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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
七.五章 神谷神奈と怪盗サウス
265/608

107.1 怪盗――怪盗サウス――

2023/09/18 文章一部修正








 太陽が出ている快晴の日。

 神奈はメイジ学院が事件により休校になってしまっているため、暇を持て余していた。そんな暇な時間で神奈は一人、リビングにあるテレビでニュース番組を視聴する。


 テレビからは「怪盗」という単語が数回も聞こえ、それと同時に画面には神奈と同じ中学生くらいの男子が映る。その男子は左目に片眼鏡(モノクル)をかけ、コスプレのように青のシルクハットとマント、そして右胸のところに下を向いている矢印の刺繍があるスーツを着用している。


「また出たのか……怪盗サウス」



 目に数本かかった黒髪を掻き上げながら画面をよく見る神奈は呟く。


 怪盗サウス。一年ほど前から突如現れた主に宝石を盗む犯罪者だ。その身体はどう見ても少年であることと、わざわざ予告状を送ってから盗みに入るというコッソリ盗む泥棒とは一線を(かく)す手口から話題を呼び、数か月という短い間にその名を日本中に轟かせた凄腕の怪盗である。


「宝石などの金になる貴重な品を盗む怪盗でしたね」


 神奈の腕には上下が白と黒に分かれる配色をした腕輪が付けられており、独り言のような呟きにその腕輪から補足情報が入る。


「こいつやっぱり子供だよなあ」


「そうですね、ネットでは色々噂されているようです。実は孤児院出身で金目の物を集めているとか、大怪盗の孫だとか、親を殺した犯罪組織が狙っている宝石を探しているとか……子供っぽい、というか実際子供なんでしょうがそのせいで根拠のない話が多いです」


「警察に捕まらない逃げ足といい大胆さといい、凄いとは思うけどな。犯罪じゃなければ尊敬だってしたかも」


 画面には【怪盗サウス、次の獲物はもう決めていると警察に予告状を出す】という情報がテロップとして出ており、神奈はよくやるなと思いながらテレビの電源を落とす。明るかった画面が暗闇になり、神奈は外へ出かける準備をする。


「どこかに出かけるんですか?」


「ああ……ってお前も聞いてただろ? 霧雨がまた発明品を作ったから見に来てほしいって頼んできただろうが」


「ああ、そうでしたねえ。霧雨さんも懲りませんね、神奈さんに見せても『すごいすごい』としか言わないのに……」


「見せられる友達が限られてるんだと……あいつの将来が心配になるよ」


 神奈は軽く必要最低限の荷物を小さな黄色の鞄にまとめて、玄関から怠そうに直射日光のもとへ出る。きちんと玄関の鍵を閉め忘れていないか確認し、日光に熱された道路の上を歩く。

 道路が熱くなっているとはいえ神奈の足にはその熱は伝わらない。神が転生時に与えた加護の力により神奈には温度の変化など感じないのだ。


 暑さのせいか人通りが少なく、幅が車一台通れるかという狭さの道路を神奈は歩く。人通りが少ない通路ゆえに何か異常があればすぐに気付く。だからすぐに神奈は自分の方に向かって走って来る一人の男に気が付いた。


「あれ? あの服装ってまさか……!」


 神奈は目を丸くして硬直するが無理もない。

 走って来るのは右胸に下向きの矢印が刺繍されている青いスーツ、それにスーツと同じ色のマントとシルクハット、更に片眼鏡というコスプレのような恰好。紛れもなく先程テレビで見ていた怪盗サウス本人だったからだ。


