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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
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85 教師――ダメな大人――


 神奈達一年Dクラスは翌日も、その翌日も授業を受けることが出来なかった……というか斑はやはり教室にすら来ない。


 日野にせっかく来てもらっておいて、暇にさせているのを神奈は申し訳なく思う。その分クラスメイトと交友関係を深めることが出来るので、この時間が全く無駄というわけでもない。日野は坂下と話そうとして逃げられたからか、逃げずに堂々と話せる影野とたまに過ごしている。


 休み時間、といっても神奈にとっては全ての時間がそうだが……その時間に神奈は学院内を探検してみることにした。

 もう不登校児はDクラスにいない。あとは教師のやる気を引き出すだけであり、神奈にはその方法が思いつかない。つまり現状打つ手なし。神奈にできることは何もない。それならまだ詳しくない学院内を見て回った方が時間の有効活用だと考える。


 広大な土地。入学試験を行ったドームもであるが、学院も相当広い。

 宝生小学校の三倍は大きな、七十メートル程ある校舎。全てを詳しく把握するには数日かかるだろう。

 しばらく学院内を歩いていると、神奈は予想外の現場に遭遇する。


「いたっ!」

「あ、ごめん。大丈夫だったかい?」


 誰かが廊下を走って、斑と衝突してしまっていた。

 ネクタイの色から一年生ではなく、二年生以上であると分かる。どう見ても非は走ってぶつかった男子生徒にあるので、神奈は斑が教師らしく注意するのかと思っていた。


「あーいってぇ……すみませんぶつかって……ってアンタは確か、Dクラス担任の」


「斑だよ、こちらこそぶつかってしまってすまないね」


 男子生徒はDクラス担任だと知って態度が軽くなる。


「なんだ、あの落ちこぼれクラスの……そういえばアンタも昔はDクラス在籍だったって聞いたことあるよ。落ちこぼれが落ちこぼれの担任になるとは笑えるぜ」


 斑がDクラスにいたのを神奈は意外に思う。

 容赦なくゴミなどと言ってくるので、少しは上のクラス出身だと勝手に思っていた。しかし実際は斑本人もDクラスに在籍していたのだ。過去にDクラスに在籍していたならDクラスをボロクソに言う理由が全く分からない。


