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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
23/608

14 記憶――喪失したもの――


 神奈が帰宅する一時間半ほど前。

 家の中でリンナは腕輪と話をしながら部屋の掃除をしていた。

 なぜ腕輪が神奈といないのか。それは道場に行く前、これで教えが改善されていれば自分の功績だと口うるさかったため、応対するのが面倒になり神奈が外していったのだ。


「ぶーぶー、神奈さんは冷たいですよー。結果を知るなら作戦考えた私がいてもいいでしょう」


 腕輪から零れる愚痴にリンナは苦笑する。


「あはは……まあ腕輪さんもちょっと自慢しすぎだったんじゃないですかね。お二人の距離感は信頼し合っているような感じで羨ましい気もしますけど」


「まあそうでしょうそうでしょう! 私と神奈さんは相棒、そしてズッ友ですからね!」


「そういうノリが置いていかれた原因なんじゃ……」


 ソファーの汚れを布で拭きながらリンナは呟く。

 どれだけ仲がよかろうと喧嘩することはある。今回の神奈と腕輪の件は喧嘩というほどではないが、神奈の心がほんの僅かに離れたのは確かだ。


 しばらくして、掃除を続けているリンナと、食卓の上に置かれている腕輪に来客の知らせが届く。

 インターホンの音が家中に鳴り響き、掃除していた手を止める。


「誰でしょう、また隼さんかな」


「リンナさん、セールスなら追い返してくださいねー」


「分かってますよ。あっ、また鳴らされた。今行きまーす!」


 二度目が鳴らされたことでリンナは慌てて玄関に向かおうとする。


「……うん? これは、この魔力はいったい……リンナさんストップです!」


 来客らしき者の魔力を感じた腕輪は一人不審がる。

 不安に思う腕輪の言葉にリンナは「え?」と零して立ち止まった。食卓の方へと振り返って腕輪に目を向ける。


「あの、でもお客さんが待って――」


 突如、巨大な鉄球を打ちつけられたかのような音が響き、振動が伝わる。

 困惑しているリンナの顔が、轟音と共に、一度両目を瞑ってから驚愕へと変貌する。音につられてリビング入口方面を見ると、鉄製の扉が勢いよく廊下を転がっていくのを視認した。


 見覚えのある黒と白の扉。紛れもなく家の玄関にある扉だ。

 普通そんなものが飛んでくるはずがない。ありえない事態に遭遇したものの、リンナは腕輪が止めたのはこのことかと納得する。


 廊下を傷だらけにした扉は最奥の壁に衝突して倒れる。

 そんな非常識なことをやってのけたのは一人の粗暴そうな少女だった。その背後には二人、同じ顔つきの少女が立っている。

 三人の少女は遠慮することなく神奈の家に上がり込んだ。


「邪魔すんぜー」

「くっ、いったい誰ですかこんなことをするのは!」


 大切な人の家を破壊されたことでリンナは怒って廊下へ向かう。

 廊下に出る前に「待って!」と腕輪の声が聞こえたが構わずに飛び出す。


「おっ、早速出てきたぞ」


 廊下に出たリンナは目を見開いてさらに驚愕する。

 人生で一番とも断言できるだろう驚き。なぜならリンナが目にしたものは、入ってきた侵入者の姿は。


「――わた、し……?」


 侵入者の顔は三人とも――リンナと同じものだった。


「そんじゃあまあ、ぶん殴らせてもらうぜ!」


 粗暴そうな少女が凶悪な笑みを浮かべてリンナに殴りかかる。

 いきなりの攻撃にも反応して避けてみせるが、同じ顔の少女がいるという現実に動揺しているせいで、続けて繰り出された回し蹴りに対処できなかった。


 強烈な蹴りを腹部に受けたリンナはリビング内に戻される。

 何度も転がってから、吐きそうになる痛みに耐えつつゆっくりと立ち上がった。

 そして粗暴そうな少女、知的そうな少女、おどおどしている少女の三人がリビングに侵入する。


 この状況はドッペルゲンガーという超常現象と酷似している。自分の分身、生霊の類。それらと会ってしまえば死んでしまうという噂まで存在する。他人が見た場合は見間違い、自分が見た場合は幻覚であるなどが考えられるが、確かな実体を持ち、殺す勢いで攻撃してくる幻覚などありえない。


