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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
六章 神谷神奈と魔力の実
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74 生徒――生きる価値もない――


 Dクラスの教室に用意されている五個の机と椅子のセットには、既に座っている者が二人いた。

 一番入口側にはナヨナヨしている弱気そうな少年。

 窓側の一番奥の席には青い眼鏡を掛けた優等生っぽい少女。

 神奈は弱気そうな少年の隣に座ろうと決める。


「なあ、ここいい?」


「え、ええええ!?」


 軽く声をかけたはずが、弱気そうな少年は大声をあげてのけぞる。そして大袈裟に驚いてみせた後に視線を逸らし、今度は真逆に聞こえないレベルの小声を出す。


「あ、えっと……はい……いいです」


(なんだこいつ。話しかけただけなのに驚きすぎだろ、オーバーリアクションで私の方が驚いたわ。最後聞こえなかったんだけどオーケーしてくれたんだよね?)


 神奈も前世でコミュニケーション能力が低かったが、ここまで人見知りではなかったと思う。コミュニケーション障害、通称コミュ障は会話が苦痛に感じたり、とても苦手な人間のことを言う。ただ、会話が苦手どころではない少年はコミュ障以下である。


「私は神谷神奈。とりあえず今日からよろしく」


 会話の回数を積み重ね、仲良くなれば苦手ではなくなるはずだ。

 できるだけ多く話そうと神奈は決心してみたものの、返ってきた声は「……よろしく、お願いします」と小さすぎる声だった。小さすぎて神奈でもそれが正確だという確証がない。辛うじて聞こえるという点だと、魔力で聴力を強化しないと聞こえない妖精相手よりマシなのだが。


「さ、坂下(さかした)……勇気(ゆうき)


 何か小さな声での呟きを耳にした神奈は「え?」と思わず口に出す。


「な、名前です。坂下勇気、僕の名前……」


「ああ名前か。ごめん、声が小さすぎて聞こえなかった。よろしく坂下君。……あーえっと、そっちもよろしく。神谷神奈だ」


 挨拶すべきは一人ではない。窓側に座る少女にも神奈は挨拶しておく。


南野(みなみの)(あおい)。よろしくするつもりはないわ」


 特におかしなところはない優等生のような雰囲気。棘があるとは思うが神奈は一度の拒絶で諦めない。一応「同じクラスなんだし仲良くしようなー」と声を掛けておくが無視された。


 神奈が二人と挨拶を終えると、入り口から一人の男が入ってくる。

 こうして入ってくる大人ということは教師以外にない。とはいえ、髪はボサボサ、ワイシャツもシワシワ、全体的に身だしなみを整えられていない男だ。葵はその姿に本当に教師なのか疑惑の目を向けており、神奈もホームレスか何かではないかと思ってしまう。


 因みに坂下は「ひいっ!」と情けない声を出していた。怖がる要素は特にないが、小心者であるがゆえの反応だろう。


「あー全員揃ったみたいなんで説明する。僕は(まだら)(よう)


 教壇の前に立ち、教師と思われる男の斑が気怠そうに口を開く。


「あの、まだ三人しかいませんが?」


 全員という言葉に疑問を抱いた葵が質問する。

 席は五つ。生徒は三人。明らかに人数が足りていない。椅子が多いだけの学校側の不手際という可能性もあるが、しっかり人数計算くらいしているだろう。


「ああ、そうだな。なんというか……そこの空席のやつらは帰ったよ。校門から出て行ったと連絡があった」


「え? 帰った? おいおい嘘だろ、やる気なさすぎだろ」


 どんどん神奈の予想していた魔法学院での生活から遠のいていく。

 現実逃避したくなる神奈の心など知らず、斑はまた説明を面倒そうに始める。


「いるんだよ、そういう奴も。ふぁあああ……なんせこのクラスはDクラス……ゴミ処理場みたいなものだからなあ」


「は……ゴミ?」


 欠伸しながらさらっと告げられたことに神奈は眉を顰めて、坂下は不安そうな表情になった。いきなり教室をゴミ処理場扱いされたら嫌な気分にもなる。葵だけは気にしていないのか平然とすまし顔だ。


