101.1 黄泉川三子メイド挑戦伝 前編
2023/09/09 割り込み投稿
黄泉川三子は悩んでいた。
現在、藤原家に居候中の三子は何一つ不自由のない暮らしをしている。
良いことなのは確かだが不自由がなさすぎる。欲しい物はすぐ買ってもらえるし、毎日三食の料理は三つ星レストランのシェフも驚愕する味。学校にも行くことなく一日を寝て過ごしても文句一つ言われない。
不自由が欲しいわけではないし不満もない。
ただ、現状の暮らしを続けていると恩は何一つ返せないだろう。
養子として引き取ってくれた藤原夫妻にも、それを提案してくれた才華にも、罪を犯し続けようとした自分を救ってくれた笑里にも未だ恩を返せていない。
悩みというのはそのことだ。
何かしろと言われたわけではないが、個人的に何かしたいと思っている。
何をするか決めるため、同じ居候の身である先輩の部屋を訪ねた。
藤原家には三子の他にも居候が複数いる。もっとも人間ではなく妖怪という種族であり、猫又と妖狐の二匹が相談相手に適切なのかは疑問だが。
二匹と話をした結果、藤原家のために働くという結論が出た。
「……そうだ。メイドになろう!」
藤原家には多くの使用人がいるが一人増えても困らないだろう。
人手が増えれば使用人達も助かるはずだ。
そう考えた三子は早速、藤原夫妻へと相談しに向かった。
* * *
広すぎる豪邸の庭を神奈と笑里が歩く。
現在、神奈達は藤原家へとやって来ていた。
遊びに来たわけではない。詳しい事情は不明だが才華から呼び出されたのだ。
最近は多忙の身の彼女が神奈達を自宅へ誘うのは、それ相応の理由があると見ていい。少なくとも無料トークアプリで遊びに誘うような文面ではなかった。
「才華ちゃん、何の用なんだろうねー」
「さあな。またオシャレがどうとか?」
豪邸の玄関前では才華が待っている。
神奈達に気付いた彼女は薄く笑う。
「来てくれたわね神奈さん、笑里さん」
「まあ誘われたしな。で? 何かあったのか?」
「まず中に入りましょう。話はそれからよ」
言われた通りに神奈達は家の中に入る。
普段通りに豪華な内装。玄関の近くで列になって出迎える使用人。
何も特別なことはない……と、思ったのは勘違いであった。
「ようこそおいでくださいました神谷様、秋野様」
そんな使用人達の出迎え台詞に遅れて同じ台詞を告げる少女が一人。
黒髪おさげの少女、黄泉川三子が使用人達の中心にいたのだ。
驚きで目を丸くする神奈達は言葉を発せない。
「……と、まあ、こういう訳」
「どういう訳?」
さすがに才華の言葉が足りなすぎて神奈はつっこんでしまった。
詳しい事情を聞くために才華の部屋へ移動する。
無駄に広く、装飾品が豪華な部屋に来た神奈達は事情を聞かされる。
三子がいきなり使用人になる許可を藤原堂一郎に求め、許可された彼女が見習いとして現在働いているとのこと。それだけ聞けば『偉いね』で話は終わるのだが事はそう簡単な話ではない。
「……つまり、黄泉川がメイドになろうとしたけどポンコツだったってわけね」
「そういう訳よ」
話によれば使用人として未熟どころではない。
皿洗い中に皿を割る。掃除中に壺を割る。ガーデニングで花を枯らす。その他多くのミスを重ねてしまう三子を才華は心配に思っている。藤原家の使用人達といえば使用人として超一流なので、一員に認めてもらうのは難易度が高すぎる。
「三子ちゃん凄いね! メイドさんになるんだ!」
「うんそうなの笑里さん! 私、メイドになるの!」
使用人にしては気安い口調で三子が嬉しそうに話す。
「使用人はお客様に敬語よ。あと、お客様が来たら飲み物とお菓子」
「あ、そうでした。申し訳ありません。すぐ持って来ますので」
神奈が藤原家に遊びに来た時は確かにすぐ飲み物と菓子が用意されていた。
まだ用意されていないのに気付き、元から今日は三子に用意させるつもりだったのだと理解した。現在研修中らしき彼女が働くのに、ある程度仲が良好な神奈達はいい練習台となる。
部屋を出て行った三子がしばらくして戻って来た。
ホテルで使われているようなカートに機械が乗っている。その機械からは噴水のようにチョコレートが流れており、下に溜まったものを汲み上げて再び上から流す。
