72 集合――私は今日も生きている――
小学校を卒業してすぐの春休み。
現在神奈は何をしているかというと、みんなで集まってバーベキューをしている。
「おい肉をそんなに取るなよ!」
「早い者勝ちだもんね!」
「私さっきからキャベツばっかりなんだけど……」
どうして神奈達がバーベキューをすることになったのか。
きっかけは笑里の「みんなとバーベキューがしたい!」という発言だった。
特に断る理由はなかったため、笑里の願いを叶えるためにも知り合いを招待して開催することにした。場所は藤原邸の広い庭なので、十人だろうが百人を超えようが開催可能。喫茶店マインドピースのマスターや宝生小学校の教師など、本当に様々な人間を呼び寄せたのにスペースが空きまくっている。
「神谷神奈! 俺と早食い勝負だ!」
「いいけど肉とかもう結構消費しちゃったからなあ」
早食い勝負を神奈に持ち掛ける速人だが、大勢呼びすぎた弊害で肉が残り少なくなっている。大勢で食べるのは楽しくても、消費も激しいので食材は人数に比例して多くしなければいけない。今回才華が多めに用意した肉や野菜も量が足りなくなってしまっていた。
「お待たせ神奈! 到着が遅れてごめん!」
「ああレイ……ってお前の後ろの何?」
レイ、ディスト、グラヴィーの三人が遅れて到着した。
三人は妙に毒々しい紫の豚を背負っている。目玉が片方飛び出ていて、歯は鋭く尖り、だらしない紫色の皮が特徴的な豚だ。吐き気を覚えるほどの強烈な見た目は明らかに食用ではない。……というか食用であってほしくない。
「肉を持ってきたんだ」
神奈が気持ち悪い豚に気を取られているうちに、レイとディストはそれぞれの持って来た食材を持って移動する。
「ああ、悪いんだけど肉はもう……いないし」
せっかく持ってきてくれたが嫌な予感しかしない。
焼かないでくれと神奈が頼んだ時には既にレイがいなくなっている。
まだ残っていたグラヴィーを見ると人差し指を右側へ伸ばしていた。
右方向を見れば既にレイがその気持ち悪い肉を焼き始めている。
「おい焼くな、そんな肉食えるわけないだろと思ったら凄いいい香りだ何これ!」
「神奈、これは宇宙三大珍味のヘドロブヨブヨ豚だよ」
「名前が食用じゃないだろ! でそっちのディスト、お前の焼いてる貝は何?」
レイの方は確認できたが、ディストも謎の物体を焼いているので神奈は困る。
ディストが焼いているのは紫色のサザエのような貝だ。なぜ持って来る食材が全て紫なのか一度問い質したくなる。宇宙人特有の感性なのか宇宙人組は全く気にした様子がない。
「ああこれか、これはモウドークルクル貝だ」
「猛毒?」
「違う、モウドークルクル貝だ!」
「色が紫な時点で食用の気がしないんだけど。ねえ、茄子とか柴漬けとは違うんだよ、なんか紫の煙出ちゃってるよ。明らかに食材焼いて出る煙の色じゃないよ」
変な食材を焼かないでほしいなと神奈が思っているうちに、速人が焼き上がったヘドロブヨブヨ豚の肉を食べてしまう。食べた瞬間に全身が真っ青になって、奇声を上げながらトイレに向かっていった。
隼家は殺し屋なので毒耐性を付ける特訓もしている。本人曰く並大抵の毒は効かないらしいのだが、ヘドロブヨブヨ豚は毒耐性を貫通してしまったらしい。
「おいしいなこの貝! 君、これはなんて名前の貝なんだい!」
次なる犠牲者が生み出されようとしている。
肌色剥き出しの頭部が特徴的な熱血男子の熱井心悟だ。その隣には、かつて生えていた真っ赤な髪色が同じなだけの少女がいた。
「モウドークルクル貝だ」
「え、猛毒?」
少女は熱井が食べた貝が猛毒と知ると心配して、焦ったように熱井の背中を叩く。
「お、お兄ちゃん! 猛毒なら今すぐ吐かないと!」
「違う! モウドークルクル貝だ!」
みるみると体が青くなっていく熱井は両膝をついて蹲る。
ちょっとした騒ぎが起きている場所に神奈は歩いていく。
「猛毒だろ? もうそれ略して猛毒貝でいいじゃん」
「ああ神谷さん、誘ってもらってありがとう! ところでトイレってどこかな! なんだかお腹が痛くなってきたから行きたいだけど!」
「家に入って右の通路を進んだ先にあった気がする」
「感謝するよおおお! よし、うさぎ跳びでトイレまで行くぞ!」
「なんで腹が痛いときにうさぎ跳びでトイレに向かうんだよ! 自分に厳しいというか、そんな時までトレーニングする必要ある!?」
本当に熱井はうさぎ跳びで藤原家の屋敷に向かっていく。
