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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
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83 日野昌――嘘――


 信じあえる仲間。今の言葉の中で日野が嘘だと分かった言葉はこの部分のみ。


(三木さんは本当は仲間だなんて思ってなかったのか? それなら、俺達の今まではなんだったんだ?)


 家族への不満という一点のみで繋がった仲間達。

 年齢こそ違えど、各々が一人一人のことを理解できる最高のグループであった。頼りになる三木に日野達はよく悩み事を相談していたものだ。


 日野は、いや日野だけでなく全員が今の居場所を最高のものだと思っていたはずなのに、肝心のリーダーである三木本人の手で壊されてしまう。それが今までの生活を、この集いを、全てを否定されたような気がして喪失感を覚える。


 三木は魔力の実を地面に放り投げ、顎で食えと示す。

 友人の死体を目の当たりにして全員が臆する。臆病な加藤は「ヒ、ヒッ」と言葉をうまく出せないまま後退る。喧嘩好きである村井も一歩下がろうとしたが、加藤を一瞥すると目を見開いて叫ぶ。


「加藤、テメエは逃げてな! 三木、見損なったぜ……こうなりゃ俺がテメエをブッ倒してやる! 後悔したってもうおせえぜ!」


 あっさりと仲間を殺すような人間にはついていけない。

 やらなければやられるだけだと村井は突っ込んでいく。

 咄嗟に「止せ村井!」と日野が叫ぶも聞き入れられない。

 村井が三木に向かうその隙に、加藤は慌てて逃走する。決して後ろを振り返らずに路地を走り抜ける。


「ガハッ!?」

「村井、残念だよ」


 決着は一瞬で着いた。

 村井の腹部は素手で貫かれ、血を勢いよく噴出させながら地面に沈む。

 喧嘩なら三対一でも勝てるくらい強い村井でさえいとも簡単に敗れた。この事実を日野はあっさりと呑み込めた。なぜなら日野には感じられるからだ。どう足掻いても勝利のビジョンが見えない強大な魔力を、魔力など持っていなかった三木から。


「加藤は、まあ後でいいか。先にお前だよ昌」


 死体となった村井には目もくれず、三木の視線は日野に向けられる。


「ば、化け物め……アンタはずっと俺達の事を仲間とも思ってなかったのか!?」


「思ってたさ、でも今は違う。俺は強くなった、この力なら誰だろうと従えさせられる……現にお前は震えている。この俺に恐怖している。分かるか? 全ての生物はこの俺より下、仲間などもう必要ないのさ」


「なんでこんな……」


 こんなはずではなかった。これからもずっと仲間で、バカなことやって生きていくんだと日野は思っていた。だが三木は恩人でもある。もし出会わなければ日野は永遠の孤独を強いられていたのだから。


 ――今取るべき行動はただ一つ。決意を胸に真下にある果実を見やる。

 日野は地面に落ちていた魔力の実を一個拾い――食べた。


(むぐっ!? まずっ……苦み、辛み、甘みの三種類がごちゃ混ぜになったかのような味。こんなものが……三木さんを変えてしまったんだ! 力に溺れた恩人を止めるために俺は食べるぞ、魔力の実!)


 あまりの不味さに両膝を地に付けながらも、地面に捨てられている村井と加藤の分も拾って口に運ぶ。それを見た三木は驚愕していたが、そんなものは気にせずにがっついて食べる。味覚がおかしくなりそうでも、碌に動かない口をなんとか動かして最低限の咀嚼で飲み込む。


「昌、分かってくれたか! やはりお前は最高の仲間だ!」


(――嘘だ。さっき仲間なんて必要ないとか言ったのをもう忘れたのか。今のアンタにとって俺達は都合のいい駒だろう)


 魔力の実は一つで強大な魔力を対象に与えるようだ。

 三つも食べた日野の体は拒絶反応を起こし、痙攣し、内臓が焼かれるような痛みに襲われて喘ぎ声が漏れる。同時に力が漲るのも感じる。次第に痛みが治まってくると、緑溢れる草原で深呼吸しているかのように心地良い気分になった。

