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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
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69.1 赤――駒の使い方――


 赤い塔に向かう道中。道端で倒れている人間が何百人もいて、神奈はどうすることもできない歯がゆさに唇を噛みしめる。

 今回は時の支配人の助力がないため死者の蘇生や記憶操作は不可能。

 死者蘇生の事件並に大規模なので死人も出そうだが出たらアウトだ。


「神奈さん。赤い塔の前に人がいますよ」

「隼じゃん」

「……神谷神奈か」


 赤い塔の入口付近には速人の姿があった。

 これまでも事件が起きた時に何度か速人と協力したことがあるので、神奈は目的をすぐに理解する。


「お前も事件を解決しようとしてるってことだな?」


「……事件だかなんだか知らんが、母さん達が倒れて動かなくなった。外を見てみれば怪しげで悪趣味な塔が五つもある。これ以外に原因など考えられん」


 速人の家族も例外なく、魔力が少ない者が気絶している現象が起きている。

 塔までの道のりでさえ多くの人間が倒れていたのだ。乗り物の衝突事故などもどこかで起こっているだろうし被害は決して小さくない。そう考えると外出していなかった者達は不幸中の幸いだったのかもしれない。


「私と隼が倒れないのは魔力が多いからかな」


「細かいことはいい。中でふんぞり返っているやつに訊けばな」


「それもそうだけど、この塔の他にもまだ塔はある。ここにいるとは限らないぞ」


「ならしらみつぶしに捜すだけだ」


 前回は紫の塔しか出現していないので、必然的に黒幕もそこにいることになる。だが今回は紫の塔も含め合計で五つの塔が建っている。犯人となる人間がそのどれにいるのか知る手段はない。


 神奈達が侵入した赤の塔の構造は紫の塔と同じものであった。

 分かれ道、エレベーター、行き止まりの部屋など構造全てが同じである。違うといえば床や壁の色が塔と同色の赤だということくらいだ。


 以前神奈が紫の塔に上ったときには敵が数人存在していたが、現在赤の塔には神奈達の前に敵が現れていない。常人離れした速度で階段を駆け上がり、敵のいない場所を抜けていく。


「神谷神奈、なぜ付いてくる?」

「はあ? お前が付いてきてるんだろ」

「お前だろう」

「いやいやお前だよね」


 次々と階層を駆け抜けていくうちに二人の対抗心が爆発する。


「お前だ」


 そんな場合ではないと分かっていても、自分が前を走ろうと速度を上げていく。

 走り続けていると到着したのは最上階手前の部屋だ。梯子が中心にあり、それを上れば最上階へと行くことができる。しかしそう順調に進めるとは限らない。

 梯子の前には一人の男がいた。槍を持ち、銅色の兜を被り、銅色の鎧を着ている。


「何者かと思えばまだ子供ではないか。命を粗末にするのはよくない、早々に引き返すといい」


「お前が元凶かコスプレイヤー」


「まさか。俺は主人の力で作り出された者にすぎない。……さて、この先に進もうとするならば排除しなければならないが」


 銅の戦士は神奈達を見据えて、持っている槍を構える。


「できることなら子供を殺したくはない。もう一度言う、早々に引き返すといい」


「断る。子供だと思い甘く見るな、後悔させてやる」


 速人は抜刀してから腰を落とし、刀を構える。


「神谷神奈、手は出すなよ」

「へいへい。精々気をつけろよな」


 呆れた表情を神奈がすると同時、思いっきり速人は駆ける。

 様子見とばかりに手裏剣を数枚取り出して投げつけるが、銅の戦士は的確に槍で弾いてみせた。手裏剣を防ぎ終わるときには速人が背後に回り込み、刀で斬りかかるも銅の戦士は振り向きざまに弾く。


