65.1 町を守る人々
惑星トルバの戦士、侵略者であるエクエスは空から町を見下ろす。
死んだ記憶があるのに生きているという奇妙な異常事態。自分だけが蘇ったのかと思えば町中で人々を襲う者達も同じ状態だと悟る。なぜ悟ったかといえば理由は頭に流れる声だ。知らない声が頭の中に直接「生者を殺せ」と何度も語りかけてくる現状と、町で人々を襲撃している者達を見ればおおよその察しはつく。
人々を襲撃する者達については次々消滅していっている。死ぬ直前に戦った子供と同じ歳に見える男女や、宇宙人のような奇異な生命体の仕業だ。このまま待っていれば事態は収束しそうだが己のプライドがそれを許さない。
エクエスは戦士として幸福な死を味わったのだ。
対等な強さを持つ人間をようやく見つけ、戦うことで戦士として死ねた。
蘇生など求めていなかったし、自分の死を侮辱されたも同然。死者を蘇らせている者に怒りをぶつけようとエクエスは空中を移動する。
「……なるほど、さすがは神谷神奈が生活している星だ。強大な魔力反応があちこちに存在している。これなら俺に匹敵するほど強い奴がいてもおかしくない」
特に強いと感じる魔力は七つ。自分と同等かそれ以上のエネルギーだ。
戦ってみたい気持ちが湧き上がってくるが今は抑える。ただ、その七つの中のどれかが蘇生の犯人である可能性は高い。実際に見て確かめてみなければ分からないので、エクエスは一番近い反応へと向かう。
「あれか。……見ただけで分かる。強いな」
飛んでいった先で見つけたのは黒い着物姿の人間。
中性的な顔をしているため性別は不明だが強さは分かる。正確に差を測れるわけではないがエクエスよりも強いと思えた。一先ずは様子を見るために空中で留まる。
このまま突っ込んで質問してもいいが先客がいるのだ。
武器を持った軍隊らしき集団が必死に叫んでいる。
「そこの、う、浮いている女? 男? 今すぐ投降しなさい! これ以上町を破壊するのは許さんぞ!」
透明な盾を持っている者達の後ろでリーダーらしき人間が怖がりながら叫ぶ。
「私は男だよ。……で、何だって?」
「妙な力で町を破壊するのは止めろと言っているんだ! 死者も出ている! お偉いさんの命令で殺すなと言われているが、発砲許可は出ているんだ! 即刻降りてこなければ撃つぞ!」
性別不明の人間は男であり、町を破壊していることが分かった。
彼が死者蘇生に関与している可能性は極めて高い。
「妙な力? もしかしてそれって、こういうやつかな」
彼は紫の魔力弾を生成して集団に投げつけた。
光速に近い速度で着弾した魔力弾は爆発して、集団を肉片一つ残さず消滅させた。衝撃と爆風で周辺の家々が崩壊していく。力なき人間達は瓦礫に潰されて息絶えるか、生き埋めになる。
周辺は元から破壊されていたのだがさらに酷い状態になってしまった。
広がった破壊は周辺二百メートルにも及ぶ。
「酷い有様だ。無意味な破壊か。随分殺気立っているな」
黒い着物を着ている男は小さな笑い声を漏らす。
自らの破壊、というより力に酔いしれているように見える。
「それにしても、あんな雑魚共では奴の力も目的も分からん。……次はどうかな」
エクエスはこの場に接近してくる者達を空中から見下ろす。
一人目は目元に横線の傷がある赤髪オールバックの少年。
二人目はセミロングの髪で、本を片手に持つ眼鏡少女。
どちらも先程の軍隊らしき集団より遥かに強いのが見て分かる。
各々別方向からやって来た二人は黒い着物姿の男を睨みつけた。
「貴様だな? 死人を蘇生し、町を破壊する馬鹿は」
赤髪オールバックの少年が険しい表情で彼に言い放つ。
「さあ、どうだろうね」
