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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
206/608

64 大賢者――やり返してやる――

2023.6/4 内容更新







 神奈と笑里の二人は、今回の死者復活の事件の実行者である三子と対峙して、説き伏せることに成功。しかし三子が魔法の解除を行おうとした時、周囲に現れた妙な黒い空間に彼女が吸い込まれてしまった。

 目前で唐突に起こった事態に、神奈達は呆然としてしてしまうがすぐに周りを警戒する。


「これは魔法だ! どんな魔法かは分からないけど黄泉川は死んでいない!」


「ええその通りです。死者復活の魔法は使用した本人が死んでしまえば、その効果も消えてしまうのですから」


 神奈の勢いだけの言葉に腕輪の説明が入って説得力が出る。

 三子の両親は神奈の後ろにいるので、まだ三子が死んでいないということだ。


「どこだ? どこから?」


「三子ちゃんをよくも……。許さないんだから! 出てきてよ!」


「さ、三子はいったいどこへ」


「あんた達は逃げてくれ! どこかに敵がいる!」


 正体不明の敵がいる。現時点では神奈も何一つ分かっていないが、三子の両親が傍にいては邪魔になるだけだ。そう思って神奈は振り返らず二人に叫ぶ。


「僕達も戦う。娘を害す者は誰であろうと容赦しない」

「当然よね。私達の大切な娘――」


 三子母の言葉が途中で切れた。

 不審に思った神奈が確認してみると、三子の両親はちょうど光の粒となって消えていくところだった。死者蘇生の効果が切れたわけではなく、死に等しいダメージを受けたためだ。


 二人が消えた位置には、時代錯誤な黒い着物を着ている一人の男が立っている。

 男は神奈達を見ると魔力弾を一発放ってきたので、神奈達は殴って弾き飛ばして敵らしき男を見据える。


「お前が黄泉川を? 黄泉川をどうした」


「安心していい、生きてはいるのだよ。ただ異空間に閉じ込めたにすぎない。何せ、殺してしまえば私も消えてしまうからね」


 目の前の男から神奈が感じたのは途轍もない異質さ。

 初めに思ったのは中性的な見た目から性別への疑問。泉沙羅と同じような、首元まで垂らしている黒髪もあって女のように見える。それだけだったら迷う必要もないのだが声は男っぽい。


 次に思ったのは魔力。

 感じ取るのが苦手で鈍い神奈でも感じられる魔力は――途方もなく膨大。


「三子ちゃんを返して!」


「返すもなにも君の物ではないだろう?」


 笑里が男に突っ込んでいったが軽くあしらわれてしまう。

 腹に掌打を喰らった笑里は塔の壁にまで吹き飛ばされる。大幅なパワーアップを果たした笑里でさえ肺の中の空気が全て抜けて、痛みですぐには立ち上がれないほどの一撃である。


「笑里! ……お前、何者?」


「私か、私は神音(かのん)。人々からは大賢者などと呼ばれていたこともある」


「大賢者……そうか、お前が大賢者神音か」


「そうさ、知っているのかい?」


「軽く知ってる程度だ」


 願い玉を作った者。

 究極の魔導書の持ち主。


 全て大賢者と呼ばれる目の前の男だ。今まで神奈が関わってきた魔法関係のことが全て目前の男に繋がっている。そして何より夢咲から伝えられた目的と危険性。今すぐ倒さなければ人類の危機だと一瞬で判断した。


「そうか――」


「オラアアアアアア!」


「あいつは……獅子神闘也か! なんでここに」


 神音が話している最中に突然殴りかかったのは、かつて運動会で神奈と戦った男。

 獅子のたてがみのような髪型をしていて、凶暴な笑みを浮かべる獅子神闘也だ。

 獅子神は神音に拳を突き出すと命中。振りぬこうとしたが神音が力のかかった方向にくるりと回転して受け流し、裏拳を放つことで獅子神を殴り飛ばす。


「やれやれ邪魔が入るな。早く目的を達成しなければいけないのに」


「目的。お前の目的ってのは人類の絶滅か?」


「……それも知っているのか。君は何者だ?」


「私は神谷神奈、ただの小学生だ」


「そうか君は……。まあいい、私の目的はこの地上にいる人類を絶やすこと。まずは君達からにしてあげよう」


 そう言うと同時に神奈の前に神音が現れる。

 黒髪がぶわっと移動の風で持ち上げられた彼の速さに神奈は驚く。

 目を見開きつつも右ストレートを放つが相手の拳の方が速かった。

 なすすべなく殴り飛ばされて、神奈は床を転がるがすぐに態勢を立て直す。


(速いっ!? しかも痛いし強い! 神音から感じる膨大な魔力、これは私より……おそらく多いな。身体能力も私より強いと思っていい。この男、化け物だ)


