63 最上階――黄泉川一家の想い――
紫の塔内にあるエレベーターへと乗った神奈は現在、死人のように感情がない顔をしていた。
上階へと上がる速度が遅すぎて退屈だったのである。一種の拷問かと思うほど精神的にキツかった。酸素が薄くなっていくのを感じながら棒立ちすること一時間。ようやく上れる限界まで辿り着いたようで扉が開く。
「ようやく着いたか。ある意味拷問だったなあ、酸素も薄かったし」
外は今までで一番広い部屋だ。
そこには何もなかった。上へ続く階段すらない。上階への道は一つも用意されていないので、この先へどうやって進むか頭を悩ませる。
「あ、神奈ちゃん!」
聞き覚えがありすぎる声に振り向くと、オレンジ髪の少女が駆け寄って来る。
「笑里じゃん。何でこんなところにいんの?」
「神奈ちゃんこそ!」
死人のような表情だった神奈は笑里を見てから目を丸くして生気が戻る。
エレベーター前でお互いに事情を話せば簡単な話で、ただ異常事態の原因を探り、解決しようとやって来ただけであった。今日の出来事を互いに話していると、藤堂零の名前が出たところで神奈は非常に驚く。
「藤堂零……あいつが?」
「あれ、神奈ちゃん知ってるの? お父さんは詳しく教えてくれなかったんだけど力を貸してくれたの」
「その風助さんは?」
「怪我しちゃったから道場で休んでるよ」
藤堂零といえば笑里の体に憑依したりした悪霊の名前。
被害者の彼女に正体や、これまでにしてきたことを伝えるのは避けたかったのだろう。藤堂についてほぼ知らないせいで、彼女からの評価が若干良い人扱いになっているが。
「一人でここまで来たのかよ。誰にも襲われなかったのか?」
「うん、誰にも。……あ、もしかしたら誰かが先に敵を倒したかもしれないよ。私が通った部屋には人間くらい大きな窪みがいくつもあったし、部屋に血の痕も残っていたからさ」
「確定だろ。誰が来たかまでは分からんけど、味方っぽいな」
この死者蘇生という異常事態は分かりやすい原因があるので、勇気ある者が来てもおかしくない。
「……さて、いい加減どうやって上へ行くのか考えないと」
「そうだね。階段もエレベーターも下に進むのしかないし」
二人は周囲を見渡すが本当に何もない。
階段もエレベーターも下へしか行けないし、非常口のようなものもない。
「エレベーターでは行けないの?」
「ここが一番上の設定だったから無理」
笑里は「そっかあ」と露骨に落ち込むがそれも仕方ない。ここまで来て上に行く方法がないのだから実質詰んでいる。せっかく上ってきたのに上階へ行けなければ努力も水の泡。
部屋はおよそ直径二百メートルはある円形の何もない空間。神奈は諦めずに見渡したが、やはり何も見つからずイライラしていた。そしてそのイライラが最高潮に達した時、一つの案を笑里に提案する。
「もういい。ジャンプして天井突き破ろう」
「ええ! 天井を突き破る!?」
「ああ、もうそれしかない。私達の脚力ならいけるいける」
本当なら正規ルートで上階へ行きたかったし、確実に何かしらの仕掛けがあるはずだが、分からない以上別の手段を取るしかない。昔から謎解きは苦手な神奈と笑里には天井破りしか道が残っていないのだ。
「大丈夫かなあ」
「大丈夫大丈夫、まあ見てろって。よっ……!」
神奈が足に力をほんの少し込めてジャンプした。
天井の高さはおよそ三十メートルであるが笑里でも余裕で届く距離だ。天井まで跳び、頭からぶつかる前に拳を振るう神奈は、そのまま天井の一部を砕いて上階へ辿り着く。
空いた穴から顔を出した神奈が「大丈夫」と声を掛けると笑里も跳んだ。砕かれた天井から彼女も上階へと移動してくる。
広い部屋の一つ上の階も同じく広い。二人が辺りを見渡すと、中心部分に梯子を発見する。他に道は見当たらないので二人は梯子を上っていく。