「あなたは、あなた達は……誰、なんですか」


 正体を確かめるべくリンナが問いかけると、侵入者の少女達は眉を動かして問い返す。


「覚えて、ない、ですか?」


「はあ? んだそりゃ、記憶喪失ってやつかよ」


「……おそらく頭でも強く打ったのでしょう。テレポートで逃げたと聞いていますし、未熟なら頭から着地するなどしてもおかしくはありません」


 実際その通り、リンナは記憶の大半を失っている。本当は覚えているべきことを、彼女は何一つ覚えていないのだ。

 ――だがそれも今日まで。


「……うっ、くうっ、頭、いたっ」


 リンナは思い出す。


「……あ」


 思い出して動悸が激しくなり、目の前にいる三人を見つめる。


「……わ、たしは」


 今、リンナ・フローリアは正しき記憶を取り戻した。



 * * *



 ピンク髪の幼女は緑色の液体の中で目を覚ました。

 不思議と息ができる液体の中で彼女は自分が何者なのか、何のために生まれたのかを思考する。

 リンナ・フローリアという名前。それだけが目が覚めた時に幼女が覚えていることだった。他に覚えていることなど何一つない。


「あら、お目覚めのようね」


 ピンク髪を肩より下に伸ばし、毛先が四方八方に跳ねている大人の女性が現れる。

 まだカプセルの中にいる幼女を覗き込むと、どこかのボタンを押してカプセルを開けてみせる。


「……あぅ、あなた、は?」


「私はアンナ・フローリア。あなたのたった一人の姉よ」


 アンナは幼女の姉であると言った。確かにピンク色の髪をしているし、顔つきもなんとなく似ているような気がすると幼女は納得した。

 それからリンナとアンナの生活が始まった。与えられた可愛らしい子供部屋で、子供がよく遊ぶような玩具をたくさん持ってきていっぱい遊んだ。


「ねえアンナお姉ちゃん、これ、なに?」


 子供部屋の隅に放置されていた本を幼女は指さす。


「これは魔導書よ。これを読むととっても不思議な力を使うためのお勉強ができるの」


「それ使えたら、私もアンナお姉ちゃんのお役に立てる?」


「……覚える必要はないわ。あなたはあなたのままでいて」


 子供の純粋な気持ちに、アンナは素っ気なく返して部屋を出ていった。

 しかし幼女としては世話されっぱなしの状態に納得できず、何か姉のためにしたいと考えていた。そのため、必要ないと言われた魔導書に手を伸ばしてしまう。


 二人で過ごす時間以外を幼女は魔法の勉強に当てる。

 サプライズ的なことをしたかったのもありバレないように頑張った。

 最初は魔力を感じ取ることから始まり、次に魔力弾の生成。その次にようやく魔法を使用できるようになる。目的である最終段階に到達するまでに、幼女はいつしかギリギリ少女と呼べる歳になっていた。


