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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
序章 神谷神奈と親子の願い
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2 万能腕輪――定番のファイアーボール――

2023/10/21 誤字修正+神奈の名前にルビを入力








 宝生町にある小学校の一つ、宝生小学校。

 その教室で授業も聞かずに窓の外を見て、少女は一人雲の流れを追う。


 外は晴れており暖いのでよく眠れそうだと考える少女――神谷(かみや)神奈(かんな)

 現在小学三年生。天然パーマのような、四方八方に跳ねた癖毛の黒髪をコンプレックスとしている。学校での授業はほとんど聞かず、今のように外の景色を見ているか寝ているかのどちらかだ。


 簡単に表すならば彼女は前世で魔法が使いたかった男だった。

 実はその記憶を取り戻したのはつい三年前ほどである。


 神様と名乗る老人が言うには魔法が使いたかったことが未練らしく、その未練を達成出来る世界に転生させてもらっている。転生した新しい世界がこの世界なのだが、神奈は三つほど気になる点があった。


 一つ目は身体について。

 一番違うと言えるのは性別だ。確かに転生時、性別を選べないのは神奈も分かっている。しかし前世なんてものがあるせいで、前世と違う性別だと抵抗感が少なからずある。その影響として服装は男っぽいものばかりだ。スカートなど自分から着用する気にはなれない。


 一人称については女として「俺」ではおかしいと思われそうなので、無難である「私」に統一している。オレっ娘に挑戦してもよかったが精神的にキツい。


 身体の悩みはもう一つ。老人からのサービスのせいか身体能力が異常なことだ。

 どう異常かといえば、例えば軽くジャンプしても成層圏まで届くし、百メートル走は加減しなければ測定不能になるし、神奈自身やったことはないが隕石も殴れば砕けると思う。


 高すぎる身体能力の理由はともかく、日常が送れるレベルまでに慣れるのが非常に大変であった。

 学校の授業では鉛筆を持てば爆散。消しゴムで擦ろうとすればノートのページが破れてゴミになるし、消しゴムも爆散。給食でも食器が折れ曲がるなど当たり前。あまりにも生きづらい体になっていた。


 二つ目はこの世界について。


 魔法が存在して使えると老人は告げていたがこの世界はどう見ても地球だ。喋るのも文字も日本語であり、国の名前は日本。前の世界と一致することが多すぎる。


 違うといえば髪や目の色が漫画などのようにカラフルなことや、前世の世界よりも身体能力が高い人間が多いくらいだ。テレビで放送していた陸上の世界大会で百メートル走をやっていたのだが、新世界記録が二秒と放送された時は思わずお茶を吹き出した。


(でもまあ問題はそこじゃない。問題の核は……魔法が使えないことだよなあ)


 体の中に妙なエネルギーがあることはすぐ気付いた。それが魔法を使うために必要な力――魔力であると確信もしている。

 幼いながら魔力を感じ取って、すぐによく知っている魔法を唱えるが。


 神奈はファイアーボールを唱えた――しかし何も起こらなかった!


 そんなゲームのような文字の幻覚が見える事態に陥った。

 なぜか魔法は使えない。マジックポイント(MP)が足りないというわけではない。魔力ならば漲って有り余っている。


(まさか現代日本に見せかけておいて、魔物を倒してレベルアップ的なやつじゃないよな。そもそも魔物なんてこの世界で見たことないから無理なんだが。……いったいどうすればいいんだっての。魔力さえあれば魔法が使えるかもと思ってたから、この先が分からないぞ)


 三つ目は不思議な現象について。


 生物の体に重なって見覚えのあるモヤが神奈には見えていた。全ての生物に見えるわけではなく、見える者は三百人に一人程度の割合である。

 原因は不明だが老人の告げた幽霊なのではと推測している。


(とにかく私は諦めない! いつか魔法を使えるその日まで!)


