88 定食――唐揚げ定食ね――
2023/07/30 キャラの会話追加+設定の地の文追加
メイジ学院一年Dクラスでは授業が始まってから一か月が過ぎようとしていた。
斑が教える魔力応用技術はどれも簡単とはいえない。元から出来ている神奈と、授業に参加せず神奈に挑んで気絶している速人以外は、全員真面目に授業に取り組んでいる。
一番苦戦しているのは坂下。優秀なのは葵。
魔力量の少ない坂下と日野は苦戦を強いられる運命にある。
影野に関しては固有魔法が制御できないため、魔力を使用する実践形式は危険を考慮して禁止している。その代わり、影野には属性魔法の知識を斑が教えている。
「筋がいいな南野……お前教える前から知ってたのか? やけに呑み込みが早いな」
「え、そうですか? こんなことやったことなかったけど」
授業で教えられる内容がもう出来る神奈は、みんなの成長を見守るだけとなり暇を持て余していた。魔力応用技術以外に歴史関係の授業をやっているのだが、そっちは真面目に受けている。
小学校で教えられた歴史は、政府が魔法関連のものを改変した偽りの歴史。
歴史上で最初に魔法を発見した人物など、魔法博士とも呼べる存在が昔はいたらしい。否、実際は今もいるのだが存在を隠されている。
因みに初めて人類が使った魔法は〈デッパー〉だと聞いて神奈は驚愕した。坂下達はどんな魔法か気になっていたようだが神奈は知っている。誰かの前歯を大きくして出っ歯にする、ありえないほどくだらない魔法だと知っているのだ。
「神谷さん神谷さん見てください!」
暇で欠伸をしていた神奈に影野が嬉しそうな顔で近付いて来る。
「ついに俺も魔法を使えるようになりました! いきますよ〈岩石槌〉!」
「バカ! 建物の中で魔法なんか使うな!」
神奈の制止も意味なく、既に発動してしまった魔法が効力を発揮。
空中に五センチメートル程度の槌が出現した。岩で作られたそれはもっと大きければ凶器になっただろう。影野に適性属性があれば教室は崩壊していたので、魔法が思いのほか弱かったのは感謝するべきかもしれない。
「どうですか? 神谷さんのお役に立てたら嬉しいんですが」
「役に立つわけないだろ。市販のハンマー買った方がいいわ」
「うっ、お厳しい言葉……しかし神谷さんの言葉なら罵詈雑言でも快感へと変わる」
もうすぐ昼休憩なのもあり神奈は学食に行こうと廊下へ出る。
まだ授業中だがどうせやることはない。真面目に教室にいるよりも、一番乗りで学生食堂へ行った方が時間の有効活用になる。
「さて、何にしようかなあ……ハンバーグ定食か、唐揚げ定食か」
「ハンバーガーなんていいんじゃないですか?」
「ここの学食にハンバーガーはない。というかそもそも他校の学食にもないと思う」
メイジ学院の学食は別段他の学校の学食と変わらない。
とりあえず唐揚げ定食に決めた神奈は即行で学食の老婆に声を掛ける。
「唐揚げ定食ください」
「あら唐揚げ定食? 若い女の子が唐揚げ定食?」
「……そうですけど」
「私としてはサラダ定食がいいと思うわ」
「サラダ定食?」
神奈はおばさんにメニューを渡されたので見てみると、確かにサラダ定食と表記されているものがある。
コールスロー。ほうれん草のおひたし。そのままの水菜。白米。
この四種類しかない超低カロリーのヘルシー定食だ。
「……や、やっぱり唐揚げ定食で」
「あらそう? 私的には唐揚げ定食よりも薬草定食が良いと思うわ」
神奈は「はい?」と言いながらまたもメニューを見てみると、確かに薬草定食と書かれた場所がある。しかし詳細が何一つ載っていない。それに不気味さを感じ、再度「唐揚げ定食」を頼む。
「そう……分かったわ。薬草定食一つね」
「唐揚げ定食ね!?」
「分かったわ、唐揚げ定食一つね」
「そうだよ! 今までの時間すごい無駄だったよ!」
もちろん用意されたのは唐揚げ定食であったが、薬草定食というのがなんなのか好奇心も出てくる。しかし実際に頼む勇気が神奈にはない。
大人しく唐揚げ定食を食べ終わると、神奈は見たことのある男女を見つける。
