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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
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87 授業――とりあえず謝罪は大事――

2023/12/03 魔導祭編の加筆修正のために文章一部加筆+変更










 神奈が斑と一悶着あった翌日。

 いつものように教師がいない教室で神奈達は各々過ごしていた。

 ある者は読書をし、ある者は一人の女子生徒を観察し、ある者は何かの実験をし、ある者は暇そうに天井を見上げ、ある者は床に倒れている。


 各々が自由に過ごすその時間に、珍しくも扉が開く音が教室内に響く。

 既に生徒が揃っているなか教室に入るのは一人しかいない。

 珍しく朝の教室に顔を出したのは(まだら)(よう)。神奈達は意外そうな顔で出迎える。


「すまなかった」


 教室に来てすぐ、斑は教壇で深く頭を下げた。

 突然の事態に神奈達は動揺して何も言えない。


「何週間の遅れか分からないが……これから授業を始める。でも授業の前に謝っておきたかった」


 今日からまともに授業をするなど、いったいどういう心境の変化かと神奈は思う。特に昨日失望したため驚きは単純なものではない。


「自分でも虫がいいとは思ってる。あんなに酷いことをたくさん言って、お前達を(ないがし)ろにしたことをどうか許してくれ……! いや、やはり許してくれなくてもいい……ただこれからは、出来るだけお前達のことを考えていきたい」


 謝罪に対して日野は困惑の表情で口を開く。


「おいおい、どうしたんだこいつ」


「きっと神谷さんに迷惑を掛けたことを後悔し、懺悔しているのさ」


「宗教かよ……」


 何があったか、それは当人以外誰にも分からない。

 しかし授業をしてくれるのなら神奈達にとって……いや神奈にとって嬉しいことだ。日野、影野、葵の三人は全く喜んでいない。


「神谷さん」


 神奈の右隣にいる坂下が声を掛けてくる。


「うん? どうした坂下君」


「良かったね」


「ふふっ、そうだな」


 何はともあれこれでDクラスはスタートラインに立てた。

 今まで遅れていた分を取り戻す為にも神奈は気合いを入れる。


「授業の前に話しておく。毎年秋にこの学院では魔導祭というのが開かれる」


 聞いたことのない言葉だったので「魔導祭?」と神奈達は言葉を返す。


「魔導祭、魔導大会とも言うが、他の学校で言う体育祭みたいなものだよ。その中で魔闘儀(まとうぎ)と呼ばれる種目があってね。一クラスから出たい人だけ二人一組のペアを作り、二対二で戦う。各々がそれまでに学んできた全てをぶつける種目さ。もし勝てばこのクラスの地位向上に繋がるだろう。授業が遅れ、実力も劣る君達が出ても恐らく勝つのは厳しい……それでも出たいと思うかい?」


 説明を聞いて日野と、いつの間にか起き上がって席に着いていた速人が「ふっ」と笑みを浮かべる。坂下と影野は不安そうな顔をして、葵は興味なさげに「ふーん」という声を出す。


「はっ、上等じゃねえか」

「神谷神奈と戦えるのなら出る価値はありそうだな」

「ペアか、不安だな……僕、出たくないな」

「ペア……神谷さんとしか考えられないな」

「いいんじゃない? 出たければ出ても」


 全員の意見を聞いて神奈は好戦的な笑みを見せる。


「どうやらやる気らしいですよ。まあ軽く捻ってやりますって」


「分かった、じゃあそれも踏まえて授業をしよう。恐らく今から教えることで君達の実力は上がる。でもこれはあくまで同じ土俵に上がるだけだ。それを忘れるな、過信はしないように」


 魔導祭。魔闘儀。少年漫画的な展開に神奈の心は燃え上がる。

 斑の最後の表情は暗いものだった。魔導祭に参加してもDクラス出身だったため良い結果が残せなかったのだろうと勝手に推測する。この大会は人によっては自信がつくし、挫折するものになるだろう。