 完全に悪意ある言葉に斑は何も言い返さない。

 男子生徒は名案が浮かんだとばかりに手を叩く。


「あ、そういや次の授業のあと昼だけどさ。焼きそばパン買ってきてよ」


「焼きそばパン?」


「うんそう、購買で人気だからすぐなくなっちゃって。だから頼むわ、もちろんお金は先生の自腹でな?」


 完全に舐められた態度を取られても、斑は当然であるかのように受け止めている。もはやいじめレベルなのに嫌な顔一つしない。

 当然教師なのだから断る――はずだった。

 神奈の予想が外れ、斑は「分かった」とだけ告げて引き受けてしまう。


「ちょっと待て!」


 我慢できず神奈は飛び出していく。

 こんな場面を見て放っておく性格ではない。

 上級生だろうと、他のクラスだろうと関係ない。


 斑は予想外の人物登場に目を丸くする。男子生徒も一瞬驚いたが、神奈の胸辺りにつけているリボンが一年生のものと分かりすぐに見下した目を向ける。


「なんだ一年生、もしかしてDクラスの生徒か? 先生を庇うためにわざわざ来たのかよ、大した絆だなあ」


「はっ、そんなわけあるか。ただお前のことが気に入らないんだよ。教師をパシリにするとか何考えてんだ」


 啖呵を切った神奈を見て、男子生徒は下から舐めるように視線を移動させていく。

 単純に気持ちが悪くなる視線であることは間違いない。寒気が走り、肩などが少し震えた。今までこのような視線は数回しか向けられていない。

 性的な目で見られれば神奈だって分かる。意外とそういったものには鈍感でも、露骨に見られれば分からないはずがない。


「へえ、まあいいんじゃね。お前が俺を嫌うのは別にいい。だったら俺のことが大好きにさせてやるよ、ちょうど空いてる部屋あるから遊ぼうぜ」


 唐突に腕を掴まれて「は? な、何?」と困惑する神奈。

 あまりに話を聞かないので呆気に取られてしまう。


「待て!」


 腕を掴まれた神奈を助ける為か、斑は大声で男子生徒を静止させる。

 ――だが次の行動は神奈の予想の斜め上をいく。


「これで勘弁してくれないか」


 斑はポケットから財布を取り、一万円を差し出していたのだ。

 金銭を差し出すという予想外の行動に神奈は驚いて固まってしまう。男子生徒は「へえ」と興味深そうにしており、悪意の込められた目が斑に向けられる。


「足りないなあ」


「なら……これでどうだい」


 斑の差し出した金額にケチをつけた男子生徒は、その十倍の金額を見せられると上機嫌になった。

 冷笑した男子生徒が斑の持っていた金を奪い取る。


「おおー太っ腹。じゃあありがたく貰っとくぜ」


 男子生徒は「それじゃあ授業が始まるから」と言って立ち去ってしまった。

 相手が立ち去るまで神奈も斑も動かず、怒りのボルテージが上がっていく。


「何してん――」

「何をしたのか分かっているのか!」


 神奈が怒鳴ろうとすると、被せるように斑が大声で怒鳴ってきた。

 なぜ怒られるのか分からない神奈に斑が叫ぶ。


「君は自分の立場を理解していない。あれはBクラスの生徒だ、逆立ちしても君に勝ち目はない! 君の勇気は良いと思う。でもこれは蛮勇だ! もし僕が助けなければ君はあの生徒に――」


「うるせええ! 怒ってるのはこっちなんだよ!? 勇気だの蛮勇だのどうでもいいんだよ、私が怒ってるのはあの行動にだ! なんで、なんで金なんて渡した!? どうして言い返さない!? 教師だろ、教える立場だろ、なんでアンタは言いなりになってるんだよ!」


「……分かっていないようだね。僕はDクラス出身だ、つまり誰よりも弱い。逆立ちしても勝てっこない相手に挑む程バカじゃないのさ。従うしかないんだ……僕らのようなゴミは」


「Dクラスだから勝てない、そんなの言い訳だろ」


 神奈は斑に背を向ける。


「……もういい、私が原因だからアンタの金だけは取り返してきてやる」


「止めろ、僕は現実を知ってるんだ。理想だけじゃ……ないことを……知って」


 幻滅。これ以上ない程に神奈は斑に失望した。

 どうしてこんな男が教師なんてやっているんだと疑問に思うレベルである。

 先程の男子生徒を追いかけて、神奈はあっさりとぶちのめして財布から金を奪い返した。今までの強敵達との戦闘に比べればなんてことのない簡単な作業だ。それからすぐに戻り、奪われた金を立ち尽くしていた斑の足元にばら撒く。


「Dクラスだからって諦めてるアンタにはもう期待しないよ、授業も強制しないさ。……アンタは今まで会った中で一番酷い教師だった」


 教室に帰ろうと神奈は足を進める。

 斑はそこから動く気配はなく、ただ棒のように突っ立っていた。

 誰かにものを教えることが斑にできると神奈は思えない。少なくとも何かを変えないと無理であろう。何がきっかけになるか分からないので考えても仕方がない。

 今の状態では教壇に立たれても迷惑になるだけだ。


「本当にダメな大人だなアンタ」



  * 



 学院の廊下で、時間であっても授業せずに斑は立ち尽くしている。


(何をしているんだ。なぜこんなことになっている?)


