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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
七章 神谷神奈と企業決闘
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107 加速――友達――


(……本気!? 今まで本気じゃなかったの!?)


 スピルドを覆う赤いオーラが徐々に濃くなっていく。纏っている魔力もさらに力強くなる。大気が震え、先程の衝撃で細かな欠片となって原型を留めていない舞台が宙に浮き始めた。


「始める前に言っておく。俺のこの状態は制限時間がある」


「……親切だなおい」


「これは殺し合いではない、試合だ。なるべく対等でありたいが故に欠点を教えたにすぎない」


「そりゃお気遣いどうも……じゃあ始めるか」


 とにかく神奈は様子見したいところだが、相手の力が未知数になったため先制攻撃を仕掛けて反撃の隙を与えないようにしようと考える。〈魔力加速〉による凄まじい速さで接近して、殴ろうと拳を突き出すと、スピルドはそれを紙一重で避けて反撃した。きっとそうなのだと……思う。

 速すぎて視認すら出来なかったのだ。気が付いたら神奈は殴り飛ばされていた。


 目が慣れていないのもあるだろうが速すぎる。赤いオーラを纏ってから速さが三倍くらいにはなっただろう。そこまでいかないにしても、確実に神奈の目で追えないくらいには速い。


 現状、神奈は〈魔力加速〉で一時的に速くなってるに過ぎない。素の力は上がっていないため、相手も速くなったら互角というわけではない。変化しない動体視力で見切ることは不可能だ。


「はあっ……!」


 何が起きたのか分かっていない神奈から「ぐぎゃっ!?」という悲鳴が漏れる。

 蹴り上げられたことを理解できたのは神奈が空中にいると認識したからだった。慌てて下を見てみれば赤い彗星のようにスピルドが急接近してくる。咄嗟に魔力弾を放つが、放った瞬間脇腹に衝撃が来たことでまた蹴られたことを悟る。


 空中で回転しながら吹き飛ぶので神奈は〈フライ〉で停止する。しかし停止してから〈魔力感知〉により気配を感じたので、片手で〈魔力加速〉を行い真横に滑るように高速移動。慌てて回避した神奈の視界には、今さっきまでいた場所に拳が振り下ろされている光景が映った。


(そういえばこの状態、制限時間があるとか言ってたけどどれくらいなんだ。そこまで粘れば勝てる……いや、私は待たない……制限時間が来る前に倒してやる!)


 長く戦えば戦うほど不利になる。スピルドも魔力消耗が激しいとはいえ、力の温存を考えて凌げる程温い攻撃ではない。目が慣れてもほとんど視認できない以上、神奈は短期決戦で挑むしかない。


 ――神奈は〈魔力加速〉を足で行う。

 魔力は手以外からも出せる。スピルドも全身から放出しているし、難しいことでもないので神奈にも出来る。


 加速した膝をスピルドの顔面にぶち込む。

 追撃しようとも考えたが、その前に態勢を立て直されて右拳が放たれるのを〈魔力感知〉で理解し、両腕で防御する。しかし防御しても勢いよく殴り飛ばされた。


 距離が離れないうちに神奈は空中で急停止する。

 急停止はあまりよくない。殴られた衝撃が体から抜けておらず、勢いよく壁にぶつかったような衝撃が一気に来るからだ。


 そしてまた強烈に危険な存在が真横から来る。

 戦闘中、〈魔力感知〉は相当役立つ技術だ。己の動体視力で捉えられない速度の物体も、〈魔力感知〉ならば目よりも一歩早く認識できる。本来目から伝わる情報が、見るという過程を飛ばして脳に送られるのだ。