 深く呼吸してから、大きな魔力が体に馴染むのを確認しつつ立ち上がる。


「二つ以上食べれば激痛が襲う、最悪死ぬかもと言われていたんだがなあ。さすがは昌、元から怪物だっただけあるな」


 そう言うと三木は、加藤が逃亡した方向へと体を向ける。


「さあ、戦力になるか微妙だがとりあえず加藤を――」


 ――三木の声が途切れた。

 強大な力を手にした日野が歩み寄り、油断しすぎている三木の後頭部を殴ったのだ。硬い骨が砕けていく感触が手に伝わり気持ち悪くなる。三木の体は力を失い地面に倒れた。


「あーあ、やっちまった。何してんだ俺は……」


 後頭部から血を流して倒れている三木を日野は見下ろす。

 地面に倒れた三人の仲間だったものを見て、今まで立っていた地面が崩れていくように感じた。

 どうしようもない後悔が押し寄せる。しかし日野が行動していなければ新たな犠牲が出ていただろう。ああするしかなかったのだと無理やり納得しようとする。


「……あ」


 声が聞こえた。日野が振り返るとそこには神奈がいた。


「なんだ、これ……」


(ああ丁度いい、何か勘違いしてるようだし利用するか。俺にはもう仲間なんて必要ない、裏切られるだけじゃないか。だったらそんなものはもう要らない。だからこいつも遠ざけるんだ)


 神奈は驚いている。この惨状で驚かない方がおかしい。

 何かを言いたそうにしている彼女の口が開かれる前に、先手を取って語る。


「俺が殺した、俺が三人を殺した」


 魔力がざわついて嘘であると日野に教える。

 自分の嘘にも反応することを日野は初めて知った。以前から嘘というものを嫌っていたので、嘘を吐かないで全て本音で話すと決めていたのだ。それを破ってまで、大嫌いな嘘を吐いてまで、日野は神奈を遠ざけると決意している。


「そいつら、友達か? さっきの男もいるな……」


「正確には友達だった、だ。もう友達だの仲間だの甘い関係じゃねえ……だって俺が殺したんだ。もう俺は普通には生きられない。だからテメエは今すぐ帰れよ、この俺に殺されないうちにな!」


 言い放った言葉を聞いて神奈はきょとんとしている。

 何言ってんだこいつ、とでも言いたそうに平気な顔で動かない。


(こいつ状況分かってんのか? 人が死んでる、殺人犯が目の前にいるんだぞ? なんで逃げ出さねえんだよ、普通悲鳴でも上げて逃げるだろうが)


「――嘘だろ、それ」


 思わず日野は「は?」と間抜けそうに呟いてしまう。

 嘘の判別をする能力の持ち主と出会ったことはない。この力は日野一人だけのもので、自分だけが周囲と違うのだと思っていた。まさか嘘を見破られるとは思っていなかったのだ。


「なんで分かったとでも言いたげだけど、お前の顔だよ」


「なんだと? 俺の顔?」


「お前悲しそうだぞ。その目、その表情、殺人犯というよりも被害者だ。そんな顔で言われても悪いけど信じられないな」


 理屈には納得いかないが日野は嘘を吐き通すのが無駄だと悟る。


「確かに、三人は殺してねえ……なあ、今のうちに聞いておきたい。お前はなんで俺に固執するんだ」


「決まってんじゃん、大切なクラスメイトだからだ」


 魔力はざわつかない。信じられないことに嘘ではない。

 誤魔化しは効かないので、嘘を吐かれれば神奈のことを否定するつもりであった。だというのにしっかりと本音で「大切なクラスメイト」だと、薄っぺらい関係であるのに「大切」だと言ってのけた。


「なんでそれだけで……」


「逆に、たったそれだけじゃダメなのか」


 意思の強さが神奈の言葉からはっきりと伝わる。

 嘘は見抜かれ、脅しでは帰らない。それなら別の方法で関わりを断つしかない。


「俺が仲間だと?」

「ああ」


「本当に?」

「ああ」


「それなら……仲間だっていうなら手出しするな、踏み込むな! そこから一歩でも踏み出せばお前を殴る!」


 言葉で無理なら力で屈服させるしかない。

 今の日野は控えめに言っても強いと自負している。一時的に増幅しているだけとはいえ、その魔力の大きさは魔力持ちなら余程鈍くなければ感じ取れる。

 これで神奈が怖がって帰るかと、日野は本気で思っていた。


「ふーん、それなら……一歩」


 恐れず神奈が一歩踏み出した瞬間――手加減して日野が殴った。

 本当に本気で殴ってしまえば誰であろうと死んでしまう。強大な魔力というのは破壊力抜群なので、意識して力を抑えている。


「ふざけんな、まさか嘘だとでも思ったか! 俺は本気だぞ!」


「……本気? 笑わせんな、手加減したくせに」


「……っ! なら今度は本気でいくぞ。十秒待つ。帰れ……今帰らなきゃ俺はお前を殴り続けるぞ。お前が帰るまで殴るのをやめねえ!」


 日野は口に出してカウントダウンを始める。

 口にする数字はどんどん小さくなっていくが、神奈は動く気がないのか微動だにしない。手加減しているといっても殴られれば相当痛いはずなのに、まさか力にも屈しないのかと日野は睨みつける。


