106 傭兵――その男は強すぎた――
2023/09/16 文章を一部修正
「まずは小手調べ、といったところか」
スピルドは拳をかなりの速さで繰り出してきたので、慌てて神奈は右に避ける。それに続いて足で蹴ろうとしたので蹴り同士で相殺する。
「少しはやるな」
力をぶつけながら褒められても嬉しくないが、神奈は「どうも」と一応返しておく。
「じゃあ次はもっと速くいくぞ」
「いやまっ!?」
考える余裕が神奈にはなくなった。全力で動かなければ躱せない、スピルドは想像以上に強かった。いや強いことは確かなのだが、戦闘を繰り広げているうちに神奈は手加減されているのを感じ取る。
スピルドは本気でないのに、神奈は本気を出した拳と脚で応戦し接戦を繰り広げている。一度ぶつかるごとに衝撃波と轟音が周囲数キロの範囲にまで届いた。
「なっ、これほどだったなんて」
「うそっ、よく見えないよ!」
「神奈さん……」
「見えない……あの男はあれほど強かったの?」
徐々にだが、スピルドの速度が上がっている。
神奈の出す速度は変わらないのに彼だけが上がっている。
速度が上昇していることで神奈の防御を抜けて腹部に一撃がめり込む。
口から「がぼっ!」という声と少量の唾が吐き出された。
痛みに耐えつつ神奈は右拳を前に突き出す。
当然の如く避けられるがそれは想定済みであり、その避ける方向を予測して左手で魔力弾を放つ。だがスピルドはそれすら体を捻って躱し、神奈の顔面に拳を叩き込んできた。
躱された魔力弾は遠くの山ごと爆発し、強い爆風が一帯に吹き荒れる。
舞台端ギリギリにまで殴り飛ばされた神奈は転がって膝を付く。
立とうとしても視界がぐらついて安定しない。一度転びそうになったのを何とか耐えた神奈に「この程度か……」と落胆の声が聞こえてくる。
「エクエスを倒したとは真実なのか疑わしいな。俺は数年前エクエスに惨敗した。それから修行を積み当時のエクエスの実力は超えたと確信している。……だが同等かそれ以上の強さを持つお前が弱いと感じるのはなぜだ」
「……お前が強くなりすぎたんだろ」
「それもあるが戦っていて感じた。お前は戦士ではない、修行もしないから力も変動しない。停滞している者などいつか追い越されるだけだと知れ。俺が殺意を持っていたらお前は何度死んでいると思う?」
視界から消えたスピルドが神奈の背後に現れて背中を押してきた。体勢を崩した神奈の足が払われて再び無様に倒れる。
戦士でないなど当たり前だ。
あくまでも神奈は魔法を求めて転生した一般人。肉体の修行をしていたのは魔法を求めていた頃だ。転生してからは修行などあまりしておらず、せいぜい魔力の扱いが上手くなった程度。身体能力に関しては全く向上させていない。
神奈は戦いが好きではない。だから好き好んで強くなったわけではないし、今までだって負けられない戦いだったから必死に頑張ってきた。
「……負けっぱなしってのは悔しいからな、私も精一杯戦うさ」
舞台外で才華達が神奈の名を呼んで応援している。それを見て神奈は手足に力を込めて、よろけながらも立ち上がる。
「それに今回も負けられない戦いだしな」
「友人と別れるだけだろう?」
「それってさ、私にとっては世界の危機と同じくらい重要なことなんだよ。だから負けたくないと思うのは当然だ……意地でもお前を倒す」
「ではやってみるといい」
神奈はスピルドに突っ込む。当然無策ではなく、握った左手にはいくつもの極小魔力弾を予め成形していた。
いくつもの極小魔力弾を「喰らえ!」と叫び投げつける。
それらは手から離れた瞬間、人間大の大きさにまで巨大化してスピルドへ向かう。
多少驚いて目を丸くしたスピルドだが圧倒的速度で全て躱した。しかし速すぎてよく見えていなかろうと、どこに避けるのかは想定済みである。
「後ろががら空きだ」
「そうさせたからな!」
神奈はわざと逃げ場を自分の背後だけにした。どれだけ速くても動きを予測してしまえば実力差をカバー出来る。
確実に当てるつもりで回し蹴りを放つが――スピルドは神奈の足の上に乗ることで躱した。
「冗談だろ……」
虚を突いた。動揺もしていた。それでも尚そんな避け方が出来る程に速度の差があるなど笑えない。
神奈が足を下ろす前に、スピルドはその足を踏み台にして跳び上がった。それで神奈は態勢を崩して転びそうになる。
完全な隙を作ってしまった神奈は、背後から強烈に嫌な気配がしたので咄嗟に魔力障壁を張るとすぐに割れた。
スピルドはたった一撃とはいえ蹴りを防御されたことに「……ほう」と呟く。
(おそらく蹴りか何かで攻撃したんだろうけど……張ってよかった、間に合ってよかった、おかげで次の攻撃準備が整った! 強い一般人をなめたら痛い目みるぜ!)