「さて、僕が教えられる魔法は――ない」


 そして全員の気持ちが一気に冷めて「は?」と声も一つになった。

 教師であるはずの男が、教えられるものがないというのはおかしい。突然のカミングアウトに全員が驚く。


「すまない言い方が悪かった。勘違いしないでほしいが、実際に魔法を見せてあげられないだけなんだ。魔力自体が弱すぎるせいでね」


 斑は自分の魔力数値が10だと言って両指で表す。

 さすがに10は酷い。おそらく今まで会った誰よりも弱い。


「魔法は知識だけなら教えられるし、魔力の使い方も教えることが出来る」


「魔力の使い方?」


「魔力のことを君達はどう理解している?」


「そりゃあ魔法とやらを使うためのエネルギーだろ?」


 日野が当たり前のことを言うが、それも正解だ。

 正しいのだが百パーセントの正解ではない。

 今までの経験から神奈は斑が言っている意味を何となく理解出来る。今まで魔力を使ってエネルギー弾を放ったり、バリアを作ったり、物体を感知したり色々やってきたのだ。応用性があることなら十分分かっている。


「それは基本さ。魔力には応用技術がある。例えば魔力を体に満遍(まんべん)なく、強く流せば身体強化に繋がる。一部に多く流せばさらに体の機能が強化される」


 神奈は身体強化を一番に理解している。これまで出会った敵も、神奈自身も、異常な身体能力で戦闘を行っている。腕輪も以前魔力で身体強化がされていると発言しているので間違いない。


 日野も思い当たる節があるのか「身体強化……」と表情を険しくさせる。

 魔力の実での一件。実を食べた人間は身体能力が異常に向上していた。あれは単純に魔力が付加されたが制御出来なかったせいで、体という器が一杯一杯になってしまった結果である。


「次に単純な放出。魔力はそれだけでも破壊力を持つが、形を持たせて放てば威力は絶大だ。普通に魔力を放っても相手を怯ませるくらいしかできない。格下には絶対に通用するとはいえ、格上には油断していなければ通用しない」


 魔力に形を持たせて放つというのには馴染みがある――魔力弾。

 ビームのように放つのも出来るが、魔力弾よりも消費が激しい分威力は上がる。

 これまでその威力を見ている神奈は納得し、魔力を放出して怯ませる魔力圧は確かにあまり使わないなと過去を振り返る。


「あれ、魔力を放出したら全て壊れてしまうんじゃ……」


 説明されて逆に影野には疑問が浮かぶ。

 幼少の頃から魔力のせいで苦労している彼は、魔力を放出すれば周囲の物を破壊してしまう。神奈も実際に経験したので彼の特異性には気付いている。


「壊れる? いや、そんな話は聞いたとこがないな」


 教師として知識を持っている斑も知らない。しかし他に知っているだろう者がいることに神奈は気付く。


「……腕輪、お前なら分かるんじゃないの」


「まあ私なら管理者権限で知れますね。影野さんが魔力を放出すると破壊意思が無意識に乗せられています。これだけなら本人の癖の可能性がありますが、調べたところ固有魔法のようですね。放出した魔力で触れた対象を捻じったり、壊したり、吹き飛ばしたり色々出来るようです」


 仮にも万能腕輪という名を冠する腕輪だ。

 知識量はもちろんのこと、調べることさえ可能であった。

 管理者権限という謎の機能については未だに神奈も分からない。


「なるほど、さすが神谷さんですね」


「あれ!? 調べたの私なんですけど!?」


 疑問が解決したのを見計らい斑が話を先へ進める。


「そしてこれが一番大事なもの。壁、まあバリアのようなものを想像しながら形を持たせると、魔力障壁を作ることが出来る」


 魔力障壁。魔力の大きさによって堅さが変わってくるので、張る時も慎重に魔力を消費しなければいけない。


「障壁ってどれくらいの強度なんですか?」


 臆病さから坂下が慎重に問う。


「込めた魔力によって変化する。でもまあ、僕のような低魔力でも並大抵の刃物は通さない。もちろん相手が魔力を通していれば別だけれど、魔力なしの一般人相手に負けることはまずなくなるだろうね」


 たとえ坂下がいかに弱くとも、魔力を持たない者にならほぼ負けることはない。もちろん魔力なしで強い者もいるし、霊力など別のエネルギーもある以上は断言出来ないが、斑の言う通り真の一般人になら勝てるだろう。


「今言った三つの魔力応用技術が戦闘の基本となる。これが出来て初めて他のクラスと同程度のステージに上がれるんだ。魔力が少ないお前達は魔法を使っても必ず押し負ける、だからこそ魔法よりも魔力消費が少ない魔力弾で攻める。受ければ致命傷になる攻撃を魔力障壁で軽減、もしくは身体強化して避ける。これをよく覚えておけ。魔力の扱い方の工夫次第では格上にも勝てる……可能性がある」