熱井が二倍速にしたかのようなうさぎ跳びで去っていくと、隣にいた赤髪の少女が神奈に話しかけてきた。
「あの、神谷さんですよね? 私からもお礼を」
「いやいいって。人数多い方が楽しいじゃん」
「そっちではなく、いえそちらもですけど! 私の治療費……払ってくれたのはあなただって兄から聞いています」
熱井の隣にいた少女は妹の熱井心春だ。神奈は治療費という言葉で思い出した。
「……まあそうだな、巻き上げた金だけど」
「え?」
治療費として払ったのは校長から巻き上げた大金。
神奈はそんな事実を教えたくなくて話を誤魔化す。
「いやなんでもないって、別に気にしなくていいよ。それより元気になったのか? かなり重い病気だったんだろ?」
「まだ完治というわけではありませんけど、それでも回復に向かっていると言われました」
「そりゃよかったな、くれぐれも知らない紫の食べ物は食べるなよ」
「……ハイ、気を付けます」
話もそこそこで切り上げて神奈は一人で歩く。
「それにしても人数多いな、呼びすぎたか? でも二十人以上呼んでも全然スペース余ってるしな……金持ち羨ましいなあ」
緑の芝生の広い庭。誰しもが一度は憧れたであろう豪邸。神奈が羨むのも一般庶民として当然と言えるだろう。しかし藤原家の娘になりたいかと言われればノーと答える。藤原家は超一流の人間を育てるために幼少から厳しい教育を受けているので、娘になろうものなら数日で根を上げて家出してしまう。
神奈がもう一度笑里と才華のもとに戻ると、そこには三子の姿もあった。
「美味しい? 三子ちゃん」
「うん、とっても美味しいよ! このトンカツ!」
トンカツ。バーベキューでトンカツ。こればかりは神奈は納得できない。
バーベキューとは金網で焼くのが普通であって、揚げ物がある時点でどこかから調達したことになる。豚肉があるなら揚げないで焼けと言いたい。
「美味しそうに食べているのはいいんだけど、そもそもどうやって揚げた?」
「家の専属シェフがね」
疑問に思っている神奈の横に才華が歩いてきて答えをくれる。
「専属シェフってなんだよ、それバーベキューにいらなくない? 才華、お前の家って本当に何やってるんだ?」
「それは色々よ。それよりあの三子ちゃんなんだけど家で引き取ることにしたの」
「え、そうなの? 初耳だな」
黄泉川三子は死者蘇生事件の主犯であるが、笑里と友達になったことで人の迷惑になることはもうしていない。大事件とはいえ、殆どの人間から当時の記憶が抹消されているため罰せられることもない。本人はちゃんと反省しているし神奈は彼女の自由に生きていいと思っている。
「ええ、手続きで手間取ったけどなんとかね。彼女は親を亡くして心が不安定だから少しでも力になりたかったし、笑里の友達だって紹介されたら放っておけないし」
「お前も面倒見いいなー」
あっさり引き取るという金持ちならではの発想。神奈のイメージでは金持ちというのは傲慢さが目立つと思っているが、才華は傲慢ではなくて本当にただの良い人間だ。
「美味しいなあこの牛カツ!」
三子はバーベキューにないはずの牛カツを口にしていた。
どれだけ美味しいのかほっぺたが垂れているような幻覚さえ神奈には見える。
「揚げないで焼けよ! 目の前に金網があるんだから!」
「美味しいねこの親子丼!」
「もうどっか食堂行ってこいお前ら! バーベキューで親子丼とか自由すぎるだろ!」
器はどこから持って来たのか才華にも分かっていない。おそらくという予想になるが、専属シェフが用意したのではというのが神奈と才華の予想だ。
神奈も親子丼が食べたくなってきた頃、新たな声が庭に響く。
「勝負だ! 俺と勝負しろヒャッハアアア!」
「あいつは獅子神闘也! あれ、私は誘ってないんだけど……?」
誘おうが誘わなかろうが、いつものように強者がいると感じた獅子神はどこにでも現れる。神奈は獅子神の狙いに気付いて「あ」と小さな声を出す。獅子神が突っ込んでいく先にいるのは元文芸部メンバーだ。
「え、誰かこっち来た! あれって運動会の時の!?」
「なっ、究極魔法で追い払わないと!」
「おいこんなところで使うな! ここは俺の発明品で追い払う!」
斎藤の究極魔法をこんな場所で使えば立派な藤原家が全壊する。かといって霧雨の発明品で対処しようにも、獅子神を退ける程のものとなるとやはり藤原家が全壊する。
彼を追い払うのは同意見だが神奈が助ける必要はない。
なぜなら霧雨達の傍には、神奈が知る中で最強の少女がトマトを焼いているから。
「勝負だ勝負ッ!?」
