59 蘇生――禁断の魔法――
笑里の通っている道場で行われた練習試合終了後。
神奈はレイ、ディスト、グラヴィーの宇宙人三人組と出会う。買い物でもしていたのかビニール袋を持っていた三人は、これからエクエスの墓参りに行くと言う。
「墓参り、お前ら……」
「郷に入っては郷に従えっていうしね。僕らも地球に住んでいるんだ、これくらいは毎年やっているさ」
レイ達の故郷である惑星トルバでは基本的に死者は埋めるだけ。墓参りなんてことをする者はいない。しかし地球では墓参りにいくのは常識であり、レイ達は地球での常識を選択したのだ。それを聞いた神奈は「一緒に行く」と言って同行すると決め、レイ達もそれを承諾してくれた。
「エクエスも神奈に会いたいんじゃないかな。なんせ初めて対等な相手と出会えたんだし、今思い返しても嬉しそうに戦っていた。こんなこと言われても、君にとっては迷惑かもしれないけど」
「……私は会いたいわけじゃないけど、それでも行くよ。もしもあいつと別の出会い方をしていたら、敵対なんてしてなければ、笑い合うことが出来たのかもってそう思うから。いや、たぶん隼みたいな感じになるんだろうなあ。何か嫌だ」
神奈はエクエスのことを思い出しながらしみじみと呟く。
「それにしても……この町、最近平和だね」
「そりゃそうだろ。ていうか平和じゃなくなってたまるか。今までが色々ありすぎたんだって……ついさっきだってちょっとした事件みたいなのが起きたし」
規模は小さいが立派な事件。名前を付けるなら秋風道場看板奪取事件。
地球の命運や人命に関わるようなものではなかったし、自業自得ではあるが友達の笑里にとっては重大である。今回は神奈が手を貸すまでもなく解決したのもあり、非常に楽だったと言える。どうせならいつも勝手に解決してくれればありがたいのだが。
「平和なのはいいことだね。グラヴィーなんかこの前、新しい携帯電話をどれにするかが一番の悩みだって言っていたくらいだしね」
それを聞いて「随分と平和的な悩みだな」と神奈は返す。
現代社会では欠かせない機械、携帯電話。通称スマホ。
宇宙人といえど連絡手段である携帯電話は侮れないものであり、レイでも一台持っている。彼が語ってくれたが、グラヴィーはガラケーと呼ばれる古い携帯電話を購入していた。ただ、雑な操作方法で一週間もしない内に壊れたという。
「……というか聞いてよ神奈。新しく買ってまだ一週間経ってないっていうのに、グラヴィーが適当に弄るから反応が悪くなっちゃったんだよ? 以前から何一つ進歩していないんだよ」
「違う。あの機械は脆すぎるんだ、少し強めに握ったら潰れかけたじゃないか。せめて敵の攻撃を受けても壊れないくらいの硬度がなければ話にならないぞ」
「そんな携帯あると思うか? お前ら自分が一般人じゃなくて超人の位置にいるって忘れてない?」
この中では最弱であるグラヴィーでも、一般人からしてみれば国を潰せるほどの力があるので同じカテゴリーに含まれるわけがない。
一般人とは本当に何の力も持ち合わせていない人間のことであり、音より遥かに速く動けるグラヴィーや、拳一つで大岩をも破壊できる笑里などは当然入らない。神奈の周囲でいうなら権力や資産などを抜いて身体能力だけで見るという条件で、才華一人が入るくらいである。
「超人を超えた超超人に言われたくない! いやお前らは超超超超超超超超人だろうが!」
「超って言いすぎだろ! なんだその噛みそうな名前のカテゴリー!」
会話に入らないディストが「お前らって……この俺も含まれているのか? 俺などこの二人に比べたら雑魚同然だろうに」と呟く。雑魚同然だろうが何だろうがグラヴィーより強い時点で超人だ。