 サウスの後ろからは水色の制服を着ている警官二人が必死に追いかけており、追われているのが一目で分かる。物を盗む犯罪者なのだからそれにおかしなことはない。


「あっ! 助手! いいところにいたね!」


「……は?」


 サウスは涼しい顔で逃げながら、神奈に向かって気さくに、まるで元から知り合いだったかのように話しかける。それを聞いた警官達は顔を険しくさせて神奈を睨みつける。


「せっかく助けに来てくれたのは嬉しいんだけど、僕はもうダメだ……逃げきれない、せめて君だけでも……!」


「……え?」


 サウスがわざとらしく躓いて地面に倒れると、辛そうに手を神奈へと伸ばす。演技染みた行為に神奈は困惑しかない。


「追いついたぞ! 観念しろ怪盗サウス!」

「連絡! あの怪盗サウスとその助手である少女を確保します!」


 警官達が神奈とサウスに近付いて二人の腕に手錠をスチャッとかける。あまりにも自然な動きで神奈は反応が遅れ、呆然として自分の腕にかけられた手錠を見る。


「確保しました! これより本部に連行します!」


 警官が元気よくどこかに連絡しながら神奈達の腕を掴む。


「ほら、ついてこい! この極悪人が!」


「すまない、すまないね助手……! 僕が不甲斐ないばかりに君まで……!」


「……うん?」


 神奈は状況についていけずに混乱しているが、そんなものはお構いなしに警官はサウスと神奈をパトカーに乗せた。サイレンをけたましく鳴らしながらあっという間に警察本部に連れていかれる。


 パトカー内でも神奈は呆然と自身にかけられた手錠を見つめており、現在の状況に理解が追い付いていなかった。困惑している神奈の隣では、先程の辛そうな姿が嘘のように堂々とサウスが座っていた。


 警察本部。警察の本拠地とも表現できるそこでは、多くの警官が存在していることから建物も大きいが、その内部は小道の迷路のように複雑である。


 警察本部の一階最奥の部屋は取調室だ。壁の一面だけがガラス張りになっており、中の景色が全て分かるようになっている。警官はそこから犯罪者と思われる被疑者の仕草、表情、発言などの全てを把握できる。


 神奈は未だ固まっており、警官が二人がかりで腕を掴んでパイプ椅子に座らせる。向かい側には強面の警官が睨むような目をして神奈と同じ種類の椅子に腰をかけた。そのすぐ傍にはもう一人、眼鏡をかけた警官が供述調書を書く準備をしている。


 供述調書とは取り調べを受けている間に被疑者が発言した言葉を記していく物で、後に裁判などでは強力な証拠となる。


「さて、お嬢ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど……どうして怪盗の助手なんてやったんだ?」


 強面で屈強な肉体を持つ警官は優しい言葉を出しているとは思えない態度で、神奈を睨みつけながら探るように問う。尋ねられた神奈は遅すぎるがようやく状況を呑み込み、体を小刻みに震わせる。


「私が知りたいわ! なんで急に捕まってんの!?」


 震えていたのは恐怖からではなく怒りだ。

 理解が追い付かなかった状況に対して神奈は叫ぶ。


「どうして、なんて自分が一番分かってるだろう? 犯罪の手助けをしちまったからだよ」


「いや私はそんなことしてないんだよ! こんなの何かの間違いだろ!?」


 神奈には心当たりなど微塵もなく出てくるのは怒りの言葉だけだ。そんな神奈のことを反抗的と見なし、強面の警官は突然バンッと机を思いっきり手で叩く。その衝撃で机の上にあった小さなランプが床に落下して割れる。


「子供だから俺達が何もしないと思ってるならすぐにその考えを正した方がいいぞ……!」


 今まで数々の強敵を相手にしてきた神奈からすればそんな脅しは意味をなさない。目の前の警官など小指一本、いや目線だけでも殺せる。そんな相手からのただ手を机に叩きつけて音を出すだけの脅しなど、恐怖するはずもない。


「だから何もしてないって! だいたい助手って決めつけんな!」


「あのなぁ、お前の主が言ってるんだぞ? 一緒に捕まった女の子は自分の最高のパートナー。今まで数々の屋敷などに忍び込む際にアシストしてくれた優秀な助手だってな」


「だからそれがおかしいだろ! なんで私の言うことは信じないで怪盗サウスの言うことは信じるんだよ!?」


 神奈は血走った目をしながらあまりの理不尽さに叫ぶ。


「……何であの男が怪盗サウスだと? 無関係な一般人なら分かる筈がないよなあ?」


「あの服装なら一発で分かるわ!」


「失礼します」


 神奈が思わず立ち上がって意見すると、扉が静かに開いて一人の警官が入室する。何かの書類を手にしている爽やかそうな男は、強面の警官に向かって書類を差し出しながら口頭でその内容を伝える。