「あれ……あいつらって確か」
腰まで垂れている水色の髪。相手に冷たさを与える雰囲気。つまらなそうな表情をしている少女のことを神奈知っている。隣にいる暗緑色の髪で根暗な雰囲気の少年も見覚えがある。
記憶を探りながら歩み寄り、至近距離にまで行った時に名前を思い出す。
「そう、天寺。お前天寺だな?」
「か、神谷神奈!?」
天寺静香。かつて神奈に小学校運動会で勝負を挑みんだ少女。人が絶望するのが大好きという悪趣味な女。
隣にいる男子生徒は日戸操真。天寺の相棒といっても過言ではない男。
二人共実力者であり天寺は〈瞬間移動〉、操真は〈人形操作〉という固有魔法を持つ。
「……はぁ、ついに見つかってしまったのね。この学院にいるのは入学試験で知っていたし、魂抜けそうになったけど」
「ドンマイです静香さん」
「あーあ、少し漏らしたじゃない」
「ドンマイです静香さん」
彼女の言い方から察するに、同じ学院に入ったとしてもバレなければいいと避けていたらしい。三年間避け続けるなどほぼ不可能と分かるだろうに、彼女はずっと回避し続けていたのだ。
「久し振り……ね」
引きつった笑みを浮かべる天寺の肩を叩きながら神奈は話を続ける。
「懐かしい挨拶は抜きにしてお知らせがあるんだけど」
「な、何かしら?」
「ここでやると言うなら僕が相手になる」
「やらないって。……実は薬草定食っていうのがメニューにあるんだけど、おばさんに聞いたところこれオススメなんだってさ。お前ら食べてみろよ」
「……まあ、いいでしょう。どうせ何を食べるか決めてなかったしね」
心の内で神奈は薬草定食がどんなものかを楽しみにしながら、天寺達が持ってくるのを待つ。自分が食べる勇気がないなら他人に食べさせればいいと、罪悪感など感じずにしれっと託したのだ。
そしてようやく戻って来た天寺を見たら……彼女の目は死んでいた。
そうなるのも無理はない。なぜなら皿に乗っかっていたのは、そこらに生えている雑草と見比べても分からない葉っぱが十枚程。青汁のような緑色の汁。大盛りの白米。そして最後に食べられるか怪しい黒い葉っぱが十枚ほど重ねられている。
明らかに食用ではなさそうな、おかずといっては詐欺になりそうな葉っぱが歩く振動と共に揺れ動く。
「あの……本当にこれがオススメなのかしら」
「なるほどスマン。だが私は悪くない、注文したのはお前だから食べきれよ」
「嘘でしょ……絶望だわ」
「おお良かったな、お前絶望大好きだろ」
「他人のはね! 私はマゾじゃないんだから、自分の絶望なんて求めてないのよ!」
神奈が言った通り注文したのは天寺だ。
食べきらなければ作った人間に失礼。たとえどんな絶望的な味が待っていようとも、彼女は耐えきらなければならない。
「静香さんだけに辛い思いはさせません。僕にも食べさせてください」
「操真……あなたの覚悟、受け取ったわ」
友を想う気持ちが絆を深める。
二人は今、葉っぱを手で千切って口に運んだ。
「……っ!?」
「う、うあっ……ヴェ!?」
圧倒的苦みに押し潰されそうになる二人は顔を歪めながらも耐える。そして苦みが薄くなってからもう一口食べるのを繰り返す。白米も口に運んで、苦さを少しでもなくそうとするがそれすら無意味な程の苦み。
二人が食べ終わったのは三十分ほど後だった。
食べ終わるのを確認した神奈は、二人が食器を返却しているうちに食堂を出る。
何事もないように校舎を歩き回り、学院でどんな部屋があるのかなどを興味本位で確かめる。音楽室や図書室など普通の学校と大差ないことに少し落胆した。
そんな落胆中の神奈の正面にいきなり天寺と日戸が出現する。
「ちょっと神谷神奈! あれはどういうつもり!?」
「お、落ち着きましょうよ静香さん」
「これが落ち着いていられる? あんな不味い食事があるとかおかしいでしょ!?」
「いやあ悪かった悪かった、ほんとごめん」
さすがに神奈も悪かったと思い謝罪する。
もはや恐怖より怒りの方が上回った天寺は胸倉を掴もうとしていたが、それを必死に日戸が抑えていた。
なんとか彼女を抑えている日戸が「ん?」と不思議そうな声を出す。