「多少は戦えるようだな」


 褒めたわけではない速人の言葉に銅の戦士は無言を貫く。

 何も言葉を返さない銅の戦士に苛つき、速人は舌打ちすると連続で刀を振り始める。


 槍の穂先で防御することに銅の戦士は集中し、刀だけは防ぎきるが槍を持つ手が勢いに負けて後ろに下げられる。その隙を逃すわけがなく、速人の蹴りが放たれて腹部に突き刺さった。


 音を立てて床を後ろに滑る銅の戦士は、槍を赤い床に突き立ててなんとか止まろうとする。赤い床と穂先が擦れて火花を散らし、槍の穂先が欠けて、ようやく止まった銅の戦士が目を丸くする。


「〈分身の術〉」


 速人の体の線が時折ブレているが三人に増えていた。

 銅の戦士は慌てて槍を構える。だが三人の速人は接近して周囲を取り囲むみ、銅の戦士の周囲をぐるぐると回り始める。銅の戦士が槍で突きを放つと一人掻き消えたが、残りの二人が同時に前身して刀で斬りつけた。


「〈十葬斬(じゅうそうざん)〉」


 銅の鎧も切り裂き、肉体に傷をあたえる。そしてそれは腹部から背中にかけての傷と、右から左の脇腹にかけての傷の二つ。十字架のような傷は銅の戦士をすぐに殺すようなものではないが、まだ戦えるような生温い傷でもない。

 しばらくすると銅の戦士の体が瞬時に黒く染まり、焼きすぎたクッキーのようにボロボロと肉体が零れ落ちていく。


「少しはやる男だったが俺の敵ではなかったな」


 戦闘も終わったので速人は残像を消し刀を鞘に収める。

 一方、神奈は銅の戦士が崩れたことに注目していた。


「あの死に方、もしかして召喚された生物か……?」


「おい何を立ち止まっていやがる。とっとと上へ行くぞ」


 敵もいなくなったので、速人は早くも赤い梯子を上ろうとしている。急かされた神奈も考えるのを止めて足を進めた。


 赤い梯子を軽々と上る神奈達は最上階へと辿り着く。

 最上階の床に足をつけると、神奈達は壁際に一人の青年を見つけた。灰色のコートを着ている彼に二人の視線が集中する。


 この場所にいるということは黒幕の可能性が高い。

 赤い床に座り込んでいる青年は、生え際から毛先にかけて灰色が薄くなる髪をいじり、面倒そうに立ち上がって不敵な笑みを浮かべる。


「ようこそ、僕が守護する塔へ」


「……その言い方、お前黒幕じゃないな?」


「そうだねえ、手下ってのが正確なんじゃあないかなあ。僕の名前はライム。召喚の魔導書最上位生命体の一体さ」


「最上位生命体? それって破壊の巨人みたいな……?」


 およそ二年前。狩屋率いる召喚された生物と神奈達は戦いを繰り広げた。

 その時に使われたのが召喚の魔導書であり、破壊の巨人というとてつもなく強い生物を神奈が初めて目にしたのもその時だ。


 破壊の巨人は神奈よりも身体能力が高いという並外れた戦闘力を誇る。戦った神奈自身がそれをよく分かっているので、危険度が分からないだろう速人に注意を促す。


「隼、あいつはおそらく相当強い。だから気をつけろよ」


「言われなくても俺は相手を舐めるような真似はしない」


「勘違いしているかもしれないけど、実は僕自身そこまで強くないんだ。僕の得意分野は兵隊作りなんでね」


 そう言うとライムは右手を握り、何もないはずの右手を振るうと小さな何かが投げられる。全てで八個の小さな何かは――将棋の駒。

 台形の物体が白い光を放ち始めると、その光が人型を作り、つい先程戦った銅の戦士が十七人現れた。


「何?」

「召喚……?」

「僕はなんだろうと違う生物へと変化させることができてねえ。今は将棋の駒がお気に入りなんだ」


 銅の戦士十七人は横に整列してから槍を構える。

 本来なら将棋の駒は四十個、そのうち銅の戦士の元となっている「歩」という駒は十八個だ。だが先程倒した銅の戦士も「歩」の駒から生まれているため、残りの十七人を倒せば銅の戦士はもう生まれない。


