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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
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12.8 花沢――アフロも立派な髪型――


 防犯カメラの映像に映った以上、犯人候補として上がるのは当然である。神奈達はすぐに昇降口に向かい、子王と直接話をすることにした。

 一階の教室からすぐに駆けつけたので、子王まだ昇降口にいる。こんなときだというのに呑気に上履きを取り出している。


「見つけたわよ犯人!」


 駆けつけた才華が叫ぶ。

 大声に驚いて、肩を震わせて振り向いた子王は目を見開く。


「え? 君は確か藤原さん、それに神谷さんに……黒服の人だれ!? 怖いんだけど!?」


「笑里さんじゃないけど言わせてもらうわ、犯人はあなたよ」


「えっと、どういうことかな? 盗難事件のことを言っているのなら違うんだけど」


 本気の困惑。犯人だと信じたくないからではなく、神奈は反応から、子王が本当に犯人ではないと確信できた。


「犯人じゃなくても、隠してることはあるだろ? ここに来た理由とかな」


 犯人ではなくとも何かを隠している。盗難事件のことを訊いたときに強張った顔といい、この時間に現れたことといい、確実に関係はしているだろうと推測できる。


「理由はあるんだけど、そのさ、黒服の人が怖いんだけど。月光がサングラスで反射しててそれが怖いんだけど」


「気にしないで」


「気にするよ! 君達二人ならともかく、なんで知らない黒服の人にも話さなきゃいけないのさ!?」


 気にするなと言われても無理なのは神奈も分かる。全く知らない大人で、体の大きい男性で、サングラスに執事服という恰好。誰が見ても、夜の学校で初対面なら怖がって当然である。

 護衛がいない方が話がスムーズに進みそうだと思い、一度離れてもらおうかと神奈が思い始めた頃。先程叫んだ護衛の一人がまた叫び声をあげた。今度は焦りよりも、恐怖の方が大きい。


「た、大変です! これをご覧ください!」


「どうしたのよ磯野……え? うそ、でしょ?」


 磯野という護衛が見せてきたパソコンの映像には、驚くべきものが映っていた。


「物が、浮いてる……?」


 教室で忘れ物であろう文房具や、隠していたであろうアクセサリー類、それらが空中に浮かんで揺れながら移動していたのだ。

 普通ならば恐怖するだろうこの映像だが、神奈には正体が分かっている。防犯カメラの映像だからか映っていないが、これは十中八九幽霊の仕業だ。いつも幽霊を見ている神奈には分かる。


「うわあああ! オバケだああああ!」


 野太い悲鳴が突然、夜の昇降口に響いた。

 護衛の一人が錯乱して走り去ってしまったのを、神奈達は呆然として見送ってしまう。


「なんで護衛が怖がってるんだよ、いやそれよりも主人置いてくのかよ」


「大丈夫よ神谷さん、あの人は左遷しておくわ」


 護衛を左遷させるとどこに行くのか。そもそも左遷とは何か。まだ深く踏み込めない神奈は藤原家が普通でないことだけ、改めて理解する。


「あぁ、やっぱり……復讐を」


 顔面蒼白な子王が震えながら呟いた。

 そろそろ子王からも事情を聞かないと話がまとまらない。逃げ出した護衛は一先ず置いておき、才華は気になる言葉の真相を聞こうとする。


「復讐? いま復讐って言ったの? 誰が復讐するっていうの?」


「……待ってくれ、心を、整理させてくれ。僕も、混乱しているんだ」


 とても子王は冷静に話せる状態ではない。心霊現象だろう映像を見て、彼はずっと底冷えするような寒さに襲われていた。

 話を聞くには時間が必要と判断し、神奈は才華に待つことの同意を求める。


「いいよ、待とう。藤原さんも別にいいだろ?」


「……そうね、落ち着いて話してくれないと困るもの」


 子王に冷静になってもらう間、神奈と才華は映像の続きを見ていた。

 護衛の持つパソコンを何度見ても、誰かの道具が宙に浮いている。


「幽霊……神谷さんはいると思う?」


「いるだろうな、実際毎日会ってる」


「毎日いるの!?」


 そう、どれだけ見ても変わらない。誰かの道具は――戻されている。

 動揺しすぎて気付いていないのか、それともすでに気付いているのか。神奈は気付いているが、隣にいる少女はどう思っているのか気になった。

 ここからでは見えない幽霊に運ばれて、道具達はなぜか机の中に入れられている。盗むのが目的ならば逆だろうに、この幽霊は戻しているのだ。様子を見に行きたい神奈だが、一人で行くわけにはいかない。