「お待たせしました。チョコレートファウンテンです」
「すげえの持って来やがったあああああ!」
チョコレートファウンテンとは、生クリームを加えて溶かしたチョコレートを噴水状に流す機械。家庭でも扱える器具が販売されているとはいえ、友達に出す最初の飲み物にするのはおかしい。……というか溶けていてもチョコレートは飲み物ではない。
部屋では笑里だけが嬉しそうにチョコレートを見つめている。
「三子さん、それはパーティーで使う物だからね」
「え、あの、申し訳ありません! 違う飲み物を持って来ますので!」
「あれ飲み物のジャンルに入るのかよ」
再び出て行った三子が戻る。
今度カートに乗っているのは先程と同じ形状だが、流れている物が違う。
「お待たせしました。チーズファウンテンです」
「チョコがチーズになっただけじゃん!」
「……三子さん、ジュースを持ってきてちょうだい」
「あ、はい、すぐに!」
出て行く三子の背を見つめて残念そうに「あああ」と笑里だけが呟いた。
チョコレートもチーズも彼女達の中では飲み物に分類されているらしい。
二度も同じ流れを繰り返したし、一般的なのはチョコレートとチーズなのでさすがに同じ機械を持って来ることはないだろう。今度こそまともな飲み物が出ると神奈は信じている。
しばらくして戻って来た三子はトレイにグラスを三つ乗せていた。
「お待たせしました。お菓子と飲み物です」
やっとまともな飲み物が来た……と思ったのも束の間。よく見ればグラスに入っているのは黒く濁った液体。コーラにしては色が薄いし悪臭が漂っている。
「……何これ」
「ほえー、凄い色のジュースだね。才華ちゃんの家にはこんなのあるんだ」
「見たことないわよこんな色の飲み物。三子さん、何なのこれは」
「少しでも美味しい物をお出ししたかったので、コーラやメロンソーダなど色々混ぜてみました。美味しい飲み物を混ぜたらもっと美味しくなると思いましたので」
「混ぜなくていいのよ! コーラだけでいいのよ!」
もはやわざとふざけているのではと疑いたくなる。
ジュースを混ぜるなんて友達同士が遊びでやる、もしくは罰ゲームでやるものだ。三子は一応友達だが今やるべきではない。ずっと独りだったからか、他人と関わる時におかしな行動を取る時がある。
「いただきまーす」
もっとおかしいのは、明らかに不味そうなものを飲もうとしている阿呆だ。
「ちょっ、笑里さん待って」
「うええええ、不味いよお」
「当たり前だろ。何で美味しいと思ったんだよ」
咽せて涙目になる阿呆は置いておき、神奈はもう一度トレイに目をやる。
トレイにはグラスの他に菓子も乗っていた。
前世では〈うま○棒〉という品名だった〈オイCスティック〉だ。
十円という安さとスナック菓子としての美味しさが人気の商品。
嫌いではないが藤原家で出す菓子としてはダメな気がする。神奈達は気にしないが、もし余所の令嬢や社長などに出したら性格の悪い人間は嫌な顔をするだろう。
「あ、そうだ。禁術〈万物改造〉!」
「何をっ!?」
良いことを思い付いたとばかりに三子が謎ドリンクへと究極魔法を使う。
謎ドリンクが輝きを放ち……何も起こらなかった。
「……何したの?」
「せめて味は良くしようと思いまして、味をコーラそのものに作り変えました」
「本当だ! 美味しい!」
「最初からコーラを用意すればよかったのに……」
「なんつーしょうもないことで禁術使ってんだよ」
禁断の魔導書は現在神音が所持している。魔導書は使用者を補助するだけなので使えるが、補助なしだと魔力消費が増大する。
使えるのは驚きだが、世界で禁じられた能力を振るえる禁術は本来軽々しく使ってはいけない。誰がどんな気持ちで魔導書を作ったか知らないが、飲み物の味を変えるために使われるなど禁術を作った者がさすがに可哀想だ。
「さて、もう三子さんのポンコツっぷりは理解してくれたかしら」
「使用人に向いてないとは思う」
「今日神奈さんと笑里さんを呼んだのはね、三子さんの練習相手になってほしいからなの。他のお客さん相手で練習するのは問題になってしまうから。お願いできないかしら」