 神奈が殴り飛ばされてから、復活した獅子神が彼に殴りかかる。

 雄叫びを上げながら何度も殴りかかるが彼は涼しい顔で回避し続ける。


「ふむ、少し強くなったか?」


 獅子神が神音に対してまた殴りかかったが、腹に掌底を食らって動きが止まる。


「ぐべっ!? う、うう、うおらあああ!」


 それも一瞬で、足先で神音の顎を蹴り上げようとした。しかし掴まれて地面に何回も叩きつけられ、終いには放り投げられる。

 空中で何回転もした獅子神は何事もなかったように、両足で音を立てて着地した。


(獅子神の力は出鱈目なものだったけど、それでも届かないか……。そういえばあいつ何でこんなとこにいるんだろ? 私達と同じか?)


「くははっ! 強い奴の気配を感じたから来てみれば強いじゃねえかテメエ!」


(違った、あいつは町を救おうとか考える奴じゃなかったか。さて、見てないで私も戻らなきゃな!)


「戦闘狂の類か。そして獅子神……だったかな? 君も神の系譜ということだね」


 神奈は神音の背後に回り込み飛び蹴りを放つ。

 不意を突いたにもかかわらず、渾身の一撃は突如出現した紫の膜に防がれた。


「なんだこれ、バリア!? 反則だろおい!」


 神奈が叫んでいると、遠くで笑里が立ち上がって神音に向かって駆けていく。


「妙にしぶといな君達は。仕方ない、圧倒的な力を一部だけでも見せてやろう」


 三人が同時に三方向から攻撃を仕掛けるが、神音が両腕を横に広げた瞬間に神奈達はそれぞれ吹き飛ばされていた。

 風などではない物理的な感触。吹き飛ばした正体はバリアだ。

 薄いバリアを拡張することで攻撃すらこなしてみせたのである。


 神奈達はすぐに立ち上がり攻撃を仕掛けるが全く届かない。

 まず初めに届きそうだった笑里の拳は躱され、彼女は頭を掴まれて地面に叩きつけた。無防備な背中に殴りかかる神奈も背後に回り込まれて、胴に回し蹴りを放たれたことで蹴り飛ばされる。獅子神も畳みかけるが何回攻撃しようと躱され、逆に殴り返されるの繰り替えし。


 獅子神はダメージを強さに変換する特殊な固有魔法の持ち主。

 もしかすれば一人で倒せるかもと神奈は思っていたが、様子がおかしいことに気付く。


「面白い体質のようだがそれが限界だ。気付いているだろう? もう力が上がってないことに」


「知らねえよ!」


「力が上がらないならもう君は脅威ではない。いや始めから脅威ではないけどね? 私に勝てる存在なんていないし」


 神音は獅子神の拳を跳んで躱すと、空中で一回転して後頭部を殴ろうとする。


「いてはいけない」


 突き出された拳は獅子神の後頭部ではなく、すぐ真横を通り過ぎた。

 頭上に移動した神音のことも、これからされる攻撃も、視界の隅で捉えていた獅子神は躱すことができたのだ。そして空振りに終わった神音の腕を両手でがっしりと掴む。


「うああああああ!」


 立ち上がった笑里が咆哮を轟かせる。その背中には緑に淡く光る一対(いっつい)の羽が生えていた。

 藤堂零も使用していた〈霊鳥化(れいちょうか)〉だ。

 使用するだけで霊力が体を廻る速度が上昇して、大幅な戦闘力向上が可能になる。笑里はその技の存在を知らないため使えたのは全くの偶然。燃え上がる闘志と才能が、偶然で無意識であるとはいえ使用を可能としている。