「リンナ、見せたいものってなあに?」


「ふふ、お楽しみです。見ていてください」


 魔法が使用できるようになってすぐ、少女はアンナを呼んで魔力を高めていく。

 魔力の高まりを感じたアンナは眉をひそめる。表情が険しくなる姉に気付かずに少女は魔法を行使した。


発光球(ライトボール)!」


 前に着き出した少女の両手から温かな白い光が発され、エネルギーが両手の間に集まっていくと、淡く光る白い球体が出来上がる。

 発光球は無属性初級魔法の一つ。電球のようなイメージを浮かべればすぐにできる簡単なものだ。

 これで褒めてもらえると考えて少女は笑顔でアンナを見上げ――突然、平手打ちされた。


 何が起きたのか少女は理解が遅れる。

 頬がヒリヒリと痛むのを感じ、ようやく現実を理解し始めた。

 せっかく苦労して魔法を覚えたのにどうしてと、少女は涙が潤む目をアンナに向ける。


「余計なことをしないでちょうだい。はぁ、今回も失敗……」


 少女は初めてアンナに恐怖する。

 無機質で、まるで道端に落ちているゴミでも見るかのような瞳。先程までの優し気な瞳が嘘のようになくなっていた。

 何かに期待を裏切られたように落胆するアンナは部屋から出ていこうとする。


「ま、待ってよお姉ちゃん!」


 我に返った少女が慌てて追いかけるも、アンナは廊下に出て、入口の扉を乱暴に閉めてしまった。

 勢いよく走ったことで扉に頭をぶつけた少女は目を回す。だがすぐに回復して扉を開けると、目に映ったのは広い廊下だけであった。


「……なんで、わたし、悪いことしたの? わたし、悪い子なの?」


 少女の疑問には誰も答えない。誰の耳に届くことなく虚しく消失する。

 それから、少女の前にアンナが姿を現すことはなくなった。


 大好きである姉に会えない日々が続いている少女は悲しさで涙が溢れる。

 食事は一応扉の前に運ばれてくる。だが音がしてすぐに廊下へ出ても、肝心のアンナの姿はない。

 仕方なく一人でいるときは魔法の勉強をしていた。もっとすごい魔法を覚えれば驚いてくれるかもと、幼い彼女はそう思った。


 一年の時が過ぎ、少女の魔法の腕はそこそこ優秀とされるまでになっていた。

 固有魔法というものが使えることにも気がつき、少女は今なら恥ずかしくない魔法を見せられると部屋を出る。


 長い廊下を歩き、手当たり次第に扉を開けて中の様子を窺う。

 誰か違う人の部屋を開けてしまったときのため、こっそりと慎重に動いていくつもの部屋を覗き続ける。

 今まで覗き見た部屋は全て、少女がいた部屋と同じような部屋しかなかった。世間知らずな少女はそういうものなのだろうと納得する。


 アンナを捜し続けて十分ほど、ついに少女の目に会いたかった姉が映る。

 ――だがそこで見た光景は驚きのものだった。


「わ、たし……?」


 もう一人の自分。そうとしか言いようのないものがアンナの近くにいた。

 顔も体も表情すらもそっくりだ。本物に近いというか生き写しの少女だ。しかし本物が自分なのだから偽物なのだ。

 偽物の少女は入口で覗いている少女を見て、驚くようにアンナへと話しかける。


「わっ、アンナお姉ちゃん! なんか私そっくりな子がいるよ?」


「あら、ほんとね気付かなかったわ。誰かしらね」


「――な、何を、言ってるの?」


「なんだか気持ちわるーい」


 なにをバカなことをと少女は内心呟く。


(気持ち悪いのはそっちでしょう。私の動作を、服装を、癖を全てそのままコピーしたようなアレには気持ち悪さしか感じない! きっとお姉ちゃんは騙されているんだ。教えてあげなきゃ、あれは偽物で私が本物だと。本物の妹は私なのだと教えなければ!)


 混乱よりも怒りが上回る。きっとアンナが来なくなったのはコイツのせいなのだと、自分から姉を奪った者に闘志を燃やす。

 なんとか自分が本物であると教えるために、扉を全開にして少女は叫ぶ。


「私だよ、リンナだよ! お姉ちゃんの妹のリンナだよ!」


「何言ってるの? 私がリンナだよ?」


「黙ってよ偽物――ッ!」


 自分を語る偽物を許せずに叫ぶと、その瞬間に少女のすぐ横の壁に大穴が空いた。


「黙るのはあなたの方よ偽物のリンナ。次に私の妹を侮辱するなら、偽物というなら殺すわよ?」


 アンナの右手から放たれたのは魔力の塊である魔力弾。それが勢いよく壁に衝突して、横の壁を大きく抉って破壊している。本気で殺す気だと嫌でも理解してしまう。

 殺されるかもしれないと一度思うと、少女の感情を一気に恐怖が支配する。

 逃亡以外の選択肢は存在しなかった。


(なんで信じてくれないの? 私が本物のリンナなのに!)


 全速力で長い廊下を駆け抜ける。道中いくつもの扉があったが、全ての部屋が同じ簡素なつくりだ。

 もはや自分の部屋への扉もどこにあるのか分からなかった。少女は闇雲に、ただひたすら廊下を走った。

 途中で曲がり角も何度か曲がり、階段も降りた。精一杯無我夢中で走り続けて、気が付くと少女は一つの扉の前にいた。その扉は今まで見たものとは違い重々しく、他とは違うのだと特別な雰囲気が漂う。


