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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
211/608

67 感謝――見つからなかった――

2023.6/4 内容更新







 かつてないほどの強敵が消えたのを確認した神奈は気が緩む。

 弱々しい笑みを浮かべた後、飛行魔法を維持する魔力すら足りなくなったせいで浮遊感を味わう。本来なら海へと真っ逆さまに落ちていくところを、エクエスが腕を掴んで助けてくれた。


 意外に思った神奈は目を丸くして「ありがと」と告げたが返答はない。

 小学生らしい細腕を掴んだままのエクエスは氷の大地へと下りていく――途中で、彼の両足から放出されていた〈灰色の竜巻〉が消えた。思わず「え」という声が出た神奈と共に彼は氷の大地へと落下する。


「君達もギリギリだったらしいね。まずは、ありがとうと言うべきか」


 百メートル以上の高さから落ちたものの神奈達は無傷。

 落下時に外傷はなかったが今までの疲労があるため立つのは一苦労。


 神奈は起き上がったらすぐあぐらをかいて時の支配人と向き合い、エクエスは意地があるのか立ち上がって距離を取る。彼は時の支配人を知らないし、礼を言われたくて戦ったわけではないからかもしれない。もっとも戦う理由が別にあったのは神奈も同じだ。


「本当に死ぬかと思いましたよ。いや、あなたの援護がなきゃ本当に死んでいたか。私からも礼を言います。助けてくれてありがとうございました。……で、黄泉川は大丈夫なんですか?」