またしても広々とした部屋へ出た二人だが目を丸くする。
「最上階か……あ」
「どうしたの……って」
合流してから誰にも会っていない神奈達の視界には、少女と大人二人が映った。
おさげの黒髪少女は「だ、誰?」と怯えながら神奈達を見ている。少女の態度はどう見ても事件を解決しに来たようには見えない。黒幕にも見えないが、まずは話をしなければ状況を掴めない。
少女と話をしたくて神奈が近付くと、大人の二人が少女を庇うように前に立つ。
「何の用だ」
「ここは私達の新居なの。出ていって」
「いや、ここは塔ですけど?」
仮に新居を買うなら神奈は紫色の塔など買いたくない。
妙な紫色に光るクリスタルで明るさの問題は解決しているが、住むとなると誰も住みたくないだろう。エレベーターの速度は遅いし、階段は長いし、部屋の数も多すぎる。明らかに新居とするには向かない建造物である。
「そんなの関係ないさ、ここは楽園だ」
「楽園とはほど遠い薄気味悪い塔だろ」
呆れたように神奈が言葉を返していると笑里も動き出す。
唐突に走り出して、おさげの黒髪少女に急接近。そのスピードは途轍もなく速い。藤堂零が全霊力を譲渡したせいだろう。超絶パワーアップした今の彼女の身体能力はレイをも遙かに上回っている。当然と言うべきか神奈以外には認識出来ていない。
おさげの黒髪少女は「きゃあああああ!」と叫び、大人二人が慌てた様子で「「三子!?」」と振り返る。
一瞬で人が目の前に現れたら驚くのも無理はない。関係に亀裂が入っても仕方がないし、初対面でそんなことをしでかしてしまえば好感度は絶対下がる。しかしそこからコミュ力の塊である笑里の力が発揮された。
「ねえ、あなたの名前は何ていうの?」
「……え? ええっと、黄泉川三子」
「じゃあ三子ちゃんだね! 私は笑里だよ、秋野笑里!」
三子はすっかり彼女のペースに呑み込まれていた。
これが非常に恐ろしいことで、大抵の人間は自分のペースを維持できずに呑まれるのだ。慣れていない初対面の人間なら尚更である。
「いきなり名前で……秋野さんは何でここに」
「笑里だよ」
「え?」
「笑里だよー」
三子は引きつった笑みを浮かべる。
「……笑里さんは、何でここに来たの?」
「私達は町で困ったことが起きてるから、それを解決しに来たの。あちこちでもう死んじゃった人が出てくるのはこの塔が原因だと思って」
「……それは、私のせい。お母さんとお父さんにもう一度会いたくて、遊んでほしくて、一緒に暮らしたくて……それで死者蘇生の儀式を」
笑里が会話してくれたおかげで神奈も状況を理解した。
黒幕、というが元凶は黄泉川三子一人のみ。しかし彼女はただ両親に会いたい一心で〈死者蘇生〉を発動させただけだ。一応の罪悪感もあるし、悪人とは程遠い。他人への迷惑を考えられなかっただけの純粋な子供なのである。
「そう、それで僕らは蘇った。三子の心を思えば他者の迷惑など知らない。さあ三子! この子達は僕らの邪魔をする悪い子達だ! また僕らと過ごしたいなら排除しなければならない!」
叫ぶ三子父に対して神奈は「お前」と呟き、鋭い視線を向ける。
「何か文句でもあるのかな。僕らは一緒に、静かに過ごしたいだけなんだ。さあ、三子! 禁術の力を見せてやるんだ! 僕らと暮らせなくてもいいのか!」
「ダメ! そんなのダメだよ! 戦う必要なんてない、私は待つから、三子ちゃんの心が落ち着くまで待つから! 今すぐお別れなんてしなくていいの、だから……!」
「あ、あ……私、どうすればいいの……」
板挟みにされている三子は頭を抱えて悩む。
しかし二つの意見の出所は愛する父親と、何も知らない初対面の少女。天秤がどちらに傾くかなどすぐに決まる。