「その子の身柄が分かりました。名前は神谷神奈、年齢は十三。性別は女性。母親の存在が確認できないのが不思議でしたが、父親は他界しており一人暮らし。現在はメイジ学院という中学校に通学しているようです」


「ほぅ、父親が死んでいるか……天国の親父さんに申し訳ないと思わないのか?」


「うるせえ! なんで頑なに信じないんだよ!」


 神奈の父親は既に五年程前、トラックに轢かれて他界している。神奈はまさか父親も異世界転生したのかと考えているが、神奈の父親は通常通り輪廻の輪に乗り無事に別の誰かに転生している。

 しかし奇妙なことに母親のことを神奈も含めて誰も知りはしない。それに関しては神奈も不思議に思っていたのだが、父親が語らなかった以上もう知ることは出来ないのだ。


 神奈は勝手に自分のことを調べ上げられたことに苛立つが、警察だからと我慢する。しかしこうして取調べを受けているという現状に納得は出来ない。


「どうしても罪を認めないつもりか? 今頃お友達はテレビを見ているならお前が取調べを受けてるってことを知ってるだろうよ。未成年だから顔はモザイクで隠されてるがお前を知ってる人間なら分かるだろう。お友達に申し訳ないとは思わないのか?」


「だぁかぁらあ! 私はやってないってさっきから言ってんだろうが! 申し訳ないと思うべきなのは冤罪で私を捕まえてるお前ら警察だよ!」


 やっていないものはやっていない。冤罪なのだから、間違っているのだから認めるわけにはいかない。神奈が大きな声で怒鳴りながら否定すると、強面の警官は深くため息を吐き席を立ちあがる。

 席を立って扉に向かう警官に分かってくれたかとホッとする神奈に向けて、警官は扉を開けながら口を開く。


「お前の考えはよおく分かった。助手って話だし実際に犯した罪も確認できないから、罪を認めるチャンスをやったわけだが……どうしても認めないなら仕方ない」


「はぁ、ようやく分かったか」


 神奈は疲れ果てた声を出しながら席を立つが、その両腕を二人の警官が近づいてがっしりと掴み持ち上げる。

 自分の意思ではないのに体が空中へと浮かんだことで、神奈は目を丸くして「え?」と何度目か分からない困惑の声を上げた。


「これより犯罪者、神谷神奈、怪盗サウスこと春雨大樹の二名をハーデス送りにする。これは上からの命令である。直ちにハーデス行きの船に乗せるぞ」


 警官に運ばれながら神奈は〈ハーデス〉という聞きなれない単語に首を傾げる。

 白いパトカーで三時間国道を走ると、とある係留施設に辿り着く。青い海の上に船が何隻も泊まっているそこでは、奥の方に【ハーデス行き】と書いてある巨大な漆黒の船が禍々しいオーラを放っていた。


 漆黒の船の甲板(かんぱん)にある階段を降りた先に運ばれ、神奈は空いていた一つの部屋に放り込まれる。

 神奈が放り込まれた部屋の扉が閉まる。その扉は鉄格子であり、神奈は自分がいる場所は牢屋なのだと理解した。


「ここは……それよりもハーデスってなんだよ……」


「ハーデスというのはね、各国の警察が処理しきれないほどの大罪を犯した犯罪者が送られる、脱獄不可能とされている監獄だよ」


 独り言に返ってきた声に反応し、神奈は周囲を見渡すと横の壁に小さな隙間が空いているのを見つける。そこから見える青い服装の少年に神奈は見覚えがありすぎた。


「……怪盗サウス」


「やあ、無事にこの船に来てくれたようでなにより。まあ一応謝っておくよ神谷さん」


 サウスは神奈から放たれる威圧を受け流すように穏やかな笑みを浮かべる。


「お前、こうなることを予測して……! どういうつもりだ……!」


「……それは後で話そう。ひとまずは優雅に船旅といこうよ」


「……牢屋に閉じ込められている時点で優雅じゃないっての」


 神奈は部屋にある窓から、少し前まで立っていた係留施設が離れていくのを見ながら深いため息を吐いた。


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