「無能が。この世の王、王堂晴天様の質問にはイェスかノーで答えろ。おいそこの俺様と同時にここへ来た女、貴様もそう思うだろう?」
「同感だけど……女って呼ばないで。私には荻原ララって名前があるから」
眼鏡を掛けている少女、荻原は嫌そうな表情で答えた。
それに対して赤髪オールバックの少年、晴天は何も言うことなく視線を着物の男へと移す。
「イェスかノーね。それなら半分イェス、半分ノーと答えておこう。町を破壊しているのは私だが、残念ながら死者を蘇らせる魔法を発動したのは私ではないよ。まあ私なら死者の復活を止めることも出来るけどね」
この時、エクエスの活動方針は決まった。
死者を蘇生する魔法を発動した者を見つけられるのが一番。しかし広い町中で顔も名前も知らない相手を捜すのは困難。丁度都合良く魔法を止められる者を見つけたのだから、無理に魔法発動者を捜す必要はない。黒い着物姿の男に止めさせれば終わる話である。
「ほう。訊くが止める気はあるのか?」
「ないよ」
「止めろ」
「止めないよ」
エクエスには男の意思など関係ない。
止める意思があろうがなかろうが力尽くで従わせればいい。
同じことを思ったのか晴天が男に向かって駆け出す。
「俺様の命令だ。貴様に拒否権はない。従え! そしてひれ伏せ!」
不思議なことに、晴天の声を聞いた着物姿の男がふらついた。
重力操作とは違う奇妙な力には驚いたが効果は薄い。本当なら言葉の通りにひれ伏すのだろうが若干体が動いた程度であり、戦闘には全く支障がない。
「へえ、己の言葉で他者を従わせる固有魔法か。珍しいけど、力量差が離れすぎていると効果も弱くなるらしいね」
接近した晴天を男が殴り飛ばす。
崩れた家々を貫通して飛ばされた晴天は吐血して気絶した。
「君如きが私に命令していいわけないだろう。君が王なら私は何だ? 神か? あながち間違ってもいない。私はこれから訪れる新時代の創設者となるのだから。そう、この私、大賢者神音が!」
「神でも何でもいい。あなたみたいな人はこの世界から追放よ。〈本渡り〉!」
本から青い光が放たれて黒い着物姿の男から白いモヤが出始める。
白いモヤのようなものが体外に出たら男、神音は虚ろな目になって真っ逆さまに地面へ落ちた。白いモヤは本の中へと吸い込まれていく。
荻原は完全に油断しているので一撃必殺か何かだろう。
本当にこれで終わりなら良かったのだがエクエスには嫌な予感がある。頭の中では警鐘が鳴り響いてまだ終わっていないと、戦士としての直感が訴えてくる。
予感を現実とするように異変が起きた。
――空中に純白の穴が生まれ、徐々に広がっていく。
広がった穴から白いモヤが出て来たら穴は消滅。先程本に吸い込まれたはずの白いモヤが神音の体に戻り、動かなかった体が動いて立ち上がる。
「面白い固有魔法じゃないか」
彼が喋ったことで荻原も彼の無事を知って目を見開く。
「本が元になった異世界へ魂を強制転送。相手が私でさえなければ転送した瞬間に勝利は確定しただろう。そう、相手が私でさえなければ」
「どうやって、戻って来たの……」
「禁術〈理想郷への扉〉。異なる世界へ空間を繋げられる究極魔法さ」
理由を告げた神音は荻原に魔力弾を放つ。
紫のエネルギーの塊が彼女に急接近して、爆発。
身につけていた眼鏡は遠くへ吹き飛び、大きく抉れた体は力なく倒れる。
敵を殲滅した神音は「さて」と呟いてエクエスの正面に移動してきた。
見られていたことには気付いていたらしいがそれには驚かない。エクエスも離れた場所からだろうが見られていたら気付く。今もどこか、視界には入らないどこかから多くの視線を感じている。
