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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
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エピソードオブ大賢者3


 数年の時が経ち、神音は背もいくらか伸びて十三歳になっていた。

 相模から貰った三日月の家紋が入った黒い着物を羽織り、首元まで伸びた髪をふわっと風が撫でる。


 中性的な顔、髪の長さ、服装で女に見られることがあった神音は一人暮らしをしている。交際や結婚など論外だ。女性に興味などないし、数々の女性が失恋に涙しても心は動かない。


「……まったく、相変わらずうじゃうじゃと群れているな」


 現在神音は大勢が闘争心を剥き出しにして争う場、戦争に赴いていた。

 相模からの命令(おねがい)で仕方なく足を運んだのだ。真上の太陽に照らされている敵地には、銃や刀を持った武士が大勢集まっている。数えるのもバカらしくなる数だが、どれだけ数を揃えても究極魔法の前では無意味。神音は傍に浮く三冊の魔導書の力を借りて魔法を唱えた。


「〈獄炎の抱擁(インフェルノ)・弾(ショット)〉」


 手のひらに現れた黒い炎で作った球体を放つ。

 二キロ程離れた敵地に向かい砲弾のように飛んだそれが地面に触れた時、凝縮されていた熱量が解放。敵地の生物も兵器も全てが燃え尽きて、骨も残らず黒い塵となる。


 究極の魔導書に記された〈獄炎の抱擁(インフェルノ)〉という魔法の応用だ。

 本来前方へと黒炎を放射するのだが、今使用したものは球の形へと纏めて自由自在に動かせる。ありとあらゆる物質を焼き尽くす魔法なので、応用で扱いやすくなって非常に助かっている。


「さ、さすが大賢者様ですね。あれほどの、五万を超える敵を一瞬で全滅とは……」


 二十代後半の無精髭を生やした大男は青褪めた顔で、神音に対して素直な感想を口から漏らした。総大将であるがまだ戦ってもいない彼に限らず、戦に参加する武士達は圧倒的な力に恐れを抱いている。そういった感情を向けられるのはすぐに慣れた。


「……あれくらい大したことないよ、あれでもすごく加減しているんだ。もしも本気でやっていたらそこに生えている少ない雑草も、君達も塵になっていたね」


「は、はは、あ、ありがとうございます?」


 神音は今回のように戦争に駆り出されることがたまにある。今回のように敵に数で負けている、もしくは同じくらいの人数の敵がいた場合に限られるが。


 三年前。相模との契約のようなもので国を守る大賢者となった神音は当初、戦争の度に毎回駆り出されていた。だが少しは苦労も考えろという意見を述べると、相模も考え直すしかなかったのだろう。一番大事なのは大賢者である神音に愛想を尽かされることなのだ。結果、出陣は勝利の可能性が低いと思った戦争のみになっていた。


 今回は部隊の最後尾で怯えている戦争初参加の若い男が、総大将である大男に相談もせず勝手に救援要請を行った。救援の判断は正しかったかもしれないが、さすがに勝手な判断は困るので総大将は拳骨を落として反省させている。


 総大将は「帰還するぞ」と宣言して身を(ひるがえ)し、足を進ませる。


「大賢者様もどうこ……あれ?」


 総大将は神音に声を掛けつつ視線を向けてきたが、不思議そうに首を傾げる。当然だ、その場には誰もいない。正確には総大将にも誰にも神音が認識出来ない。

 究極魔法〈存在不可視(パーフェクトステルス)〉を使用すれば、誰からも存在を認識されなくなる。この魔法を使えば油断した集団の本音を拾えるので面白い。


「はぁ、なんであんな子供に頼らなきゃいけないんだか。俺達の力は、信じられてねえのかよ」

「大賢者様って可愛いよなあ、俺告白してみようかなあ」

「はぁ? 俺が狙ってるんだから引っ込んでろよ!」

「うるさい静かにしろ!」


 男性集団に不満はあるようだが悪意はないようだ。

 女性に思われるのは癇に障るが仕方ないのでスルー。これ以上の情報がないため、神音は集団を放置して国へと帰還した。帰ってからまずやることは一つ。国を治める相模のもとへ向かい、一言「殲滅した」と簡潔な報告を済ませる。


