73 入学――いざ魔法学院へ――
中学生編始動。
さらなる出会いと激闘が待っている……かもしれません。
春、入学の季節。
桜吹雪く道を歩く、今日から中学生になる大勢の子供達。その中には癖のある黒髪を肩より少し上にまで伸ばし、整った中性的な顔立ちで、ワクワクとした表情の少女――神谷神奈も交ざっている。
神奈の隣には二人の男女。
狐色の髪をした平凡な顔の少年、斎藤凪斗。
神奈と同じく黒髪で、艶のあるそれが肩まで伸びる少女、神野神音。
「僕達、ついに来たんだね」
「ああ斎藤君。私達の求めているものがここで学べるんだ……!」
「はしゃぎすぎじゃな、い?」
テンションが上がっている二人に神音はジト目を向けた。
正式な名前は泉沙羅と言う神野神音は魔法について熟知している。
魔法とは空気中や生物の中にある魔力エネルギーを用いて、超常現象を引き起こす力のことである。そして今、神奈達が歩いて近付いている建物こそ――魔法学院だ。
本来なら神奈達は宝生小学校から、エレベーター方式で宝生中学校へと進学するつもりであった。しかし神音が突如、魔法を学ぶ学院への進学を勧めた。これには魔法に興味がある者として二人もスルーするわけにはいかない。
心惹かれた結果、元々決めていた進学を取り消して魔法学院へと入学したのである。
近くに魔法学院があると知った時、神奈は「魔法を学べる場所があるのか」と驚いていた。その時神音と二人っきりであったため、彼女は素の喋り方で「そんないい場所じゃないかもしれないよ」と告げている。
本来、魔法とは一般人が知らず、魔法使いはあまり公に力を披露しない。あの雲固学園にいた天寺でさえ、魔法を使用するときに認識阻害の力を使用していた。しかしこの世界に少数でも魔力を持つ存在がいる以上、各国のトップが知らないはずもない。
魔力という未知の力を知り、それを扱える者達を育てる施設を造りあげた。
魔法学院という場所は日本全国で五か所程度。その教育理念というか方針は神音が推測するに、いつか来るかもしれない戦争のためという線が濃厚である。
戦争というのも、平和に見えるこの世界でいつ起きてもおかしくないものだ。
国同士で色々なしがらみもあり、政治関係で疎まれることもある。今でも小国の紛争地域が存在しているくらいなので、いつ自国と他国で戦争が勃発するか分かったものではない。
人間が争いを無くすには、もはや人の心を変える以外に道はない。
もちろん国の上層部も戦争は避けたいと思うだろうが、もし起こるとすれば勝利が必須。そのための人材教育ではないかと言われれば、神奈でも快く思わないだけで納得はできる。
たとえどういった裏があれど、神奈は魔法習得するためなら行ってみたいと思えたので問題ない。
友人達と別れるのは辛いが休み中にいつでも会えるし、神奈達なら休み時間中に一分程度で会いに行ける。むしろ友人達も一分かからず会いに来れる。ただそれは速度的な意味合いであって、神奈達の見たホームページには部外者の侵入禁止とされていた。結局会いたいなら自分から会いに行くしかない。
「ついに来たんだなメイジ学院……!」
メイジ学院。数十年前に設立された魔法を専門とする学校。
いつできたのか、なぜ造られたのか、それに関しては意図的に隠されていて一切不明。せいぜい神音のように推測することでしか真実に近付けない。政府公認であり、魔法を教える危険そうな場所だ。
今まで神奈は魔法を白黒の腕輪に教えてもらっていた。
万能腕輪と呼ばれる知能ある腕輪。彼女は三年以上前から神奈の相棒であり、魔法の知識を多く所持している。しかし出っ歯になる魔法や、家の鍵を開け閉めする魔法など、派手さに欠けた魔法しか教えてくれない。
この場所で神奈は必ず色々な魔法を覚えると決心する。
改めて目前の建物を神奈達は見渡す。赤いレンガで出来た校門、赤いレンガで出来た校舎……レンガだらけである。本当に魔法専門学院なのか疑いすら持ちたくなった。
「入学試験を受ける方はこちらでーす!」
「あ、僕達はあっちだって」
拡声器を使って大きな声を出している女性の指示する方向に、神奈達はゆっくりと向かっていく。
この学院は他学校と違い、四月に入学試験を行いクラスを振り分けるのだが、毎年誰も試験で落とさずに全員を受け入れている。そのことを知っている神奈達は安心して先へと進める。
教師であろう女性に付いていくと、四万平方メートルを超える広大なドームへと入っていく。
広い場所であるが何に使うのか受験者には分からない。そのドーム内には、神奈達の他にもざっと六十人程はいる。少なく感じるが魔法が一般的でないならこんなものだろうと神奈は思う。
