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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
203/608

61.5 轟雷砲――信じようと――

 2023 5/27 夢咲の名前が夢前となっていた数カ所を修正。








 戦いがあちこちで起きている中、霧雨和樹と夢咲夜知留は突如出現した紫の塔付近にいた。偶然一緒にいた時に異常を察した二人は紫の塔へと直行したのだ。

 夢咲は私服の下に、以前の戦闘でも着用したパワードスーツを身につけている。霧雨は普段は持っていないリュックサックを背負っている。戦いへの備えは万全と言える。


 紫の塔の壁をノックして材質を確かめた霧雨は呟く。


「それにしても何なんだこの塔は。材質が全く分からないし、突然現れた理由も分からない」


「でも異常は起きてるよ。町での状況を整理すると、信じられないけど死者が蘇っているみたいだし。みんなが無事だといいんだけど……」


「ああ、そしてお出ましのようだな」


 紫の塔付近には塔を守るための者達が集まっている。

 魔法の副作用効果で弱い者達は殺人衝動が膨れ上がるようになっているが、強い者達はそれを制御して意思を保っていた。紫の塔付近にいるような者は命令に似た信号により、近付く者を殺す暗示がかかっている。霧雨達の前に現れたのもそんな風に操られている者達だった。


 戦国時代の鎧や兜を身につけている男達。中には馬に乗っている者もおり、全員が日本刀などで武装している。

 頭に矢は刺さっていないがその姿はまさに――。


「お、落ち武者?」


「誰が落ち武者か! わーれーらーはー偉大な明智軍よ! あのとき大賢者さえいなければ、天下統一は我らが主のものだったというのに……! おのれ大賢者め、復讐したいところだがまずはお主らから仕留めてやろう!」


「まずはの意味が分からない!」


 およそ百人はいる軍隊が二人に向けて突進してくる。

 動きが揃っている集団が走るだけで大地が揺れていた。

 基本的に戦力外である霧雨は少し離れ、夢咲が戦国の武士達を迎え撃つ。


 一早く駆けてくる馬には体当たりされただけでも、少女の柔い肉体など吹き飛んでしまう。――しかし現実はそうならない。

 馬が接近した瞬間。夢咲の手足が動いて馬の首を持つと、滑るように移動して乗っていた男を蹴り飛ばす。主を失った馬は無関心なようで遠くへと走り去っていく。


「えぇ……馬だけ逃げた……」


「おのれえ! 調子に乗るなよ小娘え!」


 何人もの馬に乗る武士が迫る。長槍が武器で統一されているようで、すれ違い様に夢咲を貫こうとする。傍から見たらピンチだが彼女なら心配いらない。まだ戦闘慣れしていないとはいえ、パワードスーツの性能と、害を予知する力が揃えば多少格上の相手にも負けない。


「あ、当たらない……!」

「こんな小娘なのに……!」

「娘もこれくらいだったなあ」

「集中しろよ戦の最中だぞ!」


 夢咲は軍隊一つを一人で相手にしていた。

 怪我一つ負うことなく確実に一人ずつ倒していく。乗馬している武士達を全員倒してみせたがまだ余裕がある。それでも数だけは多いので一人で倒しきれる可能性は低い。


「うーん数が多い。霧雨君の加勢は期待しない方がいいだろうし。どうしようかな」


 そして数人に囲まれてしまえば脱出は困難。

 一人倒してもまた一人襲い掛かるというループが形成される。


 日本刀の切れ味は使い手によって変わる。下手な振り方をすれば斬れるものも斬れない。だがこの場にいる武士達は天下統一目前までいった歴戦の猛者。洗練された動きから繰り出される斬撃はとても鋭い。


 少しでも隙があれば一撃で斬り捨てられるので、夢咲は予知を最大限に使用して回避し続ける。攻撃もするが一人倒してもまた押し寄せてくる。


「右、上、左前斜め下、下、下、右後ろ斜め上」


「さっきからなんなのだ、剣閃が読まれているようだぞ!」


「だが……我々明智軍ならば討ち取れる!」


 害に対して二秒前の予知にも魔力を少量使う。使用を繰り返せば魔力を大幅に削られて、体力にも影響を及ぼす。戦闘中の彼女は体力の低下が他人より著しく早い。既に肩で息をし始めており、疲れから反応が遅れて攻撃が掠ることが多くなっていた。