「あれは……静香さん、あれを見てください」
「何よ……あれって確か……神谷、あなたと同じDクラスの人間じゃない?」
窓の外に神奈達の視線が移る。
発見は偶然だったが、男子生徒三人が坂下と揉めているところだった。
「あいつら……!」
それを見た瞬間、神奈は走り出す。
「ふう、なんだか冷めたわね……戻るわよ操真」
「了解しました」
置いてけぼりにされた天寺と日戸は自分のクラスに戻っていく。
二人のことより今神奈が気にすべきは同じクラスの坂下の方である。
* * *
授業も終わり昼休憩時間。
坂下はコンビニ弁当を鞄から出す。
コンビニ弁当を買っている理由は単純。兄である優悟を含め、家族とは折り合いが悪いからだ。いつもまともな料理など出されず、家族と一緒に食べた記憶などもう存在していない。せめて誰かと一緒に食べたいと願う日々で、この学院に来てから出会った神奈達なら一緒に食べてくれるかもと坂下は思う。
ただ神奈は坂下が気付いた頃には教室にいなかった。他に一緒に食べようと誘えるクラスメイトは四人だが、誘う勇気が出ないので声も出ない。
日野と影野は怖く、速人も気付けばどこにもいない。葵ならどうかと思うも、異性という理由から中々誘えない。
「はぁ、今日も独りで食べよう」
坂下は諦めた。
優悟に逆らって少し勇気が出たとはいえ、普段の性格は変わらない。非常時でなければ坂下の勇気は出ないのかもしれない。
「待って坂下君」
教室から出ていこうとした坂下に、葵が声を掛けて来た。
「え? 南野さん、どうしたの?」
呼び止められたことに期待が高まる。
葵は鞄から取り出した赤黒い果実を持って来た。
「これを食べてくれないかな。実家で採れたフレッシュな果物」
色は赤黒く、皮はシワシワ。どこにもフレッシュ要素はない。
「フレッシュって……ちゃんと食べられるやつだよねこれ」
「もちろん。感想を聞きたいから食後のデザートとして食べてみて。いつもコンビニ弁当で寂しい食事だし丁度いいんじゃない?」
「分かったよ。不味そうだけど、食べなきゃ何も分からないし……」
クラスメイトの頼みを断るのもどうかと思い坂下は承諾した。
今度こそ教室を出ていき、普段昼食を食べている場所へと移動する。校庭に生えている木の根元で食べるのが入学してからの日課になっている。
教室で食べてもいいのだが、個人的に坂下は外で食べると美味しい気がしていた。
家の中は息が詰まるから無意識に外がいいと思っているのかもしれない。
いつものコンビニ弁当を食べ終え、ポケットから赤黒い果実を取り出す。
食後のデザートとして食べろと言われたのはいいが、これを食べるということ自体に難がある。
「……なんか不味そうなんだけど嫌がらせじゃないよね?」
そうでないと坂下は信じたい。
葵を信じて、貰った赤黒い果実を齧る。
「うっ……ゲホッケホッ!? 何これまずっ!?」
梅干しにしては大きすぎる、リンゴにしては小さい。その実は苦く、辛く、甘く、舌触りがザラザラだったりドロドロだったり気持ち悪かった。吐きそうになるが堪えてなんとか飲み込む。
一口齧っただけでもこれだ。全て食べるなど正気ではない。
「――おお居た居た。今日はあの化け物女は一緒じゃねえみたいだなあ」
「兄さん?」
優悟が二人の友人だろう男子生徒を連れてやって来た。
彼は神奈に殴られたことを根に持ち、化け物女などと毎日口にしている。
「あの時の仕返しに来てやったぜ。よくも殴ってくれたなあの時は」
「いや殴ったのは僕じゃ」
「うるせえ! いいからボコさせろ、そうしなきゃ収まらねえんだよこの怒りはあ!」
勢いの乗った蹴りが腹部に命中し「うっ!」と坂下は声を漏らす。
逆恨みも大概にしてほしいが、坂下には別に気になっていることがあった。
痛みがない。格上であるはずの優悟に蹴られても痛みがない。
心の底からナニカが湧き上がる。そのナニカが膨れ上がり坂下に異変をもたらそうとしている。
「うわああああああ!」
悲鳴を上げながら坂下が手を薙いだその瞬間――強烈な突風が吹き荒れた。