 極限の集中で〈魔力加速〉を使用した神奈が後ろに下がると、目の前を勢いよく振り下ろされた脚が通過する。

 見えなくてもある程度は戦える。反撃はここから始まるのだ。


 神奈はスピルドが自分を見るよりも早く、魔力加速を発動してスピルドの上をとる。さらに右足を加速させて後頭部を蹴った。

 反応する前に攻撃を喰らわせる。これしか今の神奈がこの男に勝つ方法はない。


 スピルドは落下しつつ神奈の方を向いており、目を見開く。

 なぜなら神奈は既に、加速したことでスピルドの目前にいたからだ。加速した勢いそのままに両手で彼の腹を押し出して真下へ落とす。


 落雷のようにスピルドが落下して大地が砕けた。

 砂埃となって衝撃の爆風で吹き飛ぶ大地から、笑里とレイが戦えない二人を守るためにお姫様抱っこで持ち上げて逃げていく。

 神奈はそれから少し遅れてふわっと着地する。


「一、二、三」


 審判がいないので、神奈は息を切らしながらも自分でカウントを始めた。


「四、五、六」


 ピクッとスピルドの指が動く。


「七、八、九」


 スピルドは立ち上がろうとして腕に力を入れている。


「十」


 そして十秒経つと再び脱力してしまう。

 抜けた力と同じように、スピルドは覇気のない声で「……俺の負けだ」と呟いた。


「私の……勝ちだな」


 決着はついた。この勝負は神奈の勝ちだ。

 勝利したと分かると一気に気が抜ける。今まで蓄積していたダメージが一気に体に広がり、疲労と痛みで神奈は両膝をついてしまう。


 あまりに凄まじい戦闘に才華達は固まっていたが、数秒経ってようやく勝利を認識した。そして心配と嬉しさで神奈の名前を叫びながら駆け寄った。


「凄すぎるよ神奈ちゃん! ビュオってしたりブワッてなったり!」


「悔しいけど次元が違った。本当に君は凄いよ」


「笑里、レイ……才華、なんとか勝てたよ」


 勝利報告を受けた才華は「神奈さん……」と呟き、目に涙を浮かべながら歩み寄る。


「無茶しないでよ……」


 突然、才華が神奈を抱きしめた。

 いきなりの優しい抱擁に神奈は困惑する。


「あなたは強いけど……無茶ばかりする。今のあなたを見れば戦えない私からでも分かる。もう満身創痍で、後少しでも戦っていたらどうなっていたか……! どうしてそこまで、ボロボロになってまで戦えるの!」


 純粋に心配してくれていると理解した神奈は力なく笑みを浮かべた。


「……ごめん。でもさ、友達のためなら無茶だってするよ。――才華は私の親友だから」


「うん、本当に……頼りになる親友よ……!」


 しばらく才華に抱かれていると神奈の耳に怒鳴り声が届く。

 甲高い怒鳴り声は麗華が発したものだったとすぐに全員が悟る。


「何負けてんのよ! 貴方のせいで私が恥掻いたじゃない!」


 神奈は視界に入っている麗華を見て怒りが底から湧き出てくる。

 ――麗華は倒れたままのスピルドを何度も蹴っていた。

 スピルドにダメージはないが不愉快な気持ちになったのか、その整った顔立ちを歪めている。才華達も眉を顰めていい顔をしていない。


(あの女……! スピルド……助けないと……)


 助けに行こうと神奈は立ち上がり、すぐに膝から崩れ落ちて才華に支えられる。

 そんなふうにもう満足に動けない神奈をそっと地面に下ろし、険しい表情の才華が麗華へと力強く歩いて行く。


「この役立たず! 誰のおかげでこの高野麗華の運転手でいられると思っているの!?」


「止めなさい麗華さん」


「口を挿まないで! これは才華さんには関係ないわ!」


 怒りを抑えられない麗華が振り向きざまに叫んだ。


「関係ないかもしれない。でも一つだけ言いたいの……あなたは小皿のように器が小さい」


 少し意味が分からなかいので困った麗華から、一時的に怒りが抜ける。


「……何を言っているの?」


「必死になって戦っていた彼を励ましも慰めもせず、自分勝手な怒りをぶつけるなんて……自分のことしか考えていないじゃない。分かりやすく言うと人間のクズってことかしら」


「クズ? クズは無様に負けたこの男でしょう! ……でもそれに比べて神奈さんだったかしら? 思っていたよりも良い人ね、なんというか良い感じよ!」


 麗華は神奈を見ていないし褒めてもいない。

 この高野麗華という人物像がなんとなく神奈には理解できた。

 クズと呼ばれる程最低な人間なのは間違いない。そして自分より上の人間には逆らわず、なんとか取り入ろうとする下衆でもある。たった今証明された実力差で麗華は下手に出るしかなくなった。


「それで今までごめんなさいね。私も言い過ぎたわ、品がないとかそういうものではないわよね。認めるわあの人達のことを。それで今回の事を水に流して才華さん、企業決闘も終わったし私のお友達に――」


「ふざけないで」


 パンッと渇いた音が荒れた草原に響く。

 才華が麗華の頬を引っ叩いた音であった。

 ジンジンと痛む頬を押さえ、何が起きたのか理解が遅れている麗華は視線をゆっくり才華へと戻す。


「あなたは学院でも、この場でも、ずっと財力にものをいわせて周囲を見下している。思えば可哀想かもしれないわ、財力を振りかざすことでしか他人と関われないなんてね。でも同情はしない……今回みたいに他人を傷付けるのもあなたにはどうだっていいことなんでしょう?」


 中身がない、感情が籠っていない形だけの謝罪。

 そんなものは相手の怒りを増幅させるだけ。

 下手に出ても無理やり才華と友達になろうとしたのは悪手だ。

 麗華はまず自分を見直すべきだった……そして相手のことも。

 才華の表情は冷めており、怒りを通り越して呆れている。


「そんな人と友達なんてありえないわ。私が友達になりたいと思った人はちゃんと自分のしたことに責任を持てる人。……自分のろくでもない欲望のために他人へ迷惑をかけない人よ」