 相模はそれを聞いて、当然といわんばかりの態度で豪勢な食事を口に運ぶ。


「大賢者、君も食べるかね? 昼食はまだだろう? 食べるなら最高の料理を用意させるが」


 将軍という地位にいてこそ食べられる高価な食材を、雇っている料理人が調理して最高級の料理になっている。対して神音が普段食べているのは町で売られている平凡な料理。今の神音にとって食事など栄養補給出来ればいいのだが、将軍が食べている最高級料理というのが気になった。


「……では、貰っておきましょう」


「そうか。おい聞こえているな! すぐに作らせて持って来てくれ!」


 閉まっている襖の外にいた白い着物を着た召使いの女が、相模の言葉で音も立てずに歩いて行く。究極魔法で察知した神音は大した歩行術だと感心する。暗殺者も驚くプロレベルの歩行術だ。


 食事が来るのを神音は黒い横長の椅子に腰かけて待つ。

 相模の隣に座ったのだが会話はない。理由はおおよそ予想がつく。


 協力関係という立場上、一国の将軍の彼とは対等な存在。しかし絶対的な力を持つ自分に対抗する術を彼は持たない。彼の余裕は表面上のみであり、内心では裏切られないよう必死に策を巡らせている。互いに利用し合っている関係ゆえにどちらも信頼していない。


「……そういえば、父君は元気にしているかね? まだご存命だろう」


 頼んでいた料理が運ばれて来たのと同時に、相模が沈黙を破る。

 白い着物を着ている召使いの女性が料理を運び終わり、退室していくのを見送ってから神音は口を開く。


「ええ、今でも現役の武士ですよ。毎回傷一つ負わずに帰ってくるのが癪ですがね」


「何故だ。無事で帰ってくるのなら嬉しいだろう?」


「まさか。あんな男は早く死んでしまえばいいと思ってます。私が大賢者と呼ばれる前にあの男がどんな態度だったか知らないでしょう。子供には厳しすぎる稽古を終えても、俺の息子なのだから出来て当然などと言われた時は腹が立ちました。今すぐ殺してやりたいと思うくらいにはね」


 一口サイズの赤く輝く肉を神音が口に運び、味わうためにゆっくりと咀嚼する。

 最高級というだけあって旨味が凝縮されている。これに比べれば普段食べている肉などゴムのようなものだ。毎日こんなものを食べているのかと、神音は相模を少しだけ羨ましく思う。


「やはりか。……上野(かみの)という武士の噂は私も聞いている。優秀だが心に欠陥があるなどと言われているくらいだ、その男が結婚して子供もできたというのを聞いた時信じられない気持ちだったな」


「周囲の人間も驚いていたらしいですよ。まあ結婚といっても、妻となった女性すら出産道具としてしか見ていませんよあの人は。そして子供も己の自慢のための道具としか考えていないでしょう。まあそれも以前までの話ですがね」


「ほう、では今は違うと? 良くなったのか」


 神音は「いいえ」と答えてから淡々と状況を語った。

 大賢者という称号を貰った当初は何も変わっていなかったが、今ではすっかり怯えて会話も消えた。もはや実家に顔を出す意味もないので一年以上話していない。それに対して悲しく思うことなどなく、実に快適に一人暮らしを満喫している。


「寂しくはないのか」


「全く、むしろ清々してますよ。自己顕示欲で形成された欲望の豚がただの豚に成り下がってくれてね」


 寂しいなんて言葉を出す相模は的外れな思考をしている。

 父親の態度をよくしたい、もっと構ってほしいなんて理由で契約したとでも思っていたのだろう。神音は実の親だろうと何だろうとどうでもいいと考えている。父親や相模をいつ殺しても心は痛まない。密かに胸に抱く野望を叶えるなら、他人の行き着く未来は等しく死のみ。