 時の支配人の傍には眠ったままの状態の三子がいる。

 手足も表情も動かないので死体と見間違うような状態である。


「この子のことは安心していい。この子自身の時を止めているんだ。この状態の時は痛みも気温も感じないし傷一つつかない。この子は無事だよ」


「そうですか。さすがは時の支配人ですね」


 出鱈目な力に神奈は感心しつつ三子が無事であることにホッとした。


「君達の強さにも感心している。神音を倒してしまうとは驚いているんだ」


「あれはあなたの力がなければ勝てなかった。それに……犠牲も出しちゃいましたし。そういえばあなたは何でここにいるんですか? ここは南極なんですけど?」


「知っているとも。まあ理由を話すならば一から話した方がいいだろうね。私のことを知っているなら、神音の遺体を私が保管していたことも知っているのかな?」


 神奈が無言で頷いたので時の支配人は話を続ける。


「蘇った死者の相手をしていたら遺体が消えていたんだ。慌てて原因だろう紫の塔に行ってみると神音の魔力残滓があったから、魔力反応を追って彼を追いかけてきたんだよ」


「なるほどねえ。まあ、大賢者は倒したし帰りましょう」


「そうしよう。塔に行った時、君の友達から君の事を頼まれてしまってね。すごく心配していたから早く顔を見せてあげるといいよ」


 神奈は紫の塔に笑里やレイなどもいることを思い出す。

 ……そして戦闘中も決して忘れていなかった速人の顔が脳裏をよぎる。

 戻るのは怖いが戻らなければならない。両親の死も乗り越えられたのだから、いつか彼の死も乗り越えられると信じている。少なくとも神奈が〈死者蘇生〉を使うことはない。


「――俺は行かんぞ」


 神奈と時の支配人は帰ろうとしていたがエクエスが拒否する。

 エクエスは背を向けた状態から一向に動こうとしない。


「お前はそう言うだろうと思ってたけど、ここで死ぬより墓の目の前で死んだらどうだ?」


「君、随分ぶっ飛んだことを言うんだね……」


「え? いやだって、どうせなら元々埋まってた場所に行ったほうが良くない?」


「……俺は戦士だ。戦って朽ちることこそ本望。俺の言っている意味が分かるか?」


 神奈はエクエスの言葉に拳を固く握り、目に闘志を宿してエクエスを見据える。

 戦士だから最期まで戦って死にたいというエクエスの考えを、神奈はおそらく一生納得できない。それでもそう本気で思っているのが分かるからこそ、受け入れる。


「……分かった。お前がその気なら、やってやるよ」


「ふっ。それでこそ俺を倒す者に相応しい」


 神奈とエクエスは向かい合って拳を構えた。

 いきなり戦いを始めようとしている二人に時の支配人は焦った声を上げる。


「ちょっ! 君達は何を!」


「黙っていろ」


「町に戻るのは待っていてくれ。心配いらないよ、元々こういう関係なんだ」


 神奈とエクエスは友達ではないし味方でもない。

 ただ直感的に、戦い続ける関係が一番性に合うんだろうと確信する。

 魔力はほとんど空であり激しい戦いなんて出来ないが構わないのだ。

 二人を突き動かす想いは力が出ない程度で止まらない。


「行くぞ……!」

「来い……!」


 かつての戦闘の続きを行うように二人は接近して戦い始める。

 それは殴り合いだ。疲れ果てている状態だから拳を振るうことしか出来ず、戦術もフェイントもなくただひたすら真っすぐ殴り合う。


 大地が割れることや、空気が振動するなどの超現象を起こす力もないなか、フラフラの状態になりながらも殴り合う。


 二人とも血の味を酷く濃く感じていた。

 骨が軋み、肉体は悲鳴を上げていた。


 お互いの拳が顔面にめり込んだ二人はふらつき、氷上に仰向けで倒れた。

 十分、もしかしたらそれ以上、二人は殴り合っていた。氷の上にはその証拠として凍っている赤い液体だったものがいくつもある。


「ああ、本当に……嬉しく思う……」


「……分からないよ、そんなの」


 戦って死にたいなんて気持ちを神奈は納得したくない。

 誰もが戦いとは無縁に生きて、笑い合って生きられる方がいいに決まっている。

 神奈は痛みに耐えながら立ち上がりエクエスの方を見るが、もうどこにも彼の姿はなかった。


「……行こう、みんなのところへ」


「もう、いいのかい?」


 神奈は待っていてくれた時の支配人に小さく頷く。

 帰ることにしたのだが、神奈は自由に飛び回れるほど魔力も体力も回復していない。宝生町へは時の支配人に抱えてもらって帰ることになった。三子と一緒にお姫様抱っこ状態だ。


 南極の氷上から飛び立ち、海上を進む。

 時の支配人が飛行し続けている内に見慣れた景色が見えてきて、神奈はようやく心が落ち着き始める。ようやく戦いが終わったのを実感出来た気がする。


 紫の塔の最上階に着いた神奈は足枷でもついてるように足が重くなる。

 速人と腕輪。神奈にとって失った者は大きい存在だったのだ。自然と涙が溢れてきて、頬を流れるそれを手で擦って拭く。


「神奈ちゃん! あの悪い人を倒したんだよね!」


「ああ、笑里元気そうだな」


「倒したんだよね!」


「そうだな、倒したよ……」


 笑里は満面の笑みを浮かべて抱きついてくるが、神奈の表情は重苦しい。

 戦闘が終わってから悔しさなどの色々な感情が湧き出てくる。

 泣いたところで失った者は帰ってこないと分かっていても、神奈は涙を流さずにはいられない。拭いても拭いても止まらない涙を止める方法が神奈には分からない。


「――本当にあの怪物に勝ったのか」


 俯いていた神奈に速人が声を掛ける。


「……は、はやぶ、さ? え、お前……何で?」


「私が肉体の時を戻して復活させたんだ。魂が地上にまだ残っていなかったら蘇生は不可能だったけれど、強い未練でもあったんだろうね。彼はちゃんと生き返れたよ」


 時の支配人が緊張感も何もなく言葉を発した。


「なんだお前、なぜ泣いている?」


 硬直中の神奈の顔を速人が下から覗き込むようにして問いかける。


「……か」

「は?」

「バカ野郎がああ!」


 涙が止まった神奈は速人を殴り飛ばす。


「いだああああっ! 殺す気か貴様あああ!」


「死んでも構うか! どうせ時の支配人が治すんだろ!?」


「くっ、くそっ! 何なんだ!」


 神奈は当然殺さない程度に手加減したが、顔は般若のように歪んで怒りを表す。

 死んだ時は心が張り裂けそうなくらい悲しかったのに、今ではそんな感情など殆ど存在していない。雰囲気をぶち壊されたことで八つ当たりしてしまったが実は怒りもあまりない。心の大部分を占めているのは生きてくれていることへの感謝と喜びだ。