「……エネルギー量が大きく増したか」


 彼女は背中の羽を大きく羽ばたかせて飛翔した。

 先程とは比べ物にならない速度で縦横無尽に飛び回る。

 余裕を持って目で追う神音は右手を向けようとしたが動かせない。彼女から視線を外して右腕の方を見たので理解しただろう。右腕は神奈が両手で掴んで押さえ込んでいる。


「いたのか、あまりに非力で気づかなかったよ」


「どこまでもムカつくなその上から目線。さっさとぶっ飛ばされろ。あいつの拳は痛いぞ……!」


 右腕を神奈、左腕を獅子神が掴んで押さえているので動きは制限される。

 飛翔速度を加算した笑里の拳が迫るが逃げ場はない。強引に神奈達を離しても拳が到達する方が速い。


「三子ちゃんをおお、返してよおおお!」


 強烈な一撃が顔面に叩き込まれ――なかった。またしてもあの紫の膜が防ぎきってしまう。薄く笑みを浮かべた神音は右腕を神奈ごと強引に振り、驚愕している笑里に叩きつける。

 二人が吹き飛んですぐ神音が左腕に目を向けると、獅子神が歯を立てて左腕に齧りついていた。


「……まるで獣だね」


 噛まれていることなど気にせず、神音は左腕を獅子神ごと持ち上げると勢いよく床に叩きつける。

 強い衝撃により口を離した獅子神は白目を剥き、手の力も失われていく。

 弱まれば振り落とすことなど簡単だ。神音は彼を強引に振り落として背中に手刀を落とす。彼は床を突き抜けて最下層まで落ちていく。


「ついに私一人になったか……」


 壁際まで飛ばされていた神奈が呟く。

 笑里は壁に叩きつけられた衝撃で気絶してしまっている。


 この戦いから逃げるという選択肢は存在しない。

 決して逃げたら回り込まれるわけではないし、ボス戦だからとかでもない。

 神音を倒さないと面倒な事態になるのは明白だからだ。


「笑里待ってろ。すぐにこんな奴ぶっ飛ばして、黄泉川を取り戻してやる」


「仲間を倒されても止まらず来るのか。ならばその抗おうとする意志を、圧倒的な力で粉砕しよう」


 神奈は神音に接近して殴る――瞬間に手裏剣いくつもが降ってきたので後ろに飛びのいて躱す。

 手裏剣という武器には心当たりしかない。神奈は顔を顰めながら投げてきた誰かを捜すと、中央の梯子付近に隼速人が手裏剣を投げたままの態勢で立っていた。


「ふん、誰だか知らんが神谷神奈もろとも倒してやる」


「私も倒す対象に入ってんのかよ!?」


 速人は手裏剣を数枚投げつけるが神音は紫の膜を展開して弾く。――同時に頭上から降ってきた炸裂弾を、手のひらから魔力光線を放出して消滅させた。その威力はこの塔の天井全てが崩壊して雲を吹き飛ばす程だ。


 天井が崩れることで瓦礫が降って来るが神奈達には脅威ではない。

 神音はバリアを張って防ぎ、速人は雨のように降って来る瓦礫を全て躱す。神奈は気絶している笑里の体を抱えて後ろに向かって跳び、力強く拳を振ると瓦礫の雨は全て粉々に消し飛ぶ。


 いくら頑丈な肉体を持っていても気絶しているなら危険だ。

 倒れたままの笑里を回収しなければ大怪我を残すところであった。


「飛び道具は効かないか、ならば直接斬る」


 速人が刀で数十回にも及ぶ斬撃を一秒にも満たない内に放つが、神音は最小限の動きで躱してみせる。まるでその場から動いていないかの様にすら見える。


「なんっ……ならば喰らえ〈真・神速閃〉!」


 それは普段の神速閃よりも遥かに速い一撃。

 努力の結晶とも呼べるその一撃は空振りに終わる。なぜなら速人の持っていた刀の刀身が途中でなくなっていたからだ。


 速人は手にしていた自分の刀を驚愕しつつ見ている。当然だ。相手はほぼ動いていないように見えたのに、刀身が無いことに気付くことすらできなかったのだから。


「な、なぜ……?」


「探し物はこれかな?」


「き、貴様……」


「じゃあね」


 神音は折れている刀身をゴミでも捨てるかのようにポイッと投げ捨て、呆然としている速人へと殴りかかった。速人が喰らったら頭が弾け飛ぶような一撃。しかし当たる直前に神奈が間に割り込んで、両手でしっかりと受け止める。それでもあまりのパワーで後ろに少し下げられる。


