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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
207/608

65 犠牲者――弱いなりの意地――

2023/06/04 内容更新







 自然と手足が小刻みに震えるのが分かった隼速人は心を強く保つ。

 落ち着くために深呼吸して、右手に持っている折れた刀を床へ捨てる。


「……あまり俺を舐めるなよ」


「見下すさ。現世に蘇ってから戦った相手の中で、君は一番弱い」


 神音が動き出し、高速の貫き手で速人の胸を貫く。

 全く手応えがないことに神音は疑問を抱いただろう。確かに貫いたはずなのに速人の肉体の感触はなく血も出ない。あろうことか霧が晴れるように体が空気に溶けて消えてしまう。


「……残像? いつから?」


 多少の戸惑いを顔に表す神音の背後から速人が貫き手を繰り出す。

 完璧な背後からの不意打ちを、神音は後ろを見もせずサイドステップで回避する。


 不意打ちに失敗した速人は二発目を放とうとしたが、強い殺気と敵意を感じ取った瞬間に連撃の構えを解いて後ろに下がった。

 相手の素手の間合いから外れた瞬間、先程まで首があった場所を手刀が通った……と速人は予想する。一度も瞬きしていなかったのに攻撃を全く視認出来なかったのである。


(やはり速い。動きが見えない。しかもあの男、全力を出していない。明らかに奴は格上。まともにやり合って勝てる相手じゃない。たとえそれが……神谷神奈だったとしても)


 攻撃があったのは、非常に強い突風が吹いたことで予想出来た。

 攻撃の種類については瞬時に変化した神音の体勢で予想出来た。

 態勢が崩れそうになったが速人は踏ん張って耐えて、一度距離をとるため全力疾走する。


「逃げるつもりかい? にしては遅いね」


 気がつけば神音は速人の真横で並走していた。

 ギョッとした速人は走りながら殴りかかるが逆に殴り飛ばされる。


 肺から空気が抜けたなんて生易しい衝撃ではない。神音にとって軽いジャブ程度の威力でも、速人からすれば空気の代わりに体から内臓が飛び出そうな程の威力。かつてない程の痛みに耐えようと思う間もなく吹き飛んで壁に激突した。


 さすがに内臓は出なかったものの、大量の血液は吐き出された。胃などが内部で破裂したことによる吐血は床を激しく赤で汚す。


「どうやら想像以上に弱いらしい。あの少女が必死になって、今も止めようとこっちに来ようとしている理由が理解出来たよ。君は弱すぎる、この場に立つのに相応しくない。惨めな人生を今すぐ終わらせてあげよう」


 神音は速人に向かい魔力弾を放ってくる。

 紫の球体エネルギーが爆発を起こせば速人など消し飛び、肉片一つ残らないだろう。それを理解している速人は真っ直ぐに飛んでくる魔力弾を見つめて――忽然と姿を消す。


 ――そして速人のいた位置に、魔力弾を撃った状態の神音が現れた。


「なにっ……!」


 互いの位置が入れ替わったことにより、本来速人に直撃するはずだった魔力弾は神音の背中に直撃。強烈な爆発を起こして周囲をあっという間に黒煙で覆う。


 ――異常の正体は〈身代わりの術〉。速人が得意とする力だ。

 自分とは違うモノと位置を入れ替える能力。通常の術とは違い魔法染みた術。

 これによって神音は自分自身を攻撃してしまったことになる。


「これで倒せるのが一番良いんだが、それほど甘い相手じゃないか……」


 黒煙が突風で晴れ、中から所々破けた黒い着物を纏う神音が現れる。

 神音は不快そうな表情で「〈完全治癒〉」と呟くと、時が巻き戻ったかのように着物の破れた箇所や汚れ全てが元通りになった。


「……まったく。全部治せるからいいものの、お気に入りの着物がボロボロになったじゃないか」


「ついでに貴様もボロボロになればよかったものを。頑丈なやつだ」


「ははは、ちょっとはダメージ喰らったさ。でも次はない」


 確かにバレた以上〈身代わりの術〉で不意を突くのは難しい。

 神音はかつてないほど強大な敵だ。身体能力では全く勝負にならず、手札を切ったにもかかわらずダメージは微少。おまけに回復能力でもあるようで瞬時に全回復。つまり速人が彼を殺すには、回復する隙を与えずに即死させるしかない。


