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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
213/608

68.5 新年の初詣、エクエスの墓参り

2023/06/24 一話が長すぎたので区切りました

      初詣のおみくじ部分を若干加筆











 冬休みに入った神奈がすることなどほとんどない。

 冬ならではのこたつでダラダラしようにも神奈は加護で温度を感じない。だがそれも強く感じようと思えば感じられる。そのためには小さな穴に糸を通すような集中力が必要だし、寒くないのに越したことはないのでやろうとは思わない。


 学校から出た宿題はすでに終わらせている。神奈は宇宙人が襲来したときに宿題をやらないで夏休みを終えたが、今回の長期休暇は暇すぎてやったらあっさりと終わってしまったのだ。


 新作のゲームで欲しいものはないし、漫画や小説で読みたいものはない。観たいアニメを探すにしても正月といえば特番の季節。既に見たアニメの映画や一挙放送ばかりなので、魔法少女ゴリキュアくらいしか観ていない。つまり本格的に一人ですることがなかった。


 そうして暇を持て余したまま迎えた新年。

 神奈は黒いパーカーに紺のズボンという服装で、宝生町で一番賑わう神社にやって来ていた。遅れて笑里と才華も私服でやって来て三人は笑顔で向かい合う。


「「「新年あけましておめでとう!」」」


 正月に入り、新年一日目。新たな年に突入したのなら挨拶は欠かせない。

 神社に新年早々来る目的といえば初詣だ。去年の十一月頃からすでに神奈達は計画していた。


「やっぱり人が多いな」

「みんな楽しみにしてるからね」


 初詣は珍しく神社が人で溢れかえる日。

 宝生町にある神社の数は三件ほどで、初詣に行く人間は三等分される計算になる。それでも住民が三千人以上だとすれば単純計算で千人。神社がよほど広くなければ人で溢れかえるのは必然である。


「初めてだわこういうの。護衛の人もいないし」


 三人だけだと思っている笑里と才華は気付いていないが、コソコソと才華の護衛の黒服がついて来ている。神奈が注視していると会釈されたのでやり返す。


「初めてって本当かよ?」


「ええ。初詣は毎年、家が所有している神社ですませているの。人はほとんど来ないわ。来るといえば親戚くらいだもの」


「藤原家ってなんの仕事してるんだ? 神社を所有とか聞いたことないんだけど」


 長い階段を上がり、境内に入ると夏祭りのように多くの屋台が存在している。

 三人は屋台で主に食べ物を買い、射的なども遊んだ。そして初詣の定番であるお参りとおみくじをしようとなり、おみくじを引くことにした。引くためには販売所の人に三百円払わなければならない。


「あれ、神谷さん! 秋野さんに藤原さんも!」


 販売所に行ってみるとそこには頭も表情も明るい少年がいた。

 禿頭の彼は熱井心悟であり、いたのは販売所の中である。


「熱井君じゃんか。ここで働いてんの?」


「違うでしょ神奈ちゃん! まずは挨拶でしょ!」


 すっかり忘れていた神奈は「あーそうか」と呟く。

 挨拶を忘れたのは彼が販売所の中にいるのと、禿げているせいだろう。かれこれ彼が禿げて一年近くになるが未だに慣れない。学校での彼の扱いは元に戻っているものの、たまに頭を見て笑う生徒がいるのは問題だ。とにかく禿げているせいで以前の熱井と結びつかないことがある。


「「「あけましておめでとう」」」


「あけましておめでとう。今年もよろしくね三人共」


「今年もよろしく。で、さっきの話だけどここで働いてんの?」


「手伝いだよ。親戚の友達の親戚の人が困っていたからね」


 親戚の友達の親戚はもはや何の関わりもない人だと思うが心にしまっておく。

 彼は親切なので見ず知らずの他人でも助けるのだから、一々つっこんでいてはキリがない。一先ず神奈達はおみくじを引きに来たのでその話をする。


「ねえねえ心悟君、大吉ちょうだい!」


「それもうおみくじじゃなくね!? 自分で引けよ!」


 笑里の阿呆な発言に熱井は「いいよ!」と元気よく言い、大吉と書かれたくじを手渡そうとするのを神奈が「よくねえだろ!」と止める。販売所の人間として一番ダメなことだと彼は理解していないのかもしれない。


