62 猛獣――分かれ道――
各地で戦いが起こる中、神奈とレイは紫の塔内に侵入していた。
道中、神奈は塔の内部を見渡して「おおー」と感嘆の声を出す。
「この塔、突然出てきたけど中はしっかりとした造りだな」
「そうだね。何者かが綿密に設計したとしか思えないよ」
紫の塔は高さ千メートルと塔のわりには高さがある。
そんな塔をひたすら階段で登っていくが、高すぎて登りきるまで果たしてどれだけの時間がかかるのか。計算すれば嫌になるので二人は話題には出さない。
「この塔、何でできてるんだろ。けっこう硬そうだし」
素朴な疑問に神奈がつけている白黒の腕輪が答える。
「そうですねえ……解析しましたがこの星に存在しない鉱物ですね。地球上に存在する有名なダイヤなどを軽く凌駕する硬さのようです。何者かが造ったとしてもそれは地球人ではなく、レイさんのような宇宙人だったのかもしれません」
「問題は塔にどういう意味があるのかってとこだけどなあ。……あ、分かれ道か」
これまで階段のみだったが神奈達は広い部屋に出た。
先が見えない道が五つあり、今までとは少し違う造りの場所なため慎重に歩く。
「道が五つあるね……多いな。分断が狙いなのか……?」
「神奈さん、これはお決まりのやつですよ! おそらく正解の道は一本だけ、残りは外れの罠です!」
「そうとも限らないけど、可能性はあるんだよな。どうするレイ? どれか進みたい道ある? ないなら適当に進もう」
罠と聞いて大きな鉄球が転がってきたり、落とし穴だったりの想像を膨らませる神奈はレイにも意見を求める。
「そうだね……とりあえず二人で一緒の道に行くのは止めよう」
「なんで?」
「もし間違った道で行き止まりだったり、罠だったりしたらタイムロスだ。ここはそれぞれ違う道を進んで上を目指す方がいいと思う」
タイムロスなどただの探索だったならば気にしない二人であるが、外の現状も塔の中からでは確認できないし、悪化する可能性もあるのでタイムロスは避けたかった。納得出来る答えだったので神奈は「なるほど」と呟き、改めて分かれ道を見据える。
「一番左だな、左だと私の勘が告げている!」
「そう? それなら神奈は左に進みなよ」
「いやすまん、やっぱり中央でいいか? 勘に頼って今まで失敗したことあるし」
神奈の勘はあまり的中率がよくない。
よく女の勘なんて言葉が女性の口から出されるが、あれには何の根拠もなく本当にただの直感だ。直感だからいいと考える者もいれば、根拠がないただの直感だから外れると思う者もいる。少なくとも大事な場面であてにするべきではない。
「うん、それじゃあ僕は一番右に行こうかな」
「お互い気をつけような」
悩むことなく道を決めたレイは進んでいき、神奈も中央の道を進んでいく。
一人で進んでも心配いらないだろうと二人は互いを信頼している。並大抵の連中には負けないし、何かあったとしても無事でいてくれると思っている。
進んでいっても特に罠などなく、行き止まりまで出た神奈は警戒しすぎだったかと安堵する。
「さて、道を真っすぐ進んだけどこれはエレベーターか?」
神奈の目の前にあるのはエレベーターらしき機械。
しっかりと扉が閉まっているが、その近くにあるボタンでそうだと判断した。
「どうです神奈さん試しに乗ってみては。罠なんてありませんでしたし、楽をしたくないですか?」
「まあ上に行けるなら別に乗ってみてもいいか。最上階まで行けたら楽だし」
試しにボタンを押してみると、チーンという音と共に扉が開く。
エレベーターらしき機械ではなく完全にエレベーターだ。
中に入ると電気がついて明るくなり、外と同じボタンを押すと扉が閉まる。行き先を決めるボタンの中から一番上に向かうだろうボタンを押すと、ガコンッという音がして徐々に上に動き始めた。
「でもなんだろう、このエレベーターって……遅くない? うん勘違いじゃないよねめっちゃ遅いよね。え、これ罠……?」
エレベーターはまるで牛が歩くかのように遅すぎた。少し経って一階分上がったが、その速度は歩いていくよりも遙かに遅い。
「急がば回れという言葉がありますよね。神奈さんもエレベーターになんか乗るから目的地に着くのが遅くなるんですよ」
「あれ!? 乗れって言ったのお前じゃなかったっけ!?」
狭いエレベーター内に神奈の叫びが響き渡った。
* * *
レイは道を恐れずに進んでいく。途中から結局階段になっており、下と大して変わっていなかった。
「また広い部屋に?」
しかし階段ばかりではなくまた先程と同じように広い部屋に出たレイ。
そこには一人の人影があった。まるでピエロのようなメイクをしたふざけた男である。白塗りの顔は少し怖い。
「誰だ?」
「君こそ誰だい? 勝手にこの塔に侵入して死にたいのかな?」
「なに……この塔の持ち主は君か?」
