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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
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75 影野統真――引き篭もり――


 入ってきた日野は軽く目を見開いている。

 驚く原因はこの教室の席の少なさだろう。彼に神奈が今の状況を説明する。

 人数が揃わないと授業が始まらないこと。Dクラスは落ちこぼれの集団だと思われていること。来ていないのは日野と後もう一人だということ。

 全てを聞いた日野は「ふーん」と興味なさげに呟く。


「つまり、俺は遅刻じゃねえってことか」


「そういえば出欠確認もされてないし、そういうことになるのかしら」


「へえ、じゃあもう来なくてもいいか」


「なんでそうなる!?」


 彼の衝撃発言に神奈は叫ばずにいられない。


「だって授業もねえし、来る意味ねえじゃん」


「それを今から変えていくって話だろ! お前が来てくれたんなら後一人だけだし、なんとかなるって!」


「いやいいわ、興味ねえし」


 神奈が言い放つと日野は教室を出て行ってしまい、Dクラスは三人に戻ってしまった。神奈の情熱に対して彼は冷めすぎている。魔法に興味がなければ来る意味もないだろうが、それならなぜメイジ学院に入学したのか分からない。


「なんだよあいつ……もうちょっとこう、協力してくれてもいいじゃん」


「来たくて来てるわけじゃないってことでしょ?」


「僕、あの人苦手だな……顔怖いし」


 神奈は状況を整理して今後どうすればいいのかを考える。

 まず神奈達三人はすでに来ているので問題ない。つまりあと二人、日野ともう一人を来させれば解決なわけだが何も手掛かりがない。

 つまり今すべきことは何か――情報収集だ。


「斑のところへ行ってくる」


「斑先生? ああ、手掛かりを聞きにね」


「仮にも教師だ。生徒の住所くらい知ってるだろ」


 葵は試験管に入っている液体を他の試験管へ移しながら口を開く。

 中身は梅干しのように赤い液体が入っていて、青い液体と混ざりあって紫へと変化していく。そんな実験に興味がない神奈は教室から出て職員室に向かう。


 職員室では自分の席で携帯を弄っている斑がいた。画面には女の子が大きく映り、笑顔で手を振っている。神奈はそういう趣味かと心の中で思いつつ「斑先生」と背後から声を掛けた。


「ぬわおう!? な、なんだ神谷か驚かすなよ」


「普通に声掛けただけじゃないですか」


 神奈に「何の用だ」と尋ねる斑に情報を求めていることを伝える。


「今来ていない生徒の住所と名前教えてください」


「なんで僕がそんなこと……」


「ああ! 斑先生ギャルゲーが大好きなん――」


「分かった! 教えよう……悪魔か君は」


 他の教師が数人いるなか、大声で神奈が趣味を伝えようとしたから慌てて斑は了承する。ギャルゲー好きを隠す斑からすればたまったものではないだろう。

 観念した彼は机にある書類の束から一枚の紙を引き抜く。

 名簿のようなもので、住所も記されているそれを彼は神奈へ乱暴に手渡す。


「今来ていないのは、日野昌と影野(かげの)統真(とうま)……か」


 日野のことで知りたいのは住所のみ。いつでも対処可能なことを考えると、神奈が今日向かうべきは影野という男子生徒の方だ。


「この影野統真ってどういう生徒か分かります?」


「会ってもないから知らないよ。ただ、あの試験で魔力値が過去最高だったみたいだな。それでもDクラスにいるのは、適性属性が一つもなかったからだとも聞いた。普通は適正が一つはあるもんなんだがな、可哀想な奴だよ」


 過去最高に高い数値と聞けば、神奈が思い浮かべるのは試験時の最後の少年だ。

 高い魔力と聞いて一瞬転生者を思い浮かべたが、名前に神の字がないことから神の系譜により力を得ているわけではない。といってもこの世界には、転生者じゃなくても強者がかなりいるので不思議ではない。


 適性云々は置いておき、優秀とされるレベルが低すぎるというのが神奈の正直な感想である。

 今まで神奈が出会ってきた者達はどれだけ異常だったのだろうか。願い玉に影響されたアンナ。宇宙最強とされていたエクエス。究極生命体の破壊の巨人。絶望大好き少女天寺静香。禁断の魔導書を所持していた三子。大賢者と呼ばれていた神音。全員が全員、圧倒的にレベルが高い者達。メイジ学院で優秀とされる生徒達ではどう足掻いても勝てない相手だ。