才華は使用人になるのを諦めさせるつもりがないらしい。
今までのポンコツっぷりを見たら不安になるが、基本は何でも練習すれば上達するもの。練習さえすれば使用人の一員として働けるようになるはずだ。プロ級の腕前になるまで付き合うのは面倒だが、今日一日程度なら付き合っていいと神奈は思う。
「三子ちゃんのためなら喜んで手伝うよ!」
「ま、私も暇だし練習相手になってやるよ」
メイジ学院はまだ修繕中なので時間は持て余すほどある。
笑里と仲が良い三子のために何かしてやれるなら神奈も手伝うと決めた。
「ありがとう二人共、助かるわ。私も手伝いたいけどあまり時間がなくてね。今日もこれから会社の手伝いがあるから私出掛けるわね。二人に任せっきりになってしまうけどごめんなさい」
そう言って才華は立ち上がる。
「いいっていいって」
「うん、私に任せてよ! 私が三子ちゃんを立派なメイドにしてみせる!」
神奈達の言葉を聞いて静かに笑みを浮かべた才華は部屋を出る。
彼女に比べれば神奈達など暇人のようなもの。……いや、ニートのようなもの。
少しでも彼女の力になれるなら、神奈は出来る限りのことをするつもりだ。
「……でも手伝うって何すればいいんだ?」
多忙な才華に代わり三子の練習相手になると決めたはいいが方法が思い付かない。
三子のポンコツっぷりは理解したが、どうやって改善するかが問題だ。
「メイドといえば料理じゃないかな。美味しい料理を作れてこそ一流のメイドだよ」
「料理を作れるメイドは普通のメイドだろ。ま、一応やってみろよ黄泉川」
「うん、やってみる!」
「言葉遣い戻ってんぞ」
藤原家ではプロの料理人を雇っているため、使用人が料理することはあまりない。それでも緊急の際は使用人が料理することもあるので上手な方がいい。まだ三子の料理の実力は知らないがどうせ大したことないだろう。
三子は料理を作りに厨房へと向かう。
彼女が作っている間、神奈達は部屋で待つことにする。
厨房で見守ってもいいが最初は彼女の純粋な実力を楽しみにしたい……のもあるが、先程の飲み物のくだりでつっこみ疲れたためしばらく休みたいのだ。もし彼女が料理下手だったら厨房だと休めない。
待つ間は笑里と世間話やゲームをして遊ぶので時間経過は早い。
あっという間に――二時間が経過した。
「……遅いな黄泉川」
「よっぽど手の込んだ料理を作っているんだよ、きっと」
「ならいいけど、そろそろお腹空いてきたし何か食べたいな」
時刻は十二時に近い、昼食には丁度いい時間。
神奈は今朝に塩むすびを三個しか食べていないので空腹である。
魔法少女ゴリキュアのコラボ商品であれば塩むすび以外も食べたのだが、残念ながらコラボは塩むすび限定。買うとゴリキュアシールが一枚付いてくる。三個も買ったのはどこかに貼る用、鑑賞用、布教用で必要だったからだ。
「――お待たせしました」
部屋の扉を三子が開けた。
先程も使われたカートに見たことがある金属の覆いが乗っている。
食べ物の温かさや鮮度を保つために皿に被せるものだ。
主に西洋料理で用いるそれの名はクローシュ。
「お、おお、何か凄そうな料理が出そうな予感」
「良い匂いするううう」
真剣な顔で三子はクローシュを持ち上げる。
「本日のお料理、カプラメーンでございます」
皿の上に乗っているのは神奈がよく食べているものだった。
厚い紙コップの容器が皿の上に乗っており、容器には【CUPRAMEN】と大きく描かれている。どこからどう見てもそれはカップラーメン。しかも神奈が一番好きな醤油味。半分ほど蓋が開いている容器からは良い匂いが漏れて、空中を漂う。
「いや、いやいやいやカップラーメンじゃん! 何がカプラメーンだ、かっこつけた名前にしやがって! てか二時間も待たせて出すのがインスタント食品!?」
「あ、シーフード味の方が好みでしたか?」
「醤油味が一番好きだよ……って論点そこじゃない! 味の問題じゃないんだわ!」
問題は味ではなくインスタントなラーメンを提供したことである。
料理を作りに行ってから三分なら納得は出来る。しかし、三子が厨房に行ってからもう二時間弱。出て来たのが小学生でも作れるものならキレても仕方ない。