「違うよ? でもこの塔を進まれちゃ困るんだよね。せっかく生き返れたのにまた死ぬってのはさ」
そのピエロの言動からレイはある程度推測する。
彼は既に死んでおり、この塔には死者復活を防ぐ何かがある。それを守るために彼がいるということだ。もしそうならば彼だけではなく他にも同じことを考えている者がいてもおかしくない。
「邪魔をするなら倒させてもらうよ」
「そう上手くいくかなあ。……反転」
攻撃しようとレイは足を進めようとするが、急に足が地面から離れた。
肉体はブラックホールに吸い込まれるかのように天井に引き寄せられて、勢いよく首から衝突してしまう。すぐに起き上がったが、不思議なことに立っていた場所は天井。対してピエロは正常に床の上に立っている。
「地球の重力ってさあ、地球の中心に向かうようにかかるらしいけどどうかな。反転した重力の感想を答えてくれよ。気持ち悪いとか、楽しいとか、色々あるだろ?」
「驚いてるよ。でも僕にも、たとえあの二人に仕掛けたとしても通用しないだろうね。トルバの戦士は重力に縛られない。重力操作!」
惑星トルバに存在する魔技。その中でも重力関係の魔技である〈重力操作〉は基礎であり、意外にも強力。応用も利くため戦闘に多用する者もいる。
上に向かっていた重力を元の方向に戻して床に着地した。
「トルバ人の大半にはこんな技通用しないよ」
「……驚いたよ。ポクの固有魔法は〈反転〉。対象の何かを反転させる力だ。この力はけっこう応用できる部分があってね、重力なんてものより素晴らしい応用を見せてあげるよ」
レイは立っているだけのピエロに向かって走り、渾身の一撃を繰り出す。
「反転」
本来ならば殴られたことでピエロは吹き飛ぶはずだった。しかし現実ではレイの打撃がある地点で止められている。目に見えないが全く同じ衝撃が威力を相殺していた。
何度攻撃しても衝撃が返ってくる。まるで自分と殴り合っているかのように。
「くくっ、どうしたのかなあ。パントマイムでもしているのかい?」
「その力、反応さえ出来なければ意味がないだろう。〈流星拳〉!」
先程までの拳の速度とは明らかに違う一撃。
隕石が至近距離からやってくるかのように、ピエロの認識できる速度を超えて放たれた拳が――相殺された。
認識できる速度を超えた攻撃なら通ると思っていたレイは目を丸くする。
「もしかして認識してから使ってると思ってる? 違う、違うね、違うんだよねえ。自動なんだよこの力は。一度発動すれば魔力が切れるまでずっと使い続けられるんだ。自分の意思で止めなければ無敵なのさ」
この世に無敵の力などない。どんなものにも確実に弱点は存在する。
突破方法をまだ見つけられない以上、距離を取らなければ危険だ。
弱点を探るための時間を稼ぐためにレイは後ろへ跳ぶ。
(速度は関係なし。魔力切れまで粘ってもいいけど、この男の魔力がどれだけあるのか分からない。粘るのは最終手段……あれ?)
後ろに下がったレイは違和感を抱く。
確かに後ろへ跳んだはずだし事実景色は前に流れている。しかしレイの視界は一瞬で切り替わり、ピエロが消失してしまった。戸惑いはあるが冷静に物事を考えて、これも〈反転〉という力の一つなのだと推測を立てる。
「反転。位置を逆転させちゃったよ」
お互いの位置が入れ替わったことにより、レイが後方に跳ぶとピエロの方へ向かってしまう。敵に背中から飛び込んでしまうのだ。
「わざわざ自分から来てくれてありがとう、ね!」
背後からのピエロの蹴りをレイはまともに喰らう。
床を転がるがダメージは小さい。ピエロの強みは〈反転〉のみであり、攻撃を受けて理解したが身体能力はレイの方が遙かに上。グラヴィーにすら遠く及ばない。
ただ蹴り飛ばされるだけで終わってたまるかと、レイは高速の拳で床を砕き、破片を投げつける。だがピエロは「うおっ」と呟き、慌ててステップで破片を避けた。
――そう、避けたのだ。
攻撃されて回避行動を取るのは普通のことだが、ピエロがやると不可解である。
拳の衝撃を相殺したように床の破片も〈反転〉の力で防げばいい。魔法で防いだ方が確実に防げるし動く必要もない。
(どういうことだ? 僕が殴ったりしても避けないのに破片は避けた? 生きていないものには働かない? いや違う、もっと考えるんだ。決めつけないで可能性を探れ。とりあえず攻撃だ)
回避行動の理由こそ〈反転〉の弱点に繋がるはずである。なぜ避けたのかを確かめるべく、レイは〈流星乱打〉で床を砕くと破片を全て投げつける。
「ははは、無駄だね? そんな石で倒せると思ったのかなあ?」
床の破片の集中砲火に対してピエロは〈反転〉で対処した。
殴打を放った時と同じだ。衝撃を相殺された破片は床に落ちる。
(避けない。無生物にも〈反転〉は有効。でもそれならどうしてさっきは避けたんだ? 避けたのは位置を反転させた直後の攻撃だったな。直後、直後か……!)