「ねえ熱井君。これで大吉、よろしくね」


 今度は才華が一万円札を差し出しながらそんなことを言う。


「買収じゃん!」


「え、おみくじ買うんじゃなかったのかしら?」


「おみくじを引く権利を買うんであって、欲しいおみくじ買えるわけじゃないから」


 お嬢様もここまでいくと世間知らずだ。毎年所有している神社でお参りしかしていないから、おみくじの引き方も知らずに小学六年生になってしまうのだ。どんなに金持ちでも庶民の常識は知っておいた方がいい。才華は知識が豊富なのに妙なところで抜けている。


 ズルを阻止した神奈はおみくじを引き、二人も後から引く。

 列から外れた後、わくわくしながら自分のおみくじを開いてみれば、そこにはインパクトのある二文字が書かれていた。――大凶である。


願望  :叶わない

待ち人 :現れるかも

失せ物 :大切なものを失います

縁談  :ねえよそんなもん

旅行  :マジで色々行ける

商売  :大損するから何も欲しいと思うな

相場  :そもそもお前は株を持ってねえだろ

学問  :勉強はしなくてよし

健康  :何度か死にかけるけど健康

争い事 :争いに日本一愛された

転居  :しなくていい

出産  :したら破廉恥

方位  :ねえよそんなもん


 全て見終わった神奈はおみくじを握り潰す。


「何これ!? 言いたいことは色々ありすぎるけどまず何だ健康の欄、死にかけるけど健康って意味分かんねえよ! それ健康じゃないだろ!」


「神奈ちゃん大凶だったんだ。私は末吉だったよ! いいでしょ!」


 笑顔の笑里が自慢しながらおみくじを見せてくる。

 誰も末吉は羨ましくならないと思うが彼女は凄く嬉しそうだ。


願望  :いいんじゃね

待ち人 :いいんじゃね

失せ物 :いいんじゃね

縁談  :いいんじゃね

旅行  :いいんじゃね

商売  :いいんじゃね

相場  :いいんじゃね

学問  :いいんじゃね

健康  :いいんじゃね

争い事 :いいんじゃね

転居  :いいんじゃね

出産  :いいんじゃね

方位  :いいんじゃね


 全て見終わった神奈は笑里からおみくじを奪って握り潰す。

 彼女が「酷い!」と叫んだが本当に酷いのはおみくじを書いた人である。


「何がいいんじゃねだよ! これ書いた奴が途中から飽きただけだろうが!」


「……神奈さん、私のも見ていいわよ。大吉」


 才華がおみくじを渡してきたので神奈は受け取って、隅々までよく見てみる。

 全て同じ答えのものより酷いものはないだろうと思っていたが想像を超えてきた。なんと大吉のおみくじには答えの部分に何も書かれていなかったのである。空欄なので何がいいのかすら分からない。


