表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
245/608

91 黒虎――頼み――


「これが私の目指した力よ!」


「声が上から……!」


 神奈達が黒虎の頭部を見上げると、そこには葵が上半身だけの姿で黒虎の眉間から生えていた。上半身だけ生えているのはいいが、制服はどこにもなく白い肌を晒していることに神奈は「なんで!?」と驚き叫ぶ。


「これはもう虎じゃない。肉体から筋肉などが消え去り、魔力のみが動力となった死骸……魔力そのもの。だから例え喰われても取り込まれるだけ……それを逆に取り込んだ私は今この体のどこにでも移動できる、自由に動かせる!」


「やばい……早くも意味わからん」


 頭を抱えて神奈は悩む。

 その背後では日野がゆっくり立ち上がって状況に唖然としている。


「ちょっと待ってよ! 魔力のみで構成されたって……物理攻撃が通用するのか!?」


 影野が叫ぶと葵が律義に答える。


「安心していいよ、魔力を纏った物理攻撃なら効くから。まあそれもこの怪物に効くほどの力があればの話だけどね」


 絶対に負けることはないという自信からの返答。

 神奈はその説明を聞き、難しいことを考えるのを止めて拳を固く握る。


「なあんだ、つまり!」


 神奈は黒虎の顔がある高さ、三十メートル程ある場所に一気に跳び上がり拳を振るう。

 小さな拳がぶつけられた瞬間――黒虎は勢いよく後ろに仰け反った。

 葵は驚愕の表情を見せ、神奈は彼女の方を向いて自慢げ笑う。


「ただ倒せばいいってことだよな!」


 影野と日野もまたその光景に衝撃を受けている。

 速人はこれまでのこともあり驚いていない。


「さすが神谷さんだ!」


「嘘だろおい……魔力の大きさからしてたぶん注入したのは一個だけじゃねえ。それをあの女! なんで殴り飛ばせてるんだよ!」


「……当然だな。やはり俺が来る必要はなかったか」


 しかし黒虎も図体が大きいせいか態勢を立て直すのは早い。

 神奈はあまり効いてないと判断し、飛行魔法〈フライ〉で飛行して頭上から殴りつける。

 黒虎は頭から地面に叩きつけられた。その頭部は一部が消滅していたがすぐに修復されていく。その様子を見た神奈は再生機能があることに気付いた。


「厄介だな」


「……嘘でしょ、コレには魔力の実十個を注入してるのに! あなた本当に人間!?」


「じゃなきゃなんに見えんの!?」


 それは本来ありえない結果。

 神奈という強大すぎる力を持つ者さえいなければ、葵の計画は上手くいったのかもしれない。新たな体がダメージを受ける程の一撃を放てる目前の脅威を、葵は全力で潰しにかかる決意を固めて真顔になる。