「わ、私は」


「……友達になるのに特別なことなんていらなかったのよ。ただ親し気に話しかけてくれれば、そこから仲良くなれたかもしれない。なのに、時間があったのに、こんな方法しかとれないあなたと友達になるなんて……一生ありえない」


 最後にそう言い放ち、才華は神奈達のもとへと戻って来る。

 麗華はその場に力なく座り込み、俯いて動かなくなる。

 ――企業決闘はこれで幕を閉じた。



 * * *



 企業決闘から数日。

 神奈は帰りに才華から『ぜっったいに病院に行って! なんなら付き添うからね!』と言われたこともあり、念のため病院で検査した。その結果あばらなど複数箇所の骨にヒビが入っていることが判明した。


 処置されたものの『絶対安静にするように』と医師から告げられているので、神奈は自宅でのんびり過ごしている。


「それで、あの女はどうなったんだ?」


 そう神奈が問いかける相手は才華だ。

 企業決闘云々に巻き込んでしまったことに罪悪感を覚えており、才華は近況報告するついでに見舞いとして果物を持ってきている。

 丁寧にメロンをカットすると、食卓に二人分置いて食べ始めた。


「……ああ、麗華さんね。彼女どうやら実の父親に見捨てられてしまったようなの」


「父親に? まさか負けたからか?」


「それもあるけど……どうやらあの勝負自体彼女の独断だったらしくてね。そのせいで会社は大混乱。スパイ騒動でクレームが届いてニュースにもなって大騒ぎ。さらに会社が一つ知らぬ間になくなっていたなんて知れば、さすがにどんな聖人でも怒るわよ」


「そら怒るわ……」


 あの企業決闘のためだけに、神奈達を才華の周囲から排除するためだけにやったことなのだ。誰かへの迷惑など考えずに実行した自業自得なので誰も同情しない。勘当するのはやりすぎな気もするが、可哀想などという言葉をかける相手ではない。


「あ、そういえばスピルドはどうしてるか分かるか?」


「あの運転手の人? それなんだけど……麗華さんを見捨ててどこかに行ったみたい。私のところに律義に謝りに来てね」


 宇宙の傭兵という自己紹介を思い出した神奈は行き先の予想はついた。もしも近くにまだいるならエクエスの墓標にでも案内しようと思っていたが、旅立ってしまったのなら仕方ない。


「そういえば伝言があったわ」


「え? スピルドから?」


「お前は戦士ではないが修行を怠るな。停滞している者は追い越されるのみ、努力をしてこそ人は輝くものだ。もしこのまま止まっていると、後悔することが起こることもあるかもしれん」


 才華はスピルドの口調を真似して伝言を伝えた。


「似てないな……」


 停滞していると後悔するのはありえるかもしれない。でも未来のことなんて誰にも分からない。努力も大事だが、戦士でもない神奈が毎日修行というのもおかしく感じる。


 この不思議な世界は良くも悪くも事件が起こる。緊急時に戦えないなんてことにならないよう備えておくことに越したことはないだろう。もっともスピルド程の強さを持っていない限り神奈が負けるなどありえない。この先も大丈夫だろうと神奈は信じている。


「じゃああと気になるのは一つか」


「まだ何かあるの?」


「会社だよ会社。そっちは混乱してないのか?」


 スパイが潜り込み情報漏洩なんて会社にとっては大事件だ。

 事態の収拾にも一苦労するはずである。


「大丈夫、結局スパイは三人だけだったみたいで……ブラフだったのよ。その三人も反省しているようだから会社に戻したわ」


「なるほどね……新製品は?」


「代表はおせちクッキー。それに企業決闘でオイシイグループを貰っちゃったから、今回の新製品は候補として試食した全てよ。とりあえず近々発売だから楽しみにしていてね」


 全てはただ得になるという少女の執着から始まった。

 誰と付き合えば得か、損か。それに拘りすぎていたからこそ麗華は失敗したのだ。やはり付き合いは気が合う者とだけでいいなと神奈は思う。どうせ気が合うなら、その者達はいつの間にか友達になっているものだから。


「遊ぶ時間が出来たら今度二人で、いえ笑里さんも入れて三人でまたどこかへ遊びに行きましょう。夢咲さん達を誘ってもいいかもしれないわね。後は、そう、メイジ学院の人とか」


「よし約束だ。絶対行くよ、私は暇だからな」


 気が合うなら自然と仲は深まるものだ――神奈達のように。








次回から新章。


腕輪「神奈さん神奈さん! なんと彼方から強さランキングTOP50を受け取りました!」


神奈「へえー、私は何位だった? スピルドは? エクエスは?」


腕輪「えーとですね……ああああああ! 私の名前が載っていないです……!」


神奈「……うん、まあ当たり前だろ」



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