「全部空欄じゃねえか! 飽きたね、飽きちゃったんだね!」


「神奈ちゃん、大凶だったからって苛々しないでよ。悪いことが書いてあったらさ、あそこに結べば開運するかもよ」


 そう言って笑里が指したのは〈おみくじ掛け〉だ。

 二本の柱の間に糸が張られていて、気に入らなかったおみくじを人々はそこに結んでいる。それはそれとして笑里が開運なんて言葉を知っていたことに驚く。


 近くにある〈おみくじ掛け〉に一人で向かった神奈は知り合いを見つける。

 水色の髪の少女、天寺静香が〈おみくじ掛け〉の傍で笑みを浮かべている。

 無視しておみくじを糸に結んでいると、ようやく神奈に気付いた彼女は慌てて狐の仮面を被った。


「……何やってんのお前」


「ど、どちら様でやんすか。私の名前は栗松でやんす」


「喧嘩売ってんのか? てか顔隠すの遅いよ。正体バレバレだよ」


 仮面で隠す前から気付いていたのだから当然だ。

 観念したらしく天寺は狐の仮面を外してため息を吐く。


「……私がどこで何をしていようと勝手でしょう。今日はあなたに殴られる理由なんてないわよ。大凶を引いた人間の絶望顔を見て楽しんでいただけなんだから」


 相変わらずの特殊性癖を聞いて神奈はジト目になる。


「ゴミみたいな趣味しやがって。あのな、他人を嘲笑ったらいつか自分が酷い目に遭うんだぞ。どうせお前もおみくじ大凶だろ」


「大凶よ。新年早々あなたと出会ったから」


「……へえ、随分強気じゃねえか」


 一年前の運動会終了後のような怯えは彼女から感じられない。

 何をしても勝てない絶対的力の恐怖を与えたはずなのに、今は対等に振る舞っている彼女のことが神奈は気に入らない。


「ふっふっふ、当然でしょう。私は気付いてしまったのよ。あなたと会えば恐怖で漏れるけど、オムツを穿けば何も問題ないということにね!」


「問題大アリだろうが! てか今も漏らしてんのかよ!?」


 もう神奈は天寺静香という女について何も考えたくなかった。

 方向性を間違えて突き進んでいる彼女と別れて、神奈は笑里達と合流する。

 最後に初詣の定番であるお参りをやろうという流れになり、神奈達は行列に並ぶ。


 ようやくお参りの番が回ってきたので、三人同時にお金を賽銭箱に投入する。

 笑里が投げた硬貨だけ賽銭箱を欠損させたが誰もそのことに触れない。周囲の客には驚く者もいたが、誰が投げたのかも分からないので騒がない。


「ん? 才華いま何入れた?」


「え? 何って、ごく普通の一万円札だけど」


「気前良すぎだろ……」


「だってこういうのって額を多くしないと願い事叶わないって聞いたことあるもの」


「その理屈だと大抵の人の願い叶わないと思うんだけど」


 神奈達は心の中で願いを呟き手を叩く。こうすることで願いが叶えばいいなという、過去の人間の願望が風習となっているのだ。実際にそれで夢が叶ったとしても本人の実力と運だろうが。


 お参りを終えた神奈達は行列に押し潰されそうになりながらも離れた。

 神社から出て行こうと歩いている時、笑里が口を開く。


「才華ちゃんは何をお願いしたの?」


「こういうのって言ったら叶わないって聞いたことあるのだけど」


「ああ確かにそうだよね。じゃあ神奈ちゃんは何お願いしたの?」


「おい何がそうだよねだ。私の願い叶わなくなるだろ」


「じゃあ私が当てるから言わなくていいよ」


「それはおかしくない? だって当てちゃったら、言ったのと同じ扱いにならない?」


 神奈の制止も聞かず、笑里は勝手に願いを想像し始める。

 頭を悩ませた彼女は手をポンと叩き、いかにも閃いたような顔になった。


「ケーキ屋さんになりたい!」


「将来の夢かよ。違うよ」


「えーと、じゃあ、お金が欲しい!」


「私はどういう風に見られてるのかな? お金は欲しいけどさ」


 何度考えても外れる笑里は諦めず、うーんと唸りながら首を捻っている。

 それを見ていた才華も交ざりたくなったのか、願いを当てようとする許可を貰おうと「私もいいかしら」と問いかけてきた。そう簡単に当たるわけもないかと思った神奈は「好きにしなよ」と告げる。


