96.5 過去――守りたいモノ――
2023/08/12 一人称から三人称一元視点に変更
グラヴィーは孤独だった。
両親は早死にして顔も憶えていない。
自分の名前すら、周囲から呼ばれている名前をそのまま使っているだけ。
食べ物も、住む場所も、人から奪って暮らす。
惑星トルバは、弱者が存在する価値はないとまで言われる弱肉強食の世界。
弱者だから奪われる。弱者は一生強者に搾取されるだけの存在だ。
そんな弱肉強食の世界でグラヴィーのお気に入りの場所は図書館である。
トルバにはあまり娯楽の施設がない。戦闘を娯楽としている者が多い中、図書館を利用する者はほぼいないので静かな場所だ。何よりも好きな場所であり、毎日のように入り浸っていた。
ある日、グラヴィーは同年代くらいの少年と出会う。
「なあ、お前名前は?」
図書館で本を読んでいた時、突然そう言われて横を振り向くと活発そうな少年がいた。グラヴィーは無視は悪いと思い名前を答えると、少年も名乗る。
「ふーん、俺様はバルト! お前今日から俺様の家来な! 俺は王子だからな、偉いんだ!」
無視したら悪いと思う気持ちなどすぐ吹き飛んだ。
生意気な少年バルトの自己紹介が事実なら王子、王族。
トルバにおいて王族は特別な存在。
基本住民は侵略が仕事。どんなに幼い子供でも仕事が与えられればその星に行くしかない。しかし王族は例外だ。王族だけは自分で好きな時に侵略が出来る。生きるためではなく娯楽として、自由にやれる。
「はあ? 偉そうに」
「偉そうじゃない、偉いんだ!」
「偉いのはお前の親だろ。お前自身は僕と何も変わらないガキじゃないか」
「うるさい!」
「うぐっ!?」
正論を言ったせいか殴り飛ばされて床に倒れる。
図書館にいると忘れかけてしまうがここは弱肉強食の世界。
強者だけが自由に生きられる。グラヴィーは起き上がって反撃した。
「そりゃ!」
「うわっ!? 王子の俺様に反撃? 生意気だぞお前!」
王子の名は伊達ではない。王族は特に力が強い、魔力という力を扱えるのはこの国では当たり前だが、王族は魔力がとんでもなく大きい。一般戦士と王族では大きな差があるのが普通だ。
結局、グラヴィーは負けた。服をボロボロにされ、頬を腫らし、痣を作った。
――それからグラヴィーはバルトの言いなりになった。
手に入れた面白そうな本も、美味しいと感じた食べ物も全てが奪われる。
グラヴィーは弱者に成り下がったのだ。だから仕方がない。今はまだ勝てないからいつか勝てるまで大人しくした方がいい。そう思っていても、反逆の意思を感じるのかバルトはちょっとしたことでグラヴィーを殴る。
少し前まで強者側にいた人間とは思えない日常。
自分が弱者側に落とされて、初めて奪われる人間の気持ちを理解した。
今までやってきたことに後悔はないが、もうむやみに他者から奪うのは止めることにした。
侵略関係で知り合った少年、ディストに現状を相談したが返事は残酷。
自分が弱いと嘆くグラヴィーに彼は「十分に強いだろう」と言う。奴隷の日々をどうにかしたいと悩みを零せば「無理さ。王族に勝てる者などエクエスやレイくらいだ」と言う。
エクエスの名はよく聞く。王族よりも強く、化け物と呼ばれている男。
「僕にもそれだけの力があったらバルトに再び歯向かえるのかな」
「立ち向かうには力以外にも必要なものがあるんじゃないのか? まあそれが何にしろ敗者は勝者に従うしかない。それが全てだがな」
「それは……分かってる」
ディストの言う通り、グラヴィーがバルトに歯向かうには力以外の何かが足りない。力は正直限界を感じている。唯一バルトよりも上の知識力は喧嘩に役立たない。
悪魔のような男へ立ち向かうのに必要なものとはいったい何なのか。
「ニューッ!」
ディストに相談した日の帰り道、本で見たことのある動物が鳴いていた。
尖った耳、つぶらな瞳、白く小さな体。惑星ヌーでペットとして親しまれている動物、ニュコだ。誰かのペットかとも思ったが首輪も名札もない。誰かの宇宙船に潜り込み、トルバへやって来てしまったのだと悟る。
「飼うか。ペット」
可愛らしい外見に誘惑されたグラヴィーはニュコを飼うことにした。