「神奈ちゃん、いま先生が言った問題前に出て解いてみてねー」


 担任教師の声が耳に入ってきて、神奈はフッとニヒルな笑みを浮かべると口を開く。


「すいません。聞いてませんでした」


 今が授業中だということを神奈はすっかり忘れていた。

 その後の授業も聞き流し、神奈は学校という退屈な場所を出てため息を吐く。

 神奈にとっては一度教わったことを再度教えられ、仲のいい人間もいない息苦しい場所だ。ため息を吐いてしまうのも仕方ないことだろう。


 前世でも魔法の修行のために友達など作っていない。他人と仲良くなる方法など知らず、小学校に入ってから三年間ぼっち生活を過ごしている。一人といっても必要な連絡などで会話する場合があるので完全には孤立していない。


 学校からゆっくりと徒歩十五分で家に到着する。

 転生してから神奈が住むのは【上谷】と表札のある住宅。

 赤子としてゼロから育てられた神奈だが、脳が発達していなかったからか全く覚えていない。だが、五歳になり記憶が戻った後からの出来事は全て脳に記憶している


 玄関の扉を開け、一階のほとんどを占領するリビングに直行すると、見慣れない物が視界に入る。食卓の上に怪しさ全開の白い手紙。その上に上半分が黒、下半分が白という色の妙な腕輪が置いてあった。


 誰かが不法侵入したのかと疑問に思いつつ、とりあえず神奈は手紙を読むことにした。


【転生サービスじゃ、遅れてすまぬの。倉庫を漁ったら丁度いいものがあったのでそちらに送った。送った腕輪は万能腕輪という腕輪。それの名前は自分で決められるのだが、ちょっと間違えて名前を入力してしまった。まあ名前など些細なものじゃ。この腕輪に魔法を習い習得してくれ。……分からないことがあれば、その腕輪に訊くと大抵の事は答えてくれるのであしからず】


 手紙を読めば腕輪も手紙も老人からだったと神奈は理解する。一応気にかけてくれていたことに感謝しつつ、身体能力などについてなんの説明もなかったことに不満が出た。ただそれよりも説明のあった腕輪が気になる。


「手紙によれば魔法を教えてくれるらしいが……冷静に考えて腕輪が教えるってなんだよ。腕輪が喋るか? 動くか? 魔法を使えるか? 無理だろ。分からないことがあったら聞いてくれ? 答えられるわけがないだろ。あの神様はけっこう年老いてたな。もうあれか、ボケているんだろうな……」


「あ、もう読み終わりました? 初めまして、私は〈万能腕輪ああああ〉です! あなたが神谷神奈さんですよね? これから相棒としてよろしくお願いします!」


「神様名前ミスしすぎだろ! そんな名前の相棒嫌だってか喋ったああああ!」


 腕輪が声を発するという常識外れの出来事に叫ぶ。


「残念ですが一度決めた名前は変えられないんです。そこは我慢してあっちゃんとでも呼んでください」


「腕輪が喋るってなんだ! いや手紙に答えてくれるって書いてあるけどさすがに予想外だよ! あとなんだよ〈ああああ〉って名前かそれ!?」


「だからあっちゃんと。それが嫌ならあーちゃんと、ハートもつけてお呼びください」


「なんで難易度上がったんだよ呼ばないよ!」


 本来の名前を呼ぶのは抵抗があり、あだ名もどこか嫌な気持ちになる。神奈はもう一生名前を呼ばないことを心に決めた。


「そ、それで、お前何が出来るんだ……腕輪なんだよな? 所詮腕輪だろ? 喋るのはすごいと思うが、そんなことは最近ロボットだってできるぞ」


「そうですねぇ、念力による掃除、洗濯、料理。……天気予報も出来ますし、簡単な魔法ならば使えます。やれることと言われても多すぎて一度には言えませんね……ああ、この世界の歴史を振り返ることも管理者権限があるので出来ますね」