「お嫁さんでしょう」

「小学生女子の将来の夢かよ。……なんでそういう将来の夢系なの?」


 またもや笑里が手を挙げて予想を口にする。


「空手家になりたい!」

「それはお前だろ」

「えっと、えっとお……! か、空手家になりたい」

「ネタ切れじゃん!」


 負けじと才華も予想を告げる。


「分かったわ、石油王と結婚」

「それはさっきと同じだろ! しかも私ががめつい感じになってるし!」


 軽くため息を吐く神奈は、茶番を終わらせるために願いを口にする。

 願いを言えば叶わなくなるなんてことは思わない。ただの願望は別だが、自分の手で叶えてこそ意味があるのが夢である。つまり神様からの補助など最初から当てにしていないのだ。


「一生みんなと友達でいられますようにって言ったんだよ」


「ふふ、その願いなら言ってしまっても叶うわね」


「そうだよね! だって私達が友達じゃなくなるなんてことないからね!」


「そりゃ嬉しいな。ありがとうな才華、笑里」


 みんなというのは二人だけではなく今まで出会った友達全員のことである。

 神奈の願いは叶うのか。それはまさしく未来を知るだろう神のみぞ知る。



 * * * 



 一月二日。初詣の翌日に神奈が訪れたのは喫茶マインドピースだった。

 この日は特に用事もなく、偶然レイに会わなければオレンジジュースを飲んで帰ろうとしていた。神奈が偶然喫茶店でレイと会うことは多く、もはや偶然と呼べるレベルではない。週に六回も来ている彼と会うのはもう必然である。


 しかしこの日、珍しくグラヴィーやディストも一緒にいた。

 二人も喫茶店のことを好ましくは思っているが来店は精々週に一回程度。神奈が彼らと会うのはそこそこ珍しいと言える。


 レイ達は喫茶店を出た後、エクエスの墓にお供え物を置いていくと告げる。

 二か月ほど前。死者蘇生の事件のせいで墓参りが出来なかったので、神奈も一緒に行くことにした。

 山の天気は変わりやすいと言われるが今日は雲一つない快晴。お墓参りには相性のいい天気である。


「さあみんな、お供え物は持ってきたよね。墓の前に置いておこう」


「お供え物と言えばこれしかないだろう」


 そう言ってグラヴィーが置いたのは定番の団子。

 白く丸いそれは柔らかく美味しそうだ。地面に置かれたことですぐに汚れる。


「次は僕だね」


 レイが置いたのはペットボトルのオレンジジュース。

 とても鮮やかなオレンジ色をしている。


「エクエスにもこの星の美味しい飲み物を知ってほしかったからね」


「それでいいならいいけどさ、何故オレンジジュース?」


「自販機で売ってるのが目に入ったから買ったんだ」


「うん、真面目に選んでねえな」


 いくら宇宙人だからといっても、自動販売機の売り物を選ぶのは適当に選んでいるとしか思えない。


「最後は俺か」


 ディストが自信ありげに、懐からお供え物らしい物体を取り出す。


「あー……見れば分かるんだけど、それでも一応訊くよ? それはなんだ?」


「ひのきの棒だ」


「何でその選択をしたんだよお前は! ゴミじゃん!」


「攻撃力が弱いからってゴミ扱いするんじゃない!」


「いやゴミだよ!? 攻撃力とかって何の話!?」


 あまりの非常識さに神奈はつっこんだ後でため息を漏らす。

 一緒にいると笑里よりも常識がないことが分かる。レイだけならともかく、この三人が揃うとレイでさえ絶対にどこかがポンコツになるのだ。


 お供え物を置いてから神奈達は木製の十字架に祈る。

 ……どうか安らかに眠れるようにと。


 この翌日。一月三日以降は何も用事がなく神奈はダラダラと過ごした。

 気がつけば明日が卒業式という時間の飛びようで、事件が何も起きなければ暇人なのだと思い知らされる。


 平和な日々が流れゆくのはとても早いが、だからこそ愛おしい。

 そして――長くは続かない。


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