 少女は扉を開けて部屋に入り、目にした光景を疑う。

 その部屋には数十のカプセルが並んでおり、その中は緑色の液体で満たされている。何よりも認めたくなかったのは液体の中にいる人間……少女と瓜二つの幼女達だ。


「これは、わた、し? もっと子供の、ころの……?」


 少女は忘れていた。アンナと出会ったとき、この場所にいたのは紛れもなく少女自身だということを。


「なんなの、この部屋……?」

「見てしまったのね」


 背後から声が聞こえたので少女は振り返る。


「お、お姉ちゃん!? こ、この部屋は……なに?」


「何を言ってるのよ? ここはあなたが生まれた場所よ。そこら中に置いてあるじゃない、あなたが言う偽物が」


「私が、生まれた? 私はっ、私はっ!」


 今思い出した。少女は思い出してしまった。

 少女は本物などではない。だからといってさっきの別の少女が本物というわけでもない。

 ここにいる少女達はカプセルの中の子も含め、すべてが偽物。少女達はここで生み出され、育てられた人造人間――クローンだ。

 アンナは少女の姉ではない。少女の製作者だ。


「その顔、思い出したようね。あなたが考えている通りよ。あなたも、ここの子供達も、上にいた子も、すべて私が愛する妹のクローン。……ねえ、あなたで何人目だと思う?」


「……なにがですか」


「秘密を知ってあの世へ送った偽物」


 そう言うとアンナは右手を少女に向け、魔力弾を放つと付け加える。


「ちなみに正解は十三人よ。ではさようなら」


「あああっ! 障壁(ウォール)!」


 薄紫の壁が少女を覆う。魔力弾が直撃すると、薄い障壁は爆発とともに崩れゆく。

 少女とアンナでは魔力量に差がありすぎた。防御魔法など一撃で消し飛ぶ。


「攻撃を防御する膜を魔力で作り出す初級魔法。新しい魔法を覚えていたのね」


「一人でいる時はずっと魔法の勉強してたからね……!」


「そう、私のリンナはね、魔法なんて使えない普通の女の子だったの。あなたを見限ったのは、魔法を使ってしまったからなのよ!」

「ぐううばっ!?」


 気付いた時には遅く、少女は殴り飛ばされて壁にめり込んでいた。

 瞬間移動かと思うくらいの速度。全く視認できなかった少女は勝ち目が少しもないことを理解する。


「もう終わりよ」


 壁から剥がれて床に倒れ伏す少女に対し、アンナは冷酷な瞳を向けて歩み寄る。

 勝ち目がないことを悟っている少女はもう戦おうとしない。そして立ち上がろうともしない。


「……テ、テレポート!」

「テレポート!? そんな魔法まで……逃がさないわよ!」


 ――だが魔法を使うことで、諦めていなかった逃亡に成功する。

 少女の姿はその場から掻き消え、着ていた衣服の無数にある切れ端だけが残されていた。



 * * *



 今まで頭が混乱していたせいか、思い出したくなかったからか、リンナという名前だけの偽物である少女はアンナのことを、自分自身のことを忘れていた。しかし同じ顔の少女達を見て脳が刺激を受け、思い出したくもない自分のことを思い出してしまった。

 酷い頭痛は収まり、リンナの頭は先程までの痛みが嘘のようにスッキリしている。


「あ、あなた達は、クローン……」


「はっ、クローンはテメエもだろーが」


「まあ落ち着いてくださいベータ。どうやら彼女は記憶を取り戻したようですし」


 体、声、顔は同じ。喋り方と髪型は違うが、リンナという少女の偽物はこの場に四人も揃うことになった。


「アンナの手先ですか……」


 険しい表情になってリンナは問いかける。それに答えるのは知的そうな少女だ。


「まああなたの想像通りです。私はアルファ、攻撃したのはベータ、後ろの彼女がガンマ、区別するためにそう呼んでいます。そして肝心の目的ですが、我々はあなたを回収に来たのです」