「……そうだ、また三人で暮らすんだ。私はまたみんなと過ごすんだ!」
「三子ちゃん……きゃっ!」
選択されたのは争いだ。
戦うために魔力を解放した三子からは強い風が吹き、目前にいる笑里を吹き飛ばす。なすすべなく飛ばされた笑里は神奈の近くにしっかりと着地する。
「結局こうなるのかよ。いつもいつも」
「神奈さん、彼女の左手にあるのは禁断の魔導書です。お気をつけください」
腕輪の言う通り三子は左手に禁断の魔導書を持っている。究極の魔導書と契約できる時点で三子の魔力量は平均より多い。さらに契約した影響で魔力が増大している。子供だからといって侮れない相手だ。同じく契約している斎藤と比べても、その魔力量は天と地ほどの差がある。
「私、諦めたくない。三子ちゃんとは戦いたくないよ」
「だろうな、お前は頑固なとこあるから。説得は任せる」
三子父と三子母が両手を前へ突き出し、魔力弾を生成した。
薄紫の魔力弾二つが放たれる。素早く神奈達へ迫る魔力弾だが残念なことに威力不足。二つとも神奈と笑里が軽く叩き落とす。
両親も魔法使いのようだが斉藤より若干強い程度。
今の神奈達なら軽く蹴散らせるし障害にはなりえない。
「なっ……! くっ、三子!」
「うん。禁術、〈絶対強化〉!」
通用しないと分かった三子は強化魔法を唱えた。
そして三子の両親はすぐさま魔力弾を放つ。大きさも、魔力密度も、形成する全てが先程の二十倍以上。さすがにあんなものを喰らえば笑里は致命傷を受ける。
危険だと瞬時に察した神奈は「笑里は横に避けろ!」と言い放つ。
軽い攻撃では防げないと理解した神奈が前に出て、二つの魔力弾を素手で受け止める。両手でしっかりと受け止められはしたが、速度威力ともに押さえきれず後ろに下げられてしまう。
横に跳んだ笑里は無事だが、神奈は壁まで押されて魔力弾に呑まれた。
「ぬっ、ぐっ……!」
魔力によりダメージを受けた神奈は比較的軽傷。元々並外れた頑丈さを誇る肉体だ、気を抜かなければダメージはほぼ受けないのである。
上半身の肌が半分ほど露わになっているが気にする余裕はない。
禁術〈絶対強化〉の効果は絶大なものであった。通常状態では相手にならない両親を、神奈にダメージを与えるほど強くしたのだから。二人の力が数十倍にも強められている。
「いっつう……強くなりすぎだろ。でもまだ手に負えるレベルだ」
「そう思うのなら耐えてみせるんだな!」
三子父が急接近して殴りかかってくるが神奈は軽々受け止める。
今度は後ろに下がることもダメージもない。神奈はどちらかというと魔力より身体能力の方が高く、肉弾戦の方が得意なのだ。それも魔力で身体強化しているおかげではあるが。
「耐えようとするまでもない、効かねえんだよお前の拳なんざ。笑里お前は早く行けえ! 私なら大丈夫だ、怪我なんてしないから!」
躊躇い気味に笑里が「う、うん」と言って走り出す。
そんな彼女に三子母が接近し、攻撃を仕掛けようとする。
「あなたの相手は私よ」
「あんたの相手も私だあ!」
かなりの速度だったため反応が遅れた笑里に代わり、神奈が高速移動して拳を受け止める。そして成人女性の体を軽々と持ち上げて振り回すと、壁に向かってぶん投げた。左手に持っていた三子父もついでに同じ方向へ投げ飛ばす。
「さあ、さっさと行け」
「ありがとう神奈ちゃん!」
壁に激突した三子の両親はすぐに立ち上がり、笑里を追おうとしたので神奈が立ち塞がって二人に拳を叩き込む。
苦痛の声を漏らす二人は顔を歪めて神奈のことを睨みつける。
「どうあっても邪魔する気なの? あの子の夢を踏みにじるの?」
「……かもな」
憎しみの目を向ける三子母が口を開く。
両親を幼い頃に亡くした子供がまた一緒に暮らしたいと思うのは至極当然。神奈でさえ、そう思う時期があった。子供にとって親とは宝物のようなものだ。