背後にいることを神奈は魔力感知で把握してから、魔力を光線にして放つ。
いちいち振り向かなくてもいい。遠距離攻撃方法があるのだから場所さえ分かればいい。
魔力光線が、目を剥いたスピルドの左肩に当たって「ぐっ」という呻き声が漏れる。心臓辺りを狙ったにもかかわらず左肩に当たったのは、驚きながらも躱そうと体を動かしていたからだ。
初めてまともに攻撃が当たったことに神奈は歓喜する。
動きの予測、魔力感知、魔力弾の三つがなければまともに戦えてすらいなかっただろう。今まで好き好んで戦っていたわけではないが戦いは経験となり、神奈を成長させている。
神奈は追撃をしようと、振り向きざまにスピルドへ向かって魔力弾を複数放つ。それらは全て躱されて腹部に膝蹴りがめり込む。
――だがその膝を抱きつく形で捕まえる。
「おぐっ……つーかまえたあ」
捕まえてしまえば相手がいくら速かろうと関係ない。
「……離せ」
スピルドは神奈の顔に何十発も打撃を浴びせるがもう遅い。
痛みに耐えながら神奈は魔力弾を零距離で放つ。
彼が顔を歪めながらも魔力弾の爆発地帯から膝を抜こうとする間も、神奈は休まず魔力弾を放ち続ける。しかしこめかみを殴られたことにより、思わず手を放してしまい抜けられた。
「訂正しよう、お前は弱くはない。工夫して勝つのもいいだろう。……だが結局重要なのは実力のみだ」
両者ダメージを相当喰らったが、その中でもスピルドの右脚は血塗れでかなりの損傷具合。これで速度は半減して戦える――とはならない。
警戒しつつ殴りかかる神奈は逆に殴られた。普通に速いままである。
そして連続で蹴りを合わせたコンボを喰らって、気が付けば神奈は場外に落ちそうになっていた。
「終わりだ」
場外に落ちそうな状態から神奈は飛行魔法〈フライ〉を使用。
空中へと浮かぶことで態勢を立て直し、スピルドから高速で蹴りを放たれたが身を捻ってなんとか避ける。一度距離をとろうと舞台の中心辺りに飛んで行くが、突然上からの衝撃で叩き落とされる。舞台全体に大きな蜘蛛の巣状の亀裂が入った。
すぐに神奈は立ち上がる……が、すぐに顔面を殴られてふらつく。
力は同程度でも速度が違いすぎる。こんな相手に対抗するにはどうすればいいのか、腕輪に訊きたい気持ちもあるが神奈には喋る余裕がない。たまには状況を打開する方法を自分で考えなくてはと思い頭を働かせる。
戦いながらその方法を考える。その分戦闘に集中できず余計に攻撃を喰らうが、どの道このままでは負けるのだ。それならばこうやって頭に力を回した方が良い。
(何かないか!? 時間は少ない、私がやられる前に! 大きな魔力弾、ダメだ躱される未来しか見えない。超魔激烈拳、躱されたら終わりだ。エクエスと同じようにクソ魔法で困惑、いや発動の隙がない。ああもうなんでもいいから思いつけよ私の頭!)
願い玉の件から徐々に思い出していく。
そして神奈の脳裏にある男の姿がよぎった。
『風の使い道は攻撃だけではない、加速にも使える』
エクエスは竜巻を放出して速度を上げていた。もし神奈にも似たようなことができるのなら状況はひっくり返るだろう。試してみる価値はある。
とにかくまずはスピルドを引き離さなければならない。神奈は体を回転させて魔力弾を適当にばら撒く。スピルドは警戒してそれを躱しながら後ろに下がった。
「魔力……加速」
神奈の魔力量は多いが、属性適性がないために魔法の威力は低い。ゆえに加速するにも風や炎を出しただけでは足りない。
どうすればいいのか必死に考えた神奈は境地に辿り着く。
魔力をそのまま放出すればいいのだ。
魔力弾などにするのではなく、本当に形を持たせないで魔力を放出するのだ。そうして放出した魔力の反動で体を押し出して無理矢理加速する。
当然、ただ放出しただけでは加速というほど上昇しない。
イメージするのは魔力光線の形なしバージョン。
魔力を手のひらに集中させ、一気に放つことで加速する。
これこそ神奈が編み出したオリジナル魔力応用技術。
魔力を形にしないで勢いよく後方に放出すると――見えた景色は昼だというのに真っ暗な空。いや空というか宇宙に行きそうになっていた。
慌てた神奈が前方に魔力を放出するとなんとか止まった。
結果だけを見れば成功だが制御が難しすぎる。
後方に放出したはずなのに余りの勢いで手の方向がずれてしまったのだ。圧倒的魔力を放出したせいなので神奈以外がやればそうはならないが、神奈が実践で使用するなら小さめに放出するしかない。
さっきよりも小さめに放出するとなんとか制御出来たので神奈は舞台に下りる。
下りたといってもかなりの速度で着地したため、衝撃が周囲に行き渡り地震が起こった。さらに舞台も粉々に消し飛ぶ。
「お前……今、何をした?」
「ちょっと空中を旅行しに。……安心しろよ、お前に勝てる手段が出来たから」
「……ようやく面白くなってきたな」
「そうか、ならもっと面白くしてやるよ」
神奈は魔力加速を使い、スピルドが反応出来ない速度で顔面をぶん殴った。
勢いよく吹き飛んだスピルドは場外に出ないよう堪える。その目は驚愕で見開かれ、同時に口元は少しにやけている。
「俺が反応出来なかった……これだ! 俺はこういう戦いを求めていた! 神谷神奈、エクエスを倒した少女よ! 俺はお前と戦えたことを嬉しく思う。俺の修行も意味があったものだった!」
「そうか、まあ私も今回の収穫はあったから良かったよ。……これで少しはあの化け物大賢者との距離も縮まるといいんだけど」
「何か言ったか? まあいい、俺もここから本気を出す!」
魔力を高めたスピルドの体を――赤いオーラが覆い始めた。