「……チート野郎が」


 速人は殺意と敵意の流れでこれから来る攻撃を回避しようとしたが、圧倒的速度を発揮した神音に首を掴まれて持ち上げられる。来ると分かっていても、体が動く前に仕掛けられては対処不可能だ。


「ぐあっ……!」


「大したものだよ君は。弱いなりに頭を使い、殺気を感知してこちらより早く動く。だがそれも圧倒的実力差がある相手には意味がないものさ。私がその気になれば君が動く前に命を奪えるんだから」


 片手で首を締める力が徐々に強くなり、血がせき止められて速人の顔が赤くなる。

 容赦しなければ首を握り潰せるだろうにそうしない神音を速人は内心嗤う。


「弱いやつには……弱いなりの、意地があるものだ……」


 瞬間――二人の位置が入れ替わった。


 しかしこれは二度目。神音が状況を知覚するまでの時間はほんの僅かで済む。

 速人はその数瞬の間にあるものを取り出して、振り向きざまに殴りかかる神音へ見せつける。それを見て驚愕した彼には隙が生まれ、速人は流れるような動作で彼へと抱きついた。


「自爆か。これは想定外だ。君は何のためにこんなことをする? あの少女のように自分や周囲を守るためかい?」


「……いいや。己の、擦り減ったがまだ残っているプライドのためだ」


「見事だ。この大賢者が称賛しよう」


 速人の手に持っているものは何十個も紐で繋がっている炸裂弾。

 一度(ひとたび)爆発すれば、爆発の連鎖で相手を地獄へ招待する切り札。至近距離で使用すれば自身も重傷になり、最悪死ぬ。


 覚悟の上で速人は両手に持つ炸裂弾同士を打ちつけて爆発を起こした。

 二つが爆発するとその爆風により散らばる破片、そして爆炎により他の炸裂弾も連鎖して爆発する。瞬く間に爆炎が神音を包み込み、凄まじい熱風が部屋を満たす。


「まあ、俺は死なんがな」


 爆炎と炸裂弾の破片が次々と襲うその場所を――速人も遠くから見ていた。

 速人は爆発の嵐に包まれる前に身代わりの術で脱出していた。少し前に床へと捨てた刀の柄と位置を入れ替えて、なんとか死から逃れたのだ。


 逃れたとはいえ無事ではない。

 初めの爆発で散らばる破片により皮膚が裂かれ、両手はズタズタに切り裂かれたかのような傷だらけである。そのうえ脱出までの僅かな時間で爆炎に触れていたこともあり手のひらは全体的に爛れている。


「いいや。君は死ぬとも」


 時間が経って爆炎が消えると――速人は背後から敵の声を聞いた。

 神音だ。肌を露出した上半身には傷一つなく着物は上半分が消失している。


 すぐに離れようとした速人は強烈な死の気配に支配された。

 動かそうとしても体が意思の通りに動かずこれから来る死を逃れられない。


(……本当は分かっていた)


 速人は自分の強さに自信を持っている。

 人の命が軽い裏社会で幼い頃から仕事をしてきたし、この世に生きる誰よりも努力したつもりでいる。それでも神奈や他の強敵と出会い、自分よりも強い者は何人もいると知った。そしてそんな途轍もない力を持つ者達に速人は手も足も出ない。


(だからといって、このまま引き下がるわけにはいかない。プライドもあるが……本当は、守りたかったんだ。なあ兄貴、俺、家族以外にも大切なモノを持ったんだ。俺は……俺の大切なモノを最期まで守りたい)


 今まで動かなかった体が意思の通りに動き出す。


(神谷神奈、お前も死なせたくないんだよ。ライバルとしてもだが……友として!)