 生徒からの「ダメな大人」という言葉を聞いて思い出した。

 以前、斑が中学生でありこの学院に居た頃、それと全く同じ言葉を口にした。


(皮肉だな、あの時担任に向かって言い放ったのに……今度は僕が言われる立場か)


 斑は生まれつきあった魔力を小学生のときに自覚し、自力で魔法や学院の存在に辿り着いて、メイジ学院へと入学した。

 火属性魔法が扱え、小学生時代は成績が良かったし、運動も魔力を使えば誰にも負けなかった。自分を優秀な人間だと、並べ立てる者など存在しないと、そんな傲慢な思考をしていた風にあの頃――入学と同時に現実を思い知らされる。


「斑洋、君はDクラスです」


 入学試験とされる魔力と適性の確認。

 そこであっさりと口にされたのは落ちこぼれだという事実。


「Dクラスって一番悪いところじゃ……こんなの何かの間違いだ!」


「はい間違いじゃありませんので黙りましょうね。では次の方どうぞ」


 優秀だから間違いなくAクラスに行けると斑は思い込んでいた。しかし現実、斑は魔法使いという世界では凡人、いやそれ以下だったということにショックを受ける。井の中の蛙大海を知らずとはよく言ったものだ、まさか自分がそうだったとは思わなかったが。


 失意に陥りながら、学院を立ち去るわけにもいかないのでDクラスへと向かう。

 ほとんどの新入生がCクラス、もしくはBクラスに入っていくのを見てさらに落ち込む。

 驚くべきことに、Dクラスには斑の他に一人しか在籍していなかった。嬉しくないがそれだけレアということだろう。


 もう一人の生徒は女性である。

 紫色の髪でも毒々しいことはなく、全体が舞う蝶のように可憐であった。

 斑が隣に座るとつまらなそうな顔に笑みが浮かぶ。


「よかったあ、一人じゃなかったんだ! よろしくね新入生君!」


 底辺の場所に落ちたショックで、斑は何も返答する気が起きなかった。それでもそのもう一人の生徒は何度も何度も話しかけてくる。

 いい加減にしてほしいと苛つき交じりに斑は口を開く。


「……なんでそんなに話しかけるのさ」


「あ、やっと返事してくれた! 私は夢咲(ゆめさき)弥生(やよい)です、よろしくね!」


 弥生と名乗る少女は花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「名前なんてどうでもいい。僕はもう全てがどうでもいい……」


「ダメだよ、挨拶は大事なんだから」


「斑、洋」


「じゃあ洋君だね」


 弥生はマイペースだった。無駄に明るい彼女に、斑は次第に心を開いていく。

 人間関係は良好になっているとしても、Dクラスでの生活は想像よりも酷いものである。授業をしない教師。見下してくる生徒。全てが斑の精神に負荷をかける。


 一週間もの間、授業がされるどころか教師が教室に顔を出さない。

 二人は痺れを切らして、職員室にいた担任教師に抗議しに行った。


「先生、どうして授業してくれないんですか!」


 ボサボサの髪。最低限にしか整えられていない髭。シャツが出しっぱなしの服装。もうそれだけでダメ人間だと悟れる。

 男性教師は面倒そうに頭を掻きながら答える。


「Dクラスはな、ゴミなんだよ。教えても無駄なんだよ」


「そんなことは」


「あるさ、じゃあお前に聞くが……戦って勝てると思うか? Aクラスとまでは言わない……Cクラスの連中に勝てるか?」


「そ、そんなのやってみなきゃ」


「分かるさ、俺がそうだった。お前らは普通にすら届かなかった、神に見捨てられたゴミなんだよ。それを自覚しろ……そうすれば辛い思いなんてしなくて済むぞ。はは、この学院に来なければマシな生活送れたかもしれないのにな」


 この男性教師は全てを諦めている。

 Dクラスだからって諦めるのはダメだ。落ちこぼれだって必死に努力すれば必ず届く。斑はそれを信じて疑わないからこそ男性教師に愛想を尽かす。


「本当にダメな大人ですね、あなた」


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