 肝心の速人はといえば恐れを抱いたのか神奈から逃走してしまった。


「さて、これからこの子の時を戻そう。残念だけどここでお別れのようだね」


「え、ああそうですよね。ずっと黄泉川の時間を止めているわけにもいかないし。……ああそうだ。一つ、頼みたいことがあるんですけど」


 時の支配人は言葉を聞いて神奈の顔を見る。


「昔はどうか知らないけど、現代じゃ魔法って周知されていないんですよ。だけど今回の一件は誤魔化しようがない。政府も今頃焦っている頃でしょう。そこで、今回の〈死者蘇生〉発動前まで全人類の記憶を戻せたら戻してくれませんか? あ、出来れば怪我人や死人の体も治せたら治してください」


 政府の人間は魔法の存在をまだ隠している。

 魔法はファンタジーが民衆に受け入れられる土俵を作るまで公表されない。神奈としても下手な混乱を招くより、魔法が一般的なものとして受け入れられた方がいいと思う。


 今回のような事態で急に公表したら大パニックになる。

 パニックを防ぐにはやはり、事件そのものをなかったことにするのが手っ取り早い。時の支配人なら人間の記憶だけを巻き戻すくらい余裕だろう。


「構わないが、あの子の記憶は維持させてもらうよ」


「あー、どうせなら隼とか笑里達の記憶も残してくれると助かるかも」


 時の支配人が言う『あの子』とは三子のことだ。

 彼女の記憶まで巻き戻したら、再び〈死者蘇生〉を発動して同じことが起きてしまう。彼女と同じで事件中に何かを得た者の記憶を戻すのはよくない。特に笑里は藤堂零の全霊力を受け取っているわけで、今まで通りに振る舞おうものなら破壊神の誕生である。


「この世界から消える前までにはやっておこう。対象を選ぶとなると少し時間がかかる」


 三子の時間停止を解除しても残れればいいのにと神奈は思うが、夢咲の話を思い出してそれが可能だということに気付く。彼は長期間、自分の魂の時間すら止めて現世に留っていた。同じことを行えば彼はいつまでも現世にいられる。


「また魂だけで残らないんですか?」


「私が留まっていたのはあくまでも神音をどうにかするため。もうその必要はなくなったのだから無理に留まる理由もないよ」


 時の支配人は何百年も無力な魂として現実に留まっていた。その精神的疲労は測れるものではない。悩み続けてやっと出した答えを果たすために、今まで留まっていた時の支配人にまだいてくれと神奈は言えなかった。もう休ませるというのもいい選択肢だと心に言い聞かせる。


 それから時の支配人が三子の時間停止を解き、禁術〈死者蘇生〉を止める儀式が再開される。蘇生魔法の解除が進んでいくと、時の支配人の体は足先から光の粒と化していく。


「そうだ、これはただの独り言なんだけれどね」


 消えていく最中に彼は口を開く。


「もしも神音が……私と同じように長い時を生きていたら、そんなもしもがあったならば……きっとあの憎悪が消えはしなくても削れていたと思う。長く生きていれば考えなんて変わってくる。彼には時間と人の縁がなかっただけなんだ。彼は幼少の頃から、人の悪意に触れすぎて誰かを心から信じられずにいた。その結果があれだ。……だからどうか恨まないでくれ、あの男の友としてのお願いだよ」


