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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
221/608

70 正体――転生――


 紫の塔付近。

 魔力を回復したはずの斎藤は地面に倒れ伏していた。

 不死鳥にグラヴィーの補助なしで再び挑んだ結果、そもそもの実力差が開きすぎていたために負けてしまったのだ。だが一方的に負けたというわけではなく、少なくとも不死鳥の体力は半分以上削っている。


「ふぅ、弱者の分際でかなり手こずらせてくれたな。どれ、最期は我が炎で火葬してやろう」


 上空へ飛び立つ巨大な赤い鳥は鮮やかな赤い羽を羽ばたかせ、黄色いくちばしの奥で紅蓮の炎を溜め込む。


「紅蓮ばっ――」


 しかしその炎は口外へ放出されることがなかった。

 攻撃の直前、突如現れた黒髪の少女が不死鳥のくちばしを両手で押さえつけたのだ。


「はーい、呼吸止めましょうねえ」

(誰だこやつは!)


 少女はつい今しがたやって来た神奈である。

 斎藤とグラヴィーが倒れているところを見て、誰が敵なのかはすぐに理解した。友達が殺されそうなことにも気付いているので容赦する必要がないと考えている。


 不死鳥が溜め込んだ赤い炎は行き場を失くしてしまう。

 それをどこにやることもできず口内で勢いよく爆発した。

 くちばしから黒い煙が漏れていることに神奈は驚くが、放しはしない。


「はーい、次は歯ぁ食いしばれよ。酔って吐くかもしれないからなあ!」


 空中で神奈は不死鳥を持ったまま独楽(こま)のように回転する。

 回転の速度はどんどん増していき、赤い竜巻のようになっていた。そして前触れもなく放すと不死鳥は赤い弾丸となって地上へと落下していく。

 風を切り裂き、硬いコンクリートに打ちつけられた不死鳥は咳込みながら立ち上がる。


「……どうやらそこらの弱者ではないようだな。よかろう、我が炎で消し炭にしてくれるわ!」


 まだ余裕のある不死鳥は再び飛び立とうとしたが今度も邪魔が入った。


「〈真・神速閃〉」


 飛び立つと同時に赤い羽の片翼が一部斬られる。


「ぐうっ、いったい何者だあ! 次から次へとおおお!」


 何事もなかったかのように横を通り過ぎるのは速人だ。

 羽を少しとはいえ斬られたことにより飛行が中断されて、一度浮いたにもかかわらず地に落ちる。


「神谷神奈! 死んだあともよく覚えとけ焼き鳥野郎!」


 上空から神奈が下りて、両足で不死鳥の頭を踏み潰す。

 脳も潰された不死鳥の目玉は飛び出しそうになり、それが飛び出さなかった代わりに大量の血液が口や目から飛び出る。衝撃で周辺の道路が割れて空中へと浮かび、数秒を経て落ちた。