 予想以上にふざけているほど優秀な機能を告げられる。

 神奈は目の前にある腕輪が腕輪である意味を考える。どう足掻いても家政婦のようにしか聞こえない機能。もう人間でいいのではと何度か心で思い、終いには口に出す。


「なんで人間じゃないんだお前。絶対漫画とかだとそういうのって女じゃん、女神が付いてくるみたいなもんじゃん。なのになんで腕輪なんだよ」


「いやそんなこと私に言われても……。私は腕輪歴一億年のベテランですよ? もはやこの腕輪生のなかで見てきた腕輪達など足蹴りにしても許されるレベルです」


「お前足ないだろ。会話する度にツッコミ要素が増えていくとかボケの達人かよ。……その一億年ってマジか?」


 発言の中に気になる単語があったので素直に質問する。


「ええ、長い時でした。この身になってから一億年、私は長いあいだ神が住んでいる世界の共有倉庫に放置されていたんです。それはもう寂しくて、心が死にそうでした……でも今こうしてあなたと会えたんです。さあ、一億年という時で冷めきった私の心を、腕を私に嵌めることで温めてください……!」


「嫌だ」


「……今なんと?」


 悲しい過去なのは事実、それなりの過去を持つ神奈も同情する。それでも腕輪が悲しい過去を相殺するレベルでウザいとも思っていた。

 別に魔法を教えてもらうのに腕輪をつける必要はない。このまま放置しても問題ないはずだと神奈は結論を出す。


「ちょっと神奈さん嫌とか言われても困りますよ! ちゃんと付けてください!」


「嫌だよ、お前うるさいし」


「ならいいです! 自分からそっちに行きます!」


 まさか腕輪なのに動けるのかという疑問が湧き出る。

 心の疑問に答えるように、腕輪が宙に浮かんで神奈に向かって来た。……ミミズが這うような速度で。


「おそっ! そんな速度じゃ百年かかるぞ!?」


「うぐっ、私だってもっと速く動きたいですが……所有者である神奈さんが付けている状態でなければ本来の力を出せないんです。安心してください。たとえ百年かかったとしても腕輪ですので私は死にません」


「お前じゃなくて私が死ぬよ。人間の寿命くらい分かれ」


 こうしていても仕方がない。このまま腕輪の発言に付き合っていると時間だけが過ぎていくので、先程出した結論は撤回し、腕輪を身につけることにした。

 神奈は深いため息を吐くと、宙を漂う腕輪に手を伸ばす。

 

 ウザいことなど我慢すればいい。何より神奈はこれまで一人で過ごしてきたことで、誰かとの会話すら滅多にないことだ。母親は神奈が記憶を取り戻した時からおらず、父親については記憶を取り戻してから間もなくトラックに轢かれて死亡している。兄弟などもいないので神奈はいつも一人だ。


 一人は寂しい。少なくともいい気分ではない。だからこそ神奈は腕輪の穴に手を通し――


「あっ! 神奈さんの太いのが入って、ああ!」


 ――即行で腕を引いた。


「なんだお前、ふざけてんの、ねえふざけてんの!? 変な声出すなよ近所の人に誤解されるだろうが! 外にある倉庫に一生放置してやろうか!」


「……それは勘弁してください。申し訳ありません……久しぶりに人とコミュニケーションをとったものでつい調子に乗りすぎたようです。だからどうか……謝りますから、私を付けてください……お願いします」


 急にしおらしくなった腕輪の声は本当に反省しているように聞こえた。

 身に付けないのは別として、一億年倉庫に放置されていた相手にまた倉庫に放置してやるなんて酷い言葉だ。勢いに任せて酷いことを言ったことを神奈は謝るべきだと考える。


「いや、こっちこそごめん、私も酷いこと言った……悪かったよ。でもお前も発言には気をつけろよ?」


「はい、重ねてお詫び申し上げます。それで神奈さん、私のパートナーになってくれますか?」


「それは普通に嫌だけど、お前を付けることにするよ……」


 そうして神奈はようやく腕輪を腕に通した。

 腕を通すと少し大きめだった輪が縮んでいき、神奈の腕に密着する丁度いい大きさになった。原理までは説明されないが魔法か何かだろうと神奈は予想する。


「魔法の練習を始めますか?」


「ああ始めようか、今すぐにでも」


 腕輪を付けた神奈はリビングから外の庭に出る。

 薄いオレンジの光が僅かな重い雰囲気を消し飛ばす。


 魔法がどういう規模のものか分からないが、屋内で使うのは非常にマズイことになりかねない。外で使えば誰かに見られるというリスクもあるが、自宅の庭なら被害はゼロ。見られたとしても手品か何かだと言い訳をすればいい。