 魔力応用技は他にもいくつかある。

 魔力感知など神奈も神音に指摘されなければ知らないままであった。


 斑の言いたいことは分かる。確かに応用技術はこれから活かせることもあるだろう。しかし神奈が勉強したかったのはこんなものではない。炎をドバッと出したり、大地をグワッと変形させたり、竜巻を起こしたりする派手で格好いい魔法を使いたいのである。


 魔力の扱い方などは、ありえない程の激闘ばかりで既に知っているのだ。わざわざ今聞かなくても問題など起きない。


 初日の授業は魔力応用技術の話で終了。

 帰り道、怒りのような感情を斎藤へとぶつける。

 授業のことを話すと彼は自分も初日はそうだったと苦笑いで返す。


「……というかその腕輪なら魔法を知ってるんじゃないの?」


「おい、何かいつもよりマシなやつ教えろ」


「もう私への態度が酷すぎですよ神奈さん。こうなればとっておきの魔法をお教えしましょう。名付けて……〈時計(ザ・クロック)〉!」


「名付けてって何だよ。それもう今考えただろ」


 時間停止でも出来るなら嬉しいと考える神奈であるが、もちろんそんな効果なわけがない。時間系は禁術に分類される代物であり気軽に教わっていいものではない。


「〈時計(ザ・クロック)〉……聞いたことがない魔法だ」


「そりゃ今考えたからだろ? で?」


「なんとこの魔法、どこでも使えるという優れもの!」


「そりゃどこでも使えなかったらダメだろ」


「南極でも、アメリカでも、ブラジルでも、はたまた宇宙でも! 日本の時刻が分かるという究極魔法です!」


「それで究極魔法とかしょぼすぎだろ!?」


 使いようによっては便利だが神奈が求めているのはこういったものではない。

 日常を便利にしてくれるものは確かに嬉しい。楽になるのだから嬉しくないわけがない。それでも、日常で役に立たないとしても、ド派手な魔法を習得したいと神奈は思う。もういっそ魔法少女にでもなりたいとすら思っている。


(ありえない、本当にありえない、なんだこれは……! 私の魔法人生どこで間違えて……最初からかな。そもそもこの腕輪がいけない、こんなしょうもない魔法しか教えないとかどうかしている。万能腕輪の名前完全に汚してるだろコレ。神様、どうしてこんなの送っちゃったんですか?)


「す、凄い……」


 称賛の声が隣から聞こえて神奈は「は?」という声が思わず出てしまう。

 隣では斎藤が目を輝かせて腕輪の方を見ていた。


「凄いよそれ! 時計がいらなくなる便利な魔法じゃないか!」


「そうでしょうそうでしょう、作った甲斐がありました」


「やっぱお前が作ったのかよ! てかどうやって作ったんだよ!」


「それではもう一つとっておきを――」


「もういいわ! ああもう、頭おかしくなりそう……」


 神奈の反応に苦笑いする斎藤は、思い出したように話題を切り替える。


「あはは、そういえば魔闘儀の話はもう聞いた?」


「聞いた聞いた、ペアで戦うんだって?」


「僕と組むのは泉さんだよ」


 その言葉に呼吸するのも忘れて驚愕する。

 魔導祭内の種目、二対二で戦う魔闘儀。無意識で神奈は考えないようにしていたが、当然Aクラスからは神音が出場する。神の系譜が消失しているため全盛期には及ばないにしろ、神奈より数段強い。魔法も魔力の扱いも全てが上の存在である。

 神音に加えて、究極魔法を撃てる斎藤とくれば並大抵の者達では太刀打ちできない。優勝はもう決まったようなものだ。


「うん……終わったな……」


 絶望の色がうつろう瞳で神奈は青い空を見上げた。









 とある一幕。


腕輪「え、新しい魔法ですか? それなら〈髪型固定(リーゼヘア)〉という魔法はいかがです?」

神奈「……どんな魔法?」

腕輪「この魔法を使うと、なんと! リーゼントで髪型が固定され一生変更できなくなるという悪魔の魔法です!」

神奈「さて、宿題でもするかな」

腕輪「ちょっ! 宿題なんて出てないでしょ!?」


 終わり。


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