90 目的――力でこの世界を――
神奈、日野、影野、速人の四人が立ち塞がっている。
葵は目に見えて動揺していた。しかしこれが神奈達の罠だと気付くのにそう時間はかからない。
「尋問……どういうこと? 校庭が荒れた件の話じゃないの?」
あくまでも惚けるつもりの葵の態度に、神奈は悲しそうに顔を歪める。
「そうだ、そうなんだよ……南野さんさ、坂下君に渡した赤黒い実が何なのか知っていて渡したのか?」
「テメエが全部の元凶なのかって聞いてんだよ!」
「元凶? 申し訳ないけど分からないわ。なんで私が坂下君に渡したあの果実で暴走に繋がると思うの?」
瞬間、神奈は睨みつけてくる。
「何で坂下君が暴走したことを知ってるんだ? あの場にもいなかった南野さんが、それから学校に来ていない南野さんがどうして知っているんだ?」
「……口が滑った、といったところかな。こんな状況になったの初めてだったから」
もうバレているのなら隠し通そうとしても無駄。
何も知らないままでいてくれたなら、数少ないクラスメイトとして表面上だけでも仲良くしようと思っていた。しかし、もう底辺のバカ共と斑のくだらない授業を受けることはない。
今日この日、メイジ学院一年Dクラスは崩壊する。
*
葵の雰囲気が変化する。
表面上では何も変わらないし言動も変わっていない。
変わったのは一つ。溢れ出る魔力が敵意としてばら撒かれていた。
速人は「本性を現したな」と静かに呟く。
「ねえ、みんなで探偵ごっこしてたの? 犯人が分かっていたのなら教師に言えばよかったはずよね? 下らない正義感振りかざして私を責めようとして、そんなことやって坂下君のことで何も出来なかった自分を慰めてるとか?」
「そんなふうに思っているわけじゃない。私も信じたくなかったんだ……本人の口から聞くまでは」
「仲間思いね、神谷さん。あなたはそういう人だよね、会ったこともないクラスメイトの問題を解決しにいくくらいの……バカ」
向けられる敵意に殺意が交じったので神奈と速人は身構える。
急に何か攻撃をしてこないとも限らない。もし攻撃してきたとしても、すぐに対応出来るよう態勢だけは整えておかなければならない。
いつ戦闘が勃発してもおかしくない状況で話が続いていく。
「なんで、魔力の実なんてものを坂下君に与えたのはなんでだ」
「実験」
短い返答に対し神奈は「実験?」と呟く。
「そう、実験……魔力の実は強大な力を秘めている故に私で試すことが出来ない。私自身でいきなり試すのは危ないし怖いからね。だから都合のいい人間を求めてこの学院に入った……坂下君もいい人間だったよ」
「坂下も、だと?」
人を実験動物呼ばわりする葵に全員の顔が強張る。そんな中、言葉に違和感を覚えた日野が疑問を解消するために聞き返す。
「ふふっ……知ってるでしょあなたは。私が実験したのは二人だけだったから。他にも手に入れて使用した人がいたらしいけど私が直接見たわけじゃなく、適当にばら撒いた欠陥品を使用しただけなの。詳しく実験出来たのは二人のみ、坂下君と――」
「テメエ!」
一人は坂下、もう一人は日野がよく知る人物。
すぐにその答えに辿り着いた日野は殴りかかるが、葵は簡単に受け止めて力を入れる。彼女の力は尋常ではなく、喧嘩に明け暮れていた男のごつい手を握り潰そうとしていた。
手の骨に亀裂が入り日野は痛みで叫ぶ。
悲鳴を静聴する趣味はないのか、葵は彼の腹部を蹴って神奈達の後ろまで転がす。
「まさかもう魔力の実を……」
軽々と人間を蹴っ飛ばす脚力を見て影野が疑う。
「まさか、単純に力の差だよ。私はDクラスにわざと落ちたの。他のクラスだと授業とかで忙しそうだし研究出来ないじゃない。だから授業も碌にされない場所を選んだの……誰かさんに台無しにされたけどね」
「なるほど、じゃあその実験とやらはどうして行う必要があった。そもそもなんで魔力の実を必要としたんだ」
神奈は怒りを抑えつけ冷静を装う。
