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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
24/608

15 偽物――取り戻そうとする者――

2023/11/03 文章一部修正









 床や壁は一部焼け焦げており、水道からは冷水が噴水のように勢いよく噴出されている。庭に通じる窓ガラスは割れていて、庭には折れた物干し竿と散乱した洗濯物。そんな酷い家の惨状を目にして叫んですぐ、神奈はなぜこうなったのかを推測し始める。


「な、何があったんだこれ。まさかまたリンナ……いや強盗か?」


「神奈さーん! 大変です大変ですよ!」


 腕輪の声が聞こえたので神奈は周りを見てみると、床に落ちていたのを発見する。

 日常のほとんどで腕輪をつけていた神奈だが「解決したのは私ですよ! 偉いでしょう偉いでしょう、称えてくださいよ神奈さん! あ、ほら賛歌とか作りましょうよ!」とか言ってウザかったので、家に置いていっていたのを忘れていた。


 腰を曲げた神奈は転がっている腕輪を拾い、自身の右腕につけて、一番気になることを問いかける。


「腕輪、何があったんだよこれ」


「リンナさんがリンナさんに誘拐されちゃったんですって!」


「ごめん意味が分からない」


 ややこしい説明になり、一回では神奈が理解できなかった。


「いやリンナさんがリンナさんのそっくりさんに誘拐されたってことでして」


「誘拐って……私の家をこんなにしたのも? お前は大丈夫なのか?」


「はい、問題ありません。しかし、私がいながら守れずに申し訳ありません。詳しく説明しますね」


 神奈が留守にしていた時間内の出来事を腕輪は語る。

 置いていかれた腕輪は、リンナ達との戦闘において静かにやり過ごす選択をしていた。

 実際はただの装飾品だと思われ見過ごされたらしいが、なにも腕輪だって関わりたくないからと薄情なことを思っていたわけではない。彼女とて乏しい戦力だと自覚しながらも戦おうとしていた。しかしそれをリンナが目だけで制し、戦闘に参加しないようにと伝えたと言う。


 リンナの思考を腕輪はすぐに読み取る。

 危険な目に遭わせたくないというものと、もしもの時のために状況説明係となってほしいというもの。仮にリンナ一人で倒せなかったり、逃げられずに捕まってしまった場合に、神奈への説明という大事な役割を任されたのだ。


 戦闘の余波で食卓から床に落下しているものの腕輪は無傷。伝達するのに影響は何もない。


「はい、とにかく追いかけましょう! テレポートで逃げたはいいですが、無事かどうか分かりませんよ!」


 この家の惨状、リンナならば元通りにできる。つまり今すべきことはリンナを連れ帰ることだと神奈も状況を理解した。

 家のこともそうだが、危険な時に傍にいれなかったことも謝りたいと思う。


 神奈は自分が迂闊だったことも反省する。

 自分が傍にいれば安全など自信過剰だ。しかも外出している時は一緒にいないので、確実な安全というものはない。さらには道場に気分転換として連れていったのも悪手であったと今さらながら後悔する。追われている人間を自分が守るとしても、外に出ればそれだけ見つかるリスクが高まる。その結果が現状を引き起こしているのだと神奈は考えた。


