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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
220/608

69.6 運命――遊ぼう!――


「〈閃光移動〉」


 二撃目を繰り出すべくレイが走り出した時、クインの持つ糸が白から赤く染まっていく。その現象に目を丸くしながらも〈閃光移動〉を使用して距離を詰める。

 真っ赤に染まった糸を警戒しつつ、レイは再び渾身の一撃を繰り出す。


「〈閃光流星拳〉!」


 白と赤紫が混ざる光が右拳から放たれ――空振った。

 確実に当たる距離と感覚だったため、レイはありえない事象に動揺する。


 右拳はクインの脇に逸れ、それが当然とばかりに冷静なクインは赤い糸を振るう。鞭のようにしなる糸が迫っても、大技の直後なのでレイの回避が間に合わない。

 戦況を見守っていたディストは〈空間湾曲(ディストーション)〉と〈空間制御(スフィアウェーブ)〉を併用して糸の軌道を逸らし、動けなかったレイを引き寄せる。


「……どうなっているんだ。僕が攻撃を外すなんて」


「おそらく俺の魔技のような力だろう、僅かだが空間に歪みがあった。自分と似ているからこそ言いたくないが厄介な力だ」


「空間の歪み? 私が干渉しているのは運命だよ」


 素直にもクインは自身が何をしたのかを告げる。

 戦闘を遊びだと言う彼女だが勝敗を求めているわけではない。ただ戦闘そのものが暇潰しであり、不利になるからと自身の手の内を隠す必要がない。


「うん、めい……?」


「そう、運命だよ。こうやって糸を赤くすると運命を感じ取れるんだよ。あとは固く結ばれている運命を糸として解くだけ、簡単だよ」


「……予想以上のものが来たな」


 さすがのディストも運命に干渉など出来ない。

 常識的に考えて他者の運命を操れるなどそれは禁忌の類。だが本人の説明からクインの力も万能ではなく、糸を解くことで決まっている運命をキャンセルするだけの力。攻撃を受けるという単純な運命を解いたからレイの攻撃は空振ってしまった。ただ、それだけだ。


「生憎だけど、僕はそういうものを今は信じていなくてね。あったとしても努力で変えられるさ。〈閃光流星脚〉、〈閃光流星乱打〉!」


「無駄だよ、この力を持っていても変えたいようには変えられなかったよ。どうでもいいことには使えるよ」


 光を放つ連打は全てクインに掠りもしない。

 反撃とばかりにクインが赤い糸を弾丸のようにして放つと、レイはそれを〈閃光移動〉により亜光速の移動で躱す――はずだったが全弾命中してしまう。


「ぐうっ、これも運命だとでも……?」


「そうだよ。殺取術、赤。〈糸礫(しれき)〉。この技は必中するよ」


 空中にふと出現した赤い糸が先程と同じ弾丸の形を形成していく。


「だとしても乗り越えてみせるさ、〈流星剣〉!」


 赤い糸で作られた弾丸が向かう先では、レイが赤紫のエネルギーだけで作り上げた剣を振るっていた。

 やろうと思えば惑星の大地を全て斬ってしまうほどだが、放たれた三日月状のエネルギーは礫に直撃すると霧散する。それだけでレイはクインの仕業だと決定づける。


「ほら、できなかったよ。〈糸礫〉が斬られる運命を解いたからだよ」


 無傷で迫る赤い礫はレイの肉体を貫き、後方へと勢いよく吹き飛ばす。

 ディストはレイが貫かれる前に〈空間湾曲〉により捻じ曲げようとしていたが、当たらない運命を解かれていたことでそれも不発に終わる。


 悲鳴を上げながら吹き飛ばされたレイは床を何度も跳ね、その途中で無理やり態勢を立て直す。床を力強く両足で抉ることでレイは勢いを殺した。


「一番変えたい運命を変えることなんてできないんだよ。私がそうだったよ。私は好きで強い最上位生命体に生まれたわけじゃないよ。巨人さんみたいに破壊がすきなわけでもなければ、シエラさんみたいに苛めることも好きじゃないよ。不死鳥さんみたいに強さに自信を持っているわけじゃないし、四季王さんみたいに力を試したいわけじゃないよ。ただ私は楽しく遊びたかった、それだけなんだよ。だから契約者の指示に従って戦うことも嫌だったけど、それを解くことができなかったよ」


「分かっていたんだね、君自身は戦いが好きじゃないこと。僕も同じだった、誰かの指示で好きでもないのに戦い、楽しくないのに同じ命をボロ雑巾にする。でも変われた、僕の運命はあの女の子のおかげで変わり出した! だから君の運命は僕が変えてみせる! 〈閃光流星拳〉!」