「よし、もう大丈夫! 待たせたね、レディー達。訊きたいことがあるなら訊いてオッケーだよ」


(言動は戻らなくてよかったのに)


 立ち直った子王が声を上げたことで、一旦は子王との会話に戻る。


「それじゃあ、さっき言っていた復讐について。あなたは何か知っているからこそ、あんな言葉が出てきたんでしょう?」


 その質問に子王は窓からみえる月を眺めながら答える。


「……二か月くらい前まで、僕には恋人がいたんだ」


(し、信じられない……この男に、ナルシスト先輩に恋人だと!? いったいどんな神経してるんだ相手の女は!?)


 一人神奈は驚愕する。いくら容姿がいいからといって、子王に恋人がいたというのは信じられない。それではまるで世の中全てが容姿で決まるかのようなもの、などと神奈は思うが、実際は内面を知れば評価も変わるだろう。決して子王は悪人ではないのだから。


「いたって過去形なのは別れたということ?」


「そうだね、別れた。彼女はこの世界から離れてしまったから。こういえば察しがつくんじゃないかな?」


「……もしかして、いえ、確認は必要ないわね。それでさっきの映像を見て怖がっていたのね」


 確かに子王は怖がっていた。でもそれだけでは復讐なんて言葉は出てこない。恨まれるようなことをしたと分かっているから、初めてそう思えるはずである。


「その彼女ってなんで死んだんだ?」


「神谷さん……」


「止めるな、これは重要なことだ。復讐されると思ったってことはアンタが」


「違うさ、それだけはない。僕は彼女……花沢さんを一生愛すつもりでいた。彼女が自殺さえしなければね……」


 花沢さん、それが子王と付き合った酔狂な女子の名前だと理解する。


(自殺、ナルシスト先輩に嫌気がさしたとか以外に理由が思いつかない。でもそれで自殺するくらいなら、初めから付き合わないはずだ。自殺の原因は本人しか分からないよな)


「そういえば二か月前くらいに集会が開かれていたわね。でもそれじゃあどうして復讐に繋がるの? 自殺なら子王先輩は悪くないんじゃないの?」


「どうして自殺したのか僕にも分かっていないんだ。何も知らないからこそ、復讐に繋がるのさ。もしかしたら僕に原因があったのかもしれない、そう思い始めたらもう止まらなかった」


「意外にネガティブだったのね……」


「まあ、ナルシスト先輩を恨んでいたとしたら女子の私物なんて盗まないだろうし、復讐なら真っ先に相手のところに行くと思う。私は先輩に恨みがあるよりも、女子に恨みがあるように考えるけどな」


 異性ではなく同性への恨み。

 中身は残念だが外見はイケメンの彼氏。

 この二つから繋がるのは嫉妬。神奈達はそういう判断を下す。


「そうか、そうかもね。僕の考えすぎかな……でも言ってなかったけど僕の私物もとられたことがあるんだよ」


「え、男子なのに……実は女子だった?」


「そんなわけないだろ? こんなにイケメンなのに。まあ僕のカッコよすぎる顔は置いておいて、盗まれてるのは事実さ。まあ女子達よりは被害が少ないけどね」


 自画自賛がちょくちょく入ることで、神奈は苛ついて、もう少し抑えてくれないかなと内心思う。


「そういえば犯人は大人とか言ってたのは嘘だったのか」


 一限目の休み時間に神奈が聞いた話によれば、犯人は大人。花沢という少女が犯人であると推測していたのなら、間違っても大人と答えるはずはない。いったいどんな目的で嘘を吐いたのか白状しろと、神奈はジト目で訴える。