「うるさい! 僕だって最初は強いと思っていた。でも周囲のお前達が異常すぎて、もはや一般人と同じ扱いでも違和感ないわ!」
「まあ私の周囲の戦える人間の中で一番弱そうだもんなお前」
神奈の周囲の者達は着実にレベルアップしてきている。今なら夢咲でもグラヴィーに勝てそうだと思ってしまったのは内緒だ。トルバ人は戦闘民族だったはずなのに、これではまるで地球人の方が戦闘民族である。
平和な時間を純粋に楽しみながら、エクエスの墓がある山の頂上付近を歩いていた時――突然大地が震動し始めた。思わず神奈達は立ち止まる。
「地震か。日本は地震が多いな」
「それにしては長くないか?」
グラヴィーが疑問に思う通り地震にしては揺れが長い。
地震なら珍しいことではない。だが今日の揺れは明らかにただの揺れではなかった。なぜなら町の北西の方で――雲にまで届く紫の塔が現れたのだから。
明らかに地震で起きるような現象ではない異常事態。
地震で塔が現れたのではなく、塔が現れたから地震が起きたと考えるのが正しい。
「なんだあれは、今の地震はあれのせいか?」
「紫って気色悪い塔だな」
グラヴィーとディストが呑気に感想を述べているなか、これは何かの事件だと思う神奈は何かが起こると確信する。墓参りなどしている場合ではなく、神奈の行き先は既にエクエスの墓から紫の塔に変更されていた。
「悪い、私は用が出来た」
「あの塔かい?」
「ああ、何かが起きてる。それを確かめに行かないと」
「僕達もついていくさ」
異様な事件が発生した時、調べる人数は一人より二人以上いた方がいいので神奈としてはありがたい。特に今回、塔を見ているだけで胸の奥がざわつく異様さがある。何か良くないことが起きると直感が働きかけてくる。
「僕……たち? まさか僕もか?」
「そうなんだろうな、まあレイが言うならしょうがない。だが四人固まってもあまり意味はないだろう? 戦力ならお前達二人で十分のはず。俺とグラヴィーは山の頂上から町を見渡して被害を確認してみよう」
「そうか、あの場所は高いから町を見下ろせるな」
「分かった、じゃあ何かあったら連絡くれよ?」
ディストとグラヴィーは状況確認。
神奈とレイは紫の塔へ向かうことにした。
「ああ、僕の携帯はまだ使えるからな。連絡手段としては――」
そう言ってグラヴィーが携帯電話をズボンのポケットから取り出す時、ポケットに引っかかって携帯電話が地面に転がってしまう。
「よし、行こうってなにか足元……に……あ……」
塔に向かおうとした神奈だったが、歩き始めると何かを蹴ってしまった。
蹴ったのはグラヴィーの携帯電話であり、山の坂を跳ねて転がって見えなくなってしまう。その光景を呆然と眺めて、ギギギとぎこちなくグラヴィーの方へと振り返る。
「……新しい携帯の費用は神谷神奈持ちだな」
「ちょっ、勘弁してくれよ! 私ってけっこう節約してるんだぞ!?」
母親は神奈が記憶を取り戻した時からおらず、父親がトラックに轢かれて死んでしまったために神奈は一人暮らしだ。親戚が一人もいないという不思議なこともあり、父親が残してくれた大金で節約しながら生活している。
「だからなんだ。お前が僕の持ち物を破壊したのは事実だろ」
「まあまあ、グラヴィーも神奈も落ち着いて。今はそんな場合じゃないだろう? ほら、連絡手段なら僕の携帯を使いなよ」
レイが自身の持っていた最新の携帯電話を軽く投げつけると、それを落とすことなくキャッチしたグラヴィーが険しい表情を浮かべる。
「そうだな。今は言い争いをしている場合じゃない。……どの機種を選ぶか、それを決める時だ」
「そんな場合でもねえよ! お前にはあの塔が見えてねえのか!?」
塔を指しながら叫ぶ神奈に、グラヴィーは溜め息を吐く。