 白く眩い光と赤紫の光が混ざりあう一撃。

 今までと同じようにクインは自身に当たる運命を解いた。これで当たる心配などないが、ついでに防御と攻撃を同時にこなす技〈殺取術〉の〈糸星〉を繰り出す。

 当前のようにレイの拳は――外れない。


「……っ!?」

「はあああああ!」


 五芒星の形をした赤い糸がレイの拳を受けとめる。

 硬さもそうだが切れ味も抜群なため、レイの右拳に糸が食い込み血が噴き出る。

 今度は一度目のように手を引かない。レイには右腕を犠牲にするほどの覚悟があった。


 拳が当たる運命はすでにクインが解いている。だというのに拳は〈糸星〉にだが直撃している。クインは何かの間違いだと思い〈糸星〉に当たる運命を解くが、それでも目の前の光景は何一つ変わらない。

 何度も何度も解こうとするがすでに解いているために何も起きない。

 赤い糸が繋がらなくなるいつもの感覚が一切しないのだ。


「なんで、どうして、運命は解いたよ!」


「単純だよ、僕の拳の速度が、運命も追いつけないほど速かっただけだ!」


 そんなことが起こりえるわけがなくレイの勘違いである。

 赤い糸で攻撃をされたとき、ディストは空間の歪みを僅かにだが感知していた。運命の赤い糸を解くといっても、それがどうやって現実に反映されるのかはクイン本人ですら分かっていない。だがディストは僅かでも空間に作用する力であると考えた。


 原理が多少なりとも分かれば〈空間湾曲〉で防ぐことができるのではないか。

 そう考えたディストの力により、レイの拳がズレることはなかったのだ。


「〈運命破壊ディスティニーブレイク〉! 〈閃光(せんこう)流星拳(りゅうせいけん)〉!」


 白と赤紫の光を纏う拳が徐々に赤い糸を押していく。

 押されるのが分かるクインは糸の操作に集中するが、少しして異常が発生した。

 クインの耳に確かに聞こえた。プツンという音が、運命を解く音ではなく切れる音が。


「きゃああああああ!」


 思わずクインは目を瞑る。

 外見通りの幼女らしく、迫ってくる怖いものが見えないように。


「なんてね」

「……え?」


 しかし確実にクインを葬るだろう拳は、鼻先に触れるか触れないかという至近距離で静止していた。

 止まっている拳からは、糸が抉ったせいで血が多く垂れ流されている。指先も痛みで動かないほどで、力むのとは違う震えが起きている。


「レイ! なぜ止めたんだ、今のは絶好の好機だったろう!」


 拳が届かなかったわけではない。拳は意図的に止められている。

 倒せる好機を棒に振ったのだから、ディストの怒りは尤もだとレイは困ったように笑う。


「……ごめん、僕は彼女を殺すことなんてしない。攻撃もできることならしたくなかった。どうしようもない状況だったからやったけど、今は、死の恐怖を感じた今なら話せるかなって思ってね」


「甘い、甘すぎる。以前からそうだったな……」


 数年の付き合いから諦めたディストと違い、クインは現状が理解ができない。


「どうして……攻撃するよ?」


「僕はしない。戦う理由なんてないだろう? だってつまらないって君が言ったんじゃないか。戦うことなんて好きじゃないって、君自身がさ。もちろん続けたいなら続けるけど」


「……しないよ。戦わないよ」


「よかった、これでようやく話ができるよ」


 戦闘の意思がなくなったクインは力を抜いて座り込む。レイも腕を突き出した状態から元に戻す。

 これからどうなるのか不安はあるがディストも話を聞くために歩み寄る。


「僕の名前はレイ。ねえクイン、君は戦いが好きじゃないんだろう? それならもうこんなことは止めないかい?」


「……無理だよ。契約者からの命令があるよ」


「塔を守れだったね、だったら僕達が塔を傷つけなければいいだけだね。これで問題がないから戦う理由はない」


「それ屁理屈だよ」


 召喚の魔導書の生物は基本的に契約者の命令に従わなければならない。それはまさに飼い主とペットのような関係で、違うことといえば従う側に拒否権がないことだ。しかし最上位生命体の彼女達は特別な存在だった。


 最上位生命体だけは契約者の命令に歯向かうことができる。召喚するのに実力を示す必要があり、過去に大賢者神音が使用した際には圧倒的力で意思を圧し潰したこともある。並大抵の実力では従えることができず、逆に契約者が殺される可能性もある。