ここで殴りかかってしまえば戦いが始まってしまうし、始まればもう話を聞けないだろう。魔力の実を必要とする理由がどういうものなのか気になるので、絶対にそれだけは本人から直接聞いておきたい。
「なんでと言うなら……私の目的は世界を変えること」
「世界を?」
「昔の話をしてあげる。話を聞いて私の邪魔をするのなら、遠慮なく叩き潰す」
葵は少し間を空けると過去を語り出す。
「私の弟は五歳の頃、赤信号を無視した車に轢かれる交通事故にあった。その時弟は意識不明の重体になり、事故を起こした男は逮捕すらされなかった」
「逮捕すら?」
「普通なら捕まるのは当然でしょ? なのにその男は捕まらなかった。どうしてか調べて分かったわ。その男は警察のトップと繋がっていて金を渡していた……権力、財力、そんなものが重要視されるこの世界に私の弟は怪我を負い、あの男は守られた! なぜ何もしていない弟が苦しみ、犯罪者が生きているのか……全て世界が悪い、だったら世界を変えればいい……そう思うのは至極当然でしょ?」
神奈はその過去に同情するが、それで今回の事件を起こしていいかは話が別だ。
「それで魔力の実を作ったのか?」
「ええ、全てを魔力の研究に注いできたの。治療費を払うために借金までした両親は返済不可能で蒸発し、回復した弟と私は別々の場所に引き取られた。今では行方も分からなくなってしまった……けれどいつか捜し出すわ。この世界の権力者達を圧倒的な力で従えさせ……法律を含め全てを変えてから」
「それは違う」
力で人と世界を変える。その言葉に反論したのは影野である。
「俺も力を持ってる、でも力なんかじゃ世界は変わらないよ……」
力があっても世界など変わらないからこそ、影野は一人で家に引き篭もって誰にも会わないことを選択した。
実際のところ、彼は正しいようで正しくない。
途轍もなく強大なパワーがあるなら後はやる気の問題。
影野レベルでも政府を力尽くで従わせて法律を変えることくらい出来る。
政府側に強大なパワーを持つ者がいなければの話だが成功する可能性は高い。
「それはあなたの力が足りなかったからよ……でも私は違う! 魔力の実を食べることで私は変わる、この世界を変える!」
「でもまだ食べてないんだろ? なあ、今からでも遅くない。南野さんの計画は失敗する。だからもうこんなこと止めないか?」
「失敗? それはありえない、私がこの学院で見た実力者の生徒、教師すら私には及ばなくなる。私は誰にも止められない」
「なら私が止めるよ」
「話は……終わりね」
葵は懐から魔力の実を取り出す。
そしてそれを――地面に捨てた。
神奈は分かってくれたのかと一瞬期待するが、その考えは甘かったことを次の瞬間悟る。
「人間が食べれば麻薬のような成分がある……実験でよく分かったわ。だから私が食べることはない。でも他の生物なら? 例えば猫や犬などならどうなるのか、私は休んでいた間それを実験していたの。結果は同じようなものだった……ならもし死骸に注入するとしたらどうなるのかな。無属性超高位魔法、〈個人収納空間〉」
そう言いながら葵が指を鳴らすと、背後に黄と黒の獣が現れた。よく動物園などで見られる虎だ。虎はグッタリとして動かない。
葵は注射器を制服の袖から取り出すと、背後に倒れている虎の死骸に赤黒い液体を注入した。
虎は目を開けた、腕を動かした。虎は――変質した。
その体はどんどん大きくなり禍々しく変化していく。黄色と黒の模様は赤黒く変色して、あっという間に怨念集合体のようなどす黒い生物へと変わり果てる。
校門を破壊しながら巨大化した黒虎の高さは学院と同等に高くなる。
「魔力の実の力で脳の機能などなくても動く。理性がない怪物ではあるけど、それも――」
黒虎は口を大きく開け――葵を丸呑みした。
予想外すぎる光景に神奈達は驚愕する。
「それも私が中に入れば、理性が無い故に体の支配権を乗っ取れる」
黒虎から葵の声が聞こえてくる。
幻聴というわけではない、葵が死んだわけでもない。葵が黒虎と融合したのだ。




