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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
219/608

69.5 青――遊ぼう――


 五色の塔の内の一つ、青い塔の中を二人の少年が歩いている。

 少年達――レイとディストの二人は先へ進みながら話をする。


「気になっていたんだが、どうしてグラヴィーを一人で行かせたんだ? 戦力的には俺とあいつが組み、お前が一人で向かった方が安定していたはずだ」


 仲間の心配から出た疑問だった。

 戦力としては三人の中ではレイが一番で、他の二人より頭一つ抜けている。よってディストの言う通り、レイを一人、他の二人を組ませれば戦力はしっかり分散される。惑星トルバの上位戦士であることからグラヴィーを信頼しているが、やはり地球という星には強者が多くて心配になっていた。


「グラヴィーを向かわせた紫の塔は以前からあったもの。あそこに黒幕がいるとは考えづらいし、あっても多少の罠くらいだと思う。僕が一人で向かわせたのは戦いのためではなく、何か前回と違うおかしな部分があるかどうかの確認だよ」


「そうか、まあ無事を祈るしかないな」


「珍しいねディスト。君が誰かのことを心配するなんて」


「いや普通に心配するだろ。俺のことをどう思っていたんだ」


「そうこういっている内に最上階だよ。……魔力反応からして誰かいるね」


 最上階へと続く梯子を上り、二人は辿り着く。

 他の塔と構造は同じで、違うのは塔の色のみ。青一色の塔も最上階には奥に高くはない階段があり、そこに一人の幼女が座り込んでいた。


 白髪、透き通る肌。アルビノと呼ばれる先天性の遺伝子疾患に見られる症状だ。赤き瞳は手元にある白い糸を映し続けている。俯いた状態で一人、糸で作り上げた輪を使い形を作っている。

 やがて暗い表情の幼女は顔を上げ、着ている白い着物を汚さないよう気を付けて立ち上がる。


「レイ、この魔力……強いぞ」


「……分かってる。エクエスに近い強さを持つと考えていいだろうね」


 二人が警戒を強くするなか白い幼女は口を開く。


「あなた達はだあれ? 私と、遊んでくれるの?」


 敵意が全くない幼女に二人の警戒は薄れる。敵ではないかと思っていたが、純粋無垢のように見える幼女が黒幕には見えなかった。

 人のよさそうな笑みを浮かべてレイは幼女に話しかける。


「えっと、君はどうしてこんなところにいるのかな? お母さんやお父さんが心配しているんじゃない?」


「どっちもいないよ。私達に親はいないよ。だからここにいても心配なんかされないよ。だってここにいるよう私、クインは指示されたんだよ」


「指示? もしかして、君はこの塔を出した人と知り合いなのかな?」


「契約者だよ。召喚の魔導書っていう本の契約者が塔を出したんだよ。壊されたら困るからって守るよう言われたんだよ。でも暇だよ。クインは一人であやとりしているしかないよ。暇だから遊ぼうよ」


 殺意も敵意もない。クインからは害になる感情を何一つ、レイ達は感じることができなかった。

 だから気を緩めてしまった。一見弱そうな容姿も相まって油断を生んでしまった。


「〈殺取術(あやとりじゅつ)〉」


 クインの両手の指が高速で動く。手にある白い糸の輪が指に絡まって形を変え、箒と呼ばれる技の形になる。


「〈糸帚(いとぼうき)〉」


 突如上空からいくつもの白い線が降り注ぐ。その正体は強靭な糸で、塔の天井から床に雨のように降って貫通する。


「〈流星脚〉」

「〈空間湾曲(ディストーション)〉」


 二人はそれぞれ魔技を用いてなんとか避け続ける。ディストは周囲の空間を歪めて軌道を逸らし、レイは高速移動により全てを避けてみせた。

 役目を終えた糸が消えると床には無数の小さな穴が空く。崩れるほどではなかったのが二人の幸運だ。


「わあ避けたよ。いいよいいよ、もっと遊べるよ」


 ちっとも楽しくなさそうな無表情でクインは口を開く。


「糸か、当たれば致命傷だね」

「だが当たらなければいい、それだけだ」


 クインの手が再び素早く動く。

 手元の白い糸が梯子の形になる。


「〈殺取術〉、〈糸梯子〉」


 警戒を解かないレイとディストの左右を、クインの手元から出たニ本の白い糸が通りすぎて壁に刺さる。

 狙いが逸れたわけではない。攻撃ではなく準備段階だ。

 二本の糸の間をさらに糸が通る。不規則にジグザグと伸びて繋がる糸が猛スピードでレイ達に迫っていく。


 二人は冷静に対処しようと、先程と同じ魔技を使用して回避する。レイに至っては〈流星脚〉で避けながら接近を試みている。

 近付くのは容易ではなかったが、接近し続けてレイは自分の間合いに入り込む。


「〈流星拳〉」


 敵である少女の魔力量から通常攻撃など通用しないと思い、レイは隕石が降るような速度の一撃を放つ。

 魔力量だけならエクエスに匹敵するクイン。そんな彼女に持てる全力で挑まなければ犬死にするだけだ。


「〈殺取術〉、〈糸星(いとぼし)〉」


 またもクインの手が動く。

 手元の白い糸が星の形となる。連動して〈糸梯子〉が消えると、五芒星の白い糸がクインの前方に形成される。流星のごとき速度の拳が届き、十センチほどの糸星に触れると――手の皮膚が裂ける感覚がレイを襲う。


 このまま拳を進めれば腕が裂けていくと分かり高速で腕を引いた。少しして赤い血が拳から飛び出る。

 次の攻撃が来る前に早く離れなければいけないとレイは考える。行動へ移す前にクインが〈糸星〉を消し、複雑に絡む手元の糸を解き、レイに向かって鞭のように振るう。


(さっきの星型と同じと見ていい、触れるのは危険すぎる! でも速い、〈閃光移動(フラッシュムーブ)〉でも回避が間に合わない!)