侵略で得た金は余っているので食費などは問題ない。何にも使わないで貯め込むより、ペット代に使った方が経済も回る。戦い疲れたら可愛らしい外見で癒やしてくれるだろう。
――ニュコを飼ってから一ヶ月程が経過。
家族としてニュコとの仲は深まり、バルトもなぜか現れない平和な日々が続いた。
ニュコは懐いているが時々腕を軽く引っかいてくる。そんなところもまあ可愛いものだ。基本家で自由にさせているが、落ちているものを食べてしまうのでヒヤヒヤすることもある。
ある日、グラヴィーは夜に仕事へと出掛けた。
侵略の仕事は嫌いだがやらなければ生きられない。
ニュコの餌代もあるし、なるべく高収入の仕事を選びニュコの為に数日で終わらせている。寂しくないように早く帰るのはニュコのためだが、実際のところ自分のためでもあった。会えなくて寂しいのはペットだけではない。
帰り道に高級ニュットフードを買い、まっすぐに家に向かう。
大好物を持って帰り、喜ぶ顔が思い浮かぶ。
家に到着したグラヴィーが笑いながら扉を開けると体が硬直した。
「……何だこれ。幻覚、か?」
家に帰り真っ先に目にした光景を現実と思いたくない。
バルトがニュコの首を持ち立っていた。ニュコの腹からは血が出ていて、体は力が入っておらずグッタリしている。グラヴィーが青褪めた顔で唖然としていると、バルトは笑って以前のように声を掛けてきた。
「よっ! ようやく帰って来たのかよ! あんな星に数日もかかっているようじゃまだまだだな」
「そ、それ」
「おう! お前の家にいたからよ、退屈凌ぎに遊んでた!」
バルトは嗤う。
「ダメだぜえ戦利品とはいえ生かしておいたらよお。まあ弱者を甚振るのは楽しいし気持ちは分かるけどな! どうする? 死体でも楽しめるし一緒に蹴ろうぜ! すぐに飽きちまうだろうけどさ!」
バルトはグラヴィーがニュコを飼っているのを知らなかった。
王族にとってペットを飼うという発想はないのだろう。彼にとっては使用人が既にペットのようなものだ。彼が何も知らなかったのは分かっている。しかし、それでも……酷すぎる。
分かっていたことだが彼はクズだ。星を侵略しているグラヴィーが言えたことではないが、彼はそれ以上のクズなのだ。他者を見下すことしかしない彼にとって、グラヴィーも、その手に持っている死体も全てが家畜同然。生かすも殺すも気分次第。
「あ、やべ、腹切り裂いたから血がついちまった! きったねえ!?」
バルトは持っていた死体を投げ捨てた。その瞬間グラヴィーは怒りに支配された。
今、グラヴィーは立ち向かうのに必要なものが分かった。
強い心だ。本来なら勇気だが、今は怒りの方が上である。
守れなかった自分への怒りが心の底から湧き出る。
「うおおおおおお!」
「うべっ!?」
何度も何度も殴って殴って殴り続けた。いきなりで動揺しているせいかバルトは反応しきれていない。しかしこのままずっと殴り続けられる相手ではなかった。
「調子に乗んな!」
「ガッハッ!?」
一撃。たった一撃でグラヴィーは床に倒れ伏す。
結局実力が離れすぎていたせいで、それ以降反撃出来なかった。
怒りに身を任せた結果がこれだ。こんなもので終わりなのかと自分に失望する。
それから数日後、バルトはまたやって来た。
「よお、これからあそこにいるガキ殴ろうと思うんだけどお前もやるだろ?」
「……ああ」
グラヴィーは元の自分に戻っていた。
もしもニュコ以上に守りたいものが出来たなら、きっとまた実力差を考えずに歯向かうだろう。
――しばらく後、グラヴィーは地球へと行くことになる。
地球では色々あった。初めて侵略出来ず、たった一人の少女に敗北した。あのエクエスでさえ負かしたその少女は、酷いことをしたグラヴィーにさえ普通に接してくれる。お人好しというか善人の類である。
トルバを離れて数年。
出会いや想いを重ねたグラヴィーは地球も故郷のように感じている。
トルバよりも遥かに居心地がいい地球は守るに値する場所。
「だよな! そうこなくっちゃな! お前なら行くと思ってたぜ!」
だから今、グラヴィーは再会したバルトの手を払う。
「神谷、僕は自分が思っていたよりも……地球が好きなようだ」
今度こそ守りたいものを守るために怒りと勇気を振り絞る。
グラヴィーは目前の恐怖に立ち向かう決意をした。
神奈「猫だろ?」
グラヴィー「ニュコだ」