「当たり始めている! このまま攻撃し続ければ仕留められるぞ!」


「そういえば俺達はどうしてこの小童を殺そうとしているんだ?」


「さあな、分からないが……そうしなければいけない気がする!」


 限界が近付いていた。元々体力も魔力も多くないので、早い内に訪れる未来だったのだ。

 夢咲が「まずっ……!」と表情を険しくさせる。

 彼女が見えた未来。それは一斉に振り下ろされる刀。

 合計八本程が一斉に振り下ろされれば逃げ場はない。


「――生えろ、ノービル草!」


 死を覚悟したその時、網目状の植物が彼女を庇うように地面から伸びていく。植物は驚きの頑丈さで日本刀を弾き返す。


「この声は……」

「続いて、爆薬草!」


 武士の足元に黄色の雑草が生え始める。彼らが特に気に留めず踏み出したその瞬間――雑草が爆発を起こした。爆発の威力は小さな草によるものとは思えないほど大きく、重い防具をつけている武士数人を空中へと吹き飛ばす。それが連鎖的に起こり、夢咲の周囲には一時的に敵がいない状態になる。


「いやあ、大変だったろ嬢ちゃん。こんな数に囲まれたらさ」

「なんとか間に合ったみたいだね!」


 そこに歩いて近付く二人。

 緑色の肌をした青年と、狸のような尻尾が生えている茶髪の少年。


「う、そ……サマーに、フォウ? どうして……」


 二人はかつて戦いの中で知り合ったサマーとフォウであった。

 彼らがいることが夢咲も霧雨も信じられない。なぜなら召喚の魔導書の魔法生物である彼らは、契約者がいなければ現世に出ることすらできない。しかし彼らが魔導書は二度と誰かの手に渡らないようにすると告げており、夢咲達はそれを信じて魔導書の件を任せた。だというのに、彼らがいるということは誰かの手に渡っていることになる。


「事情はこいつらを片付けたらだ。俺達も信じられないことばかりだしな」


「そうそう。いったいぜんたい何が起きてるのさ」


「それは後でね。そっちもあとで詳しく聞かせてもらうから!」


 再会したのはいいが状況は変わらない。まだ武士を全員倒しきっているわけではなく、敵は多く残っている。普通に夢咲達が話をしている間の武士達はといえば、新たに加勢してきたサマーとフォウを見て騒いでいた。


「あ、あやかしだ!」

「怪物か、初めて見たな……!」


 人型とはいえ、明らかに人間ではない二人に怯える者が数十名。動揺を隠しきれず顔を引きつらせている。しかし今は戦いの最中。武士達も数多くの死闘を経験しているので、多少怯んでも闘気を高めていく。


「怯むなあ! 突撃いい!」


 一斉に残りの武士達が駆けてくる。

 夢咲が拳を構えようとするが、その前にサマーが出て口から黒い種を吐き出した。

 連続で吐き出される種は、夢咲と戦ったときにも吐いていたスイカの種だ。一粒一粒が鋼鉄をも貫く貫通力を持つ。武士が身につけている防具も貫通し、心臓や脳に損傷を与えて一人一人確実に倒していく。


「ひっ、お、俺を守れ! 俺は将軍だぞお!」


 歴戦の武士といえど激しく動揺することはある。問題は一番情けなく尻餅をついた男が、将軍という武士を束ねる地位の者だということだ。これには他の武士達も困惑して、戦闘意欲を失くしていく。