「でも、私はその邪魔が正しいことだって言える」
今すぐ二人を消滅させようと思っているわけではない。
三子の気持ちも、両親の気持ちも痛いほど分かるのだ。
子も親も一緒に居たくて当たり前。前世の時なら自分から両親を生き返らせてくれと願っていただろう。それでもこの世界で生きて考えが変わったし、心が成長した。今の神奈なら両親の蘇生を願うことはない。
「……僕らは娘の持つ禁断の魔導書を解読していた。黄泉川家は代々古代文字などを解読する仕事をしていてね。贅沢はできないが充実した日々だったさ。……だがあの男は唐突にやって来た。狩屋と名乗る男は、禁断の魔導書を求めて僕らを殺した。まだ幼い三子をクローゼットの中に隠れさせて、僕らはそのまま死んだんだ。……だからこれからずっと一緒にいてもいいじゃないか! あの子はあの日から一人で生きてきたんだから!」
「気持ちは分かる。納得もできる。でもそれを世界が許さない。あんた達だって、それは分かってるんだろ。……胸糞悪いよ。私だってあんたら二人だけが蘇るだけなら、止めなかったかもしれないのにさ」
必死に言葉で想いをぶつけてきても神奈の心は揺れない。
どんなに辛い過去があっても、どんなに悲しい思いをしてきたとしても、他人に迷惑をかけるのを神奈は許さない。多少ならいいが今回は町全体である。禁忌とされる力では、狙った生命だけを蘇らせることなどできなかった。それどころか暴走した死者達が暴れる地獄を作り出してしまった。
そしてこの町には地獄を終わらせようと必死になる者達がいる。
笑里のように説得しようと思う者もいれば、容赦なく殺そうとする者もいる。
禁断の魔導書を所持しているなら魔導書欲しさに狙われることもあるはずだ。政府が魔法の存在を隠していても、魔法を認識している者はいる。その中でも危険な連中の魔の手が迫るのは間違いない。
「このままじゃあの子は世界から狙われる。その前にこの町の連中に殺されるかもしれない。世界を敵に回して、あの子を庇いながら生き抜くなんて不可能だ。それこそ悲惨な未来が待っているのが私にも分かる。だって、あんたら二人は小学生一人にすら勝てないじゃないか」
「……ぐっ、そ、それは」
「最終的な判断はあの子自身が決めることだ。もしも死者蘇生を解かないってんなら、私も容赦しない。あんたらは速攻で消させてもらう」
三子の両親の険しい表情は悲し気なものに変化して、愛する娘を見つめる。
「たとえどんな選択をしようと僕達は娘の味方だ」
「ええ。それが、親というものだもの」
もしも世間から見放されるような状態になった時、親が味方をしてくれなければ子は孤立してしまう。言わば親とは子が初めから持っている希望。二人は三子が間違いを犯しても、どんな存在になろうとも味方であり続けるだろう。
そのために今は待つのだ。……最愛の娘が選択する時を。
*
両親が死亡した日から、黄泉川三子は寂寥を抱えて生きてきた。
温かい存在を失ってから心には闇が生まれた。誰かを殺しても心が痛まないように、冷たい闇は心を覆っている。だからこそ、生け贄を必要とする禁術〈死者蘇生〉を発動出来たのだ。
再び両親と会ってから冷たい闇は晴れたし、寂しさも消えている。
死者が町で暴れてしまっているのは申し訳なく思うが、三子にとって現状が幸福な世界そのもの。幸い塔に籠もっていれば安全だし、強い力を持つ死者は塔を守ろうとしてくれている。三子にとっては紫の塔が楽園なのだ。
「三子ちゃん!」
そんな楽園を破壊しようとする侵入者には消えてもらわなければならない。
オレンジ色の明るい髪の少女、侵入者の秋野笑里は必死に走って近付いて来る。
「禁術〈冥界沼〉!」
三メートル程まで接近してきた笑里の足下に、突然漆黒の穴が現れる。