 不死鳥は名の通りの存在、不死の鳥ではない。

 確かに治癒能力もあり傷が自動で治るため不死に近いが、さすがの治癒能力も頭蓋骨ごと脳を潰されては発動しない。


 名前のわりに呆気ない死を迎えてしまったが、治癒能力があることからの油断が原因だろう。白い光に体が覆われた不死鳥は紫の塔の最上階へと飛んでいく。

 不死鳥の体がなくなったことで、上に乗っていた神奈は砕けた道路に降り立つ。


「神谷神奈。斎藤達の意識はあった、死んではいない。……どうした?」


 攻撃を終えてから真っ先に倒れている二人の安否を確認した速人が声を掛ける。

 報告はありがたいが神奈はそれどころではない。明らかに普段より気分が悪く、顔が少し青くなってしまっている。


「……さっき回った反動で酔っちゃったんだ。やばい、吐きそう」


「ふざけるなよこっちへ来るな! 吐くなら塔の隅の方で吐け!」


「くっ、ダメだ……ビニール袋持ってないのか? 持ってないよな? ならお前が持ってる刀の鞘でいいや」


「ダメに決まっているだろうがバカ女! おいゾンビみたいな足取りで近寄るんじゃない!」


 そんなやり取りをする神奈達の頭の中に、直接女性の声が届く。

 別に神奈からしてみれば珍しくない。腕輪もたまに脳内に直接テレパシーを送ってくる時があり、授業中にテレビドラマの話をしてきて苛ついたことがあった。


『ああ、あっあー。テステス、聞こえているかな?』


 女性の声が聞こえた瞬間、神奈達は表情を真剣なものに変える。


『世界中のみなさんは今突然のことに戸惑っていることでしょう。人がバタバタと倒れてしまった今回の事件、その主犯が私です。突然ですが私は魔力を持たない人間を滅ぼすことにしました。今倒れている人達もあと十五分で死にます。人は愚かです、ゆえに私は人類を厳選します。魔力を持っていて、今倒れていない人は喜んでください。おめでとう、私の声を聞いているみなさんは第一次厳選を突破しました。……ではまた十五分後にお会いしましょう』


 人類を滅ぼすことにしたなどと勝手に宣言する誰かの声は途切れた。

 神奈達の表情は強張る。滅ぼすなどという危険な発言を聞いたからではない。脳内に直接伝わってきた声に聞き覚えがあったからだ。


「隼……今の声」

「……ありえんだろう。こんな馬鹿げたことをする素振りは一度もなかった」


 声が似ているだけの人間など世界にいくらでもいる。

 少なくとも世界中を捜すのなら、同じ顔が三人はいると言われているのと同じように、同じような声の者も三人くらいはいるだろう。


『はい、こんにちは』


 驚きから回復するまで待たずに同じ声が脳内に響く。


『今は私がいる塔がある町に住むみなさんにだけ声を届けています。塔が何なのかこの町にいるのならば一目瞭然でしょう。私は紫の塔にいます。しかし私に会うためには他の四つの塔の最上階にいる生物を倒さなければ、紫の塔に掛かっている結界が消えないので来ても無駄です。さて、今回のことを阻止できるのはこの町のみなさんだけです。これはゲームのようなもの。起きているのならばみなさんは生きられるので気軽に参加してください。ご友人などを助けたいというのなら頑張って阻止を――』


 五色の塔を守護するのは最上位生命体はもちろん五体。

 紫の塔を守護する不死鳥。

 赤の塔を守護するライム。

 黄の塔を守護するシエラ。

 青の塔を守護するクイン。

 緑の塔を守護する四季王。

 たった今、緑の塔で十字の爆発と衝撃が奔り――四季王が倒された。


 誰が倒したのか、それは倒した本人以外知る由はない。倒された四季王は不死鳥などと同じく光となり、紫の塔最上階にいる黒幕のもとへと帰っていく。


『……結界が消えた? 早いですね倒すのが。まあ最終的に私を倒さなければいけないわけですしどうでもいいですが。それではそういうことで、私を倒せるものなら頑張ってください。……もし人類の為を想うなら、邪魔をしないでいただきたいものですがね』


「グダグダじゃん、犯人の計画崩れすぎだろ。というか他の塔にも誰か行ってたのか。なんだろうこのグダグダ感。うまく言えないけど何かがすごい雑だ」


 世界は神奈中心に回っているわけではないのだ。

 今まで数々の敵となる者を倒し、危機を救ってきた神奈ではあるが、神谷神奈という少女が全て倒さなければならないわけではない。世界の危機ならば、神奈以外の誰かが奮闘してもおかしくない。


「で、紫の塔にいるけど結界とかあったのかな本当に。見てないから全然分からん」


「どうでもいいだろ、早く行くぞ」


「……そうだな」


 この場所は神奈にとって、できれば行きたくない場所一位にランクインしている。

 紫の塔ではかつて、最終的に助かりはしたが隣を歩く男が死に、下手をすれば他にも友人が死んでいたかもしれない。大賢者という最大の敵も記憶に新しい。


 先程の声で神奈はある最悪の想像をしてしまっている。

 最上階で待っている黒幕が想像通りなら、速人にとっても嫌な戦いになるだろう。

 いずれにせよ最上階には行かなければならない。このままでは残り十五分せずに笑里などの友人も死んでしまうのだから。



 *




 世界全体を範囲として起きた大事件。

 一定の魔力量を下回る者達が突如昏睡状態になってしまい、十五分後には死ぬという犯人の説明が行われた。それを食い止めるために神谷神奈と隼速人は、宝生町に生えている紫の塔を上っていた。