「……契約の理由に父親が関わっていると思っておったが、なさそうだな」


「あなたが理由を知る必要などない。無駄な詮索は早死にしますよ」


「そ、そうか。そういえば母君はご存命かな?」


「死にましたよ」


 露骨な話題逸らしにも神音は淡々と答える。

 母親は元から病弱であり、二年前に心臓の病で死亡してしまった。精神的に弱っていたせいだと医者は言う。病は気からなんて言葉が当然のように使われるし、医療が発達しきっていない現在では病の原因も分からない。


「死んだとは……病気か」


「ええ、母は病弱だったらしく呆気なく。原因は心臓の病だったらしいですよ」


「病か。病は人にうつることもあると聞く。そして子に引き継がれることもあるらしい。お主は大丈夫なのか?」


 とても心配しているとは思えない、期待が込められた視線を向けてくる相模。

 どんなに強かろうと病気には勝てない。早死にするかもしれないデメリットもあれば、確実に死ぬと分かるメリットがある。彼はそこに一筋の光を見たのだろう。


 神音が口を開きかけたその時、襖が勢いよく開かれた。

 武士の一人が慌てて部屋に飛び込んで来る。白い着物を着た女性が入室を止めようとしたものの、成人している男性の武士には力で勝てずに侵入を許してしまう。


「――た、大変です!」


 武士の男は焦燥に駆られた声で息を切らしながら叫ぶ。


「なんだ、今は食事中なんだが……そんなに慌てるほどの重大事件なのか?」


「そ、それが! つい先程! 商人が普段通る一本道が大きな岩に塞がれてしまっているとの報告が!」


「そ、それは本当か……?」


 本来なら切腹でもして詫びなければいけない無礼だが、報告の内容を聞いた相模の顔が青褪める。

 この国には商人がやって来れる道が一本しかなく、そこが塞がれてしまえば商人達はやって来れない。国の店で売られている商品は商人から仕入れているものが多いため、このままでは遠くない内に食糧不足に追い込まれてしまう。


「仕方ない、大賢者……と言いたいところだが、今日は戦争もあったし疲れているだろう。――時の支配人を呼び出せ。あの男ならばどれだけ大きな大岩だろうと関係ないだろう」


 武士は慌てて飛び出していき、部屋には二人だけが残る。


「時の支配人? 誰です?」


 全く疲労など感じていないが神音はあえて口を出さないつもりだったのだが、気になる単語が出たので結局話しかけた。今まで生きてきて時の支配人なんて名前は聞いたことがない。


「知らなかったか? 大賢者、時の支配人、この二人は私の国の要だというのに。時の支配人というのはその名の通り時間を操る力を持っている男でな。ここから二十里程離れた場所にある屋敷に一人で住んでいる」


「時間を……? それはどれほどの力なんです?」


「本人は時間に関するならほとんどのことが出来ると断言していたよ。物体の時間を戻すも進めるも自由。止めることも出来る。よく分からないが空間を広げることすら出来るらしい。とにかく万能な男なので私と契約を交わしてもらっている……お主と同じでな」


 大賢者という異名と同じくらい有名らしいが、神音は他人に興味がないため知ろうともしていなかった。そのために国の有名人など全く憶えていない。名前を憶えているのは相模一人である。


「ごちそうさまでした。美味しかったですよ」


「そうか、それはなによりだ。緊急の呼び出しもありえるので休むといい」


「ええ、そうします」


 神音は箸を置いて立ち上がり、軽く挨拶をしてから部屋を出て行く。

 向かう先は当然、慌てて入って来た武士が言っていた現場。

 大岩を何とかしようとしているわけではない。あくまで時の支配人という人物と、保有する能力を見物するために向かうのだ。


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