暗い穴は落ちればどこに向かうのか、底が見えない底なし沼のようだ。笑里はあともう少しというところで両足が入って沈んでいく。これこそが〈冥界沼〉。死人の世界と呼ばれる冥界へと繋がり、生者を引きずり込む究極魔法。
「きゃっ! さ、三子ちゃん!」
「……ごめんなさい。許してもらえるなんて思わない。でも私は一人が寂しい、一人はもう嫌なの! あなたはいい人かもしれないけど、私の楽園のために死んで!」
笑里は脱出しようともがいているが無駄だ。
禁術〈冥界沼〉からは脱出不可能。魔法を打ち消すような力があったとしても、瞬間移動する力があったとしても、如何なる脱出手段を持っていようが関係ない。一度嵌まったら必ずのみ込まれる。のまれた部位は感覚が消えて、数分もすれば全身が沈んで笑里は現世から消滅する。
脱出を諦めたのか彼女は大人しくなった。
「その気持ち分かるな……。私もお父さんが死んじゃってからそう思ってたよ。なんだか三子ちゃんって過去の私みたいだね」
「……え?」
膝辺りまで沈んでいるのも気にせずに彼女は語り続ける。
「神奈ちゃんに会う前の話なの。お父さんがいなくなって寂しかった私は、幽霊が出るって噂の公園に通っていた。もう一度会いたかったから。……お母さんはいるけど、お父さんにだって会いたいもんだもん」
「ならどうして、どうして平気なの? 私は、寂しいよ」
「それはね、神奈ちゃんがいてくれたから。友達が出来たから悲しみも薄くなったの。どんなに悲しいことも人は乗り越えられるよ。私が乗り越えられたんだから……きっと、誰だって!」
笑里は眩しいような笑顔を浮かべてそう答えた。
既に下半身が沈んでいる。笑顔など浮かべていられる状況ではないはずなのに、彼女は自分より三子の心配をしている。同年代の、まだまだ子供のはずなのに、三子の目には彼女が自分より大人に見えた。
「友達……。ダメだよ、いないもん。私は魔導書を解読してばかりで、友達なんていなかった」
「いるよ!」
「……どこに?」
「ここにいるよ!」
どんどん沈んでいく笑里の体は残りが胸下から上だけになっている。そんな状況で彼女は宣言する。
「私が友達になるよ! これからいっぱい面白いこととか、楽しいこととかしようよ。悲しいことも分かち合おうよ。三子ちゃんの友達第一号に……私にとっての神奈ちゃんみたいな、素敵な友達になるよ!」
信じられない言葉だ。三子はいま笑里を殺しかけている。
あと数十秒もすれば〈冥界沼〉は彼女の全てを引きずり込んでしまう。
自分を殺そうとしている相手に友達になろうと宣言できるだろうか。常識を持ち、精神が正常ならできるはずがない。それを可能とする笑里の精神は異常だが……三子には輝きを放っているように見えた。正しく黄金の精神。
あまりに信じられない言動なので三子は震える声で問いかける。
「本当に、友達になってくれるの……?」
「当たり前だよ! ね、神奈ちゃん!」
「え!? あ、うん、なるなる」
離れた場所で両親と一緒にいる黒髪の少女が頷く。
本心から思っているのか訝しんでしまう慌てようだが、少女がどう思っているかはともかく笑里は宣言は本心からの言葉に聞こえた。笑里の心には表も裏もないように思える。
「……本当に、友達に」
友達などできるはずがないと三子は思っていた。
両親が死んでからは家に引きこもり、魔導書を解読することしかしていない三子には出会いがない。縁に恵まれることなどありはしない。……しかし一生良縁がないわけではないのだ。
気が付けば三子の目頭は熱くなり、喜の感情からくる涙が溢れていた。
もう一人ではないと一度思えば今までの孤独感が溶けて消えていく。
――だが、三子は笑里と友達になることで覚悟を決めなければならない。