 黒虎が咆哮すると不吉な黒い雲が上空を覆い始めた。


「さあ、踏み潰してあげる!」


「そんなのごめんだよ!」


 巨大な手足で神奈を踏みつぶそうとするが、超スピードで動く神奈には掠りもしない。その一撃一撃は凄まじい威力で、校庭には地割れでも起きたかのように亀裂が入っていた。

 手足による踏みつけを躱して神奈は背後に回ろうとすると、直線的に猛スピードで迫ってくる黒く長いものを視界に捉える。


「尻尾……!」


 このままでは衝突してしまうので横に逸れようとして――真横からの爆発で動きが止まる。

 爆発の正体は魔力弾。

 体をどこにでも移動させられるという宣言通り、前足から上半身を生やす葵によるものであった。


 硬直した神奈に黒虎の尻尾が叩きつけられる。

 しかし神奈は弾き飛ばされる衝突の瞬間、尻尾を掴んでターザンのように移動に利用。尻尾ターザンの勢いをそのままに胴体を真下から蹴り上げる。


 衝撃で黒い虎の体は数メートル浮く。

 追撃とばかりに上昇して連打を叩き込むが、黒虎は堪えた様子がない。


「くそっ、元が死骸だから感覚がないのか……?」


「正解」


 突如として葵の声が聞こえたので神奈が振り向くと、今度は黒虎の後ろ脚に葵が生えていた。


「死体は痛みを感じない」


 神奈は「喰らえ!」と魔力弾を放つ。


「おっと危ないわね」


 すぐに葵が引っ込んでしまい魔力弾は到達しなかった。

 後ろ脚に魔力弾が衝突し爆発する。強大な威力により脚は少し崩れたが、再生により元通りになっていく。


「魔力の実を使用しないでその力、大したものだわ。しかしこのままでは埒が明かない。そうだ、神谷さんはお人好しのようだし、あっちを狙いましょう」


 再び葵が頭部に移動し、黒虎の前脚が動き出す。

 神奈は見た。自分が攻撃しているのに、無視して影野達に攻撃を加えようとしている前脚を。


「逃げろっ!」


「無駄よ、潰れてしまえ!」


 急いで影野達の元まで向かおうとするも神奈は間に合わない。もうすでに前脚が三人を踏み潰そうとしているところだったのだ。

 速人が刀を抜刀して構えると魔力を足に集め始める。そして何かをしようと動き出す直前――影野と日野が魔力障壁を張って振り下ろされる脚を防ぐ。


「いつまでも神谷さんに任せっきりじゃあ隣にいるのが恥ずかしい……! 俺も全力で戦うぞ……!」


「授業真面目に聞いといてよかったかもなクソおおお!」


 忌々しそうに「小賢しい」と吐き捨てる葵はさらに力を込めた。

 二人の男子中学生を踏み潰すことなど造作もないのに、少し苦戦している事実に彼女は苛ついている。


 限界まで魔力を障壁に込めている二人は、過呼吸になっているかのように苦悶していた。腕や額に血管が浮き出て、日野に至っては鼻血まで垂れ始める。


 ――少しして、二人の叫びに呼応するように黒虎の体が吹き飛ばされた。

 微かな笑みを浮かべる二人に葵は驚愕する。


「押し負けた……あんな連中に……! 限界を超えた力を発揮したとしか考えられない……! そんな偶然は二度も起きないでしょうけど……!」


 葵は両手を天に掲げて魔法の名前を呟く。


落雷(サンダーボルト)


 上空にある黒雲に電気が迸り、赤い雷が影野達へと一直線に向かう。

 雷属性上級魔法として一般的な〈落雷(サンダーボルト)〉。

 属性に適性がある者でも魔力の高い者しか使用できず、威力は込めた魔力によって変化するが本物の落雷を遥かに超える。葵の放った雷も当然強く、地面に直撃すれば周囲数百メートルが爆ぜるほどの威力を秘めている。


 影野達など消し炭どころか塵すら残らない。

 そんな赤い雷が――紫の魔力障壁に直撃した。

 周囲が消し飛び、学院の校舎も半壊してしまった。しかし影野達には傷一つ存在していない。


「ふぅ、あっぶな……シャレにならんわ」


 神奈が影野達の前に立ち、周囲を覆うような障壁を作り出したからである。

 さすがに影野達もアレは防げないと分かるので肝を冷やしていた。


「あ、ありがとう神谷さん」


「助かったがよお……どうする、お前一人で倒せんのかよ」


「心配どうも、でもこっちにも奥の手があるんだよ。……腕輪、〈超魔激烈拳〉を使うぞ。あれなら再生が意味ないくらいに消し飛ばせるだろ」


「ええ、しかし下手に打てば南野さんごと消し飛んでしまいます」


「南野さんは基本頭部にいるみたいだし、そこだけ狙いから逸らせばいい……狙うは首から下かな」


 神奈と腕輪は〈超魔激烈拳〉のデメリットも十分承知している。

 一度しか使えない一撃必殺の技であり、さらには魔力を一か所に集中させるため身体強化もできなくなる。捨て身の技とも評せるそれは使いどころに困ることが多い。


「ですが、あの技を放つにしても狙いから少しでも逸れれば神奈さんの負けですよ? 好機を待ちながら戦うのは厳しいと思います。魔力を拳に集中させている状態で攻撃を喰らえば、恐らく神奈さんでも打撲くらいしますし」


「分かってる……だから隼! お前の力を借りたい!」


 速人は掛けられた言葉に驚愕していた。

 今まで神奈が速人に真正面から助けを求めたことなど一度もなかったからだ。困惑はしつつ、現状を考慮して、この場所へ来る前に言われたことを思い出しながら彼は「ふぅん」と呟く。


「いいだろう。だが約束は守ってもらうぞ」


「分かってるって、お前と真剣に戦うって約束だろ」


「……あの化け物の態勢を崩せばいいんだな? いや、俺が倒してしまっても構わんな?」


「そういうことだ、頼む」


 神奈は手を上げてハイタッチしようとするが、速人はそれを無視して一人で黒虎に向かい駆けて行った。少し怒りを覚えた神奈であるがそれを抑え込み、後ろを向いて影野と日野に話しかける。