「それでは、まず基礎から説明します。魔法を使うのに必要なのはイメージと魔力、そして魔法名です。どんなに魔力を込めたところでイメージしなければ何も起きません。もちろん例外はありますけどね。イメージすればいいので詠唱などは必要ありませんが、魔力を練りやすくするために詠唱をする人もいるようです」


 詠唱。魔法には「炎よ、我が身を喰らいて顕現せよ!」など、先に宣言するものもアニメなどでは存在するが現実では必要ない。それについてはそもそも恥ずかしいという理由で初めからやっていない。


「魔法名だけは言わなければ発動すらしません。適当なものを口にしても無駄です。正しくこの世に存在する魔法名を言わなければダメなのです」


「イメージはしていなかったような気がする。それが分かれば後は楽勝だ!」


 真上に向かって神奈は炎の魔法をイメージしながら唱えようとする。

 頭の中で炎の球が飛んで行くイメージを描き、魔法名を宣言する。


「ファイアーボール!」


 神奈はファイアーボールを唱えた――しかし何も起こらなかった。


「なんでだよ! 結局ダメじゃん!」


「それは当たり前ですよ。だってファイアーボールなんて魔法はありませんから」


「……はい? え、ないの? ファンタジーものでは定番だよ?」


 衝撃の事実に神奈は目を丸くする。


「何を言ってるんですか! そんな二次元の話と現実を一緒にしないでください!」


(なんだろうこの感じは……。私はトラックに轢かれ神様に会い、魔法が使える世界に特典を持って転生したもはやよくある漫画の主人公。だというのに魔法にファイアーボールがないと、こうまで現実に引き戻されるのか……)


 現実かどうかも疑った神奈は気分が著しく落ち込む。


「私の言う魔法名を魔力を練って繰り返してください。先程話した例外の一つで、それならイメージがなくとも魔法が発動しますよ」


 ファイアーボールがないという現実に落ちこんでいた神奈だが、魔法が使えるということで落ち込んでいた気持ちを元に戻す。


「ああ、分かったよ。いつでもいいぞ」


「それではいきますよ。〈デッパー〉!」


「聞いたことないな……。〈デッパー〉!」


 魔法を唱えてから十秒。待ってみたものの――何一つ変化は起きない。


「何も起きないじゃん!」


「いえ、神奈さん成功ですよ。鏡を見てみてください」


 言われた通り鏡を見るために、神奈は家の中に戻り洗面所に向かう。

 そこに映るのは普段とは決定的に違う一点がある自分。


 ――前歯を異常なまでに出っ歯らせた自分が鏡に映っていた。


 出っ歯になっただけで、自分でも整っていると思っていた顔立ちが台無しになる。


「なんで……なんで、出っ歯になってるんだ?」


「それは先程唱えた魔法が対象を出っ歯にする魔法だからですよ。魔法をかける対象が周りにいなかったので、消去法で自分にかかってしまったんでしょう」


「こんなの……なんの役に立つんだよ」


「敵にかければ動揺し、隙を作ってしまう恐ろしい魔法ですよ! まあ後はパーティーとかで余興なんかでやると面白いかもしれないですね。それ以外に使い道はあまりないと思うんですが……ああ効果は三十分で切れますよ」


 神奈は俯いて誰にも聞こえないような小さな声を出す。


「……が」


「あの……神奈さん?」


「クソがあああああああああ!」


 勢いよく走り神奈は家を飛び出す。


(せっかく魔法が成功したのに使えた魔法は役に立たないゴミ。世の中って理不尽だああああああ!)


「神奈さああああああん!」


 腕輪はつけたままなので高速で走る神奈を見失うことはない。

 神奈の目からは透明な涙が零れ、風に乗ってどこかへ飛ばされていった。


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