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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
五章 神谷神奈と大賢者
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エピソードオブ大賢者1

また割り込みにしては少し長めの話です


 狭く閉ざされた空間に、まだ力も碌にない赤子が静かに佇んでいた。

 時折振動することにも一切動じず、その場所がどこなのか赤子であるにもかかわらず理解していた。


 この場所は――妊婦の腹の中。


 暗いのも、閉ざされているのは当たり前だ。しかし下の方から光が射しこんで来たのを確認し、赤子は回転して泳ぐように新天地に頭を出す。やがて全身が外に出て自由になった時、産まれたことを確かめるように産声を上げる。


「ほぉ、なんだいこの赤ん坊は……。赤ん坊のはずなのに理知的に見えてくる、目から強い意思が感じられる。産婆(さんば)をしてきて十年以上経つけど、こんな赤ん坊は見たことがない……!」


 産婆。出産を手助けする人間に抱きかかえられて、赤子はぬるま湯に浸けられる。

 大人のような理性を持っていた赤子は、少し熱いと心の中で文句を言いながら周囲を観察する。


 造りが酷い木造建築。まるで歴史の教科書に出てくるかのような屋内。

 目線を動かし、ゆっくり首を捻り、外の風景を見ようとするが現状体力のない赤ん坊の体だ。支配しようとする眠気には勝つことができない。


(人間ども……必ず君達を……)


 深い眠りにつく前に、赤子は呪詛のようなドロドロとした負の感情を爆発させた。



 * * * 



 神野(かみの)神音(かのん)。それが赤子に付けられた名前だった。その名は不思議なことに、両親が神音の幼い顔を眺めていたら突然頭に浮かんだのだという。誰かに話してもそんな話は信じてもらえない。


 現在、すくすくと成長した神音は十歳となった。

 男にしては長めの、肩に届きそうなくらいの艶のある黒髪。整った中性的な顔立ち。女性と見間違われることが多いがれっきとした男性である。


 一歳になる前に母親と会話し、文字を覚えて書いていた。

 二歳になると神童と騒がれ、鬱陶しく思いながらも大人の期待に応えた。

 三歳になると実家の戦闘訓練に参加。父親相手でも掠り傷一つ負うことない強さを最初から持つ。戦国時代の武士の家であったため、将来は英雄になれると神音を見た誰もが断言する。


「神童、か。……馬鹿な連中だ。私が何を目的として生まれたかも知らず、そんなことを(のたま)うとは。裁きを受けると知ればどんな顔になるのかね」


 硬い砂が敷き詰められた訓練場で、木刀の素振りをやり終えた神音は呟く。

 日課となる素振りの回数は千回。父親に言われて始めたことだが、今では汗一つかかずにやり終えることが出来る。日課の様子を見ていた他の武士の家系の子供達は、心の奥底でぐつぐつと沸騰している嫉妬に身を焼かれていた。神音に向けられる視線からそれくらい分かる。


 天武の才とも呼べる力を持っている神音は、妬ましそうな視線を涼しい顔で受け流して廊下に出る。すれ違う大人達からもドロドロとした嫉妬の視線を受けつつ、神音は堂々と胸を張って歩き、外で待っていた父親の元に向かう。


「……終わったのか」


「ええ、ノルマはこなしました」


「……ついてこい」


 立派な(まげ)を撫でながら寡黙な父親はドシドシと歩いて行く。向かう先は国を治めている相模(さがみ)という男の元だ。

 父親だけでなく、他に何人も相模の元に向かう武士を見かけた。

 城の広い庭にやって来た時には既に何列かに分かれて整列していた。


 並んだ先にあるのは大きな石を積んで作られた石垣。その上にある白い壁と立派な鉄の瓦で覆われた屋根。派手な建物ではないが、不思議と目を向けさせる城がそびえている。


 砂利が敷き詰められている庭に集められた武士とその子供は、正装である〈かみしも〉という薄い青の服を着ていた。肩を覆う布が多い上着、ゆったりとしたズボンだ。ズボンの裾は地面に当たるスレスレの場所にまで下がっている。


「――突然の声掛けにもかかわらず、よくぞ集まってくれた」


 城を眺めていると城主の相模がようやくお出ましになった。

 錫杖(しゃくじょう)のような家紋が入った漆黒の法衣に身を包む、鼻の大きな中年の男だ。傍には白い着物姿の召使いの女性を控えさせている。


 集められた者達は彼の登場で片膝を地につけてしゃがみ込む。

 相模が膝まづいている男達に「立ってよい」と告げると全員が立ち上がり、彼が話す次の一句一言を聞き逃さないよう耳を傾ける。


「これより話すこと、知っている者もいるだろう。……瘴気はこびる森深く、そこに眠る三冊の魔導書のことを」


 相模は拳を固く握りしめて語り出す。


「以前旅の商人が儂に話してくれたことだ。手にした者に知恵と絶対的な力を授けるという魔の本。それを手に入れるために送った捜索隊は全員帰ってこない。だがその原因は分かっておる」