 速人は「おおおおおお!」と叫んで死の気配を無視して動く。

 得意としている刀も炸裂弾も今はない。真の強敵に立ち向かうには心許ないが徒手空拳で挑むしかない。もはや出来ることは殴りかかることのみ。


(お前が動けないなら俺がやるしかないだろうが! 死んでも俺がお前達を守ってやる。お前達の日常を守るのは、裏社会で汚れきった俺の役目なんだよ! またお前達が笑って過ごせるように俺は最期まで戦うぞ!)


 守るために戦う信念は兄が死んだ日から変わらない。

 ただ、守護対象がいつの間にか増えていただけだ。

 共にいてどこか心地良くなる友を守るため、速人は決死の覚悟で殴りかかる。




 * 




 魔力光線を防ぐのに精一杯の神奈は戦況が分からない。

 もはや視界の全てが光線に埋め尽くされている。ありとあらゆる方向から紫の光線が放出されては防ぐの繰り返しだ。腕輪の言った一発受ければ大ダメージという情報を考慮して、捨て身で光線包囲網から抜け出すような無謀な真似はしない。


 光線を魔力障壁で防いでいると――急に光線の出現が停止した。


 あの大賢者が気紛れで止めてくれるわけがない。

 何かあったことは明白なので、再び見えてきた紫の部屋を観察する。


「あ」


 速人と神音が対峙している光景が見えて思わず声を零す。

 急いで駆けつけようと走り出した神奈だが、すぐ足を止めてしまう。

 視界に映る光景を現実だと認めたくないばかりに、もう考えても仕方のない無駄な思考ばかりが頭を巡る。


 視界には神音が速人に手刀で攻撃し終わった姿があった。

 速人の右胸から左脇腹へと斜めに赤い線が走り、勢いよく血が噴き出す。そしてもう繋がっていない上半身の一部だけが徐々にずれていき、二つに分かれた体が音を立てて床に倒れる。


「あ、あああ……ああ……」


「これで君の守りたい者は一人減った。少し気が楽になったろう?」


 骸と化し赤く染まっていく速人を神奈は見つめる。

 これまで日常を過ごし、うんざりしながらも関わり、同じ部活にも入って友人としてのカテゴリーに入る関係。互いを認め合い、競い合い、こういう関係もいいかもしれないと思っていた相手が――もう動かない。

 

