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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
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89 暴走――同一人物――


 坂下が溢れ出る魔力を解き放った瞬間、放たれた魔力は周囲のほとんどのものを吹き飛ばす。それは囲んでいた三人の男子も例外ではなく、近くにあったベンチも、植えられていた木も、吹き飛ばされて竜巻でも通ったかのように校庭は荒れ果てる。


「う、あああ! あああああ!?」


 暴走は止まらない。坂下は自分でも何をしているのか分からなかった。ただ、今振るっている力が危険であると分かり、同時に気持ちよくもあった。


 圧倒的な力。自分では敵わない者達を軽く捻りつぶせる程の強大な力。

 急に強大な力を持つと人は大体の場合その力を過信し、判断力が鈍る。

 坂下も今まさに、膨大な力によりまともな判断が出来なくなっていた。


「ふ、ふははははは!」


「坂下君!」


「ふぁはあ?」


 そこに神奈が駆けつける。

 坂下の瞳に映るのは初めての友達ともいえる少女。神奈は圧倒的な力を持っているが、坂下は今その力すら超えていると思う。


 何も怖くない興奮状態のまま神奈に突撃する。

 常人ならば反応すら出来ないその速度――坂下は神奈を殺す気だ。

 冷静な判断も出来ないほど力に溺れている。


「神奈さん。魔力7660、7680、7700……どんどん上昇していきます!」


「大丈夫、一撃で終わらせる」


 神奈の目前に迫り、暴風そのもののようになった坂下の魔力が上昇していく。

 暴走した坂下の魔力は、その体が制御できる力を超えようとしていた。体に亀裂が入ったかと思えばそこから血が勢いよく噴出する。

 その様子を見た神奈は拳に軽く力を入れる。


「はっはあああああ!」


「目を覚ませ、坂下君!」


「ああああぶえっ!?」


 坂下が神奈の射程距離に入った瞬間――坂下の頭部目掛けて放たれた拳が直撃し、勢いよく地面へと叩き落とす。衝撃で大地が割れ、散乱したベンチなどが衝撃で宙に浮く。

 坂下は完全に気絶して、その体はあちこちから血が噴出していた。


「くっ、腕輪! すぐに救急車、いや私が運んだ方が早いか!」


「そうですね、この状態ではあと二十分も持ちません! 急いだほうがいいです!」


 神奈は坂下を抱えて病院へと急ぐ。

 到着してすぐ、その酷い状態を見た医師達が手術室に運び手術を開始した。

 赤いランプが点灯した。中の様子が気になるが入れないので知る術はない。


 ――ランプが消えて、手術が完了したことを合図する。


 それまで待っていた神奈が医師達に問い詰める。

 輸血をしながら、裂けていた肉を急ぎ縫合していったことで一命を取りとめたのだ。眠り続けているとはいえ坂下は五体満足に無事である。


 一旦神奈は学院に戻ることにした。

 同じクラスの生徒だけにでも説明をしようと考えた神奈は、すぐにDクラス教室へと戻る。教室には葵以外が揃っていたのですぐに状況を説明する。

 一通りのことを話すと、誰もがあまりの事態に数秒言葉を発せなかった。


「……影野、南野さんはどうした」


「彼女なら帰りました。急用が出来たとか言って」


「つーかマジかよ……知らねえところでそんなことが起きるなんて」


 坂下とは短い付き合いだが大切なクラスメイト。

 暴走し、病院に運ばれたと聞かされれば誰の顔にも影を落とす。

 特に影野は暴走の危険をよく知っているので不安そうであった。


「影野、斑先生はどこへ行った。このことを一応知らせておきたいんだけど」


「教師達は状況整理のために職員会議を開いているようです。怪我人も出ていて、庭も荒れていますから当然の流れでしょう」


「そうか、じゃあ今話すのは無理そうだな」


 嵐の被害にでもあったかのような惨事。

 生徒は校庭にいた十八名が怪我を負っていた。中でもとある三人の男子生徒は骨折などの重傷である。突然の嵐被害に教師も生徒も全員の心がざわついている。


「……怪しいな、雑魚がなぜ急にそれほどの力を得られる? 何かあるぞ、ドーピングに使われた何かがな。もしかすればまた願い玉とやらか?」


「ああ、隼の言う通り……今回の件には何か裏がある」


 それぞれが考え、やがて日野が口を開く。


「魔力の実。たぶんあれだ」


 ドーピングという言葉で思い出した憎しみの道具。

 思い出すだけでも日野は苦しい表情になっている。


「お前が食べたって言ってたやつか。でもあの時とはだいぶ違っていたぞ、暴走気味だったし」


「あの実を食べたら高揚感と絶対的な力が溢れてきた。力に溺れれば暴走する可能性は十分にあるだろ」


「よく分からないんですけど、その魔力の実とやらをどうして坂下君が持っていたんでしょう……」


「そこら辺は本人に聞けば分かる。放課後お見舞いに行こう、目が覚めていれば話くらい出来るはずだ」


 その日、放課後に神奈達は病院に向かった。

 病室に行った神奈、影野、日野だったが、まだ坂下は目を覚ましていなかった。

 速人以外の三人はそれから毎日のようにお見舞いに行く。