「先程から盗み見ていたのは君だね。どうやら君も私と同じ蘇った人間らしい。何の用か訊いてもいいかな? じろじろと見られるのは気持ち悪いし不快でさ。今も誰かに見られているし苛々してくるよ」
「この蘇生を止めろ。貴様にはそれが出来ると先程言っていたな」
「嫌だよ。君は何故止めようとする? 生き返れたのに嬉しくないのかい?」
「ふざけるな。俺は戦士として誇り高い死を迎えた筈だった。それを侮辱するような今回の事件をさっさと終わらせたいと思うのは至極当然。断るのなら力尽くでも止めさせるぞ」
エクエスは突進して殴りかかる。
全力で打ち込んだ拳は神音に命中――したかと思いきや紫の膜に防がれた。
魔力で作られた障壁なら耐久限界が必ずある。そう思い連打を浴びせたが全くの無傷であり、高速の拳を逆に腹部へ叩き込まれて後退する。
「へえ、風穴空けるつもりだったけど……他の奴等より少し強いんだ」
「〈灰色の竜巻〉!」
背中から灰色の竜巻を二本放ち、肉体を引き裂こうと向かわせる。
空中で荒れ狂う竜巻は神音に真っすぐ接近。風の勢いは強く、離れているにもかかわらず地上の木々が根から引き抜かれてしまうものもあった。家は崩壊する場所もあり多大な被害が出ているが、被害を気にして勝てる相手ではないと悟ったのだ。
「こんな力任せの風では通用しないさ」
巨大な灰色の竜巻が左右から、またも張られた神音の魔力障壁に直撃。
背から出ている竜巻を全力でぶつけても障壁にはヒビすら入らない。
単調な攻撃では破壊することができないとエクエスは察する。
「それならばこういうのはどうだ? 昔から力だけで敵を倒せたのでこういったことはやったことがないんだが、俺の力は応用が利くからな」
大きく荒ぶっていた竜巻の先端を圧縮して細くしていく。
「いったい何を、これでは力が下がって……いや違う」
「単純な攻撃ではなく工夫された技。俺の力を甘く見るなよ」
さらに竜巻に変化が訪れる。細さはそのままで高速回転する竜巻は、その回転する方向を右と左で変えつつあった。力で押せないと分かったエクエスの狙いは、竜巻をドリルのようにして先端に力を集中させ、左右で逆回転させることによってバリアに対して拘束力を働かせること。
逃さず貫く。それができるのではないかとエクエスは試しているのだ。
「物体に働く力は接する場所が小さいほど強くなる。電動ドリルのようなものか……。ただ風をぶつけるだけでもここまで差が出てくるなんてね」
強固なバリアを細い竜巻が削るように進もうとしている。
もう既に、エクエスは竜巻が障壁を貫くことを確信した。なぜなら障壁が少しずつ削れているからだ。障壁の厚みは薄いので、このまま順調にいけば破るまで時間はかからない。
「いいよ、その技術を素直に褒めよう。ただのヒトにしてはいい線をいっているよ君。だから私も面白いものを見せてあげるさ」
エクエスが作り出した灰色の竜巻がついに神音の障壁を貫通する。
その瞬間。神音は薄く笑みを浮かべ、迫る二本の竜巻をあろうことか手でしっかりと掴み、逸らし、竜巻同士を衝突させることで相殺した。
「なっ、竜巻を素手で!? 高速回転する竜巻に触れたら手が千切れるはず……」
「常人ならそうだろうね。君より弱く、いや多少強くてもそうなる。でも私は違う。圧倒的高みにいる私には小手先の技だろうが大技だろうが効かないさ。それよりも、まさか今のが面白いものだと思っていないだろう?」
「まだ、何かあるのか」
「君の力、魔力を風に変換するという点では魔法と変わらない。でも魔力を病原菌やその他体によくないものにも変換して交ぜている。それが君の魔法……というよりは技術というべきか。会得するには努力しただろう」
魔技〈灰色の竜巻〉はただの風ではない。