「クラスのアルファベットにはそれぞれ意味があるんだ。Aはエース。Bはベター。Cはコモン。Dはデス。ふぁああああ、まあ僕の自己解釈だけどね。要するに君達は生きる価値もないゴミだと判断されたのさ」


「そんな言い方……酷すぎる」


 何の罪悪感もないのか続ける斑の説明はすぐに終わる。


「とにかくここに来たからには地獄を覚悟しておけよお……そんじゃ以上、解散!」


 それだけ言うと再び欠伸をして教室から出ようとする斑。

 肝心なことを説明していない彼に、慌てた神奈は机に乗り出して質問する。


「いやちょっと待って下さい! 授業とか入学式は!?」


「やらないよ。入学式に出たければ出てもいいけど、侮蔑の目で見られるのは確実だからオススメしない。授業なんて以ての外だ。君達に何か教える時間を設けるくらいなら、ソシャゲでもしてた方が百倍いいや」


「アンタそれでも教師かよ!?」


「教師さ、だからこそ君達みたいなのには教えない。だいたい初日から全員揃わないようなクラスだよ? 教える価値ないでしょ。ねえ? 魔力値38さん」


 名前ではなく魔力値で呼ばれたら怒りが限界突破しそうになったが堪える。


「じゃあ! もしも、全員揃ったら授業してくれるんですか」


「……考えはする」


 そう告げると斑は本当に教室から出て行ってしまった。あまりの事態に神奈は放心する。

 教師として斑は最低だ。しかしどんなに最低でも、授業をしてもらわなければ神奈がここに来た意味がない。他のクラスへ行こうにも、評価でクラス分けされたのは事実なので認められないだろう。


 生徒のやる気もあまりない状態で、そもそも揃っていない状態では誰だって授業したがらない。とりあえずこれからの方針は決まったので神奈は二人に呼びかける。


「よし! じゃあ坂下君、南野さん、これから頑張ろう!」


「いや、何を?」


「何ってそりゃもちろん生徒集めだよ」


 そう神奈が告げると、坂下と葵から正気か疑うような目で見られる。


「む、むむむ無理無理絶対無理。どう考えても無理」


「本気? 確かに授業をするか考えるって言っていたけど……」


「本気だ、不登校児なんて引きずってでも来させてやる」


「――やる気ですね神奈さん!」


 神奈に話しかけたのは二人ではない。右手首にある白黒の腕輪だ。

 腕輪が喋るという超常現象は知らなければ確実に驚く。二人も例外ではなく、目を丸くして驚いている。


「え、何今の声」

「もしかして……ねえ、それって……もしかして知能搭載魔道具(インテレクトアイテム)?」


 驚いていた坂下が恐る恐るといったように神奈に問いかける。


「インテ……何?」


「知能搭載魔道具。私のように知性があるクレバーな魔道具のことを言うんですよ。あ! みなさんどうも、私は万能腕輪と申します!」


「インレ? テレ? まあ覚えとくわ」


 嘘である。神奈は全く覚える気がないというか既に覚えていない。


「神谷さん、それってすごい貴重なものよ? 分かってないの?」


「まあ貴重なのは確かだろうけど」


「分かってないわね……。知能搭載魔道具は滅多にお目にかかれないなんてもんじゃないわ。億は軽く超える値段で取引されるような道具よ?」


 葵からの言葉はさすがに予想外だったので神奈は「億!?」と叫ぶ。

 腕輪の機能からは到底想像できない値段だ。もし仮に売ってみればそれだけの大金が手に入るということ。もしかすれば、一生を遊んで暮らせるほどの大金になるかもしれない。

 

「ちょっと、あの神奈さん? なんか目がドルの形に見えるんですけど?」


「大丈夫だ問題ない。ちょっと売るだけだ問題ない」


「問題ありますよ! 私は神奈さんの唯一無二のパートナーにして相棒ですよ!?」


「それ同じ意味じゃないの?」


 腕輪が叫び続けるので、最初から売る気などあまりなかったが神奈もやめることにした。

 知能搭載魔道具の件は置いておき、この日に神奈達がすることは何もない。授業については今日が初日であるため他のクラスもないが、入学式すら出ないのなら本当に何もない。


 坂下は一番に帰っていき、葵は机にフラスコや試験管などを出して実験のようなことをし始める。不安が募る二人の行動にため息を吐いた神奈は、斉藤や神音と一緒に帰るために校門前へと向かう。


