくけど僕だけじゃないよ、あのとき君達を見ていたのは僕の他に二人もいた。まああれが誰かは知らないけどね」
「あの時の戦いを見たから私を……?」
「うんそうだよ、今回の件は君の実力が必要だったんだ。僕の目的は何かってさっき訊いたよね? 知っての通り僕は怪盗……つまり盗むためさ」
「だからそれが分からないんだよ、このハーデスに何かあるのか?」
博物館や宝石店などならば分かるが、監獄に宝があると神奈は思えない。
「あるんだよ、このハーデスに……レアな宝石がね」
「宝石があるのか? この監獄に?」
神奈は信じられなかったが、サウスが信じさせるために情報を開示していく。
「太陽宝石。このハーデス最上階にある今回のターゲット、真っ赤な宝石さ。その宝石には特殊な力があって、太陽光を浴びせればそのエネルギーを蓄積して所有者の体に流し込むことが出来るんだ」
太陽宝石。それはトルマリンの一種のルベライトであるが、世界でたった一つしかないものだ。ハーデスは凶悪な囚人達を収監するが、厳重な管理体制だからこそ監獄という場所に保管されている。
「もちろんこれを盗み終わったら脱獄させてもらうよ。脱獄不可能なんて言われているけれど不可能を可能にするのが怪盗だって師匠が言ってたからね。そう、奇跡を起こすミラクルメイ――」
「脱獄はいいとして、私の疑いは晴れるのか?」
神奈としては脱獄などすぐにでも出来るのだ。しかし脱獄したとしてもまた警察に捕まって送られるだけだ。つまり無実だと証明出来なければ神奈はハーデスから出られない。
「ああ、それなら安心していいよ。僕に任せてくれ、一日で君の警察からの疑いは晴らすよ……宝石を盗んだらね。だいたい警察がニュースを流したって言ってたけどあんなの嘘さ。あんな短時間で、しかも証拠もないのに報道されるわけないだろう?」
「ああそうか……で、本当に出来るんだな?」
「嘘は吐かないよ、僕は奇跡を起こす側だからね。嘘も現実にするのさ」
「現実にしたらアウトだろ」
神奈は深くため息を吐いて牢屋の外に向かいながら口を開く。
「分かった、お前を手伝うよ。もうすぐ自由時間も終わるし話はまた明日だ」
「そうだね、なんなら一緒に行く?」
サウスは神奈の後を追って小走りで駆けてくる。
神奈とサウスの二人は協力関係を結び、各々の目的のために日々を過ごすことに決めた。