「必殺技を放った後、私はもう戦えない。でもそれは向こうも同じだ。全部消滅させないであの頭部だけはなんとか残してみせるから、そこから二人で南野さんを引っ張り出してくれ」


「俺がそんな大役を……」


「出来ると思うか? 認めたくないが俺達あの化け物に近づくのも怖いぜ……正直そんなこと出来そうにも」


「任せてください! 必ずや成し遂げてみせます!」


「……っておいお前ふざけんな! ああもう分かった、あのバカ女助けんのは任せろ! 俺だって一発ぶん殴ってやりてえし!」


 完全に神奈イエスマンである影野はともかく、もはや日野はやけくそになっている。坂下が「またみんなで授業を受けたい」と告げているので助けなければいけない。それに何より神奈は葵を殺したいとは思わない。日野がいくら憎んでいようと、話し合いで落ち着かせることもできるはずだ。


「ありがとさん、任せた」


 神奈達が話している間に、速人は一人で黒虎に立ち向かう。

 任されたからではない。もちろんそれもあるが、戦って叩き潰したいと思う一番の要因は小学生だった時の事件。願い玉と呼ばれる道具を利用してドーピングに手を出したこと。速人は今でもそのことを忌まわしい記憶として残している。


 鍛錬すれば地道にだが強くなれる。

 そう思い続けて数年、強敵と戦い少しずつ強くなっていること速人はを実感している。葵も方向性は違えど強さを求めている以上、速人としてはドーピングに頼ることを不愉快に思う。


「あら、今度はあなた?」


「お前のようなやつを見ると苛つく……以前の俺を思い出してな。別にドーピングしたいなら好きにすればいい。だが、努力の方向性を間違えているのは不快になる。そんなものに頼らずとも人は強くなれる。……喰らえ、ブーメラン手裏剣十九連射」


 速人が繰り出した十九枚の手裏剣が全くの見当違いの方向に飛んでいく。

 コントロールの悪さを見て葵は嘲笑う。


「くふっ、どこを狙ってるの?」


「これでいい、一見意味なく飛んでいった手裏剣はお前の逃げ場をなくし背後から……なに?」


「今、何かした?」


 ブーメランのように戻って来た手裏剣は黒虎の背中に確かに当たった。刺さってもいる、だが赤黒い体は元が死骸なので反応がない。


「じゃ、あなたから死になさい」


 黒い脚が速人を潰すために振り下ろされる。

 大地が震動し、影野と日野の表情が強張る。

 高笑いしながら葵が脚をどけると――砕けた小石しかなかった。


「……潰れてない」


 困惑する葵は速人がどこに行ったのか捜すが見当たらない。

 その速人といえば、黒虎の背を移動していた。死体であるが故に感覚がない、だからこそ葵は背を移動されていても気付かない。


「喰らえ〈真・神速閃〉」


 速人は背を走り首辺りにまで到着すると、首を斬り落とそうと高速で刀を振るう。しかし振るった刀は僅かに死肉に食い込む程度しか傷付けることが出来なかった。

 魔力を纏わせれば普通の武器も通用するとはいえ、込められている魔力が少なすぎる……といってもAクラスの人間すら凌駕する量なのだが、相手が悪い。


 その速人の戦いを見て影野と日野は目を丸くする。

 いつも神奈に瞬殺されているせいで強さが伝わっていなかったのだ。冷静に見れば自分達では出来ない動きであると分かるが、ギャグのように一撃で終わってしまう戦いから強さなど感じるはずもない。


「あの野郎、あんな強かったのかよ」


「でも効いてない。もっと頑張ってもらわないと神谷さんの作戦が……」


「ああ、なんとか態勢を崩してもらいたいんだけど」


「でも俺も影野も足手まといになるだけだ。悔しいけど、今はあの野郎に頼るしかねえ」


 必殺技をすぐ発動できるように構える神奈と、実力不足の影野と日野は戦おうにも戦えない。しかし影野は何かを決心したかのように足を踏み出し、速人に向かって手を翳す。その行為に神奈は困惑するが、日野はそれが何なのかすぐ理解する。


「〈魔力贈与〉」


 それは授業で教わった魔力の扱い方の一つだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