「あ、お……お、おま、お前えええええ!」


 神奈は激昂して殴りかかる。

 不気味な笑みを浮かべている神音は無抵抗で殴り飛ばされた。


「あああああああああああああああああ!」


 連続で殴り、殴り、殴り、反撃の暇すら与えずに殴り続ける。

 最後の一撃は重く、神奈自身が出せる全力で殴り飛ばす。

 異常に強い衝撃波が発生して部屋全体……否、塔自体が振動した。


「うああああああああああああああああ!」


 次に神奈は連続で魔力弾を放つ。

 一発一発が強大な破壊力を持つそれが全弾神音に向かう。

 ――着弾し、爆発。

 爆風で部屋全体が満たされて振動が激しくなる。


「醜い。感情を制御することすら忘れ、怒りのままに叫び、他者を害する。やはりヒトは愚かで救えない……」


 怒涛の攻撃だったにもかかわらず神音はまるでダメージを受けた様子がない。それどころか「〈完全治癒〉」と呟くと唯一ボロボロだった黒の着物すら修復される。

 相手の状態を気にする余裕は神奈になく、まだまだ攻撃し足りないので勢いよく殴りかかる。だが、神音に受け止められて逆に殴り返された。


 重く強い一撃に神奈は吹き飛び、紫の壁を破壊して外へ出された。

 雲が近いほどの高所なので飛行魔法〈フライ〉で飛ぶ。


「神奈さん落ち着いてください! 怒りで我を忘れたままじゃ大賢者には勝てませんよ! 隼さんを殺されて辛い気持ちは分かりますがここは冷静になって!」


「うるせえよ。あいつは殺す、早く殺さないといけねえんだよお!」


 普通に殴っても魔力弾をぶつけてもダメなら切り札を使うしかない。

 体に残る全魔力を拳に一点集中して殴る超威力の一撃必殺〈超魔激烈拳〉。

 周囲への被害を減らすため、合同運動会後で腕輪に教わった技術があれば衝撃は敵に集中する。今までと比べて威力は段違いに強大である。


「ダメです、それを使っても大賢者は倒せない!」


「〈超魔激烈拳〉!」


 接近してきた神音に放った最高の一撃は――片手で受け止められた。

 ここで初めて理解した。彼は誰を相手にしても全く本気を出していなかったのだと。

 魔力を使い果たしたせいで〈フライ〉も使えず地面に落ちていく。


「君の新たな人生もここで終わりだ。次は私のいない世界で理想を追うがいい」


 高速で落下する神奈は、遥か上空で魔力弾を生成している神音を見た。

 魔力切れのせいで無意識の身体強化も消えているし、思うように動けない。今攻撃されたら抵抗も出来ずに直撃してしまう。大賢者の攻撃だ、確実に死ぬだろう。


 魔力弾が発射されてすぐ、神奈の意識は暗闇に包まれた。




 * * *




 神谷神奈は暗い意識の中で誰かの声を聞く。

 あれは災害だ。もう諦めよう。未練があるなら次の人生がある。

 そんな弱気な言葉が投げかけられた。前世の自分の声だと気付くと、本当に諦めてしまった方がいいのではないかと思ってしまう。


 大賢者は神奈から見ても怪物。神のように強大な存在。

 このまま人類が滅んでも仕方ないことなのではないかと、そう思ってしまう。


「……さい。……な……さいよ」


 ふと、聞き覚えがある別の声が聞こえてきた。


「起き……。起き……ってば」


 どこで聞いたのか思い出そうとしていると衝撃がやって来る。


「起きなさいよ神奈ああああ!」

「どわあああああああああ!?」


 腹部への衝撃で勢いよく上体を起こした神奈は叫ぶ。

 視界に入ってきた景色には紫の塔も町もない。

 多種多様な色が絶え間なく変わっていきグラデーションが幻想的で綺麗な空。空中には虹色の球体が大小問わず無数漂っている。こんな場所の心当たりは一つ。


「神奈が起きた……良かったあああ」


 黒胡椒ほどの大きさしかない金髪の少女が神奈の太ももに座り込む。

 金髪の少女、ドラがいるということは精霊の世界に間違いない。


「ここは、精霊界?」


「そうだとも。邪悪な気配を纏う人間、神谷神奈よ。ここは精霊界、精霊達の住まう世界。本来人間を易々と連れて来ていい場所ではないのだが、お主は特別だ。何度も来ているし今更だろう」


 目の前にある巨大な青い足の主から低音の声が届く。

 この精霊界を管理している精霊王だ。相変わらず巨大すぎて足と大剣の刃しか見えないが、ここまでの巨漢は精霊王しかいない。


「私……何でここに」


 記憶が確かなら復活した大賢者に速人を殺され、怒りで立ち向かったが全く歯が立たずに敗北したはずだ。最後に魔力弾を放つのが見えたが今は生きている。喰らっても大丈夫だったのか、狙いが逸れたのか……敵の実力を考えるとどちらもありえないだろう。考えられるとすれば第三者に助けられた以外ない。


「お主ら人間の世界で起きていることは把握している。数百年前だったか、大賢者と呼ばれた男が現世に蘇っている事態はな。お主がその大賢者に殺されそうになっているところ、異空間ゲートを作り出すことで我らの世界に避難させたのだ。感謝ならお主を助けた四季の精霊達に述べるがいい」


 周囲を見渡した神奈は知り合いの精霊を見つける。

 白に近い青色の長髪が美しく、白い着物を着た胸の大きな女性。周囲にはダイアモンドダストらしきキラキラした粒が舞っている。――冬の精霊スノリア。


「神奈ちゃんとはもう友達みたいなもんだしね。死にそうなら助けるよ」


 灰色の肌をした身長の高い男。グラデーションが綺麗な赤のローブを着ており、髪も紅蓮で炎色。――秋の精霊コウヨウ。


「そやそや。それに精霊が仲良くしとる人間って貴重やしな」


 日本人っぽい肌にブーメランパンツを履いているが男らしき膨らみはなく、胸も膨らんでいないのにビキニを着用している。デフォルメされた太陽らしき頭部の周囲に舞う火の粉。――夏の精霊サニライズ。


