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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
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エピソードオブ大賢者2


 森に入ってから見える景色は木と周囲を覆う薄紫の霧だ。足元には腐っている木の根が伸びており、子供が少し触れただけでも木は脆くボロボロと崩れ去った。


 生物がいた痕跡は見当たらず、この森には生者が近寄っていないことが分かる。

 瘴気を理解していないだろうが本能的に近寄ってはいけないと理解したのだろう。実際、人間含めて動物の危機察知能力は意外に高い。


「なるほど、これは魔導書の守りがなきゃ危険すぎる。刀が瘴気の影響か変色して融解し始めている。もう使い物にならんな」


 部将である左門は冷静に被害を分析している。

 服はどうなるのか。武器は使えるのか。体に害なのか。全て重要なことだ。

 森には罠などなくただ瘴気が充満しているだけのようで、内部はスムーズに進むことが出来た。生物が存在していないのだから警戒する必要もない。


「ん? 全員止まれ。あれは……」


 左門の震える声での叫びを聞き、神音達はすぐに足を止める。

 長い森を抜けた先には緑に囲まれた不思議な祭壇が存在していた。

 祭壇は虹色の光を淡く放っており、神聖な雰囲気を感じることが出来る。

 左門は単独でおそるおそる近寄ってみると、虹の祭壇には分厚い本が三冊埋まっていた。それを見た神音は探し求めていた魔導書だと理解した。


「これが究極の魔導書……!」


 左門は三冊の本を手に取り中身をパラパラと見たが、すぐに閉じる。

 彼の体は小刻みに震えており、手は汗まみれである。見ただけでそうなる魔導書なんて代物に神音の興味は俄然そそられた。


「おい、見つけたぞ! これを持って帰ればお前達は英雄の補佐をしたと伝えられ……おい何をっ!?」


 左門の言葉は最後まで続かない。

 状況判断が遅いせいで彼は死んだのだ。――神音に刀で頭を貫かれて。

 彼の刀と同じで溶けている部分もあったが、辛うじて鉄の硬度が残っているそれを力尽くで額に押し込んだのだ。


 彼は串刺しになり、血を噴出させながら地面に倒れる。さらには解毒魔法の効力も切れ、白い光が消えた体はみるみると土気色に変色していく。顔は痩せこけ、目はしぼみ、体中の水分が蒸発してミイラのようになっていく。


 神音は地面に落ちた三冊の本を手に取り、ページを捲ってみて「ふぅん」と呟く。


「これがそうなのか。確かに特別強い力を感じる」


 書かれている文字は日本語でも英語でもなく、全く見たことがない未知の文字。これでは相模に渡したところで解読も使用も出来るはずがない。


「お、おい! お前何して――」

「黙れ」


 左門を殺されて硬直していた子供達が正気に戻ってしまった。子供の一人が走って叫んでくるが、不快であったため手刀で首を飛ばす。

 子供達はまたもや硬直した。なんせあっという間に首なし死体が出来上がったのだ。しかも手刀で首を刎ねるなど、普通の人間に可能な芸当ではない。


「ふむ、なるほど……究極魔法か。この威力が、能力が事実なら人類など容易く駆逐できる……! どれ、試してみるか。〈雷神の戦槌(ミョルニル)〉」


 三冊のうち一冊を二ページまで読んだ神音は、固まっている子供達に手を向けて、書いてあった魔法名を呟く。すると強烈な黄色い光が子供達の頭上に集まり、徐々に柄が短い巨大な槌となる。手を下ろすことで振り下ろすようにイメージすると、子供達がいた場所を巨大な戦槌が圧し潰した。


 子供達は呆気なく死に、どうやって死んだのかも分からなかっただろう。

 異常な魔法の破壊力は地面を二百メートルは陥没させて大穴を作り上げる。


「素晴らしい……!」


 目を恍惚とさせた神音は笑みを浮かべる。

 捜索隊を全滅させてから一日もの間、神音は魔導書を読みふけった。


 一冊読み終わった時には一部の究極魔法を使用出来るようになる。色々と試してみたい衝動に駆られたが、いい加減に国へ戻らなければいけない。究極魔法を使いこなすにはかなりの日数がかかりそうなので、過ごしやすい環境に身を置いた方がいいと考えたのだ。


 神音は光すら超越する速度で空を飛び、一瞬で国へ戻る。

 報告は大事なので高くそびえる城へと向かい、天井を突き破った轟音と共に侵入。速度そのままに突進したら城どころか国が更地になるため、さすがに低速飛行での侵入だ。


 黒い横長の椅子に座っていた相模は驚愕して「大砲か!?」などとパニック状態。戸惑い続ける愚者を空中から見下した神音は、哀れに思いつつ静かに着地する。


「どうも相模さん。私は神音、究極の魔導書三冊全ての持ち主です」


「ど、どういう……そうか捜索隊の一員か! してその宙に浮かんでいるのが魔導書か!?」


 目の色を輝かせた相模は「それを寄越せ!」と叫ぶ。


「捜索隊は不慮の事故にて全滅しましたよ。ああ、それとこれは私の物だ。森に入って持ち帰ったのは私、つまりこれは私の物なんです」


「な、なんだと……! 今すぐ寄越さねば死罪にするぞ!」


「ああ失礼、言い方が分かりにくかったですか? これらを奪おうとするなら究極魔法を放ち、国ごと更地にしてしまうかもしれないですね」


 親切に忠告したというのに彼は顔を真っ赤にして喚き散らす。


「ふ、ふざけるな! 何故この国の将軍である私ではなく、たかが武士見習いがそれを持てようか!? その本は貴様のような小童ではなく私にこそ相応しい! 今すぐそれを寄越せ!」