「いやあれは本当だよ。だってこの目で見たんだ、あれは幽霊じゃなくて人間だし、子供じゃなくて大人だった。僕はこういったことに嘘は吐かない」


「……でも今日は現れないわね。また仕切り直しとしましょうか神谷さん」


「そうだな、そうしよう。収穫はあったしな」


 そう、収穫はあった。

 少なくとも子王の容疑は晴れたこと。幽霊が盗まれた道具を返しに来ていること。そして犯人は大人だということ。一つ目、二つ目は今日初めて掴んだ情報。三つ目は疑惑から確信できる情報へと変化している。

 幽霊に関しては花沢という子王の彼女だろう。タイミング的にその人しかありえないと神奈は思っている。どうして道具を返しに来るのかなどは、全く見当もつかないが。

 盗難事件の解決まで、しっかりと進んでいる気がするので順調である。

 このまま犯人を捕まえて解決してやろうと、神奈達は意気込んだ。



* * * * * * * * * *



 神奈達が昨日から調べ始めた盗難事件。

 子王が犯人だと才華は言っていたが容疑は晴れたし、次への手がかりも見つかった。

 順調なのだから、神奈のもう一つの捜査も順調であってほしいが、願い玉は全く見つからない。


「あれ? 神奈さん、今日も行くんですか?」


 夜遅くになった頃、神奈は家から出ようとしてリンナに声を掛けられる。

 スニーカーの靴ひもをちょうちょ結びにして、準備を終えると立ち上がり、神奈は振り返る。


「ああ、行ってくる。放っておけないからな」


「そうですか、神奈さんらしいですね。そうだ、いつどんな危険が襲ってくるか分かりませんし、神奈さんに魔力弾を教えておきますね」


「魔力弾? それって気弾的な、あの有名な作品に出てくるエネルギー弾? もしかして私もZ戦士の仲間入りができるとか?」


 神奈の脳裏にはスーパー地球人という存在が浮かび、金髪に染まった髪の毛を逆立たせて、金色のオーラを放出している自分を思い浮かべる。


「何を言っているのかは分からないですけど……魔力弾は魔力に形を持たせて撃ち出すものです」


「神奈さんには有名な野菜人をイメージしてくれた方が早いですかね」


「やっぱりそういう感じか。それってどうやってやるの?」


「簡単ですよ。魔力を球体のイメージで放出するだけです」


 神奈は両手を胸の方に持ってきて、言われた通りに球体をイメージしながら魔力を出してみる。

 魔法とは違う感覚だが、基本的なことは同じだ。魔力を使用し、明確なイメージで変質させるのが魔法。魔力を使用し、明確なイメージで形を持たせるのが魔力弾。どちらかができるなら、もう片方も簡単にできる。

 濃い紫の小さな球体が、ふいに神奈の手のひらに出現した。


「おぉ、これが魔力弾か……ちっちゃいな」


「イメージが具体的であれば、大きさも形も自由に変えられると思いますよ」


 腕輪がアドバイスしてくるので、神奈は小さな魔力弾を握りつぶしてから、今度は大きなバランスボールをイメージしながらやってみる。その結果、両手には直径十メートル程の魔力弾が出現し、玄関を破壊した。

 爆発で吹き飛んだわけではない。だが壁が押し潰されて一部が崩壊し、酷い有様になったのは確かだ。すぐに魔力弾が霧散したおかげで問題はなかったが、もしもあのまま存在し続けて、制御の甘さから暴発してしまったりすれば、玄関どころか、家が全壊する大惨事になっていた。

 沈黙が流れた。誰も何も言ってくれない。褒めるとか叱るとかすらない。


「私は行ってくる……リンナ、後は頼む。それとごめんなさい」


「……はい」


 狭い玄関でやるからこんなことが起きたのだ。これからは外でやろうと決心する。

 つい調子に乗ってしまった過去からは目を背け、神奈は学校へと向かう。

 今日もやることは藤原さんと防犯カメラの映像確認である。さらに今日は子王も一緒だ。


 昨日は自分も何かしたいと思って来たらしく、調べるなら神奈達と一緒が効率いいと口にしたので、才華が承諾したのだ。神奈は露骨に嫌な顔をしていたが、人手が足りないので仕方なく承諾した。