「……分かっている。茶番は終わりだ、もう動くぞ」
そうしてようやくそれぞれが動き出す。
神奈は紫の塔から異質な雰囲気を感じるので、慎重に行くのを心掛けながら進む。
町の様子は酷いものであった。混乱する人々で溢れかえり、それらの人々は全員が「死んだはず」や「生き返った」などの非現実的な言葉を口にしている。
「わあああ! お前が何で生きてるんだよ!?」
「その子は誰? あなたは私の恋人でしょう?」
「お前はもう死んだじゃないか!」
爽やかそうな好青年と地味な女性のカップルが恐怖するのは、狂気に染まっている美人女性。
「ああ! 拓? 拓なの?」
「そうだよ、お母さん」
「交通事故で死んだはずなのにどうして……」
小さな男の子に困惑するのはその子の母親。
ここまで来れば今回の事件の内容はおおよそ判断出来る。
死者が蘇生されているのだ。前世で神奈が両親を生き返らせたい一心で求めていたもの、魔法を使いたいと思うようになった原点とも言えるもの。内心で複雑な思いを抱きながら神奈は吐き捨てる。
「……死人が生き返ってやがる」
「死者が生き返る。それが本当ならマズイ事態になるね」
「腕輪、心当たりは?」
「これは恐らく禁断の魔導書に記されている魔法の一つ、〈死者蘇生〉です」
「〈死者蘇生〉? いやそれよりも禁断の魔導書? それって確か大賢者が持っていたっていう究極の魔導書だろ。いったいどこの誰がそんな危ないもん持ち出しやがったんだ」
大賢者神音。以前夢咲などの文芸部員は、神奈に内緒で宝の地図を見つけてその場所へ向かった。そこにあったのは古い屋敷、そしてその主の白骨死体。既に死亡している家主は時の支配人という男のもので、自身の魂の時間を止めることで現世に留まり続けている。
死者が復活する現象。大賢者が復活していてもおかしくない。
「ねえ、その〈死者蘇生〉って魔法はどういうものなんだい?」
「不明な点も多いですが解析してみた結果、あれは単純に生き返ったという訳ではないようです。あの体と魂は本物そっくりに作られた偽物ですね」
「偽物? じゃああいつらは……」
「確かに偽物ですが本物と遜色ないですよ。恐らく記憶や力などは世界に存在していた当時のものをコピーしているのでしょう。そして、もしも肉体がまだ無事ならばそちらに偽りの魂が、逆なら偽りの肉体が与えられるようです。唯一違うとすれば蘇った全員が魔力を持っているのと、その質が異様な感じということぐらいです」
説明を聞いた神奈は厄介な魔法だと認識する。
究極の魔導書の一冊、禁断の魔導書に記されていることだけはありスケールが大きい。蘇った死者によっては苦戦を強いられるし、黒幕の目的どころか正体も不明。
最近平和だった反動か、過去トップクラスに危険な事態に陥ってしまった。
「急ぐぞ。こうしているうちにも被害が拡大する一方だ」
「そうだね、神奈! 前方に強そうな人がいる!」
「ん?」
走っていた神奈達の前に立ちはだかる男。
その男は八重歯を剥き出しにして、凶悪そうに笑っている。黒いコートを着ていた男は笑いながら神奈を指さす。
「見つけたぞ、貴様はここで俺が始末してやブフッ!?」
「急いでるんだから邪魔すんな」
神奈には誰だか思い出せなかったが、邪魔だと分かったので手加減して殴る。手加減しているとはいえ威力は凄まじく、彼の口からは歯が一本吹き飛んでいく。倒れた彼の傍を通ろうとした神奈達だが、すぐに彼が立ち上がったことで足を止める。
「……まだ立てるのか」
「忘れたのか、俺の再生能力の前には生半可な攻撃など無力なことを!」
両者の心情を表している顔は全く違う。
男は露骨に怒りを出しており、神奈は露骨に困惑を出している。