「何をしている、早く敵をせんめ……つ、し……」


 そして喚き散らす将軍の目前に三人が立つ。

 あまりの痴態に武士達が戦いを放棄するほど心を乱されたため、すんなりと彼の傍へ近付けた。


「こんな人が軍を率いているなんてね。明らかに将軍の地位に就いていい器じゃないじゃない。戦国時代って将軍をどうやって選んでいたのかな」


「そんなこと言ったらダメだよ。過去にトラウマでもあるのかもしれないし」


「だな、まあ俺達には関係ねえけど。……ペッ」


 呆れた態度をとるサマーが種を吐き出し、将軍の兜と脳を貫通させる。

 将軍は呆気なく白い光となり消えていく。その呆気ない最期に他の武士達も呆れたが、同時に次は自分の番だと恐怖する。恐れた武士達は素早く逃走した。

 紫の塔へと逃げていく武士達を追うつもりはない夢咲達だが、例外が一人いた。


「組み立てるのに時間がかかったが逃がさんぞ。轟雷砲(ごうらいほう)発射!」


 黄色に輝く巨大な閃光が無防備な武士達を呑み込み、紫の塔の外壁に直撃する。閃光が消えると同時に全員が光となって消えていく。


 閃光の正体は強力な電撃。

 それを放ったのは戦闘中ずっと機械を組み立てていた霧雨だ。


 持参した〈轟雷砲〉と呼ぶ機械はかなりの大きさで、バズーカ砲のような見た目をしている。手で持っていくのは大変なので、パーツを分けて背負っているリュックサックの中に入れていたのだ。威力に関しては今の一撃で強力だと証明されている。


 少し離れた場所から撃ち終えた霧雨は誇らしげに笑みを零す。だが無防備な武士達を背後から撃ち殺したことに夢咲達はドン引きしていた。


「え、えぇ……」

「おいおい」

「酷いね君! あの人達は戦う気を失くしていたのに!」

「ふっ、勝負の世界は非情なのだ。それにしても……」


 紫の塔にも轟雷砲が直撃したのに、霧雨の視界に映るのは傷一つない塔の姿。


「現時点で所持している機械で最高火力のものなんだが。これで無傷となると破壊は無理そうだな」


 雷以上の威力を誇る攻撃で無傷の塔はとんでもなく堅いと証明された。

 現状、塔を破壊することが不可能だと霧雨だけでなく夢咲も理解する。それならば色々と優先順位も変わってくる。


「あの塔のことはひとまず置いておいて……二人とも、どうしてここにいるの? 召喚の魔導書は誰の手にも渡らないんじゃなかったの? それに、誰が今持っているの?」


「人の手に渡ってしまったことは謝る。俺としても想定外の事態が起きてな。……現在の所有者については話せない」


 気まずそうに視線を逸らすサマーは語った。

 所有者のことを話せないという部分で夢咲の眉が吊り上がる。


「……どういうこと? なんで話せないの?」


「こればかりは俺の口から言いたくない。だが、俺達を召喚したのはこの非常事態を収めるためらしい……今の主人から誰かの手助けをしてくれと言われてな。他の場所にも下級や中級の魔法生物が向かってるよ」


「……話したくない、か。それなら無理には訊かない。悪いことをするつもりならいずれ会うし、いい持ち主に拾われたなら問題なんてないからね」


 元々問題点は狩屋のような悪人の手に渡ることだ。邪悪な意思を持っていなければ悪事を働くこともない。現実としては心が邪悪でなくても犯罪を働いてしまう可能性はあるが、今の夢咲達にはそこまで考慮できない。


「ああ、そうしてくれると助かる」


「話が纏まったみたいだし他の場所の応援に行こうよ。こうしている今も悲惨な状況になってるはずだし。君達も一緒に来る? それとも避難する?」


「誰に言ってるのよ、行くに決まって――危ない!」


 不吉な未来を視た夢咲はサマーとフォウを地面に押し倒す。咄嗟のことだったので二人とも受け身すら取れない。

 押し倒された二人が痛みを多少感じつつ視界で捉えたものは、轟雷砲と同じような黄色い閃光であった。もしも夢咲が動かなければ、閃光により三人とも死んでいたとサマー達は直感する。