「ほう、受け止められるんだね」


 感心したように神音が呟くがそんなことは神奈にとってどうでもいい。

 今の一撃は当たれば速人が死んでいた。止める気なんて確実になかっただろう。神奈はそれがどうしても許せないでいる。


「お前、今の殺す気だったろ」


「当たり前だろう? 言ったじゃないか、私の目的は――」


「なら私も殺す気でやる」


 力を精一杯込めた拳を神奈は神音の胸に叩き込む。

 神音は床を滑っていたが踏ん張りきれずに足が浮き、飛ばされて壁に激突する。その壁には雷のような亀裂が走って轟音が鳴り響く。


「決めたよ大賢者。お前にやられた分だけ、いや三倍にしてやり返してやる……!」


 すぐに壁にめり込んだ体を神音は脱出させる。

 手で埃でも払うように胸の辺りを叩いており、全く痛みなど感じていなさそうにすました顔をしている。その態度がどこまでも気にくわない。


「まだまだあ!」


 神奈はさらなる追撃のために神音に走って近づく。

 回転して神音の脇腹に蹴りを叩き込み、どこかにぶつかって動きが止まる前に連撃を浴びせ続ける。超高速の移動と連打を繰り返すことで体勢を立て直す暇を与えない。


「調子に乗らないでよ」


 ずっとやられっぱなしの神音ではなかった。

 殴ろうとした神奈の手は掴まれて空中へ浮かせられた後、床に叩きつけられた。硬質な床に衝突すると骨にまで衝撃が響く。床にぶつけられた後はボウリングでもするかのように投げ飛ばされて壁に激突する。


 押していると錯覚していたがとんでもない。

 たった二撃でもう劣勢に逆戻り。骨折していないのが奇跡だと思うくらいに痛い。

 よろよろと立ち上がる神奈に向かって、神音はゆっくりと歩いて来る。


「君は何故立ち向かう?」


「……決まってるだろ。お前の馬鹿げた目的を……防ぐためだ」


「それは友人を守るためとかかな? 人間は大体自分と周りが無事ならそれでいいと思うからね。テレビのニュースで見知らぬ人が死んだとして悲しいと思うかな? 思わないだろう。自分だけの世界なんてせいぜいが大きくても国一つ程度か、それとも町一つ程度か」


「何が言いたい」


「つまり……うん、平たく言うと、周りの者も守れないような人間が私の邪魔をしないでほしいんだ」


 そう言うと神音は魔力の塊を光線のように放った――速人がいる場所に向けて。


「なっ、くそっ!」


 神奈は光線が届く前に速人の前に移動。

 先程の神音がやったように魔力で紫の障壁を作る。

 魔力障壁。文字通り魔力の壁。硬質化させた魔力に並大抵の攻撃は通用しない。


 濃さは違えど魔力の強さからくる硬度はかなりのもの。光線と壁がぶつかり合うが両者の力はほぼ互角。およそ三秒近く攻防が繰り広げていると、神奈は光線の威力が弱まってきたのを感じた。


「これならいける。つーか私バリア出せてるよ……チャレンジしてみるもんだな」


 見事神奈は光線を防ぎきった。

 そして――真横から二発目の魔力光線に襲われて呑み込まれる。

 神音は魔力光線を速人に撃ってから少しして、神奈の左方に高速移動して二発目を放ったのだ。


「さて、順番にいこう。あの少女の前に死ぬのは君だよ」


 神音が振り向いた瞬間、速人は表情が凍った。

 何度か死にそうになったときとはわけが違う。

 相対した時点で死が確定したかのように圧倒されてしまっている。


 すぐにでも死ぬだろう闘いが始まろうとしているのを見た神奈は、魔力光線で壁にまで吹き飛ばされたダメージを我慢して立ち上がる。

 このままでは速人が死ぬのは明白。戦わせるべきではないと思い走り出した神奈――の真横からまた魔力光線が襲いかかった。


 今度は魔力障壁で防いで軽く飛ばされるくらいで済んだものの、さらなる光線が襲いかかってくる。しかし連続攻撃を仕掛けているはずの神音は微動だにしていない。

 防いだらすぐ撃たれる無限ループ。防いでも防いでもキリがない。


「どうなってんだ、何もない場所から光線が飛んでくるとか!」


「これは空気中の魔力を活用した技術です。難易度の高いものなのですが、隼さんにも意識を向けつつやるとはさすが大賢者というべきでしょうね。一撃でも受ければ大ダメージを受けると思ってください」


「このままじゃ……! このままじゃあいつが……!」


 駆けつけたい衝動に駆られている神奈は光線の嵐に足止めされてしまう。

 神音と速人の始まってはならない一対一(サシ)の戦い。

 最初から勝敗が分かりきっている戦いが静かに始まった。




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