最強の泉沙羅もとい神音が拳で獅子神をノックアウトした。なお片手ではトマトを焼き続けている。
「全く、バカなのかこいつは。せっかくのパーティーを台無しにして――」
「泉さん?」
喋り方に違和感を抱いた夢咲が泉の名を呼ぶ。
「ん? な、に?」
「い、いえ何だか別人のように感じたんだけど気のせいみたい」
大賢者神音。今は泉沙羅の演技をしているのでたまにボロが出る。獅子神を一撃で倒している時点で力がおかしいが、夢咲達はそう深く考えていないようだ。元々怪力疑惑はあったのでギリギリ溶け込めている。
「大変そうだな」
神奈は神音の背後に近寄って声を掛ける。
「……これも私が招いた結果だ。個人的にも絆とやらを確かめたく――」
「泉さん?」
「な、に?」
「ごめん、なんでもない」
それからも神奈は一人で参加者の元を転々とし時間を過ごす。
しばらく経ち、才華の両親がメイドの女性を引き連れて家から出てくる。氷水が入れてあるタライを女性が持っており、そこには季節外れのスイカが山のように積まれていた。
「みんな、デザートを用意したわ!」
「うむ、食べなさい」
「ス、スイカ? この季節にスイカ?」
才華は両親のデザート選び能力に頭を抱える。
「やったあ! デザートだあ!」
「スイカって揚げたら美味しいかな?」
「不味いと思うけど……揚げたいなら揚げてもいいわよ」
笑里と三子がはしゃいで一番にスイカを手に入れる。三子はスイカを揚げようとしているが、才華は不味くなるだけだろうと忠告するだけに止めた。良い経験になると判断したからだろう。
「スイカ、この季節にスイカだと?」
「おそらくあの形はパラサイト星にある寄生生物の一種……」
「ディスト、スイカは美味しい果物さ」
ディストはスイカを知らず首を傾げるが、そこにレイがスイカの説明をする。
(スイカって野菜らしいけどな。あとディスト、デザートに寄生生物を出す家庭があったら私がその家を破壊してやる。食用じゃない猛毒を持って来るやつもな)
「ていうかなんで春にスイカがあるのかしら?」
「私の予知にスイカでお腹を壊す未来はないわ」
「ほう、水分計算機で調べるとスイカは随分と水分があるんだな」
「また妙な発明品、を……」
スイカを食べて腹を壊す未来を見るためだけに、夢咲は未来予知の力を使用する。
水分が多いのは当たり前のスイカを測定する霧雨。その点滴のような形をした妙な発明を使う彼に神音は呆れた目を向けた。
今まで出会った人間達が喜んで笑い合う様を神奈は遠くから見つめる。
(色々と言いたいことはあるけど楽しそうだ。遠くで見ていると一人一人の表情が良く見える。この世界に転生して良かったと改めて思う。こんなに良い友達が出来て、幸せで、魔法の存在は自分の中で大きかったはずなのに今はとてもちっぽけなものに感じる……)
もちろん神奈は今でも魔法を使いたいと思っている。まともな魔法をと注釈がつくが。
「神奈ちゃん! こっちだよ!」
「神奈さん、とりあえず食べない?」
笑里と才華の二人が笑顔でスイカを持ちながら呼んでいる。
全体を見た後、改めて二人を見た神奈は気付いた。
生前、魔法を使いたかったのは事故で亡くした両親を蘇生させるためだ。友達など一人も作れなかった頃は寂しさでぽっかりと、両親がいれば埋まっていたはずの心に穴が空いていた。
……今はどうか、穴は空いたままなのか。答えは考えなくても分かる。
強く魔法を求めた根本は心の穴、寂寥の想い。
そんなもの今は感じない。右手にある腕輪と出会ってから徐々に減っていき、今では完全に消えている。つまり求めていたものを手に入れて満たされたのだ。
本当に求めたのは魔法ではない。求めたのは――人の温もり。
神谷神奈に真に必要だったのは心から笑い合える友達だったのである。
「行きましょう、神奈さん」
「ああ、そうだな」
腕から聞こえた声に同調して神奈は親友の元に駆け出す。
魔法。それは不思議な不思議な力である。
人を幸運にすることもあれば不幸にすることもある。
そんな不思議な力を使いたくて憧れていた少女がいた。
(様々な不思議が存在するこの世界で私は今日も生きている!)
これはそんな少女と仲間達の物語。
神谷神奈と不思議な世界、小学生編 完!
ここまで読んでくださった皆様に感謝します。これまで応援ありがとうございました! 皆様の応援のおかげで完結までこぎつけることが出来ました! 本当にありがとう!
腕輪「……あれ!? 先があるのに終わりそうな雰囲気!?」