 今までに出会った強者が多いゆえ神奈の強さの基準は高い。

 影野という男子も、果たして神奈が強いと思う程の強者であるかどうか分からない。期待しているわけではなく、ただ単に過去最高などと大層な記録は当てにならないと思う。



 * * *



 神奈はメイジ学院から出て、記されていた住所を頼りに影野統真の家に辿り着く。

 豪華というわけでもなく、貧相というわけでもない普通の家。ここに不登校児の一人がいる。神奈はインターホンを鳴らしてみたが全く返答がない。


「入るか」


 ここで入れないから帰ろうとはならない。神奈が帰ったところで何も変わらないからだ。扉の鍵を力尽くで開けようとしたが、腕輪からの助言で「〈ロック〉」と唱えれば普通に鍵が開いた。


 鍵を閉める魔法を分かりやすくするなら鍵穴への念力。つまり鍵を閉めるだけの魔法というわけではなく、開けることすら可能だったのだ。施錠だけでなく解錠も出来るとなれば便利さは増す。


 悪いと思いつつ神奈は影野家に侵入する。

 やっていることは明らかに不法侵入でも引けない理由がある。恨むなら自分を恨めと、不登校児へ責任転嫁した。


 扉を開けてすぐ、神奈は「うわぁ」と顔を歪めた。

 一言で表すなら――酷いゴミ屋敷。


 玄関にはゴミが大量に入った袋が放置されていて、歩くスペースもゴミをどけなければ存在しない状態。なんとかゴミ袋をどけて中に入ったがさらに酷い空間だ。リビングに行けば洗われていない皿がいくつもあり、カップ麺の容器が放置されている。さらに一部には蠅がたかっていた。悪臭もあるが神奈には加護により届いていない。


 一階にはひと気がないため二階へと上がる。

 二階に上がると三つほど部屋があったが、魔力を周辺にばら撒いて触れたものを感じ取る技術――〈魔力感知〉を神奈は使用する。そうすれば、影野のものと思われる魔力を感じる部屋へと一直線に向かえる。


「おっ今使ったのは〈魔力感知〉ですね?」


 腕輪が察したように問いかけた。


「ああ。空気中に魔力をばら撒くだけだから簡単だ。入学前に神音から教わっといてよかった。誰かさんの魔法と違って早速役立ったし」


 魔力が触れた物を感じることが出来る。目を瞑っても、どんな形のものが周囲にあるのか分かる。新鮮な感覚だと思う神奈だがこれは神音曰く初歩的な技術らしい。初歩的といっても今の神奈では集中しなければ使えない。


 神奈は目前の扉を開ける。

 部屋の様子は酷いものだった。積み上がっている本。埃がある掃除していないだろう床。黒のカーテンで日差しを遮った暗い部屋。転がっているお菓子袋。食べ終わったカップ麺。これでは完全に引き篭もりの部屋だ。


「だ、誰だ」


 侵入した神奈を見て驚いている少年の身だしなみも酷い。

 暗緑色の髪はボサボサ。目元の隈であまり寝ていないことが分かる。服装は汚れが目立つジャージ。それはまさに引き篭もりだと言われても納得できるスタイル。


「私は神谷神奈。お前と同じクラスの生徒だよ」


 一瞬何を言っているのか分かっていない表情を影野は見せる。


「同じ、クラス? あ、もしかして学校の……」


「そうだよ、学校行こうぜ? Dクラスに落ちたことは残念だけどさ」


「そんなんじゃ、ない」


 落ちこぼれに分類されたことで引き篭もりになったのかと神奈は思っていた。

 否定されたことに「え?」神奈はと呟くと、影野がハッとして苦しみ出す。


「出ていけ」


 頭を押さえながら言い放たれたことに神奈は「は?」と返す。


「いいから出ていってくれよ」


「待て、確かに無断で入ったことは謝る。でもなんで学校に行かないのかだけは聞かせてくれ。何か理由があるなら話してくれ。何でも相談に乗るから」


「うるさい! いいから出ていってくれ!」


 何度も彼は「出て行け」と叫び、神奈の話に聞く耳を持ってくれない。しかし神奈にも目的があり、ここで帰るわけにはいかない。

 彼の態度は彼の過去が関係しているだろうことは容易に想像できる。ただ、それを調べる方法がない。知り合いの情報もなければ教師も当てにならない。本人の口から喋らせる以外に彼の不登校理由を知る術はないのだ。


 忍び込まれたことをきっかけにセキュリティを強化されるのは目に見えている。どうにかして神奈は影野を今日連れ出すしかないのである。


「嫌だ、せめて理由を話してくれないと納得できない」


 意地でも出ていかない神奈に、影野は観念して叫ぶのをやめる。


「……話したら出ていってくれるのか」


「内容次第。もし下らない内容だったら無理矢理連れ出す」


「……分かったよ。全て……話す」


 こうして引き篭もりになっている以上、何かしらの理由があるはずだ。その理由もあの入学式の日が関係している。なぜならその日は登校しているのだから。

 話すことを決意した影野は静かに語り始める。


「俺は……生まれつき力を持ってた。この力は危ないんだ、それをあの日再確認した。だからもう……ここから出ない」


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