「ははははははははははははは」

「お前ら……」


 以上の三名にドラを加えて四季の精霊だ。

 相変わらずサニライズは何を言っているのか不明だが、他の精霊と同じで心配だけは伝わった。


「助けてくれてありがとう。だけど、私は今すぐ戻らないと。隼の、あいつの仇を取らないと。大賢者を殺さないといけないから私は行くよ。ここにいたら時間が過ぎるの早いしさ」


「そう急ぐな人間。失った魔力は我が補充してやったが、体の疲労までは回復されていない。安心しろ。今だけ時間の精霊の力を借りることで、お主の世界と時間の流れを統一させている」


 精霊界の一秒は人間界の一分。つまり一分で一時間。

 本当ならこうして話しているだけでも危険であり、大賢者が人類を絶滅させていたかもしれない。気を利かしてくれた精霊王には感謝してもしたりない。


 内心ホッとしていると突如空間に穴が出現した。

 暗闇の穴に一同の視線が集まり、飛び出てきた人型の精霊が見事着地。


 ボロボロの黒いマント一枚を身に着けた灰色の体をした少女だ。萎れたように下がっている三角帽子を被っていて、先端には黒いボンボンが付いている。右耳にはハートとスペード、左耳にはクラブとダイヤのイヤリングをしているため、歩く度に四つの耳飾りが揺れる。――穴から現れたのは欲の精霊デジザイアであった。


「よーう今帰ったぜええ。おっ、お前目が覚めたのかよ」


「何だデジザイアか」


「何だとは何だよ! おまっ、私も一応心配してやったんだぞ!」


「落ち着けデジザイア。人間界の様子はどうだったか報告せよ」


 高圧的な精霊王の声で大人しくなったデジザイアは語る。


「……ああ。被害は今のところ宝生町だけだ。どうやら一部の人間が食い止めようとしているみたいでな、大賢者とやらはそいつら相手に遊んでいる」


 一部と聞いて神奈が思い浮かべたのは勇敢な者達。

 笑里やレイもそうだが、特に強く頭に浮かんだのは文芸部の部員達だ。

 死亡している速人を除いても四人。立ち向かえる人間が存在してしまっている。


「ふむ。実際に目にしたお主から見て大賢者は我より強いか?」


「いくらテメエでも百パーセント負けるぜ。ありゃ無理だ、誰も勝てない。遠くから見ていたら気付かれたからおっかなくて慌てて逃げたんだけどよ。あんな怪物、どう考えても人間側に勝ち目ねえよ」


「大賢者も人間のはずだがな」


 一度完膚なきまでに打ちのめされたからか神奈は落ち着いている。

 心の中は大部分を怒りが占めているが冷静さが戻っていた。そんな今の状態で考えるから出た結論は、誰も大賢者と戦ってほしくないというものだ。大賢者神音の強さを知ってしまったからこそ戦えば死ぬのが分かってしまう。……たとえ神奈であろうと例外なく殺される。


「ふむ、一カ所に留まっているのなら可能か。神谷神奈よ、これから我が力でお主の町の様子を見せてやろう」


 精霊王がそう告げてから、空中にスクリーン映像のようなものが現れた。

 死者が蘇ってパニック中の宝生町が映し出されている。やはり事態は全く好転していないようで、一部では民家が倒壊してしまっている。


 映像は徐々に映す場所を移動していく。

 吸血鬼と戦うグラヴィー、ディストの二人組。

 誰かを殺そうと動く死者を倒していく夢咲や霧雨、以前見た魔法生物達。


「あれは、まさか……!」


 そして灰色の竜巻を両足から放出している灰色髪の男。

 二メートル以上の身長。凝縮された筋肉。獲物を前にした肉食獣のような目つき。只者ではなさそうな彼の姿を見間違えるはずがない。かつて神奈と死闘を繰り広げた男、トルバ人のエクエスが空中に浮かんでいた。


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