93 四人目――何度でも止める――
三人から引っ張られた葵は勢いよく黒い塊から飛び出た。
勢いがよすぎて影野達の手が離れ、葵は地面に打ちつけられて転がる。
黒虎の頭部であった黒い塊は徐々に塵のようなものになり舞っていき、やがて完全に消え去ってしまう。
もう足掻いても無駄なのを葵は悟り、無防備に校庭で寝そべった。
「坂下、お前怪我は! お前病院にいなきゃヤバいんじゃねえのかよ!」
「そうだよ、確かに君のお陰で無事終わったけれど……」
本来坂下は重傷で、数か月は入院していなければいけない体だった。
それが今、どうして無傷の状態で学院にいるのかは全員の謎である。
「その説明は後で……先に南野さん、君と話がしたいんだ」
「……私と?」
坂下は葵に近付いて顔を覗き込むと、手を差し伸べた。
差し伸べられた手をしばらく眺めていた葵は観念したようにその手を取った。そして引っ張られたことで上半身が起き上がる。
「何、騙された仕返しでもする気……?」
「ううん、そんなことしないよ……でも、僕は君のしたことを忘れない」
「……そう、でしょうね」
別に葵だって自分のしたことが善行だと思っていない……かといって間違いとも思っていない。
他人の迷惑を考えない手段でも、世界を変えるためには必要な犠牲だと割り切っている。被害を受けた者達から恨まれるのも覚悟している。周囲から拒絶されることなど織り込み済みで、実験と自らの意思に協力してくれる者以外は必要以上に関わらないようにしていた。
坂下から恨み言を言われようと、恥辱を受けようと、暴力を振るわれようと、何をされても葵は文句を言えない。これから何をされるのかと思っていると、急に坂下が患者衣を脱いで葵の肩に掛けた。
「それでも、僕達南野さんのことを知れたよ。南野さんだけじゃない、きっとこのクラスの皆はお互いのことをよく知っていい関係を築ける。ねえ、だからさ、何が言いたいかっていうと……僕はまだ君と、誰一人欠けることなく同じ教室にいたいんだ」
――覚悟していた罵声は飛んでこない。
葵は目を丸くして驚く。
騙し、結果的に体をボロボロにして、友達ができたと喜んでいる坂下の想いを踏みにじるようなことをして、なぜそんなことをした自分に耳障りのいい言葉を告げられるのか分からなかった。
一つ葵が言えることは、その願いを叶えることは出来ないということ。
「それは無理よ……私は弟のため、自分のため世界を変える。今回は失敗したけど次があるならまた何度でも同じようなことをする。私達は……仲間になんてなれない」
「――それなら私が何度でも止めてやるよ」
いつの間にか、神奈が地面を這って近くに来ていた。
白い制服を土で汚すことも躊躇わず這い寄ってくる。
「例えそうだとしても私は世界を変える。それだけは絶対譲れない」
「なんで力なんだ。力で無理やり変えるとかダメだろ……もっと他にやり方があるだろ」
「ないわ、考えた結果がこれなの。私にはもう方法はないの」
「自分の可能性を否定するなよ。それにお前の弟はこんなこと望んじゃいないだろ……もっと普通の日常ってやつを過ごしてほしいんじゃないかな」
可能性の話。魔力という力に頼らなくても、地道に知識を深めて総理大臣になる……もしなっても上手くはいかないだろうが。神奈が言っているのは、そういった力に頼らない世間一般的に正しい道。
「弟も望んでいるはずよ。自分を殺そうとした世界を恨んでいるはずなのよ」
「そりゃお前の勝手な想像だろ……! 実際に弟と再会して気持ち確かめたことあんのか。まだ本人から聞いてもない気持ちを、自分が勝手に都合のいい妄想してるだけなんじゃないのかよ……!」
「神谷さんが言うなら間違いないですね!」
「おいお前黙ってた方がいいって……」
満面の笑みで同意する影野の脇腹に日野が肘打ちする。
「まあ、仮に力でまた変えようとするにしてもさ……さっき言った通り何度でも止めるさ。ついでといえばなんだけど、次の準備が整うまで私達と一緒に別の可能性を探らないか? 一人で出来なくてもみんなで協力し合えば少しは変わると私は思うんだけど?」
どうしようもない理想論。現実を知らない、もしくは見ていない、甘く見ている者の戯言。具体的な解決策を持たないのに、ただ悪行をしてほしくないから止めるという傲慢さ。
短い付き合いながら、葵はどこか神奈らしいと思って深いため息を吐き出す。
「いいわ、次の準備が整うまで……ね。それまではあなた達と一緒に学生ごっこしてあげる」
「……ごっこじゃないだろ、私達はさ。なあ、メイジ学院一年Dクラス、南野葵さんよ」
葵は諦めたような笑顔で空を眺める。
(神谷さんと出会ってしまったのは、この方法じゃ変えられないという神様のお告げだったり……なんてね。……確実に神谷さんという最大の壁を破壊できる力を手に入れられるまで、今日のような方法はもう止めましょう……)
自らが呼んだ黒雲が晴れていき、葵は澄んだ青空をしばらく眺めていた。
* * *
それから校舎、校庭、校門に災害のような被害が出たメイジ学院はしばらく休校になった。一か月程、修理にとりかかり全て直ったらまた登校できるようになると、全生徒に担任教師が伝えている。
学校側は今回の出来事を全く知らない……知っていたら大変なことになっていただろう。
神奈が学院に行かなくなってから二日が過ぎた頃、自分の家に神音を呼び今回の事件を話した。
「まあそういうわけで今回も大変だったよ」
事の顛末を全て聞いた神音は難しい顔をしている。
「……相変わらずの巻き込まれ体質だね。いやもしかすれば君の存在自体が災いなのか」
「怖いこと言うなよ! 今回私とばっちりだろ、だいたい今までだって私のせいで事件が起きたことなんて一度もないし!」
「つまりこれからか」
「これからも起こらんわ!」
神音は話は終わったと見て帰ろうとするが、そこを神奈が呼び止めた。
「もう一つ」
「何かな?」
「お前だろ、坂下君の傷を治したの」
あのとき完治した状態で現場に現れた坂下の謎。
本人の説明では、黒髪の見覚えある一年生女子が不思議な魔法を使ったからとされている。どこで見たのか神奈が予想するなら、同じ一学年だからどこかで見ていてもおかしくないというありきたりなもの。
「どうして私だと? 私は今事件を知ったんだけれど」
「それは嘘だね、お前私を甘く見んなよ! 魔力感知を戦闘中に使用したらよーく知ってる魔力を学院の屋上で感じられたんだよ! まあそれに、あの傷を瞬時に治せるなんて大賢者くらいだろ」
「さあ、まあ……好きに思うといいよ」
神音は今度こそ部屋から出て行く。
それを神奈は「ありがとう」と告げ笑顔で見送っていた。
六章完! え、今回出てきたキャラ達? も、もちろんこの先も出します!
しかしメイジ学院はしばらく休校となったので学院はしばらく出てきません、ここから先のとりあえず十章近くになったら出す予定です。