 命令に逆らえるというのはシエラがいい例だろう。

 彼はクインと同じように塔の守護を命じられたにもかかわらず、守るべき塔を放って自由に町を徘徊していた。それと同じようにクインも反抗しようという強い意思があればできる。

 現在両膝を抱えて座り込んでいるクインは怖さから戦闘を拒否している状態だ。


「……僕は惑星トルバという場所に住んでいた。戦うことが嫌いというわけじゃないけど、君と同じで好きというわけでもない。それでもあの場所は強い力を持つ僕に戦いを強制した。過去最強の男さえいなければ序列一位になれるかもしれないとまで言われていた」


「なに言ってるのか分からないよ」


 いきなりの自分語りに困惑しているクインだが、レイは構わず続けていく。


「トルバではほとんどの人が戦士をしているんだ。何をするかといえば……他者を害して故郷を奪う感じ。幼い頃から僕は王族みたいな偉い人に言われて戦い続けてきた。他の人はお遊びだなんて言っていたけれど、到底そうは思えなかったな。でも無理やりこれは遊びなんだ、楽しいんだって心に言い聞かせていた」


「……私と同じ?」


「そう、僕達は似ているんだ。戦いが好きでも嫌いでもないのに、上の人から強制されていた。遊びだと思って苦しい現実から逃げている」


 説明だけ聞いているとクインはレイのことを同類だと思うが、目前の少年と説明された少年が同一人物だとは思えない。


「今のあなたは違うよ?」


「一人の女の子が僕を変えてくれた。どうせこう生きる運命なんだって諦めていた僕を説得してくれた。今までも変わりたいと、反抗したいと思うことはあったけど、きっかけを作ってくれたのは紛れもなくあの子だよ。だから僕は過去の自分を見ているかのようで、君の助けになりたいと思ったんだ。僕を変えてくれた人と同じように、手を差し伸べようと思ったんだ」


 痛みなど我慢してレイは優しそうに笑う。


「召喚生物である私は契約からは離れられないよ?」


「……ならせめて、遊ぼう!」


 高らかに宣言してみせたレイに、ディストは「何を言っているんだこいつ」と呟く。


「遊びならさっきまでしてたよ?」


「あんなものは遊びじゃないよ。君が楽しいと思えるような本当の遊びをしよう。これからもずっと遊べるような、楽しいことをさ」


「なに、するの?」


 戦闘が遊びではないと否定され、楽しい遊びがあると言われたクインは期待する。

 キラキラと輝くような赤い瞳で見つめられたレイは頭を悩ませる。


「……ディスト、何かあるかな」


「俺も考えるのか!? ああ、まあ、無難なものになるが……しりとりとか?」


「しりとり、それだ!」


「どれだ! 自分で言っておいてなんだが本当にいいのか!?」


 ルールどころか名前も知らない遊び。クインは期待を寄せてレイ達に教えを乞うた。最初こそ分からない部分が多かったが、次第に理解し始め、笑みを浮かべて遊ぶようになる。


 気分を良くしたレイ達は他の遊びも教えた。一人でも楽しめるようにと一人でできる遊びも含めて、思い付く限りの遊びを教えた。


「……ありがとう。色々教えてくれて」


「いいんだよ、むしろこの程度しか出来なくてごめん。最初から君が戦わなくて済む方法があればよかったんだけど」


「いいよ。教えてくれた楽しい遊びがあれば、私はそれでいいよ」


 クインはゆっくりと立ち上がると、赤い瞳から涙を零す。


「私、帰るよ。命令に背くよ。契約者に反抗するよ。だからいつか、私が自由になる日なんてものが来たのなら……また会おうよ」


 もちろんだとレイは頷き、ディストは鼻を鳴らす。


「さよならだよ。……〈デポート〉」


 召喚の魔導書の生物が魔導書内に戻るための魔法をクインが唱える。

 最後に微笑んだ彼女の体が光に包まれ、壁を貫通して紫の塔へと向かう。

 先程まで共に遊んでいた彼女を見送ったレイ達はその場に勢いよく座り込む。


「うっはあ、疲れたあ~」


「次の塔に行きたいところだが魔力も残り少ないな。これではもし敵がいた場合に倒すことができない、やられるのが目に見えている」


「大丈夫さ……なんてったって神奈がいるからね」


 自らを変えるきっかけをくれた少女を思い出し、レイは天井を見上げる。

 遠くの塔付近で激しい魔力のぶつかり合うのを感じながら、二人は背中から倒れた。


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