「……思いっきり独り言じゃあないけど。私には恨みとか、憎しみとか、そういうの似合わないんだよな。だからもう……忘れたよ」


 時の支配人も含めたこの世に蘇った死者が全て光になって消えていく。

 偽りの魂と肉体は消滅し、時の支配人のような本物の魂だけは上空へと昇っていく。肉体の死を迎えた魂が行く先は、どうやって行くか不明だが転生の間である。


 最期の瞬間に、時の支配人は口元に笑みを浮かべていた。その真意はもう誰にも聞くことが出来ない。


 魔法が解除されたにもかかわらず不思議なことに紫の塔は消えなかった。元々この塔は魔法を発動したときの副産物だったのだろう。塔がなんのために出たのか、その理由が明かされることは今後何も起きなければ不明のままだ。


 死者が蘇る事件が終わり、神奈以外はそれぞれ帰るべき場所に帰っていく。

 神奈は家に帰る前にやることがあるのだ。

 向かうのは日本から遠く離れた海。神音と戦闘中に通った場所。


「あのときの場所は確かここら辺だったはず」


 腕輪が神音に爆破された場所。

 神奈は速人が無事だったことで、もしかしたら腕輪も無事なのではと考えた。


「どうせ大丈夫でしたとか言ってなんともないに違いない。この広い海で腕輪を見つけるなんて大賢者倒すよりも難易度高いな。待ってろよ!」


 どこまでも海は大きく広い。

 腕輪のような小さなものを探すなど誰もが無謀と断言するだろう。

 広大な海を数時間捜し続けたが、腕輪の影すら見つけることが出来なかった。曖昧に特定した場所で探すということ自体、無理があったのかもしれない。


「……ダメか、本当に消えちゃったのかなあ」


 どうせ無事で、下らない魔法の知識を出してくるに違いないと神奈は思っていた。しかしそれは希望を抱きすぎていた。現実が非情であることなど、神奈は嫌というほど知っているというのに。

 結局、神奈は諦めて帰ることにした。

 諦めるというよりは現実を受け入れたという方が正しいのだろう。


「ただいま」


 一人だ。神奈の耳には今までの喧しい声が聞こえない。

 しゅんとして玄関にある鏡を見ると暗く落ち込んでいる顔をしているのが分かる。

 神奈は腕輪が来るまでいつも一人だった。あの時とは違って笑里などの友達がいるため、寂しくなんてないと言い聞かせて悲しい気持ちを誤魔化す。


「おかえりなさい神奈さん!」


 リビングの扉を開けると甲高い声が神奈の耳に届く。

 机の上には上下の色が白と黒に分かれた腕輪が置いてある。


「ああ、聞こえてくるよ幻聴が。机の上に見える幻覚まで。楽しかったんだよな今まで……」


「ちょっと? 無視ですか?」


「そうそう、あいつすぐそう言うんだよ。まあ無視していたのは本当なんだけどなあ」


 腕輪が普段のように声を掛け続けてくる。


「おーい! おーい! おーい!」


「……せえ」


「感動の再会でしょ!? ここはほら抱きしめる場面ですよ! 恥ずかしがってないでほら! 愛しの万能腕輪ああ――」


「うるっせええええ! お前無事だったのかよ!? しんみりした気持ち返せ! ていうか抱きしめるってなんだよお前腕輪だろうがあああああ!」


 神奈は途中から現実だと気付き、ふざけた言動の腕輪に叫ぶ。


「まあ本当にヤバいと思いましたけど私頑丈ですから。それより悲しんでくれたんですよね? やっぱり私達の絆は百点超えてますね。きっと百億点ですね」


「……八十点くらいじゃね」

「リアル!」


 神奈は会話を終えて右腕に腕輪を通す。そうすると日常の感覚が戻った感じがして、暗かった表情はいつの間にか晴れ晴れとしたものになっていた。


「本当に……無事で良かった」


 薄く笑みを浮かべてそう呟いたことには本人すら気付かない。




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