 糸が当たればレイの強靭な肉体でも、豆腐のようにあっさり斬られてしまうだろう。だがそうはさせまいとする男が一人いる。


「〈空間湾曲〉。〈空間制御(スフィアウェーブ)〉」


 白く細い糸がレイの体を通ろうとする瞬間に軌道を変える。

 ディストの〈空間湾曲〉で空間が捻じ曲がったことにより、糸の進む空間とレイの体がある空間が繋がらなくなったのだ。そして何かを掴む動作をするディストがそのまま腕を引くと、レイの体が引っ張られてディストの正面に移動する。

 何年という付き合いなのでレイは何が起きたのか、(おこな)ったのは誰なのか理解する。


「助かったよディスト、君が助けてくれなかったら腕の一本くらい失っていたかもしれない」


「構わん、それより連携だ。サポートは俺がする。レイは攻撃に専念してくれ」


「了解、と言いたいけどその前に君! クインちゃんだったかな、どうして君は楽しそうな表情をしないんだい? 遊びなんだろう、これが君にとっての。ならもっと楽しそうにしなよ」


「それそんなに気になるか?」


 レイが無表情のクインへと問いかける内容に、ディストはジト目を向けて呆れる。


「だって楽しくないよ。遊びだけど楽しくないよ?」


「……やっぱり、そういうことなのか。ディスト、できる限りは避けるけど補助は任せたよ」


「今の問いで何が分かったか知らんが、心得た」


 ディストが頷くと、レイは〈流星脚〉を使用して走り出す。

 戦闘の再開を感知したクインは糸を振る。それをレイは必要最低限の動きで躱し、何度も迫る鞭のような動きをする糸をディストの補助のおかげもあり躱し続ける。


「君は楽しくないと言った。それならどうしてこの遊びを続けるんだ! つまらないなら止めればいいじゃないか!」


「無理だよ。私はこれとあやとりしか知らないから無理だよ。あやとりは飽きたからこの遊びしかないよ。いつもならすぐに終わっちゃうけど、今日は少し長いよ。新鮮かもしれないよ」


「他の遊び方を知らないなら、僕が教える! だからそのために戦うことを止めてほしい!」


「……なんだかちょっと楽しくなってきたかもしれないよ」


 それはクインにとって初めての感情だった。

 いつもならつまらない遊びだ。誰かが遊ぼうとしても少し糸を触らせただけで、その誰かは動かなくなる。

 他の最上位生命体は別に戦いたくないからと断り相手すらしてくれない。


 いつも一人で寂しかったクインは、同じ最上位生命体であるシエラからあやとりを教えてもらった。一人でいる間はほとんどの時間あやとりをして過ごし、存在するほとんどの技をできるようになると飽きが出てくる。


 つまらない戦闘という遊びだがこの日だけはなかなか終わらない。

 攻撃すると回避され、何度攻撃しようと掠りもしない。それがなんとなく彼女の心に変化を与えた。戦闘は楽しいものではないが、相手によればつまらないわけでもない。彼女はそう結論づけた。


「なら仕方ないか、この無意味な戦いを終わらせて教えよう。戦闘なんかより楽しいことなんて、いくらでもあるということを! 〈閃光流星脚〉!」


 レイの両足が一瞬白く眩い光を放ち、次の瞬間にはクインの正面に移動していた。

 光速に近いが劣るその速度にクインは反応できていたが、咄嗟に振るった糸はレイの頭を狙ったのに肩を抉るだけに収まる。


「〈閃光流星拳〉!」


 白く眩い光と赤紫の光が混ざり合い、一瞬にしてその輝きを終わらせると拳は振り抜かれた後だった。

 小さく白い体の幼女は腹部を殴り飛ばされて壁に激突し、床に力なく倒れる。


 年齢はともかく女性なので、レイとしては顔面への攻撃は避けたくてそれ以外の場所に攻撃しようとした。腹部以外に拳をうまく入れる場所が見つからず、本当なら腹部へも攻撃したくなかったので若干の後悔が残る。しかしそれも振り抜いた右拳から血が勢いよく噴き出たことで消し飛ぶ。


「……咄嗟に攻撃直後の糸を戻して、不完全ながらにさっきの星を作って防御したのか」


「そうだよ、でも痛いよ」


 床に倒れていたクインがゆっくり起き上がり、無表情の顔を苦痛で少し歪めた。

 渾身の一撃であったにもかかわらず倒せなかったことに、レイは悔しさで唇を噛みしめる。


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