 三十分後、入学式が終了したのを神奈は人の流れで理解した。

 多くの生徒達が帰っていくなか、二十分程してようやく斎藤と神音がやって来る。

 下校する神奈は帰り道で今日あったことを全て話した。当然だが二人もいい顔をしない。


「酷いな……。実は今日噂に聞いていたんだけど、そこまで酷いなんて」


「来てない生徒を集める、の?」


「当然! じゃなきゃ授業も受けられないし!」


「当てはある、の?」


「……ないな」


 そもそも来ていない者達の名前すら神奈は知らない。

 手掛かりが何もない状態で、どうやって不登校児を連れて来るというのか。神奈はこの難易度をよく考えて思い知り、諦めはしないが苦労しそうだとため息を吐く。


「それにしても五人かあ、こっちは人数六人だったよ。大抵の人は他のクラスらしいね」


「へえ……そういえば、あの試験の最後に帰った奴。あいつAクラスなんじゃないの? なんか騒いでたし魔力が多かったんだよな?」


「席は埋まっていたから違うよ。でもそうなるとあの男子はどこのクラスなんだろう。確かに先生も入学させたって言っていたし」


 帰ったとはいえ入学だけはしている。

 あの反応から、神音が試験時に言っていた魔力が多すぎる例だろうと神奈は思うのだが、Aクラスでないとするならいったい何クラスだというのか。

 神奈は考えてふと思い当たる。


「適性がなかった場合ってどうなんだろうな」


 魔力だけで物事を見ていたが、あの試験では適性属性も調べていた。

 クラス編成には少なからず影響しているだろう。属性魔法は使用者の適性属性以外のものだと威力が大幅に減少する。魔法を学ぶ施設として適正のなさは無視できないものである。


「ない? ないとなると、どんなに高くてもDクラス行きだって聞いた……まさか!」


「そうだよ。あの最後の男はおそらく、適性がなかったからDクラスに落ちたんだ! これで一人目の手がかりが!」


「名前も住所も分からないの、に?」


 上がったテンションが著しく下がる。仮説はいいが、結局何も分かっていないのだ。全員集めるのはかなり後になりそうだと神奈は現実を直視する。

 事態の面倒さから神奈はもう一度ため息を吐いた。



 * * * 



 メイジ学院入学翌日。

 神奈はきちんと登校してDクラスに入る。教室の中には坂下と葵がすでに揃っていた。当然であるが残りの休んでいる二人は来ていない。

 他の来ている二人に「おはよう」と挨拶すると、神奈は欠伸をしながら席に座る。


「ねえ、昨日の件、本気なの? 学校に行くも行かないも、学校で何をするもしないも個人の自由でしょ」


 葵が実験器具を机に広げながら神奈に問いかけた。


「そんなわけないだろ。だいたい来てくれなきゃ私が困るんだよ。それにさ、せっかく入学したのにもったいないじゃんか、魔法を学べないんだぜ?」


「ふーん、勉強熱心なことで」


 その後、神奈は坂下が読書をし始めたのを見て、自分も何か読もうかなと本を取り出し読み始めて三十分が経過。教室に来るはずの人間がいつまで経っても影すら見えない。

 ――斑は朝のホームルームにすら来なかった。


「くそっ、もう教室にも来ないのかよ」


「一日で集まるわけないしね。もう諦めたら?」


「諦めんの早いっての!」


 ホームルームになっても斑は来ないが神奈達に連れて来る気はない。

 教室に来るようお願いしたところで、斑が「行っても意味ない」と告げる姿が容易に想像できる。


 ――だがそんな二日目の今日、予想外なことが起きた。

 入口の扉が乱暴に開けられて一人の少年が入って来たのだ。

 金髪で目つきが鋭く、いかにも不良っぽい少年は神奈達を見て目を丸くする。


「あ? なんだこりゃ?」


「誰だお前」


「誰だと? 俺は日野(ひの)(あきら)。同じクラスのやつか?」


 そう日野は問い返すが神奈はそれどころではなかった。

 Dクラスにある二つの空席。神奈が何かする前に、それが一個埋まってしまったのだから。



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