 神奈が何度考え直しても犯人の声は聞き覚えがある。

 不安が拭えないまま神奈達は最上階に到達した。


「ようこそ、まあ君達が来るのは想像していた。残念だ、もし来ないなら殺さずに済んだのにね」



 嫌な予感は当たるものだ。



「なんでかな、今まで猫かぶってたっていうのか?」


「猫をかぶる? 違うさ、正確にどういえばいいのか分からないけど、猫というよりは人だろうね」


「人をかぶるって日本語おかしくないか?」


「いいや、おかしくないよ。それが一番近い答えなんだ」



 最上階。天井が以前の戦いで崩壊していて日当たりのいいその場所に立つのは。



「ふん、褒めてやろう。この俺でさえ、お前の擬態は見抜けなかった。本性がこんなものだとは思ってもいなかったぞ」


「見抜けたら私こそすごいねと褒めてあげたいよ。初めて会った時から別人だったんだから。神谷神奈、君もそう思うだろう?」


「……フルネーム呼びかよ。本当に……おかしいだろ」



 そこに居たのは神奈達と同学年の少女。



「おかしくなんてないさ、これが必然だったんだ。それに実はこの私と会うのは初めてじゃないんだよ? 魔導書をめぐる一件でもね、私は目覚めていた。……あの後、フォウとサマーを始末して、召喚の魔導書を手に入れてからはまた寝てしまったけれど」



 同じ文芸部の一員。



「神奈さん……」

「腕輪、言うな。悲しさとかそういったものはあるけど、心配するなよ。現実は非情だって、私は分かってるつもりだ」


「非情か。なら私にも非情になりきれると? 殺せると思っているのかな?」



 大賢者神音と同じような黒髪、そして肩まで垂らしたストレートな髪型。

 冷酷な瞳と雰囲気は以前までと比べて全く違う。



「こいつはなれんかもしれんが、俺はなれるぞ? もしこいつが戦わないなどと言いだした瞬間、俺がお前の手足を斬り飛ばしてやる」


「手足だけ? ずいぶん優しいんだね、裏社会の殺し屋ともあろう者が。そこからなら自力で復活できるよ」


「その首を飛ばしてやろうか?」


「出来るものなら、どうぞ?」


「やめろよ……なんで争うんだよ。なあ――泉さん」


 目前に居るのは大切な友人であった。

 最悪の想定通りだが、想定できていたので心の傷は最小限に抑えられている。それでも友人に裏切られたと、初めから仲間ですらなかったとなれば、最小限だろうと心にできる傷は海と大地が割れるような大きな傷になる。


「私は泉ではない。泉沙羅とは私の心の一部」


「……お前は誰なんだよ」


 問題は一点に集中している。

 神奈達の目の前にいる少女は誰なのかということだけだ。


「私は大賢者神音の生まれ変わり、転生した姿。一度ではなく禁術を使って何度も記憶を持って転生しているけどね。もう何十と転生を繰り返した結果、私は記憶と想いが薄れていった。たまに表に出した人格と入れ替われたが年に数時間程度。……だけど、少し前に私は懐かしいオーラを感じてね。自分自身の魔力により、私の薄れていた記憶と感情も濃く復活した。これも運命、だから決行することにした。……人類の厳選を」


 限りなく最悪に近い答えが目前の少女から出てしまう。

 大賢者神音が死者蘇生で復活した事件の時、決戦時に放たれた魔力の波動が原因で完全に目覚めてしまったのである。今なら神奈は分かる。時の支配人が夢咲に伝えたという大賢者神音の復活は、今この時だったのだ。


 大賢者神音だと言われてみて、神奈はあっさりと納得できたような気がする。

 髪型も色も顔つきも体格も、性別や年齢こそ違えどよく似ているのだ。今まで意識していなかったがゆえに気付けなかったが本当によく似ている。順当に成長していけば瓜二つになるだろう。


「泉さんの人格をなんで作った? あんなネタバレ少女を作る必要なんて」


「あるさ、子供に違和感なく混ざるために必要だった。私は毎回転生してから、精神年齢の違和感を消すために人格を作り上げる。最初の方は意識してやっていたのに、いつの間にか無意識に人格を作り上げていたらしい。……あれが私の一部だと認めたくはないがね」