 学校で集合した神奈達はさっそく防犯カメラの映像を、護衛の人が持っているパソコンでチェックする。


「まだ何も映ってないね」


「そりゃまだ来たばっかだし」


「とりあえず、今日は私もおやつを持ってきたから食べましょう」


 神奈達は才華が持ってきたお菓子を食べながら、パソコンを見ることも忘れない。

 バリバリ、ボリボリ、という硬いお菓子を食べた時の音が教室中に伝わる。たまにポップコーンを食べる、柔らかい音も教室に響く。


「そういえば昨日の逃げた護衛の人がいないけど」


「ああ、彼は左遷されて雑用係になったわ。買い物や電話を受けたりとか」


「藤原家がちょっとよく分からない……」


 昨日の護衛に代わったのはアフロという強烈な髪型の男だ。どういう審査をしているのだろうか。

 何も異常はなく三十分が過ぎた頃、ようやく待っていた異常が起きる。


「大変です! これを見てください! 昨日と同じなんです!」


(昨日と同じなのはアンタの台詞もだろ)


 パソコンには防犯カメラの映像が映っている。またしても誰かの可愛らしい道具が、昇降口から入って来た。昨日も気付かなかっただけで、昇降口から入って来たのだと全員が考える。


「昨日と同じね、物が浮いてる」


「君なのか……花沢さん」


「今すぐ行こう。向かっているのは隣、六年二組だ」


 この幽霊はおそらく悪い者ではないと神奈は考えている。むしろ盗難事件のことをよく思っていないからこそ、こうやって返しに来るのだ。実際に悪霊と会ったことがあるので、悪霊の邪悪さを理解しているからこそ違うと分かる。

 全てを確かめるべく、神奈達は六年一組の教室から出て、隣の教室に行くため廊下を走る。


「六年二組っていえば花沢さんのクラスだ……」


「そうなのか、まあ真相はもうすぐだ。そこまでだ幽霊!」


 神奈達は六年二組の教室に勢いよく入る。


「あっ、本当に物が浮いてる……信じられない」

「そ、そこにいるのかい……? 花沢さん……」


 二人からは見えていないが、確かに幽霊は存在している。

 教室の真ん中、可愛らしい小物を持っている女子が目を見開いて立っていた。驚愕の理由は視線の先にいる子王の存在だ。


「うそ……子王君」


「お前が花沢さん、であってるか?」


「え、ええ、あなたはいったい……私のことが見えているの?」


 神奈には見える。教室にいる幽霊がはっきりと。


(生前と変わりないであろうオレンジ色のもじゃもじゃ頭……誰だこいつは。あれ? 本当にこの人あのナルシスト先輩の彼女なのか? あの人ってアフロの女子とか好きになるタイプなの? これ人違いなんじゃ……本当は花沢さん二人いるんだよな? この人じゃない花沢さんがいるんだよな?)


 平凡な顔、スタイル。一番強烈な髪型をしている女子生徒。とても外見は子王につり合うようには見えず、疑惑の目しか向けられない。

 何も見えていない才華と子王は焦っている声で確認する。


「か、神谷さん幽霊がそこにいるの!?」

「そこにいるのかい!? 花沢さんが!」


「いる、にはいるんだけど。おいナルシスト先輩、念のためにききたいんだけど……花沢さんの髪型って?」


「彼女の強烈な髪型は忘れたことがない――アフロだよ!」


(人違いじゃないのかよ……間違いであってくれよ。どんな過去があってアフロにしたんだよ、意味わかんないよ。アフロブームでもあったのか? 少なくとも私は知らないぞ。てかもしかして自殺の原因っていじめなんじゃないのか?)