 斑にも真相を告げたのだが、証拠も何もない状態では教師陣を納得させられないため、まだ校庭が荒れた原因を探る会議を連日開いている。そのためお見舞いには来れない。



 ――事件から一週間後。

 緊急事態で授業もなくなっているため神奈達は朝から病院に行っている。数時間は病室に留まり、静かに眠る坂下を心配そうに見つめていた。

 そしてようやく、坂下の目が薄く開いた。


「……こ、こは」

「坂下君……! 目が覚めたのか……!」


 ようやく目覚めたことに三人はホッとしていたが、今回の元凶は誰なのか早く知りたい気持ちが強くなる。


「僕……どうして、ここ……病院……?」


「ゆっくりでいい。何があったか思い出せるか?」


「……あ、あああ、あああああ、ごめんなさい! 思い出した、今でもはっきりと覚えていたんだ! 僕は神谷さんや兄さんに酷いことを!」


 全てを理解した坂下は、もし体が動かない状態でなければ震えていただろう。両手で顔を覆いたくなり、誰とも視線を交わしたくなかっただろう。彼の肉体は神経へのダメージが酷く、手足が全く動かない状態である。


「気にするな、なんて言われても無理だろうけど……坂下君のせいじゃないよ」


「でも、だって……!」


「いいんだよ、あれは坂下君がやりたくてやったことじゃないだろ。それにあの事件は何か裏が――」


「坂下、何か変な赤黒い果物を食べなかったか?」


 日野が我慢できず本題を切り出す。

 大事なのは暴走した原因。もし魔力の実が原因なら坂下に実を与えた黒幕がいる。


「……え? あ、ああ、確か食べたよ……不味かったけど」


 やはりと神奈達は気を引き締める。

 間髪入れずに神奈が問いかける。


「それ、誰かに貰ったのか?」


「え、うん……南野さんに」


「……南野……さん?」


 予想外な名前が出たことに固まる。

 黒幕がいるのは想定していたことだ。しかしそれが同じ教室で学ぶクラスメイトだと誰もが思っていなかった。


「そういえば、あれから南野さんを見ていないですね」


「チッ! あの女!」


 怒りを露わにした日野が病室から出ていこうと走る。

 日野が病室から出ていく前に、神奈が肩を掴んで叫ぶ。


「おい落ち着け!」


「落ち着いていられるか! 三木さんに魔力の実を渡したのもあの女かもしれねえんだぞ! 坂下が殺されるかもしれなかったんだぞ! テメエにとってクラスメイトは大切なんじゃねえのかよ!」


「うるせえ! ここは病院だぞ静かにしろ!」


「……神谷さんも静かにしてくれると嬉しいんだけど。ねえ……僕がこうなったのは、南野さんがくれたものが原因なの?」


 神奈と日野は魔力の実についてよく知らない二人に説明した。

 食べただけで強くなる。そんな果物がなぜ存在するのかは分からないが、まともに流通しているはずがない品物なのは確かである。しかしなぜ葵が坂下に渡したのか、なぜ葵がそんなものを持っていたのか。神奈もまだ分からないことだらけだ。


「作戦を立てるか」


 落ち着いた日野の肩を神奈は離し、ポツリと呟く。


「神谷さんの作戦なら成功間違いなしですね。今すぐ実行しましょう」


「いや聞けよ! まず、南野さんを次の休日に学院に登校させるんだ」


「どうやって? 休日だぜ?」


「坂下君が暴れ回り荒れた校庭、その事件の真相を伝えるから全校生徒は学院に集合。これを斑先生に伝えてもらう。連絡先くらい教師なんだから知ってるだろ」


 事件発生から葵が学校に来ていないといっても辞めたわけではない。

 絶対に来なければならないと言えば来る可能性はある。あくまでも可能性で、来るという確信はなかったが運に頼ることにした。仮に来なければ住所を斑に聞けばいいだけの話だ。戦闘になる可能性もあるので、広い校庭で会うのが最善なのだが。


「そこへ全員で詰め寄る。もちろん坂下君は休んでてくれよ?」


「あはは、この怪我じゃいけないかな。本当は僕も行きたいんだけど」


「無理すんなよ、あの女はしっかり俺達がシメてやるからよ」


「僕は……またみんなで授業を受けたいな。みんなでまたあの教室で過ごしたい。だから……お願いね、三人とも」


 神奈達は真剣な表情で静かに頷く。

 被害に遭った坂下が普段通りの日常を送りたいと言うのだし、彼の願いが叶えられるなら叶えたい。葵が悪人でないことを祈りながら神奈は病室を出た。



 * * *



 土曜日。南野葵は休日だというのに学院に向かっていた。

 理由については察している。全校生徒集合が担任教師、斑から伝えられたので大きな出来事があったのだ。直近で大きな出来事といえば坂下が暴走した件しかない。


 授業もないため学院には久し振りの登校だ。

 どうせ真相が分かるわけもないので、適当な嘘八百の作り話を聞かされることになるだろうと葵は直感している。そう思うとうんざりするが、これで一件落着となるのなら問題はない。


 問題があるとすれば万が一、坂下が暴走の原因に気付いた時のみだ。しかしそれは魔力の実の存在を知らなければ分かるはずもないので心配していない。


「……それで来てみれば、これはどういうこと?」


「待ってたよ南野さん」


 葵が校門を抜けると、そこでは神奈達が待ち受けていた。


「さあ、尋問タイムだ……全部説明してもらうぞ」


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