受験者には様々な者がいた。神奈に隠れてコソコソしている少女。俯き続けている緑髪の根暗な少年。金髪で不良のような出で立ちの少年。まだ制服が支給されていないので全員が私服である。
「はあい、それでは時間になりましたので試験を始めたいと思いまーす!」
教師だろう女性が、握力計のような機械を持って叫ぶ。
「当学院の試験はかーんたん、魔力検査と適性検査でーす。魔力検査では魔力の大きさを、適性検査では適正属性の多さを測りまーす。この機械を握って魔力を込めるだけでいいので難しくないですよお。それでは順番に並んで下さーい!」
握るだけで魔力の多さと適性属性の多さを測れるという機械。そんな便利なものに感心しつつ、神奈は〈ルカハ〉という魔法が知られていないのかなと疑問に思う。戦闘力可視化魔法〈ルカハ〉なら魔力値だけとはいえ一発で測ることができる。適性が出ないから使用しないのかもと一人で勝手に答を出す。
一斉に少年少女が動き出し行列を作った。神奈達も列に並び順番を待つ。
一人、また一人と試験を終えていき、少し離れた場所で全員が終わるのを待っている。列の人数が減っていくなか、斎藤が「はあ……」と深いため息を吐く。
「緊張するなあ」
「一人も落ちないって話だし大丈夫だろ。心配することないって」
「あはは、神谷さんは良いよね。強いし気楽でしょ」
そんなことないのにと神奈は困った表情を浮かべる。気楽に行けるのは確かだが、それは試験に落ちないことを知っているからであって、断じて自分が強いからではない。
なんとか励ましたいが「緊張するな」と言っても、かえって意識してしまうことは少なくない。神奈が何も言わないでいると、斎藤の番となったので彼は体を震わせながら足を進める。
多少のやり取りを女教師とすると彼は測り終えた。
安心したように彼は息を吐き、既に終わった者達がいる場所へと寄る。
次は神奈の番なのでいざ行こうとしたとき、後ろから神音に素の状態で声を掛けられた。
「待ちなよ神谷、くれぐれも全力は出してはいけないよ?」
「なんでだよってああ……あんまり数値が高すぎると目立つから」
「そういうこと、一般で優秀とされる魔力値は500から600程度。恐らくそれ以上の数値を出せば変に目立つ。特に私達のような数値は目立つどころではすまない。機械が壊れてしまうだろうしね」
神奈は「なるほど分かった」とは言ったものの、全然分かっていなかった。
魔力を計算して放出しろと言われてもやったことがない。とりあえずほんの少しずつ出すことを意識して、膨大な魔力を慎重に出していく。
(少しずつ少しずつ、どうだ?)
――魔力38。
――適性なし。
表示された数字に神奈は「あれ?」と首を傾げる。
終了したと判断した女教師が機械を取り上げて「はい次の人ー」と呑気な声をあげた。
神奈は調整をミスしたのだ。38という数値は明らかにおかしい。本気でやれば軽く100000は超えるというのに、悲しいことに半分も出ていない。
「いやちょっと待ってやり直しさせてください!」
「規則で無理です」
「チクショオオオオオオ!」
女教師の無慈悲な宣告に、神奈は仕方なく終わった者達がいる場所に移動する。落ち込んだ神奈は膝を抱えて硬い土の地面に座り込む。
「神奈さんは魔力のコントロールに慣れましたが、出力調整は慣れていませんからね。自分の魔力量を的確に把握し、何度も意識的に調整して、やっと狙った出力を出せるようになるんだと思いますよ」
「一発目本番じゃ無理ってことかよ。くっそおおおおお」
腕輪からの言葉で納得したが、それにしてもあの数値はないだろうと自分で自分の不器用さを責める。最底辺の数値を叩きだしたせいで、低すぎて例外として落とされるのではないかと不安になってくる。
不安に襲われてどんよりとしたオーラが出てしまう神奈のもとに、測定し終わった神音と、安心している斎藤が寄ってきた。
「どうした、の?」
「失敗したんだよ、調整」
「ちなみに数値、は?」
「38」
神奈が数値を告げた瞬間、神音は「ぷふっ」と吹き出した。その様子を見て斎藤は慌てふためく。
「くそっ、笑うんならお前良い数値だったんだろうなあ!?」
「600丁度だ、よ」
「調整のコツくらい教えてくれよ……ちなみに斎藤君は?」
「あ……800丁度、ごめん」
申し訳なさそうに告げる斎藤のせいで神奈は再び俯いてしまう。
「きゃああああ! 何よこれ……化け物」
突然女教師が驚愕の叫びを上げた。何かと思い神奈達を含めた受験者達がそちらを見てみれば、どうやら最後の生徒を測り終えたようだった。
手入れされておらずボサボサの長髪、服もシワや毛玉だらけで、直前まで引き篭もっていたのではと疑いたくなる容姿の少年。彼こそが騒ぎを起こした原因である。