「誘拐した奴らをぶっ飛ばしてリンナを助けよう! その誘拐犯を追うぞ!」


 こうして神奈は勢いよく家を飛び出る。

 家から出てもあてはない。ただひたすらに走り回って捜すしかない。

 当然、見つかるはずもない。宝生町全体を走り回った神奈だが、リンナを見つけることはできなかった。


「全然見つからない。いや闇雲に探したって見つからないのは分かってるんだけど……」


 息一つ切らさずに町を一周しても、手がかりすらなかった。

 そんなどうしたらいいか分からないとき、腕輪が唐突に叫び出す。


「神奈さん! 次の曲がり角を右です!」


「なんで分かるんだよ」


「実はこの前リンナさんと初級魔法、居場所発信(プレイスメッセージ)の契約を交わしまして、場所を特定できるんです」


 居場所発信は携帯のGPS機能のようなものである。神奈は便利なもんだなと感心し、同時になんで自分に教えないのかと疑問に思う。


「さあ次は曲がり角を右です!」

「ああ!」


「次の曲がり角も右です!」

「ああ」


「次も右です!」

「……ああ」


「次も右――」

「右折多すぎない!? もう四回曲がったってことは一周してない!? 本当にあってるんだよな!?」

「大丈夫です近づいてますから! 次は左です!」


 とにかく腕輪の言うことを信じて神奈は走り回る。そしてついにリンナが攫われたと思われる建物に辿り着いた。

 全体が黒一色の目立つ建物だ。家ではなくドーム状の建物は不気味さを醸し出している。


 本当にこの場所にいるのか。腕輪を信じていないわけではないが、他人の家に押し入るなどあまりいいことではないため、緊急事態にもかかわらず少し躊躇ってしまう。

 しかしずっとうじうじとしていても仕方がない。考えることを止めて、覚悟を決めた。


「――よし、突入だ」


「はい! 行きましょう!」


「どこへ行く気か知らんがついて行ってやろう」


 神奈、腕輪、速人の順に声を発した。

 今までいなかった男の声を聞いて、神奈は錆びついたロボットのようにぎこちなく左を向く。

 左には仁王立ちしている速人の姿があった。幻覚かと思い目を擦るもその男は消えない。そしてようやく幻ではないと真実を受け入れて叫ぶ。


「なんでいるんだお前!」


「ふっ、ランニングをしていたら、偶々同じように走るお前を見つけてな。強さの元となる行動を調べるためにもついてきた」


「お前もうストーカーとして通報されてもいいんじゃない?」


「お二人とも今はそんなことしてる場合じゃないですよ! 早くリンナさんを助け出さないと!」


 知り合いの名前が出たことで速人は怪訝そうな顔になる。


「あ、そうだった。隼お前ついてくるのは構わないけど邪魔すんなよ?」


「誰にものを言っている」


 誰よりも速人の強さを神奈は知っている。並の相手なら負けないだろうと心配はせず、あくまでも自分の邪魔はしないように釘をさす。


 神奈達は勢いよく「突入!」と叫び、黒いドーム状の建物に侵入した。

 警戒しながら建物内の長い廊下を進んでいく。道中ではいくつもの部屋へ通じる扉が存在した。

 黒い扉には数字が刻まれており、中には扉が開いていて部屋の内部が見えているものもある。その扉が左右に等間隔で並んでいて、内部も覗いてみると全く同じ作りになっている。進んでも進んでも同じような景色だからか進んでない気すらする嫌な通路である。


「進んでるのか分からんな」


「景色は同じでも着実にリンナさんの反応に近づいていますよ」


「お前、あとでちゃんとそれ教えてね?」


「では明日代わりに温かい場所(ホットプレイス)を教えましょう。なんと冬でも体感温度が一度くらい上がる、なんとなく周囲が温かくなる魔法です!」


「そんなもんいるか! なんだよ一度くらいって、冬なら暖房付けた方がいいわ! だいたい生まれてから私は冬を寒いと思ったことないし」


 この腕輪はほんとうに神奈にとって価値のない魔法ばかり教える。今までで役に立ちそうな魔法を教えてもらった覚えがなく、いったいどれだけゴミ魔法を知っているのか疑問に思う。もしかして自分で作っているのではと疑いすら持つ。


「おい、無駄話をしていていいのか? とっとと先に進むぞ」


 ツッコミで足が止まる神奈を速人は急かす。


「お前今回全くの部外者だよね? なに仕切ってんだよ」


「何を言っている。確かにこんなところに何をしに来たか知らないが、俺がお前と部外者なわけがないだろう?」


「思いっきり部外者じゃないか!」


 そんなふうに敵の本拠地で呑気に会話している神奈達だが、警戒も怠っていない。どこから襲われても対応できるよう常に気を張っている。

 しばらく歩いていると、前方に見るからに怪しい三つの影があったので立ち止まる。よく見るとその人影は神奈が捜していたリンナであった。……三人に増えているのは不思議であるが。

 リンナと同じ顔つきの少女達三人を見て、神奈は頬を綻ばせる。


「リンナ無事だったか! 全く心配したんだぞ、早く帰ろうよ」


「待っていました。神谷神奈に隼速人ですね?」

「私は!?」


 ナチュラルに忘れられる腕輪。


「オイオイどこから声がしてんだ? まあいいか」

「良くないでしょ!」


「す、すいませんけど、ここはっ通っしません」

「誰でもいいから私を忘れないで、もっと注目してくださいよおおお!」


 喜びは次第になくなっていき、何かおかしいと神奈は三人をまじまじと見つめる。

 最初から警戒していた速人は彼女達が敵かもしれないと感じ始めていた。


「……何言ってんの? それにいつまで増えてんの? てかどうやって増えてんの?」


「神奈さん! この子達はリンナさんじゃありませんよ、反応はもっと奥です!」


「正解です。我々はリンナではない、それはあの子もですけどね」


「ほんとに何言ってんの?」


「察しが悪いなー、知っちゃいけないこと知っちまったんだよアンタらは。だから――ここで終わりってことだ!」


 そう口が悪いベータが神奈に目掛けてダッシュし、殴るために拳を前に突き出す。だが速人が神奈の前に出て拳を片手で受け止めた。

 自分の攻撃が片手で軽々と止められると思っていなかったのでベータは目を見開く。


「ふんっ、この程度で殺すだと? 笑わせるなよ雑魚が。神谷神奈、この雑魚共は俺が引き受けてやるから先に行け」


「ああそう? じゃあ任せるわ」


 その言葉を聞いてすぐ、神奈は少女三人の横を認識できないほどの超スピードで駆け抜けた。あっという間に置き去りにされた四人からは姿が見えなくなり、そのままの速度で廊下を駆ける。