以前互いに会っているようなのだが神奈は全く思い出せていない。
「おい、なんだその顔は? まさかこの俺のことを忘れたのか?」
「すまん……全く思い出せない」
「なんだと!? ふざけるな、この俺を殺したのはお前だぞ!? この吸血鬼という人間よりも上位の存在であるこの俺を殺しておいて覚えていないなどどういうことだ! いいだろう、ならばよーく思い出させてやろう。あの日のことをなああああべしっ!?」
「長いわ!」
「ギャアアアアア!?」
神奈は吸血鬼と名乗る男の再生能力が高いのを理解して、今度は連続で拳を繰り出す。再生不可能レベルまで殴り続けて消滅させようとしたのだが、悲鳴を上げただけで消滅しなかった。
「こんなもので死ぬか! 俺は吸血鬼、偉大なる種族だ!」
「ああ思い出した! 願い玉を使った奴か!」
神奈はようやく数年前に出会っていたことと、当時に消滅させた方法も思い出した。連続で放った拳で消滅したはずだ。しかし数年前と同じ威力と速度で拳を放ったというのに、彼はまるで死ぬ気配がない。
レイも攻撃に加わり二人で殴り続けるも吸血鬼は消滅しない。
体が弾け飛んでも一秒経たずに修復されていく。グロテスクな光景に気持ち悪さを感じた神奈は、十メートル程の魔力弾を生成して吸血鬼に撃つ。
「な、なんだそれはあああ!?」
魔力弾を初めて見る吸血鬼は驚きを隠せずに硬直して直撃する。
エネルギーの球体に押されて神奈達の視界から消えるのに時間はかからなかった。
*
宿敵、神谷神奈と戦闘を繰り広げた吸血鬼は急いで先程の場所へ走る。
見知らぬエネルギー弾のせいで距離を離されてしまったが、ダメージは殆どない。エネルギー弾も蹴り飛ばして対処出来た。もう不覚は取らないと意気込んで、宿敵のもとへと舞い戻った。
「はははは! 俺にはどんな攻撃も無駄だ!」
距離を離されたといっても数秒程度。
いかに強い少女でも逃げられるはずなく、その場に留まったままだった。
「先へ行かせてくれよ、急いでんだから」
「ダメだな、俺がお前を殺す。そして生き血を吸って更なる強さを得るのだ!」
「そうか。まあ神谷神奈は既に先へ行ったんだがな」
急に一人称を変えて自分をフルネームで呼び。あまつさえ自分は先へ行ったと謎の言動をする神奈に吸血鬼は困惑する。顔も体も同じであり本人であることは間違いない。恐怖で頭がおかしくなったのだと思い勝負を続ける。
「ディスト手伝え! こいつ滅茶苦茶強い!」
神奈がヘルプを求めた瞬間、真上から細身の男が降って来た。
灰色のマフラーを巻いている細身の彼の攻撃で、吸血鬼は一旦後退する。
「まずいぞ。今起きている現象、おそらく死者の蘇生だ」
「……まさか、さっき見たエクエスの墓は荒らされたんじゃなくて、本人が這い出て来たのか! それはまずい、一刻も早く神谷神奈に知らせなければ!」
少女の骨格が、皮膚が、形成する全てが歪み、青い髪の少年の姿に変貌していく。
あっという間に黒髪の少女が別人へと成り代わった。いや、どこかのタイミングで二人が入れ替わったのだ。こうなると最初から本人であったかすら怪しい。
「あ? はあ? はあああ!? あ、あの女はどこへ行った!?」
「残念、言っただろう? もう既に先へ行ったと」
「そして残念なことにお前では俺達には勝てん。諦めて地の底で眠れ」
「ふざけるなあああ! 死ぬのは貴様らの方だああ!」
憤慨した吸血鬼は二人を殺すつもりで飛びかかる。
一刻も早く神奈へのリベンジを果たし、惨たらしい死を与えるために。
吸血鬼「俺の名を言ってみろ」
腕輪「名前ないじゃないですか」
神奈「お前と一緒でな」
腕輪「私の名前はちゃんとありましたよね!?」