「隼、あいつら任せていいか? 私は親玉を倒す」


「すぐに片付けて俺が倒してやる。精々やられないように気をつけるんだな」


 銅の戦士十七人は一斉に前進し、どんどん加速していく。あっという間に二人の元に辿り着いき槍を振るうが神奈の姿はその場から消え、速人は正面から迎え撃つ。

 神奈がライムへと走り出したことで銅の戦士十七人は速人を標的とする。


 十七人に囲まれた速人は鼻で笑い刀を構えた。

 今回は〈分身の術〉を使わないだろう。〈分身の術〉は増えているように見せかけるだけの技だ。よって一人と全力で打ち合い続けていれば、残像を作る暇がなくなり意味がなくなる。あの技は多人数相手には効果が薄い技なのだ。


 圧倒的に人数で不利な状況だが神奈は速人を信じて走る。

 今まで無駄に戦い続けて強さを知っていることもあるが、それだけでなく天寺との戦いで共闘したこともあり、互いに任せ合うという戦い方を知ったのも理由の一つである。


 走って神奈が接近すると、ライムは「歩」だけでは足りないと考えたのか新たな駒を投げつける。新たに光となり現れたのは白い翼が生えている自動車と、二本の黒い角が頭から生えている青年。


「見ただけで分かるけど、飛車のセンスないな」


 ライムが生物にした二つの駒は「飛車」と「角行」だ。

 分かりやすく車が飛んでいるので神奈はすぐに理解した。


「よく分かったじゃないかあ。さっき出した歩とは比べ物にならない強さだよ。どうするのか見ものだねえ」


「さあて、どんな強さか見ものだなっと」


 白い翼が上下に揺れ、車が神奈に向けて直進する。

 神奈は軽く横に跳んで避けると、車は直角に方向を変えてまた直進してきた。その速度は凄まじく、完全に法定速度を無視している。およそ秒速四十キロメートルほどのとんでもない速さで飛んでいる。


 直進、曲がると思えば九十度。これは「飛車」の本来の移動ルールだと神奈は気が付く。将棋の「飛車」は強力な駒であるが前後左右にしか動けない。生物にされた現在もそのルールを守っているのだ。


「なるほど、将棋の移動ルールには一応従っているのか」


「あーバレちゃったかあ。そうなんだよ、僕が生物にした者は何かしら決まっているものを引き継ぐんだ」


「てことは角行も……」


 将棋の「角行」は斜めにしか進めない。今も飛び回る「飛車」と同じように、同じく駒である「角行」もルールに縛られているのではと考えを巡らす。

 予想は正しく、黒い角の生えた青年は神奈に近づくためジグザグに移動し始める。速度は翼の生えた車と同じようにかなり速い。


 ジグザグに移動して迫る青年は、頭の角を神奈の脇腹に向けて突き刺そうと突進する。しかし貫通力の高い二本の角を神奈は両手で掴んで止める。

 角を掴まれて驚愕する青年にさらなる悲劇をプレゼント。

 青年の自慢でもありそうな二本の角を――あっさりと折って、捨てた。


 神奈は悲鳴を上げる青年の頭を右手で掴み、背後に迫ってくる車に向かい投げつける。さらに続けて丸い魔力弾を左手に作り、怪しく光るそれを車に向けて投げつける。二つはほぼ同時に衝突して、爆発により青年と車は黒く変色して崩れ落ちた。


「おいおい、総合戦闘力が七万はある個体だったのに……。銅の戦士だって一万はあるのに、あの少年は十七人と互角に……」


 神奈の強さに驚くライムが速人に目を向ける。

 彼は次々と迫る銅の戦士十七人の槍を避け続けていた。そして前方に並んだ銅の戦士を〈真・神速閃〉により胴体を真っ二つにする。


「一気に七体斬り捨てた……押されている。ああくそしょうがないなあ、とっておきだったんだけど!」


 焦ったライムが投げたのは「王」の駒一つと、「銀将」の駒二つ。

 光り輝くそれが形作るのは七色に輝く王冠を被っている身長五メートルの巨人一人。銀色の剣を持ち、西洋風で銀色の兜と鎧を纏っている青年二人。その三人が出た瞬間、速人が戦っていた銅の戦士全員の筋肉が肥大化し戦闘力が増した。