「回収? 抹殺ではなく?」


 確か殺そうとしていたのではと疑問を提示すると、それにベータという粗暴そうな少女が口を挿む。


「テメエ魔法使えるらしいし殺すのは勿体ないんじゃねえの? アタシ達みてえにな」


「あなた達はなんなんですか! どうしてアンナなんかに!」


「わ、私達はアンナ様の、邪魔者を排除したりする雑用係、です。一応あなたのご飯も運んだことあり、ます」


 何を言われても驚かないと思っていたリンナに衝撃が走る。

 アンナが来なくなってからの食事は全て、アルファ達が運んでいたということにショックを受ける。やはり魔法を使用したことが原因で見放されたのかと理由を察する。


「私は付いていかないですし捕まりません。精一杯足掻きます。誰が好き好んでアンナの下僕に成り下がりたいと思うんですか!」


「……同じ私とは思えないほどのバカです。アンナ様に逆らって、タダではすみませんよ」


「はぁ、素直に下につきゃいいのによお」


「うぅ、可哀想……ボロボロにされるのは可哀想、です」


 話が終わり敵対の意思を見せるとリンナはすぐに行動を起こす。敵の力は未知数、まずは誰かに攻撃をするべく動き出した。

 リビングを相手めがけて一直線に突っ走る。相手の内の一人、丁寧な口調をしていたアルファが手を翳すと炎が噴射されてきたのでリンナは避けるが、当然避ければ他の物に当たる。炎は壁に当たって周囲に燃え広がる。


 次に大人しめのガンマが両手を前に出すと、突然強風が吹いてリンナは立ち止まることを余儀なくされる。

 絶妙な風のせいで炎が一気に燃え盛り被害が拡大していく。


「炎使いに風使いとは相性がいい……もう一人はっ!」


 嫌な予感が身体中を駆け巡ったので、それに抗うことなく横に跳ぶと――リンナが先程までいた床が砕かれる。

 粗暴な性格であるベータは天井に張り付いていたのだ。さながら蜘蛛のようだが、天井に空けられている指くらいの穴は何かの魔法というわけでもなく、握力だけで張り付いていた。そして天井から真下に急降下していたベータは両足を槍の様に突き出し、直撃した床は穴が空いて亀裂が大きく広がったというわけだ。


 アルファは炎魔法使い。

 ベータは身体強化が得意な武闘派。

 ガンマは風魔法使い。

 三対一という圧倒的に不利な状況に加え、リンナの固有魔法は触れた物の時間を一日巻き戻すこと。これは戦いであまり使えない力だ。


「どうすれば……痛っ!」

「大人しく、降参、してくだ、さい!」


 痛みが走ったところをリンナが見ると、その部分だけ何か鋭いもので切られたように服と体が少し裂けていた。

 使われた魔法はおそらく、鋭い風の刃を作り出して射出する魔法。風刃(エアブレード)であると知識から引っ張り出す。

 今の風刃で水道のどこかが切れたようで、冷水が勢いよく放出される。そのおかげで壁の炎は広がるのをやめているが、どんどん水浸しになっていく。もはや家がとんでもなく荒らされている。


 休む暇を与えないようにベータが殴りかかって、それをリンナは紙一重で躱していく。

 しかしいつまでも避け続けられるわけがなく、飛んでくる炎と風に気を取られて一発だけ喰らってしまう。


「ぐうっ……くっ、あなた達はなんでアンナに従うの! 知っているんでしょう? 私たちはアンナの私欲で生み出されて用済みになれば殺されるだけなのに!」


 右頬を思いっきり殴られたリンナはお返しとばかりに殴り返す。だがベータは軽々と後方に跳ぶことで避ける。


「はっ! 知ってるさ、でも優秀だから私たちは殺されなかった! お前もおそらく殺されないさ! 三対一でまだ戦えるんだからな!」


「アンナ様にはもちろん挑みましたがかすり傷ひとつも与えられない始末、魔法を覚えていたからこそアンナ様の強さを実感して諦めました。あなただって勝てないから逃げたのでしょう?」


「そ、それは……!」


 事実なので何も言い返せない。リンナとてアンナの実力は嫌というほど分かっている。

 絶望しかないのか。そう自分に問いかけると、まだ残っている希望は存在することを食卓に置いてある腕輪を見て思い出す。


「神奈さんなら……アンナは無理でもこの三人は倒せるはず」


「なにぼそぼそ言ってんだ!」


「私が、逃げ切る方法よ!」


 リンナはそう叫ぶと魔力弾を放つ。ベータが横に跳んで回避したことで壁にぶつかって爆発する。だが無意味なものだったわけではなく、ベータは跳んだ先に先程自分が空けた穴があることに気がつく。

 穴に右足が入ってしまうもなんてことはない。気にせず再び走ろうとするベータの右足が――床に埋まっていた。


「んなっ! んだよこれ!」


 穴が空いていたり、燃えていたり、水浸しになっていた床は一瞬でそれらがなくなっていた。リンナの固有魔法、時戻しの効力だ。瞬時に修復された床は本来の姿になり、穴に入っていたベータの足を巻き込んだのだ。