 小学生で、女子生徒で、アフロ。教室にいれば間違いなく目立つ。

 髪型一つで人の印象というものは変化する。子供達からすれば、あまり見ない髪型というだけで、揶揄い、いじめに発展させることもありえてしまう。ましてやイケメンの彼氏がいるともなれば、女子生徒からのヘイトは大きなものだろう。

 なぜあんなやつが、なぜ自分ではない。嫉妬はいじめに発展するには充分すぎる感情だ。


「子王君には、見えてないのね」


「神谷さん! 彼女はそこにいるんだね!? その小物がある場所にいるんだよね!?」


「ああ……いるよ」


 悲しそうな表情になる花沢。まだ存在を知覚できず、信じられない子王。別の意味で信じられない神奈。場は混沌とし始めている。


(いるけどさ……やめてくれよ。別にアフロを否定するわけじゃないけど、少なくともこの国で、この年代でするような髪型じゃないだろ。天然パーマとかでもそうそういないぞ。髪型が気になってしょうがないよ。どうしてアフロが一人交ざっただけで異質な雰囲気になるんだ)


「花沢さん! 君の姿は見えないし声も聞こえない、それでも僕は君を愛しているからね!」


「子王先輩、気持ちは分からなくはないけど今はそれどころじゃないの。神谷さん、話を進めましょう。私と子王先輩は邪魔にならないように少し離れているから」


「あ、ああ、そうだな。話しなきゃな」


 それはありがたいと、神奈は声に出さず感謝する。さっきから子王は興奮しすぎで叫びすぎているのだ。

 死んだ恋人に会えたのが、まだ存在していると分かったのが嬉しいのは神奈も分からなくもない。一般人は幽霊なんて見えないし、存在すらも疑っているから、恋人の幽霊が確かに実在しているというのが分かれば嬉しくもなるだろう。


 まだ「もう少しだけ話を!」と叫ぶ子王を、才華が無理やり引き摺って廊下に連れていく。激しく抵抗されても、エリート教育を受けている才華は様々な武術を護身術程度に修めている。少し年上程度の男子など相手にもならない。


「花沢さんでいいんだよな? どうして女子の私物を持ってるんだ、自分のってわけじゃないだろ?」


「返しに来たのよ。私のせいで盗まれているから、せめてもの罪滅ぼしのために」


 神奈の予想通り、花沢は盗品を返しに来てくれていた。それならば誰が盗んだのか、彼女は知っていることになる。盗品を持っているということは、盗んだ誰かから取り返したということなのだから。


「それは偉いし褒められるべきだと思う。でも根本的な解決にはならない。教えてくれ、犯人は誰なんだ?」


 そう問うと、花沢は暗い顔をした。

 この反応を神奈は知っている。質問に答えたくないゆえに、口を開けず黙るしかない状態。この反応から神奈は親しい間柄の人間だと理解する。

 子王は犯人が大人だと言っていた。花沢は犯人を知っていて、少し庇いたいと思っている。

 この二つから推測される答えは一つ。


「父親か」

「……っ! どうして……!」


 図星であることを、花沢は動揺から隠すこともできない。


「名探偵と呼んでくれていいぞ。簡単だったんだ、ナルシ――ああいや子王先輩は犯人が大人だと言ってた。それで花沢さんが知っていて言うのを躊躇う人物っていったら家族の可能性が高い。そして女子の物を盗むってことはだいたい男、つまり父親だということさ」


「いや神奈さん、最後の推理はちょっと強引すぎません? そんなんじゃ少女探偵団を結成できませんよ?」


 そんなものを結成する気は神奈にはない。

 団員は笑里と才華というところだろう。どんな事件も迷宮入りにしてしまいそうな、危うい探偵団である。

 多少なりとも隠そうとした真実を当てられて、花沢は観念して白状する。


「バレちゃったら隠せないわね……そう、盗難事件の犯人は私のパパなの。私の心が弱かったから自殺しちゃったのに、パパは理由があるってずっと探ってた。理由は実際にあるけれど、できれば隠し通したかった」


 暗い表情はそのままに告白された。それを聞いて神奈は顎に手を当てて思考する。


(なるほど、隠したいのは当然だろう。私は推理が間違っているかもと昨日は思っていたが、花沢さんを見て確信した。自殺の原因はいじめだ。理由としてはアフロのせいだろう。おそらくアフロをバカにされて、彼氏ができたことが拍車をかけていじめは酷くなったんだ。それに耐えきれないで自殺した。完璧な推理だな)