 攻撃の速度と威力が上昇している明らかな変化に、速人は戸惑い苦戦する。

 今までより五割り増しほど強くなった銅の戦士達に、〈身代わりの術〉など持てる技術全てをもって全力で相手をすることで互角に戦っている。


「僕が作り出した生命は、役割を持つことで戦闘力が上昇する。例えば樹齢二百年の樹木が二本あるとしよう。そのどちらかが神聖なものとして人間に扱われた場合、戦闘力は御神木の方が相当上になる。この駒達も同じさ、王がいることで王を守る騎士としての役割を持つ。さあ銀の騎士の総合戦闘力は十万を超える、君に勝てるかなあ!」


 銀の騎士二人が神奈に迫り、二本の剣が同時に振り下ろされる。

 相当な強さを持つ銀の騎士の剣は当たらず、最低限の動きで後ろに下がった神奈が足で踏む。


「ごちゃごちゃうるさいやつだな。だったらすぐに、お前ごと倒してやるよ……!」


 二本の剣を踏み砕き、神奈は拳を銀の騎士二人に同時に叩き込む。

 顔面に強烈な一撃がめり込み、銀の騎士二人は後ろに回転しながら吹き飛び、ライムの真横を通り過ぎてすぐ後ろの壁に激突した。

 驚愕するライムが振り向く前に、銀の騎士は黒くなり崩れ落ちていく。


「なっ、バカな……! でも、まだ王がいる!」


 七色の王冠を被る巨人が神奈に接近し――腹部への一撃で膝をついた。

 腹への打撃後。その拳は巨人の顎を殴り、矢のように天井へと突き刺さらせた。

 切り札とも呼べる「王」が容易に敗れたことで、ライムの口からは乾いた笑みが零れる。


「はっ、は、はは。いいさ、たとえしもべがいなかろうとお、僕が触れただけで君達は終わる。理性の飛んだ怪物にしてもいいし、僕の命令しか聞かない人形にしてもいい。教えてあげよう! さっきは戦闘が得意ではないと言ったけど、僕の総合戦闘力は十五万を超えて――」


 意気揚々と話す最中、ライムはすでに傍にいる神奈に気付かなかった。

 神奈の急接近はライムが追いきれるものではなかったのだ。


「――いがあっ!?」


 しもべとする者を幾度も葬ってきた拳がライム本人に突き刺さる。

 壁に激突し亀裂を作ったライムは、ぶつかるまで殴られたことにも気付かない。


「負けるわけないだろ。……私達は自分の体で戦ってるんだ。いくら戦闘力が高かろうと、仲間を戦わせるだけのお前なんかに……負けるわけがないんだよ」


 ライムの肉体は分解されて光の粒となり、数秒の時を経てどこかへと向かっていく。最期を迎えたときの表情は酷く歪んでおり、悲しみなのか憎しみなのかよく分からないまま終わった。


 術者が消えたことにより新たに生み出された命がなくなる――ということはない。

 命がない物も生命体に変えるライムの能力は、ライムが死んだとしても継続されるらしい。ただ、この場にいた生命体が全てであり、それら全員は神奈達に倒されて消滅した。


「はあっ、はあっ、はあっ、よ、よしっ、次の塔にゲホッ! 行くぞっ!」


「……お前大丈夫か?」


 なんとか勝ったとはいえ、戦いで体力を消耗しすぎた速人は激しく咳込む。

 彼は心配だが休んでいる暇などない。今回のことについて何も分からないので、この先何が起きるか予想もつかないからだ。もし時間をかければ眠っている全員が死亡するということもありえる。

 神奈達は走り出して次の塔へと向かった。


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