仮説を立てたレイは〈重力操作〉を使用。
自分への重力の向きを真逆にすることで天井に足をつける。
「うん? 何のつもりかなそれは」
「ここにいれば安全だろう? 君の攻撃は届かない。ダメージを回復するために休ませてもらうよ。君がここまで来るっていうのなら話は別だけど、君程度がここまで来られるわけないよね」
「……舐めてるよねそれ、舐めてるんだよねえ? ポクがそこまで行けないって本気で思ってるんならさあ、とんでもない愚か者だよねえ! ついさっき体感させてあげたばかりじゃないか!」
青筋を立てたピエロは重力を反転させることで天井に移動してきた。
レイの狙い通り、固有魔法を使用して来てくれた。仮説が正しければピエロに王手をかけたも同然。決着も寸前。
「さあ、追い詰められたよ? どうするってんだい? 大人しくやられなよ、無能なことを後悔して死んじゃえよ!」
「ふふ、無能は君だろ。自分の力が万能ではないのに、何でも出来るかのような態度は傲慢だったね。無能っていう言葉は君にこそ、僕の誘いにまんまと乗ってしまった君にこそ相応しい!」
天井を走ったレイは〈流星拳〉でピエロを殴る。
彼が認識できる速度を超えた一撃は顔面にクリーンヒット。吹き飛んだ彼は「へぶらばっ!?」と叫びながら壁に激突して、高い天井から床に落ちた。
レイは〈重力操作〉で床へふわりと降り立つ。
「君の〈反転〉の弱点は一つ。対象一つしか反転できないことだよ」
動かない本人に向けて分かっているであろう弱点を説明する。
一つの対象を反転している内は、別の対象を反転できないという弱点。それに気付いたレイはわざと重力を反転させるように挑発してみせたのだ。まさかあんなあっさり挑発に乗ってくれるとは思わなかった。
「さあ、次でトドメだよ」
「――反転」
ピエロがボソッと喋る。レイはそれに何かを感じながらも〈流星脚〉を放つ。
確実にトドメを刺せる強烈な蹴りを――彼は軽々と受け止めた。
驚いたレイはすぐに連撃を放つが涼しい顔で躱されてしまう。
「驚いているだろう、ポクの強さに」
「〈流星乱舞〉!」
「無駄だよ、もう何をしても無駄だね? 無駄無駄だよ?」
先程とは別人レベルの身体能力を目にしたレイは「そんなバカな……」と呟く。
渾身の攻撃も全て躱されて立ち尽くすレイに、彼は急に強くなった種明かしを始める。
「今やったのは君の強さとポクの強さの反転。これで君は僕より弱くなった、もう殴り放題だよ。形成逆てーんってわけ」
「そんな反則技が……」
そこからは一方的なものだった。
レイの攻撃は当たらず、ピエロの攻撃は必ず当たる。
これは両者の実力が相当離れていて、元はレイの方が圧倒的に強かったことを意味する。反転されて覆った実力差のせいで、ボロボロになるまで痛めつけられてしまう。
「やっぱりさあ思うんだよね。ポクみたいな恰好をしてるとさ油断する奴っているんだよ。それってさあ、バカ、なんだよね? 相手の見た目に惑わされてさあ、もう勝った気でいるんだよ? バカだよねえ?」
息を切らしながらレイは敵を見据える。
瞳には決して消えない希望があった。
神奈さえ来てくれればこんなふざけた敵は倒せる。エクエスを倒したあの日のように、彼女ならピエロ如き倒せるだろう。しかしレイは頼らない。彼女から協力を申し出てこない限り頼るわけにはいかないのだ。
利用するだけでは彼女を対等な友人と呼べない。
もっと強くならないと対等な友人ではいられない。
それだけで彼女が友人判定から外さないことは分かっているが、これはレイ自身の問題。レイはずっと守りたい対象として彼女を見ていた。エクエスの時のように守られる側ではなく今度は守る側へと、そこまでいけなくても共に戦えるようになりたいと思っている。……だから、簡単に彼女へ助けを求めるわけにはいかない。
「じゃあそろそろ終幕といこうかねえ!」
レイは霞む目で、ピエロの振りかぶった拳を視界に入れてどう対処するか考える。