別れだ。もう死んだはずの両親との別れを、また繰り返さなければならないという試練。それを乗り越える覚悟を持つことこそ、三子にとって友達を作るのに必要なもの。
「本当はいけないことだって分かってた。でも会いたい気持ちを抑えられなかった。ごめんなさい、笑里さん」
両親との別れに対して三子は以前ほどの悲しみを感じない。
別れが二回目なのもあるが、友達の数に比例してマシになっていた。傍にいてくれるだけで心の支えとなってくれる。
「――解除」
魔法〈冥界沼〉を止めたことで床に存在していた暗い穴は消えた。
首元まで呑み込まれていた笑里が、唐突に穴から弾き出されるように飛び出す。
体に異常は見当たらず、笑里は元気そうに腕や足などを動かす。黒髪の少女は歩み寄り本当に異常がないか腕輪に確かめさせている。
一方、涙を拭う三子は両親のもとへと歩いて行く。
「お父さんとお母さんも、私の我が儘で勝手に呼び出してごめんなさい。もう疲れているよね? 休みたいよね? 私はもう大丈夫、友達が出来たからもう一人じゃない……! 寂しくないよ……!」
涙を流しながらも三子は無理に笑ってみせた。
最期まで両親を心配させないために笑顔で別れると決めたから。
「三子……あなたは間違ったことなんてしていないわ。普通あなたぐらいの子が親を失ったら立ち直れなくて当たり前。また会いたいと思って当然よ?」
「そうさ、僕らに謝る必要なんてない。三子のしたいことを僕らは応援するだけさ。……でも、またこの儀式を行うのはダメだよ?」
「うん、私はいけないことをした。もう分かってる。もうやんない」
「いい子だ」
そう言ってから両親が三子の頭を撫でて抱きしめる。
せっかく笑っていようと思ったのに笑えなくなってしまう。
温もりと優しさが嬉しくて涙が止まらない。止めようと思っても全く止まらない。
三子はただ泣いた。ひたすら声を上げて泣いた。
この別れを忘れないように、記憶に残すため目に焼きつけながら。
*
もうすっかり解決ムードの中、神奈だけは真顔だった。
三子もその両親も、笑里ですら涙を流しているのに一人だけ無表情。何だか空気が読めないと思われるかもしれないが反応に困るのだ。腕輪に「神奈さんは泣かないんですか?」と訊かれるも、どうすればいいんだよというのが神奈の心情。
悲しい空気なのは分かるし、神奈だって思うところはある。
しかしさすがに今日会ったばかりの少女のドラマを見せられても泣けない。同情はしているがそれだけだ。この場合は泣ける笑里の方が凄いし感情移入しすぎている。
「――さあ、もうお別れの時間だ」
涙を止めた三子父が娘から一歩離れた。
「お別れってどうなるんだ? 自然に消滅するのか?」
「僕にも分からないが、本を解読した三子なら知っているだろう」
「うん、私の持ってる魔導書に書いてあったよ。ここに解除の儀式も載ってるから、今からやってみる」
両手で持つのも重そうな本を三子は床に置き、広げてから解除の方法を確認する。
記載されている魔法陣を描き、中心に立って呪文を唱え始めた。唱え終われば現在の死者復活事件も解決することになる。
今回も色々あったなと思いながら神奈は「ふぅ……」とため息を吐く。
「これで一件落着か」
「そうだね」
「帰ってゲームでもするか。もちろん笑里も黄泉川も一緒にな」
「あ、ゴメン。今日はまた道場に行かなきゃ」
「え? この流れで断る?」
こうして無事解決した――かに思えた。
「神奈さん! 三子さんの周りに妙なエネルギーが!」
「三子ちゃん!?」
「なに!? おい黄泉川、急いでこっちに来い!」
「え、何これ――」
神奈は急いでその場から離れるように言うが間に合わない。
黄泉川三子は突然現れた暗闇に吸い込まれて姿を消した。