 相模は勢いよく立ち上がり神音に詰め寄ってくるが、突如バチンッという音と共に弾かれて尻餅をつく。何が起こったのか理解出来ていない彼は目を丸くしていた。


 弾いたのは神音の周囲を覆う透明な薄い膜。

 ――〈絶対不可侵領域(タンゲレメノリ)〉。

 究極魔法の一つであり、ありとあらゆる存在を弾く防御魔法。


「近寄らないでくださいよ。まあ怒らないでこれを見てみてください」


 宙に浮かんでいた一冊を手に取った神音は、適当なページを見せつける。


「な、なんだそれは……文字?」


 相模は目を大きく見開き困惑の声を出す。それもそのはずで、見せられた本のページには理解できない文字とも分からない何かが書いてあるからだ。ミミズのような文字もあれば、ただの丸い記号だったりサイコロのようなものもある。


「このように、あなたではこの本を読めないし使えないんですよ。宝の持ち腐れになるくらいなら私が貰いますよ。文句ないでしょう」


「ぐっ、くっ、こんなことが……いや待て! なぜ小童はそれを使える!? その意味不明な文字が読めるというのか!?」


 矛盾に気が付いた相模が叫ぶ。

 自分が読めもしない文字を、どうして十年程しか生きていない子供が理解できるのか。隠す必要もないので神音は正直に話す。


「さあ、理由は分かりませんが昔から私は全ての文字を理解できた。読むことが出来るというより、理解出来るというのが正しい表現です。ここに書いてある文字も全て理解することが出来る。……例えばこのページに地獄より現れる黒炎と書いてあるのですが、分かりませんよね?」


 相模は首を縦に振って分からないことを示すと立ち上がる。

 落ち着いたようなので神音は本を閉じて、空中に浮かせて放置する。


「でしょうね。この文字はこの国のものではない。もしかすればあの空より高い漆黒の向こう側の文字かもしれない」


「そうかもしれないな。……ところで相談なんだが、お主、いやその前に名を聞こうか」


「神野神音です、覚えてもらわなくて結構ですよ」


 相模は先程まで座っていた黒塗りの横長椅子に腰を下ろす。

 いったいどうしたのかと神音は困惑の視線を向けるが、その疑問はすぐに解消される。


「神音、この地の守り神になってくれないか」


「守り神? なんですそれは」


「言葉の通りこの地を、国を守ってくれないかという意味だ。戦場で少しその魔法を使ってくれるだけでよい。たったそれだけしてくれれば、お主は好きに過ごしてくれて構わない。どうだろうか?」


 神音は相模の問いかけに手を顎に当てて深く考える。

 何十何百という思考の渦の中、未来図を描いてから一度頷いた。


「いいでしょう。この地を守るというのは引き受けますよ」


「そうか、それならばよい。それでは命令を下すまでは……む、なんだ騒がしいな」


 ドタドタと複数の足音が近付き、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「将軍様! ご無事ですか!?」


 扉からは鎧と刀で武装している大勢の武士達が流れ込み、焦った叫びを上げる。

 神音が天井を突き破った轟音で異常に気が付いたのだろう。あれだけ大きな音だ、気付かないわけがない。消音魔法でも使っておけばよかったと今更ながら後悔する。


 武士達は神音を曲者と見なしたのか、抜刀して戦闘態勢になった。

 究極魔法の試し打ちの的にでもしようかと考えた時、相模が慌てて叫ぶ。


「待て待て! その者は敵ではない!」


 武士達全員が相模へと戸惑った顔を向ける。


「その者は神音。究極魔法を操りし最強の魔導士にして、この国の守り神! 大賢者神音だ!」


 相模は両手を大きく広げて言い放った。

 武士達はといえば、それを聞いてまだ幼い子供に恐れの視線を向けて跪く。

 なんて滑稽な者達か。神音は大人達を冷めた瞳で見下ろす。


「国の民達全員に伝えよ! 私達の国は今、最強の力を手に入れ無敵となったということを! もはや天下統一したも同然だということを!」


 それから数日。

 城下町にある御触書(おふれがき)が貼られる看板に、大賢者神音について詳細が書かれているのを神音が発見した。その看板を見た人々は神音のことを大賢者様などと呼び、神の如く崇めるようになっていた。


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