女教師の反応に傷つき、絶望したような表情になった少年は放心してしまっている。
教師として、これから生徒となる子供に恐怖して「化け物」と口に出してしまうなど失態どころではない。下手すれば辞任することになりかねない。取り乱していた女教師は神妙な顔で頭を横に振ると、すぐにわざとらしく小さな咳をする。
「も、申し訳ありませんでした。これほどの数値は見たことがなかったもので……あちらへと集まってください。入学の説明を行いますので」
「……やっぱり、そうなんだ」
放心していた少年は覚束ない足取りで入口へと歩いて行く。
「あっ、ちょっ、ちょっと君!?」
軽く手を伸ばした女教師は「待ってえ!」と連呼していたのだが、少年は止まることなく学院そのものから出て行ってしまった。
その光景を見ていた神奈の肩を、神音が急にトントンと指で叩いたのでそちらを向く。
「ああいうことだよ」
「そりゃあれは嫌だけど……どうせなら高い方がいい」
女教師は諦めてため息を吐き、受験者達のもとへと歩いて来る。
「はーい、イレギュラーもありましたけど、なんとか全員測り終わりましたあ。あの男の子も一応入学として、みんなのクラス分けを発表したいと思いまーす」
全員の視線が女教師に集中する。
途中で帰ったとはいえ引き篭もり風の少年の入学は決定らしい。
「まず最初に、クラスの種類についてですが……Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスの四組でーす。Aクラスが一番優秀、Dクラスが一番ダメーという感じですね。校舎内の昇降口奥にある提示版にクラス分けの紙が貼られているので、そちらの方を見て、自分の教室に行って下さあい」
「もうクラス分けされたんですか?」
「みなさんが測定したデータは即学院に転送しています。それを参考にパパッと分けちゃったわけですよお」
説明が終わると、各々が慌ただしく提示版がある校舎へと向かっていく。神奈達も気になるので集団に置いて行かれないよう付いていく。
そしてドームから離れた場所にある校舎に着いた。
昇降口を進んで、真正面に提示版と思われる緑色の板が存在している。提示版にはスペースを半分ほど占領している大きな紙が貼ってあった。そこに書かれているのがクラス分けの詳細だ。
「これがクラス分けか」
「えっと……僕はAクラスだ!」
「斎藤君は優秀レベルで数値が高かったからなあ。にしても一番上のところに行くなんて凄いな。どうやら神音もAクラスだったようだけど、私はどうだ? どこにあるんだ?」
神音も斎藤と同じAクラスであった。
世間一般的に優秀な数値であったので当然といえば当然である。ともなれば神奈は自身のクラスが気になって仕方ない。魔力最低、適性属性なし、おそらく過去最低記録を出したであろう神奈が行くクラスなど分かりきってはいるのだが。
認めたくない、可能性はある、などと必死にDクラス以外を探す。しかし見つからないので諦めて、Dクラスの名簿に目を向けるとすぐ自分の名前が見つかった。
「あ、あった……けど。……まあそりゃそうだよ、分かってたよ。でもやり直しさせてくれれば絶対Aクラス行けてたんだよ。はぁ、これで斎藤君とも、かの――泉さんとも別々かあ。せめてどっちかと一緒が良かったなあ」
せっかく同じ学校から進学してきたのだ。友達と一緒に授業を受けた方が楽しいに決まっている。
落ち込む神奈を見兼ねて斎藤が口を開く。
「ま、まあこんな時もあるよ! 僕だってマグレだろうし!」
「無理に慰めるなよ、惨めに見える」
「ざまあな、い」
「だからって嘲笑うなよ!」
気分は一転し最悪、だが魔法を教われるなら神奈も文句ない。
二人と別れて神奈は三階に上がると、Dクラスと表記されている教室を探す。
廊下には他の生徒がかなりの数いたが、ほとんどがBクラスかCクラスに入っていく。Dクラスの教室を隅に見つけた神奈も自分の教室に入ったわけだが目を疑った。
教室の扉を開けて第一声が「えぇ?」という間抜けなもの。
どうしてそんな声が出たのか。答えは単純明快、教室の様子。
机と椅子が用意されているのは当たり前――問題はその数。
一番前の列に五個、たったそれだけだった。つまりこれはこのクラスには五人しか存在しないということだ。提示版にも五人分しか名前が書かれていなかったのだが、神奈は試験でショックを受けすぎて気付いていない。
「ハハ、マジかよ」
目前の光景に神奈は乾いた笑いしか出ない。
腕輪「あけましておめでとうございます読者の皆さん、今年もよろしくお願いします」
神奈「お前誰に言ってんの?」
腕輪「読者の皆さんです!」
神奈「それが誰だって……もういいや」