 相模だけではなく、その場にいる全員が理解しているはずだ。

 三冊の魔導書と呼ばれる本は、毒素が蔓延すいる深い深い森の中に存在している。向かった者達は溢れんばかりの毒素に倒れ、今頃は白骨死体と化しているだろう。


「瘴気は今までかなりの犠牲を出した。だが! だがこれを見よ! これこそ瘴気を打ち消す――防御の魔導書なり!」


 相模が天高く掲げたのは一冊の白い表紙の本。

 それがたった一つの希望であることを察して、集まった者達は嬉しさに「おぉ」などと声を漏らす。


「この本さえあれば瘴気など恐るるに足らず! 今こそ若くして犠牲になった者達が報われる時だ……! 本日、魔の森に向かう捜索隊を派遣する! さあ! 我こそはと思う者は、英雄になりたい人間は手を挙げよ!」


 相模の叫びに手を挙げる者は意外にも少数だった。誰もが失敗しか知らないために、大丈夫と言われても死んでしまうのではという気持ちがあるのだ。手を挙げている少数は恐れ知らずの子供が大半であり、その中に神音の手も交じっていた。


 親としては誰もが止めたいだろうが、自分の子供が魔導書を手に入れれば一気に国の英雄。欲に負けた大人達は誰も自分の子供に手を下げさせない。子供は実践経験が少なく知識も少ない。だからこそいい機会、そう思っている者もいるだろう。

 挙手したのが子供しかいない現実に相模は眉を顰める。


「……まあよい、魔導書を持ってきた者には相応の褒美を与える! 本日、太陽が国の真上に昇った時に将軍に付き添って出発するようにし……必ず持って帰ってきてまいれ!」


 相模は命令して去っていき、続いて他の大人達も子連れで去っていく。


「よくぞ手を挙げた、そして挙げたからにはお前が持って帰れ」


「……ええ、興味はありますし問題ないです」


 偉そうに口を開くくせに手を挙げなかった父親に内心呆れる。

 大人とは、否、人間とは屑だ。彼は屑らしい本性を隠すことがない。


 父親という一番の屑は置いておき、神音は真昼に捜索隊集合場所へと向かった。

 国の入口である大きな門の近くでは既に捜索隊メンバーが集合している。捜索隊を率いるだろう帯刀している部将の男のもとに、十五人余りの子供が集まっていた。


「……子供ばかりだな。まあいいか、俺が将軍の地位に就いている左門(さもん)だ。お前達には俺の補佐をしてもらう。間違っても好き勝手に動いて迷惑を掛けるなよ? まずは二列に並ぶように整列してくれ」


 子供達は言われた通りに並ぶと静かに次の言葉を待つ。

 その様子に「ほぅ」と感心したように呟き、左門は続けて言葉を発した。


「どうやら最低限の礼儀とかは出来ているみたいだな。これから向かうのは知っての通り魔の森だ。生半可な覚悟や軽い気持ちで来ている者はすぐに帰れ」


 彼の言葉で動く者はいない。子供といえどプライドはあるし、親に成果を持ってこいと言われているので帰ろうとするわけがない。目の奥から野心が透けて見える子供達の中で、神音だけは成果などどうでもいいと思っていた。神音にとって今回の捜索の興味は絶対的な力を授ける魔導書のみ。探す物が一緒でも目的は大きく違う。


「よし、それでは出発する! これより数日帰れないものと思え! 三十里、往復で六十里の長い旅路になるぞ!」


 魔の森は国から三十里は離れた場所にある。

 三十里、つまり百二十キロメートルほどの距離。

 普通の人間が歩いて向かうなら一日以上かかる。


 長い旅路なので一日の中で三回の休憩をはさみ体を休めた。三角のテントを張り、三人一組になって休む。他人が休んでいる間、周囲への警戒は交代制で行っていた。


 魔の森に到着した時、神音の目に映ったのは薄い紫の霧が広がっている木々だ。

 見ただけで体に有害だと分かる色で、全員汗を垂らしながら表情を強張らせる。

 二日間歩き続けて三十里、一日に十五時間歩く苦行を成し遂げた子供達は疲労の色を濃く見せていた。しかし目的地に着いたからか左門が休む気配はない。


「それでは突入するがその前に忠告だ」


 左門は人差し指一本をピンと立てて口を開く。


「この森はどれだけ深いか分からない。防御魔法も万能ではなく効果時間が決まっている。もしもはぐれたらこちらも捜す時間がないので、全員慎重に俺の後ろをついてこい。では、魔導書に記された魔法を使うぞ。〈広域化・毒無効(オールアンチポイズン)〉」


 捜索隊は淡く光る白に包まれて、瘴気はこびる森へと足を踏み入れた。


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