 死者の状態から一時的に蘇るという禁術は神音にとって予想外だったもの。本来はこうして転生し続け、機を伺って目的を果たそうとしていたのだ。そこまで予想して神奈は違和感を持つ。


「……絶滅させるんじゃなかったのか?」


「その考えは生前のもの、私は何百年も生きて変わったのさ」


 神音は薄い笑みを浮かべて語る。

 第一次厳選。合格ラインの魔力量を持たない人間の抹殺。

 宝生町に生やした五つの塔は五芒星となり魔法の威力を高めてくれる。世界中の魔力を持つ者、正確には魔力が数値にして三百以下の人間を対象に昏倒させる。その後、昏倒している者を殺す魔法で速やかに殺戮完了だ。


 第二次厳選。成人した大人の抹殺。

 大人になると考えが凝り固まってしまうことが多い。子供は柔軟な考え方をすることが多い。神音の目指す新世界には今を生きている大人は不要となるため、特定の年齢以上の生物を殺す魔法で速やかに殺戮。


 最終厳選。悪意を持つ人間の抹殺。

 生き残った人間で神音が欲しているのは善良な子供。

 純粋な心を持ち、未だ悪意に触れていない子供だけを生かす。

 

「悪意を持つ人間を消すことで、私は純粋で善良な人間だけを繁殖させることにした。悪意持つ大人はいなくなり自然は守られる。私は私のための、人類のための、真の平和な世界を作り上げようとしているんだ。それこそが素晴らしい私の新世界」


「……何が素晴らしい。扱える魔力量で選別するのは何でだよ」


「ん? ああ、魔力を扱える者に絞ったのは単純に厳選が楽になるからだよ。時には運も必要だろう? 第一次厳選を生きられないなら運がなかっただけさ」


 その運がなかった人間が笑里達というわけだ。

 神奈は心の底から、神音の発言全てに怒りが湧いてくる。


「……お前が神音だって言うんならマシになったのかもしれない。だけどさ、本質は変わってない。自分の目的のためにはどんな外道にもなる、傲慢な人間だ。私はお前の理想をぶち壊さなきゃならない」


「何がそんなに気に入らないんだ? ああ、そうか。秋野笑里や藤原才華のことかな? 第一次厳選は無駄に増殖した人間を減らすための指標にすぎない。君が望むなら助けてやってもいいよ……邪魔をしないというのならね」


「違うだろ! 助けるのは今昏倒してる人間全てだ、周りだけ助かればいいなんて考えていない!」


 自分勝手な考えを押し付けてくる神音に神奈は怒鳴り、怒りのままに足を進めようとして速人に止められる。


「もう止せ神谷神奈、奴は敵だ。今回の黒幕が奴だったと分かればそれでいい。話すことなど何もない」


「隼、本気で戦う気か? 相手は神音だけど、肉体は泉さんでもあるんだぞ。みんなずっと友達だって言ったじゃないか。本当にどうしようもないのかよ……」


「もう手遅れだ。泉のことは諦めろ!」


 駆け出した速人の鋭く速い斬撃は空を切った。

 刀を振ったその先には既に神音がおらず、背後に回り込んでいた。すぐに首へと手刀を落として速人を気絶させる。圧倒的な実力差がなければ狙っても中々上手くいかない方法だ。


 過去の大賢者神音より劣るとはいえ、それでも神奈より遥か格上である。

 格上の相手でも勝てる手段ならある。必殺〈超魔激烈拳〉が当たるなら、神奈の希望的観測が多いとはいえ倒せるはずだ。殺すまでとはいかずとも顔面を狙えば気絶させられる。


「君は弱いよ、どれだけ足掻こうと勝てない。彼女が身近にいるくせに何で分からないんだか。……さあ、君はどうする? 敗戦か。それとも逃亡か。どちらにせよ恥じることはない」


「……決めた。私は戦わないし、逃げない。話をしようか大賢者」

「は?」


 力で倒しても殺さないなんて生温い考えならば殺される。

 相手の強さも戦況の厳しさも神奈は理解している。


(どちらかが死ぬ、それは悲しむ人間が多くいるからダメだ。どちらも生き残る、それがハッピーエンドに繋がる。今回は力に頼らずに言葉で解決してみせる!)



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