「え、せめて『なんでお前が?』とか『そんなことできない!』とか言いましょうよ」


「いや別に私あいつがどうなってもいいし、死にさえしなきゃ問題ないって。あいつはあのリンナもどき共にはやられないだろうし大丈夫大丈夫」


「……これも一種の信頼というものなんでしょうか」


 神奈は速人の強さだけは信頼に値するかもしれないと思っていた。しかし逆に言えばそれ以外は信頼に値しない。


「さてね、とりあえず反応の元まで案内頼むぞ」


「分かってますって。そこを右に曲がって、右側にある階段を下りて、右に曲がって、まっすぐ行ってください!」


「……やっぱり右多いなあ。実は適当に道教えてるなんてことないよね?」


 少し不安が強くなった神奈は腕輪の案内のもと、休まずに走っていく。



 * * *



 神奈がその場を去ったあと、速人は三人のリンナクローンを見据えて動かないでいた。


「さて、俺もすぐにゴミを掃除するか。なんとなく事情も見えてきたことだしな」


 三人のリンナそっくりな少女。リンナを捜している神奈。状況を推察するのにはこれ以上の情報がなくても充分である。成り行きで付いてきた速人ではあるが、知り合いが誘拐されたとなれば黙ってはいられない。


「おいおいマジかよ、アンタ一人でアタシら全員相手にするつもりか?」


「……だったらなんだ」


「む、無謀、だと思い、ます」


「そうね、まあその方が私たちにとってはありがたいけど」


「お前たちは何か勘違いしていないか? 確かにこっちは一人でそちらは三人、数的に有利なのはそっちだ。だがお前たち一人一人が強いわけではない。お前たちのような雑魚がたとえ十人いたとしても――俺には勝てんさ」


「な、なにぃ? なら試してあげるよ、アンタはアタシ一人にすら勝てないってね!」


 ベータが顔を真っ赤に染め怒りを露わにして、まっすぐ速人に突っ込んで殴った。しかしその拳は速人の体をすり抜けてしまう。

 残像を残して高速移動した速人は、一番奥にいたガンマの傍に立っていた。そしてその直後、速人がガンマの首筋に手刀を落としたことで、喉から小声で悲鳴のようなものが出て地に倒れる。


「なっ!?」

「ふっ、残像だ間抜けめ。これで一人目」


 目で追うことすらできず、仲間を一人倒されたことにアルファとベータは動揺した。


「な、いつのまに……ですがこの距離で私の炎は躱せるかしら!」


 炎使いであるアルファが魔法を使用しようと魔法名を口にしようとしていた。だが速人に接近されて殴られ、全く間に合わずに「火炎のうっ!?」と魔法名が途切れて失敗に終わる。

 腹部を殴られたことによりアルファは白目を剥いて、気絶したことで地に倒れた。


「馬鹿め、やるなら喋ってないでさっさとするんだな。これで二人目」

「嘘だろ……」


 ベータの目の前には信じられない光景が映し出されていた。

 今まで少女達はアンナ以外の者には負けないと思っていた。しかしそれはアンナ以外の強者というものを全く知らなかった、自身の見聞のなさのせいでもあったのだ。


 現実、三人で戦おうとして、一人の少年に戦いにすらならずに倒されようとしている。

 理解したくない現実を遠ざけるようにベータは吼える。


「ウソだアァァ!」


 自棄になったのか、それとも元からの戦闘スタイルか。彼女の行為は相手に向かって一直線に走り、ただ殴るという単純なものだった。

 それは速人などの戦いに命を懸けている者にはあまりに滑稽に映っている。


 力も速度もパワーアップする前の速人より少し下程度。それでも戦い方さえ工夫すればもっと長く足止めできたはずであった。それがこうして幼稚な戦闘方法を取ったことで、敗北へのカウントダウンは急速に縮まったのだ。

 殴りかかって気付く。……もう殴りかかろうとした相手が目の前にいないことに。


「ど、どこにいぐっ!?」


 見失った相手を捜そうと首の向きを変えようとした瞬間――天上を地面のように踏みしめている速人が、ジャンプするかのように降下して、回転しながらのかかと落としをベータの脳天に喰らわせた。


「これで最後、呆気なかったな。だから言っただろう? お前たちが十人いても俺には勝てないと」


 あっさりと、スムーズに、速人はクローン三人を倒してしまったのである。


「さて、神谷神奈を追うか」


 世間は狭いというが、世界は広い。

 少女達が恐れていたアンナという女を超える存在は何人もいる。そのことを彼女達はこの日初めて知った。

 そして今、アンナとそれを超える少女が対峙しようとしていた。


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