どうしようもないほどの実力差の前には小細工は無駄であるし、そもそもレイ自身がほぼ動けない状態。あと一度の魔技が限界だ。発動させる魔技はもう決まっている。無理に足を動かして、足りない魔力も精神力や生命力で肩代わりして一つの魔技を発動させた。
「……〈閃光移動〉」
魔技の発動に魔力の大きさは関係あるが、強さと関係ないものがある。
レイが多用する〈流星拳〉などの流星シリーズは魔力が威力となるが、今発動させた〈閃光移動〉は威力を持たない技だ。移動技が威力など持っているはずがない。ただ、その移動速度を利用した蹴りなら通常の何十倍もの威力となる。
「ぐふぉうっ!?」
「強い敵と強さを反転か……。恐ろしい力だけど、そんなことせずに、自分を鍛えることをオススメするよ……」
腹部に対しての強烈な一撃だった。
亜光速。光速よりも少し下の速度。そんな速度をそのままに、ボロボロながら全身全霊の蹴りが放たれたのだ。その一撃に全てを賭けていたレイは、立つ力すら失って床に倒れる。
ピエロは何度も跳ねて転がった。
驚愕の表情で仰向けに倒れていた彼は少しして立ち上がる。
「ゆ、許せない……反則じゃないか、何だよそのチート能力は! 何で身体能力が下なのに一撃入れられるんだよ!? ああ!?」
怒声は部屋中に響く。
「いつもそうだ! 現実には理不尽な力が立ちはだかる! こうして道化を演じても結果は変わらない! もういい、君は……惨たらしく殺してやる」
理不尽なのはピエロの方だが、それを言える誰かもいない。
立つことも出来ないレイでは攻撃されたら一撃で死んでしまう。
「……オ……アア……!」
誰かの叫び声のようなものがどこかから聞こえてくる。
「……ラ……ア……!」
――レイには聞こえていた。倒れる前に、まるで獣のような咆哮を。
「オラアアアアア! 俺と戦えええええ!」
「なっ!? 誰だおまゲエェッ!?」
突如として部屋に入ってきた少年がピエロを殴り飛ばす。
少年、獅子神闘也のことをレイは知らない。それでも味方だということを信じて、大声を出せば激痛が走るほどの状態で敵の情報を伝える。
「その男は強さを入れ替える! 速攻で倒せ!」
「もう遅い! 反転!」
「あ、何かしたのか?」
レイは本能の部分で少年の強さが自分以上であると感じていた。だからこそダメなのだ、このピエロには実力差があってもそれを覆す力がある。そしてそれはもう実行されてしまった。
もう諦めかけていたレイだったが目前の光景を見て驚愕する。
ピエロの攻撃を受けて膝をついてしまう獅子神だが、屈んだ体勢からすぐに頭突きを放つ。それはピエロの顎に命中してフラッとよろけた。
「どうなっている、強さを入れ替えたんだぞ。今はポクの方が強いはずなのになぜ! 君の強さが弱まった状態から強くなっている!? あ、ありえな――」
「ごちゃごちゃうるせええええええええええ!」
驚きを隠せない様子のピエロが殴り飛ばされる。
獅子神は「はっはっはっはっはっは!」と笑って追撃に動く。
「反転!」
「あ?」
獅子神が殴りかかると同時にピエロの姿が消えていた。
二人の位置が入れ替わったのだ。何が起こったのか理解している様子がない獅子神は、少し固まっている隙に攻撃を受けてしまう。しかし全く効いていないうえに身体能力が上昇している。
レイはようやく理解した。ピエロにとって彼は天敵のような存在だと。
「真正面から殴り合えやあああああ!」
「グブッ!?」
振り向きざまの渾身の一撃はピエロの顔面に命中。
壁に衝突して前歯が折れたピエロの姿が光の粒となって消えていく。
消滅したおかげか、レイは力の感覚が元に戻ったことを感じ取る。敵が消えて緊張の糸が解けたのと受けたダメージもあり、意識は段々と遠のいていった。
「どこに行きやがった白塗り野郎! くそっ、まだ足りねえ、もっと強い奴と戦いてえ! 誰かいねえか強い奴ううううう!」
まだまだ元気な獅子神はそう叫ぶと、猛スピードで階段を登っていった。