「理由の方も見当がついてるの? いえついているんでしょうね。私が自殺した理由は――」


 それから理由が本人の口から語られ、神奈はそれを静かに聞いていた。着眼点は間違っておらず、予想通りの過程――いじめであった。


 いじめというのは珍しいことではない。今も昔も、今世でも前世でも、神奈はいじめというものを知っているし、その身で体感している。

 いつの時代でもなくならない。人間の心の弱さが、一部でしかない醜さが、強く表に出てしまうのは誰であろうとありえることだ。完全に無くすのなら全員の気持ちを一つにするしかないだろう。……たとえそれがどんな感情であっても。


「――こんなところかな。まあこれは私が人の悪意に負けちゃっただけだから、自殺の原因っていうんなら一番は私かもしれないね」


「そんなこと……一番の原因なら、いじめてた奴らだろ」


「正論だね。でも、やっぱり私の弱さも悪いと思う」


 原因としては納得できないが、気持ちだけなら神奈も理解できる。

 一応の納得を見せ、静かに頷く。


「……そっか、気持ちは分かった。あ、ちょっと待ってくれ、今から先輩呼んでくるから」


 恋人と話がしたいだろうという心遣いで、神奈は背を向けて廊下に出ようとする。しかしその行動を花沢は腕を掴むことで止めた。


「どうしたんだよ。まさか恥ずかしいとか?」


 霊体特有の冷たさは神奈に伝わらない。腕を掴まれてゾクリと身体を震わせることなく、生者と接しているかのように平然と振り向く。

 振り向いた先では花沢が悲し気な顔をしていた。


「違うの、そうじゃない。私だって話したい、また話してみたいよ。でも違うでしょ、それってなんか違うと思うの。だって私は死者で、彼はまだ生きてるじゃない。本来話せるなんてことありえない」


「私の友達は死んだ父親と平気で話してるよ。別に気にしなくてもよくないか?」


 秋野親子は現在も笑顔で、自宅で世間話をしている。悪いことなど起きていない。

 しかし花沢が気にするのは死者と生者が話すということではなかった。この世の常識を覆すかのような事態でも、幸せになれるなら喜ばしいことだ。子王が大好きな元恋人と話せることだけならいいことだ。でも子王は――


「その子と違って彼に私は見えてない」


 霊力も魔力もない子王では幽霊を目にすることができない。声だって聞こえない。


「仮に見えていたとして、ここで話して、これからも一緒にいるとしたら確かに嬉しい。でもさ、私は死者なの。もう年も取らないし、食事も必要ない。いくら子王君が好きって言ってくれても、結婚も、子供もできない。年齢や外見だって私のアフロは変わらず、一方的に彼だけが成長していく。私はずうっとこのちんちくりんなまま。……そんな状態で過ごして本当に幸せになれるかな?」


 幽霊なのだから、死者なのだから、もう生者ではない。


「少なくとも私には彼を幸せにできる自信がないかな。ほんっとうに素敵で優しい人だから、私が一緒に居たいって言ったら居てくれる。自分の感情なんて押し殺してでも居てくれる。でもそれじゃ幸せだなんて胸を張っていえないよね。……だから、彼には私を忘れてもらって……新しい人と、出会ってほしいの。私より彼に相応しい人は、きっと、いるから……」


 涙が花沢の瞳から零れ落ちる。霊体でも悲しいときは涙が出るものだ。

 本当は会いたいし、話もしたいと思っている。それでも将来のことを考えれば、花沢との関係を断った方がいいのかもしれない。神奈にはどういう未来になるかが想像できず、ただ悲痛な少女を目に焼きつけることしかできない。


 心にも涙が流れているようにさえ感じ、花沢は必死に痛みを耐えていた。


「……彼に伝えてね、私の想いを」


 静かに口を開くと、花沢の体はうっすらと青く光り始める。

 極小の粒が霊体から出てきて宙に浮かび、天井も空も抜けて遥か高みへと上っていく。

 不思議な現象に神奈は「成仏」という言葉が脳内に浮かぶ。まさに記憶にある幽霊が未練を達成し、この世から消え去る現象。成仏というそれは儚くも綺麗な光景だった。


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