 アルファとガンマは不可思議な現象に驚く。その隙を突いてリンナは走り出す。

 攻撃が止んだ数秒で、リンナは窓ガラスを体当たりで破って外に出た。

 ガラスが割れた音で我に返った三人の少女はそれぞれ動く。アルファは炎を右手に出現させて、ベータは身体能力で強引に足を床から引き抜き、ガンマは風刃を放つ。


 なぜリンナが外に出たのか。それは目的の物が外に干されていたからである。

 攻撃の気配を感じ取り、余裕がないために手を伸ばして適当な物を取る。そして逃げるだけならこれ以上のものはないといえる魔法を唱えた。


「テレポート!」


 リンナが着ていた衣服はバラバラに弾け飛び、その場から本人が掻き消える。

 消失すると同時に、洗濯物が干されていた物干し竿が風刃で真っ二つにされた。


「……テレポートですか。そういえばそれで逃げられたとアンナ様も仰っていましたね」


「おいおい、逃げられちまったじゃねえか! どうすんだよアルファ!」


「私達、怒られちゃうん、ですか?」


「……いえ、まだ追えます。どうせ彼女が行く場所は限られています。その中で可能性が高いのはこの家に住んでいる少女、今日は道場とやらに行っているらしいですし、私達が先回りすればいいだけです。服が弾け飛んで全裸になっているなら、そう公共の場を堂々と歩けないでしょうしすぐに追いつきます」


 三人の少女は用済みの家から出ていく。

 修復された床だったが、炎などはそのままなのですぐに酷い状態に戻ってしまう。家主である少女が絶叫を上げることになるのはこのせいである。




 命がけの脱出作戦に成功したリンナは裏路地にいた。

 テレポートという魔法の弱点で、着ていた衣服は弾け飛んで全裸になってしまう。生まれたままの姿で周囲の様子を窺いながらリンナは手に持っている物を見下ろす。


「やっぱり予想通り。着ていた衣服はなくなっても、着ていない衣服は弾け飛ばない」


 全裸では町をうろつけない。仮に歩いていたら警察に捕まって面倒なことになる。

 対策を考えて、自分の考えが正しかったことに笑みを浮かべ、リンナは持っている白い服をよく見る。


「げっ、こ、これは、神奈さんが好きな『二人はゴリキュア』のキャラものシャツ……! 時間がなかったせいで上だけしかないのに、こんなキャラものの服を着てたら……で、でも何も着ていないよりはマシなはず!」


 魔法少女アニメキャラの姿が二人分堂々と描かれている服を着て、リンナは行動に移る。

 シャツしかないなら下半身が丸出しになるかと思いきや、神奈が自分のサイズよりも大きめの物を購入していたおかげで、大事なデリケートゾーンをギリギリ隠していた。さすがに下を丸出しにして外を歩くなどリンナも嫌だったので、胸を撫で下ろして一息吐く。


「……あっちは確か、道場からの帰り道」


 テレポートを使用するときは鮮明に景色を思い出さなければならない。本来なら道場付近に瞬間移動しようとしたのだが、リンナが道場に行ったのは一度のみ。あまり覚えていなくて当然であるし、悠長に考えていられない状況だったので仕方がない。


 裏路地からひと気のない道を選んで進み、誰かに見つからないように慎重に動く。

 魔力で身体強化すれば常人が視認できない速度でも動けるが、万が一のために高速移動は最小限にする。もし視認されてしまえば服装と速度で二つも言い訳しなければならない。


 回り道に回り道を重ね、ようやく道場付近の林に出ることができた。

 誰かに見つかることなく順調に進んでこれたため、リンナの心も少し楽になっている。走って走って道場が見える場所にまで到着し、タイミングよく神奈と笑里が出てきたところを視認して口元を緩める。

 いざという時は頼りになるはずの神奈に助けを求める。これであの三人からは逃れられる。


「かんっ……!」


 リンナが神奈の名を叫ぶ――途中で背後から少女らしい柔らかい手で口を押さえられた。

 呼吸すら封じられて、リンナは息苦しさに耐えつつ暴れようとするも、両手と両足を別の少女二人に封じられる。

 息ができないせいで視界が霞み、涙が目に浮かぶ。必死の抵抗も虚しくリンナの意識は薄れていく。


「まったく手こずらせんじゃねえっての」


 粗暴そうな少女にリンナは担がれ、残りの二人と共に帰るべき場所へと帰っていった。


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