ただ竜巻を起こすだけならばその色が灰色になるはずがないのだ。灰色に染まっている原因は神音が挙げた通り、数多の病原菌や毒など体に有害なものが交ざっているからである。
魔力を風だけでなく、十種類以上に変換する技術を習得するには相応の時間がかかり、エクエスがトルバ一の強者だったとはいえ一か月の期間を要している。
――だから信じられなかった。
「つまりこんな感じで交ぜ合わせてみれば君の技は真似出来る」
神音の背からは〈灰色の竜巻〉が四本も生えていた。さらにその色はエクエスのものよりも濁って、どちらかといえば黒に寄っている。
「ば、かな……。今見ただけで、分析して会得した……?」
元々魔技というものは、魔力量の問題さえクリアすれば誰でも使用できる。しかしそのためにはどんなものであれ訓練は必要不可欠。神音はその誰でも通る道をすっ飛ばして、難易度が高い魔技をすぐに習得し、エクエスのいる場所すら超えてしまったのだ。
「さすがに難しかったね、でもまあ私に出来ないことなんてほとんどない」
「くそっ化け物め。〈灰色の竜巻〉!」
「常人からすれば私達に差はないさ。〈灰色の竜巻〉」
新たに作られたエクエスの竜巻二本と、神音の竜巻四本が真っ向からぶつかる。
数も質も……エクエスは負けていた。
つい先程まで〈灰色の竜巻〉を知りもしなかった相手に押されていく。
「ぐっ押され……て、たまるかあああ! これは俺の技だぞおお!」
押されて神音の風が届きそうになったとき、エクエスの背から新たに一本の竜巻が発生して戦いに加わっていく。それのおかげか竜巻が大きくなったことで押し返す――ということはなかった。
押し返したようにエクエスには見えていたが違うと気付く。
「風が、俺が動かしていない方に行く……!」
「君程度の技など通用しない。私は誰よりも魔力の扱い方を知っていてね。これも百を超える戦争で得た力だよ。無駄な努力、無駄な人生、ご苦労さん」
「なっ……そんな、バカな……!」
神音は向かってくるエクエスの竜巻の操作を奪い取り、操ってみせた。さらに自分が生み出している黒く濁った風を融合させて、手のひらの上でそれを丸めて小さくしていく。
彼の手には荒れ狂う風の塊がピンポン玉のようになり留まる。高速回転する風の球には紫の雷が迸り始める。黒く濁った風はさらなる脅威へと変質したのだ。
「どうかな? 君の風と私の風、融合させてみたんだけれど」
「支配権を奪い取るだと……。それよりも、そんな風を解き放てばここら一帯丸ごと……いや、星すら崩壊するぞ。貴様は地球諸共心中する気か?」
もしも放たれてしまえばエクエスもただでは済まないし、地上にいる人間達も全て風に引き裂かれて肉体が散り散りになってしまう。エクエスとしては地上の人間はどうでもいいのだが、神奈の顔が一瞬脳裏によぎり舌打ちする。
「確かにこのまま解き放てば、爆発的なエネルギーを秘めたこの塊は日本は確実に吹き飛ばすし、地球も圧倒的エネルギーにより消滅する。だがこれを圧縮したまま放てば被害は出ない。私達は上空にいるしね、私が被害を出すヘマをするわけがない。私はね、別に星を破壊したいわけじゃないんだよ。邪魔な人間を排除出来ればそれでいい」
黒に近い濁った灰色と紫電が混ざりあった濃色の球体を、神音は指で軽く弾く。紫電を纏ったそれは人ひとりを呑み込む程度の狭い範囲の中で、荒れ狂う暴風となりエクエスを呑み込む。
恐ろしいまでの風量と勢いに体が引き裂かれそうになる。
エクエスは自身が得意とする風の操作でどうにかしようとするも、既に自分の風ではないそれに何をしても無意味。圧縮された風の放出が終わった時、エクエスの姿はその場から消えていた。