 少し遠くにいた霧雨もそれが通るのを見ており、黄色い閃光は奥にある民家などを崩壊させた。直線上一キロ弱は大きく抉れて、僅かな電気が迸っていた。


「なんだ今のは……」

「敵よ! それ以外にない!」


 夢咲達は立ち上がると、黄色い閃光が飛んできた方向を見据える。

 塔の傍に男がいた。黄色いキノコのような髪、たらこ唇、つり目の男だ。薄紅色のパーカーにデニムズボンという若者のような服装をしている。

 その男は一瞬体を光らせると、次の瞬間には夢咲達の目前に移動していた。


「はやっ……!」


「いやあ、さっきの攻撃はすごかったねえ。ポク以外は全員死んだ、いや元から死んでいるんだっけねえ」


「あ、あなたは……?」


 男は頭を掻き「失敬失敬」と名乗っていなかったことを謝る。


「ポクはライデン。ライデン・パーカー。よろしくぅ、そして」


「はっ、全員後ろに跳んで!」


「――さよならあ」


 三人のもとに、突然の雷が落ちた。

 雨雲一つない空は落雷の前兆などまるでなかった。夢咲の指示がなければただではすまなかっただろう。コンクリートの地面が黒く焦げついているのを見ればそれがよく分かる。


「へぇ、まるで事前に知っていたみたいだねえ」


「いきなり、何すんだよっ!」


 サマーから黒い種が吐かれてライデンに向かう。

 金属製の鎧すら貫通するそれがライデンに触れ、鋭い音と共に内側から弾け飛ぶ。


「なっ……」

「うーん、今のって何かの種かなあ? 地味だけど面白い攻撃だねえ」


 ライデンは反撃のため、左手に迸る電気を集めて放つ。

 人間一人呑み込んでしまう大きさの閃光。それが三人の真ん中にいるサマーに真っすぐ向かう。しかし閃光はサマーを呑み込む直前、地面から突如生えた盾のような植物に阻まれる。


「耐電植物。電撃に強いこの植物なら――」


 しかし阻まれたのも僅かな時間のみで、閃光は植物ごとサマーを呑み込む。

 両隣にいた夢咲とフォウは冷や汗を掻いて閃光を見つめていた。触れただけで感電死するほどの電気量を感じ取って、二人の力ではどうすることもできなかったのだ。


 二秒ほどして閃光が消えると、その場所には何一つ残る物がなかった。盾の役割には不十分であった植物は塵となり、サマーの肉片は欠片も残っていない。


「うーん、無駄だよねえ。雷が人や家に落ちれば焼け焦げる。なら自然発生する雷以上の電気量を誇る攻撃が、そんなチャチな植物で止められるはずがないよねえ」


「……驚いたな。耐電植物には一億ボルトの電撃すら耐えるポテンシャルがあったのにさ」


 ライデンの数メートル後ろにサマーは移動していた。

 正確には〈命の等価交換(エクスチェンジライフ)〉という固有の力により、種から育ったスイカと入れ替わったのだ。

 死んだと確信していたライデンは不敵な笑みを浮かべて振り向く。


「なんだ生きていたのかあ。パーカーを着ない罪深き怪物には死あるのみ!」


「何度やっても――」


 再び閃光が向かい、圧倒的電力でサマーを消滅させる。

 だがサマーはまたしても、近くにあるスイカと入れ替わって復活を果たす。


「無駄だぜ」


「へぇ、それじゃあどうするかなあ」


 不死身のように復活するサマーの攻略法に頭を悩ませるライデンに、夢咲が背後から殴りかかる。

 不意打ちに気付いたライデンは雷の速度で半回転し、五指を夢咲に向かって突き出す。それは二秒前の予知により夢咲に当たらない。首を傾けて紙一重で躱した彼女は渾身の拳をライデンの顔面に叩き込む。


「いっがあっ……!」


 ――バチッと何かが弾ける音がした。

 顔面にめり込ませる気で放たれた拳がすぐさま元の位置に戻される。

 痛みに苦しむのは夢咲の方であった。拳が触れた瞬間に強力な電気が体に流れてきたのだ。海老ぞりのような態勢になった彼女は後頭部から地面に落ちる。


「ははっ、ポクに触れれば静電気のように痛みが襲うよ? もっとも、静電気なんかとは比べ物にならないほど強力だけどねえ」


 ライデンの手に凄まじい電撃で作られた剣が握られる。


「〈雷鳴剣〉」


 剣が振り下ろされれば、仰向けで倒れたままの夢咲の肉体が豆腐のように斬れていく。傷口が斬られると同時に焼かれて血は出ないが両断されてしまう。

 ――という映像が夢咲の頭に流れた。未来を回避するために横に転がる。


「雷の速度を、また躱した……」


 当然〈雷鳴剣〉が斬るのは彼女ではなく地面になる。大地すらも人体と同じように切り裂けるのは、凄まじい電気エネルギーが剣の力の源だからだ。

 ライデンの動きは全てが雷の速度以上。彼女の一度目の回避は偶然としても、二度目ともなれば偶然ではなくなる。もはやそれは必然であり、彼女が躱せるのは何かの特殊能力によるものだとライデンは勘づく。