笑里が割り箸を割り、麺を掴み、音を立てて啜る。
余程空腹だったらしくコメントすることなく食べた彼女には満面の笑みが浮かぶ。
「美味しい! うそ、三子ちゃんって天才!?」
「天才はカップラーメンを開発した人な! こいつはお湯を注いだだけだ!」
三子がやったことなどお湯を注いで三分待っただけ。
カップラーメンはメイドになりたいと言う人間が作る料理ではない。……というか作ったのは食品会社なので彼女は作っていない。作れる料理はカップラーメンと言う人間と彼女は同レベルだ。
カップラーメンは確かに美味しいが庶民向けだろう。
藤原家の人間や客人に出したら確実に怒られる。
「禁術〈万物改造〉」
三子が神奈のカップラーメンに手を翳して魔法を使用した。
「おい何した。私のカップ麺に何しやがった」
「ふ、不満そうだったので味を変えてみました」
「はあ!? 余計なことしやがって、醤油味は好きだってさっき言っただろ。そんで何味に変えたわけ?」
「食べてみての、お、た、の、し、み」
「何言ってんだお前」
ふざけているとしか思えない三子を睨む神奈は仕方なくカップラーメンを食べる。
醤油味でなくなったのは確実なため神奈はシーフード味を望む。
醤油と同じく王道のシーフード味は魚介の旨味が染みたスープが美味い。
魔法でそこまで再現出来ているかは不明だが味を堪能して――噴き出した。
「ぶふうううううう! 何じゃこりゃあああああああ!」
「うわ、神奈ちゃん汚いよ……」
麺とスープを噴いた方向に笑里がいたため神奈は「ごめん」と謝る。
被害者に謝罪した後はすぐに元凶を睨みつけた。
「ねえ何してくれてんの? コーラ味に変えるとか馬鹿なの? 醤油とコーラが似てるのは色だけなんだよ、味は全然似てねえんだよ。炭酸も入ってないんだよ」
「申し訳ありません。コーラは好きだと思いまして」
「コーラは好きだけど、コーラ味のカップ麺は好きじゃない」
どんな食材にも相応しい味がある。
とりあえず一つ言えるのはカップラーメンにコーラ味は相応しくない。
「神奈さん神奈さん、ここはどうやら私の出番のようですね」
白黒の腕輪が喋る。
「お前の出番はない」
「ふっふっふ、邪険に扱えるのも今のうちです。こんな時に役立つ魔法を神奈さんに伝授しましょう。その名も〈アジヘン〉! 触れた物の味を変えることが出来る魔法です! 騙されたと思って使ってみてください!」
コーラ味のままでも食べられなくはないが食べたくない。
嫌な思いをしながら食べるくらいならいっそ、再び魔法で味を変えるのもいいだろう。コーラより変な味になることはないと信じて、魔法を使う決意を固める。
「……〈アジヘン〉」
触れて魔法を唱えたことでカップラーメンの味が変わったはずだ。
コーラ味からまともな味に変わっていれば何でもいい。
信じて口へと運んだ結果――思いっきり噴き出した。
「ぶふううううううううううう! 何じゃこりゃああああああ!」
「言い忘れましたがこの魔法には欠点がありましてね。味がランダムに変わるうえ、美味しい味になる確率は三パーセントです。今回は運がなかったですね」
「ソシャゲのガチャかよ! 二度と使うかこんな魔法!」
カップラーメンの味は確かに変わっていた。コーラではなくなっていた。
いったい何味になったのか神奈にもよく分からないが不味い。カップラーメンとしてありえないくらい不味い。何味なのか腕輪に訊いたところ結果が判明する。
今変化した味は――腐った卵味。
他に変わる味は九十九種類。中には草や土、鼻クソ味なんてものもある。
味は百種類もあるため食べたい味に変化する確率は一パーセント。
ソーシャルゲームのガチャよりいくらかマシだがあまりに酷い。
これなら最初から美味しい物を用意した方が得策。
カップラーメンには絶対使わない方がいい。
「神奈ちゃん、それ残すの? 私が食べてあげる」
「え、いや、止めた方が」
腐った卵味のカップラーメンなんて一口も食べたくないし、フードファイターですら拒否するだろう。笑里が食べるのを止めようとしたが、彼女は止まらずに麺を口へと運ぶ。
「おげえええええええええええ!」
「だから止めろって言ったのに!」