「三、二、一、……バカがっ!」


 カウントダウン終了と同時に日野は殴る。今度は手加減なしの本気の一撃だ。

 全力で、もうどうせ人を殺してしまったのだからどうなってもいいと思いながら、殺す気で殴りつけたにもかかわらず神谷は動かない。


 宣言通り殴り続けるがそれでも動かない。避ける素振りも、反撃する素振りも見せず、ただ殴られることを許容していた。

 もう我慢できないとばかりに日野は叫ぶ。


「なんで、なんで反撃しねえんだよ!」


「……する必要がないだろ」


「そうやってただ殴られ続けるのかよ!? 頭イカれてんじゃねえのか!?」


「何言われても私は反撃しない」


(こいつ……! 嘘じゃない、それが分かるから恐ろしい。なんだってんだよこの女……!)


 理解したくない感情を遠ざけて日野はまた殴り始める。

 何度も、何度も、もう殴った回数はどれほどか日野本人でも分からない。百回か、それとも二百回か、それ以上か……そんなに殴っても、宣言通り反撃しないで耐え続ける神奈はどうかしているとしか思えない。


「はあっ、はあっ、殴りすぎて、こっちの手が痛くなってきたぜ……でも」


 もう神奈のことを殴り続けて三分以上経過した。

 全力で攻撃し続けたことで疲労が溜まり、一旦休憩するように日野は拳を止める。


「手が痛くなるのは当然だが……どうして! なんでそれ以上に胸が痛む!?」


「簡単だろ、お前がしたくないことしてるからだよ」


 神奈の少し赤く腫れた顔を見て、日野の胸は痛む。心が悲鳴を上げている。もう殴りたくないと脳が信号を送っている。

 殴ろうと腕を上げようとしても……上がらなかった。

 日野は棒立ちになり問いかける。


「……どうすればいいんだ。人間は嘘を吐く。大人は信用できねえ。俺はもう誰とも関わりたくねえんだよ」


「はい嘘、お前酷い顔してるぞ。本当は人との関わりを断ちたくないんだろ……一人が、寂しいから」


「……ああ、そうだ。一番信用していた男に裏切られてなお、俺はまだ一人は嫌だと思っちまう。一人でいれば裏切られる心配なんかしなくていいのに。バカだよ、俺は大馬鹿野郎だよ」


 日野の頬を涙が伝う。

 もうこれ以上誰かを信じて痛い思いをしたくないのに、孤独を嫌う気持ちのせいで誰かと一緒にいたいと思ってしまう。どう転んでも辛い思いをするのは自分だというのに。


「お前さ、なんで俺なんかのためにここまでするんだ」


「まあ、最初は自分のためだったんだけど……お前のためにも引きたくないと思えたんだ。それに、辛そうな顔してるやつはほっとけない質でね」


 同じようなことを過去に言われたのを日野は思い出す。

 神奈と三木の姿が重なって見えた。信じられる言葉であると日野は無意識に思う。涙を垂らしながらも叫ぶ。


「まだ、大切だと言えるか。俺はお前をこんなにっ!」


「何言ってんだ……いくら殴られても、お前がクラスの仲間ってことに変わりないよ。クラスの仲間ってことにはな」


 嘘ではないと日野には分かる。

 偽りなく、変に取り繕っていない言葉は聞いていて心地良い。


 神奈の本心なのだ。いくら日野が自分に攻撃したとしても、それだけで仲良くなれないとは思っていない。過去のことなど気にせず、大事なのはこれからであるというポジティブ思考。


「……その根気には参ったよ、降参だ」


「それじゃあ……!」


「ああ、行ってやるよ。……でも仲良しになるだとかそんなんじゃねえぞ……俺は、探しに行くだけだ。今度は自分から探し出してやる……もう壊れない自分の居場所を」


 こうして居場所を失った日野は、再び確かな居場所を求め始めた。

 その答えはわりとすぐ近くにあるかもしれない。


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