「植物も、打撃も効かない。となれば……フォウ!」


「分かってるよ! 〈完全変身(メタモルフォーゼ)〉!」


 白い煙がフォウの体から排出される。白煙が覆っていき、煙が晴れるとそこにいたのはもう一人のライデンであった。


「〈雷鳴剣〉!」


 電気が迸る長剣を作り出したフォウはライデンに接近して斬りかかる。一切の遠慮なく、殺すつもりで振られた二つの〈雷鳴剣〉がぶつかり合う。


「ポクの姿を真似るだけでなく、技を扱えるとはねえ」


 フォウの固有の力は〈完全変身〉。真似た者の記憶、技能、全てが同じになる。

 同じ技、同じ威力、つまり互角。しばらくの膠着(こうちゃく)状態が続く。

 これが完全変身の弱点。力も全て同じなため、仮に戦えば必ず膠着状態になる。もしそうなりたくないのならば、動きの違いでどうにかするしかない。


 拮抗している実力の二人は互いの〈雷鳴剣〉を操り、何度も剣閃を繰り出す。

 二人の激しい剣戟は速度を増していき、雷の速度すら超えていく。やがてフォウの剣が技術的に上回りライデンの胸を切り裂いた。しかし彼から血が一向に流れない。


「技を使えるというなら記憶とかも分かるのかなあ? それならさあ、電気系統が効かないことも分かるよねえ?」


「そうだね、君の記憶から引っ張り出せるよ。君には電気に関する力全てが効かない。だからこの剣も意味がない」


「それだけじゃないよねえ。ポクは電気そのものになれるんだよ。つまり雷属性の力で攻撃されてもダメージを受けず、逆に力を増していく。君の力が模倣である以上、勝ち目なんかないって分かるだろう? 他のやつらもダメージを与える術を持たないんだから君達にポクは倒せない。このまま君達含め、蘇りを邪魔するやつら全員殺してやる。パーカーを着ない奴らも皆殺しだ」


 打撃は通用しない。特殊攻撃も通用しない。通用する攻撃手段がない。

 夢咲達だけではライデンに勝ち目が欠片も存在しない。


 状況は最悪だと判断した霧雨のもとに夢咲が走って来る。その速度は彼女本来の走る速度。敵の体に触れた彼女に電気が流れた時、パワードスーツが故障してしまったのだろう。


「霧雨君! このままだとまずいから、神奈さんを呼びに行こう!」


 この状況をどうにかできる者は限られている。

 霧雨の知り合いなら神奈くらいだ。


「何か発明品で居場所が分かる物とかない? それか通話できる道具とか」


「残念だがどちらもない。……しかたない、奴を倒す策はある。実行したくはないがやるしかないか」


「策……? 霧雨君が何かをするの?」


 夢咲が戸惑うのは分かる。今まで戦闘の場において霧雨は、自分の力で役に立てたことがない。唯一、本の世界では特殊能力を扱えたが今は使えない。足手纏いだということは自分が一番分かっている。


「奴は電気そのものだと言った。試す価値はあるだろう、どうせこのままでは全員死ぬだろうからな。逃げたとしても雷の速度で追われれば簡単に追いつかれてしまう。それならば捨て身の特攻だろうがなんだろうが、倒せる可能性があるなら実行するべきだ……」


「あ、話聞いてくれない……ってちょっと!?」


 慌てた声が夢咲の口から漏れる。無謀ともいえる行動を霧雨が行ったからだ。その行動は至極単純。未だ剣戟を繰り広げているライデンとフォウに対して向かうだけ。

 平均的な男子小学生の力しか持たない霧雨は、頭脳はともかく身体能力を戦闘に活かせない。突進は単なる自殺行為。……狙いがなければと補足はつくが。


「信じるぞ、フォウ……!」

「ダメ、霧雨君戻って! あなたじゃ無理だよ!」


 二つの雷鳴剣が振られ続ける戦場に、轟雷砲を背負う霧雨が単身突っ込んでいく。


「どれだけ攻撃しようとポクの力が増すばかりい! 死期が伸びるだけだよねえ!」


「確かに埒が明かない。どうしたものかな」


 霧雨が「うおおおおお!」と叫びながら二人の傍に到着した。


「えっ、どうして君が……!」


 一撃でも喰らえば霧雨の命はない。惨めに死ぬことを阻止するため、フォウはライデンの〈雷鳴剣〉を自身の肉体で受けた。剣で受けなかったのはそれができるほどの余裕がなかったのと、無事でいられると分かっていたからだ。


「まさかポクの体質までコピーしているのか?」


「その通り、僕の〈完全変身〉は相手の全てをコピーする。君が電気系統の攻撃を受けてもノーダメージなら、僕もノーダメージだよ。そんなことより、霧雨君はどうして……!」


 フォウが庇ってくれたおかげで、霧雨はやろうと思っていたことに集中できた。

 轟雷砲の砲身の先をライデンの腹部へと密着させる。


「轟雷砲――チャージモード」


 何かが砲身から放たれることなく、逆に吸い込まれていく。

 ダメージなど受けないと思っていたライデンは異常に気付く。自分の肉体が掃除機で吸われるかのように、轟雷砲の中に吸い込まれていこうとしているのだ。


「な、んだよ、何なんだこれはあ!」


 彼の腰が後ろに九十度折れ曲がる。体は折り畳まれて吸われていく。

 抜け出そうと必死に電気を放出するが何も状況は変化しない。


「ああああああ! くっそおおお!」


 ついに轟雷砲内に彼の全てが吸い込まれた。何が起きたのか霧雨以外は分かっていないが、霧雨自身もいちかばちかの賭けであったため、数秒で冷や汗が多く垂れ流される。

 疲労からのため息を吐くと、霧雨は轟雷砲を紫の塔へと再び構える。


「な、何が起きたのさ……」

「倒したのか?」

「霧雨君、とりあえず説明はしてもらえる?」


 何も分からないまま敵が消失したため、置いてけぼりの三人は霧雨に説明を求めてきた。


「分かりやすく言うと、この轟雷砲は空気中の微弱な電気を溜めこむことができる。雷などの大きな電力は吸いこんだことがないんだが、電気に変わりはないので一応は吸いこめる。パーカー男は自分のことを電気だと評した。それでもしかしたらいけるかもと、この轟雷砲にパーカー男を吸い込んだのだ」


 消えたライデンはしっかりと轟雷砲内に閉じ込められている。

 轟雷砲には内包した電気を逃がさない装置がある。文字通り電気になれるライデンは吸い込まれたが最後、もう脱出は不可能。


「成功するかどうかも分からなかったんじゃないか。僕が庇わなかったら死んでたよ?」


 白い煙がフォウの体から出てきて、包み込むとライデンの肉体からフォウ本来の肉体へと戻っていた。


「発明品はもちろんだが、たまには仲間の援護を信じようと思ってな。……だから助かった、ありがとう」


「いいよいいよ、無事だったんだからさ。それでライデンはその中に?」


「ああ、まだ意識もあるだろう。とりあえずこのまま発射してみて、壁に激突させてみるぞ」


 引き金を引くと、大きめの閃光が轟雷砲から発射される――はずだった。

 引いたのになぜか何も起きない。通常ならば強力な電気が放出され、ライデンは壁に激突して死にかけるところだ。数秒待ってみたが動く気配は全くない。


「うん、これはあれだな。……壊れた」


 動かない原因は許容範囲よりも強い電気を一気に吸い込んだせいだ。機械が壊れているので、霧雨は轟雷砲をそっと地面に置く。

 異常事態のなかすぐに直せるようなものではない。修理には時間もかかるし、使えない道具を持つなど行動の枷になるだけだ。捨てるのは心苦しいが轟雷砲を犠牲にすることにした。


「今すぐここから離れるぞ。爆発するから」


「ちょっと待て! ポクがここに入ったままじゃないか、なんで立ち去ろうとしているんだよお!」


 地面に置かれた轟雷砲は放置して、霧雨達は紫の塔から遠ざかっていく。

 まだ助けを待つ人々や、戦闘している者は多くいるので、少しでも助けになるために四人はその場から走り去る。


「せめて出してから行きなよ! こんなところに閉じ込められたままなんて嫌だ、爆発なんかしたら中にいるポクが死ぬだろ! せっかく生き返ったんだぞ、またこうして現世で生きることができるんだぞ! なんでそれを邪魔するんだよおおおお! あああああ!」


 四人が離れてすぐ、凄まじい爆発が起こった。

 紫の塔は無傷だが周辺一帯の物は跡形もなくなっている。


 ライデン・パーカー。男性、二十三歳。

 蘇りを果たすも何もできず、小学生に倒された。

 悲しい結末を迎えた男のことを今後思い出す者はいない。



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