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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.6 練習試合――見に来ない?――


 とある山の近くにある長い階段を上った先にある空手道場。

 木造で古さを感じるその場所で一人の成人男性が立ち、十数人の子供達が座って話を聞く態勢を整えていた。


「みんな聞いてくれ、実は急遽練習試合をすることになってしまった。申し訳ないんだけどそれに出場する三名を決めてほしい」


 成人男性、白い道着を着ている秋風(あきかぜ)伸二(しんじ)は真剣な瞳で自身の生徒達を見やる。

 手塩にかけた大切な子供達の反応は喜んでいる者、面倒そうにしている者などなど様々。急な練習試合決定に誰一人として文句を言わない。


「秋野さんがいいと思う! 強いし、大会で優勝しているし!」

「だよねだよね? でもあと二人は?」

「俺? 嫌だね、絶対」

「俺やるやる! 超やりたい!」


 ざわめきが広がっていく中、出場させると決めていた名前が出て秋風は胸を撫で下ろす。そして記録しておくため、背後にあるホワイトボードに黒ペンで、キュッキュッと秋野笑里という名前を書いておく。ただ、後の二人が中々決まらない。


 数分が経過。話し合っているだけでは決まらないと秋風は悟る。


「しょうがない。皆! ここはジャンケンで決めようか!」

「よっしゃやるぜえ!」

「フフフ、私はジャンケン女帝と呼ばれた女」

「俺って実はジャンケン国出身なんだ」

「そんな国ないだろっ!」


 ジャンケンにノリノリの生徒達は少人数で集まって各々ジャンケンを開始する。

 負けた者は膝をつき、勝った者は雄たけびを上げたりガッツポーズをする。そうして数を減らして残り人数は二人になった。


「よっしゃ、どっちが上か勝負だ内藤(ないとう)!」

「そうね外道(げどう)、まあわたしが上だと分かりきってはいるのだけれど」


 内藤という男子、外道という女子が出場権を獲得した。……にもかかわらずジャンケン勝負を止めようとしない。

 一応秋風が「君達はどっちも出場だよ」と告げたのだが、冷静な指摘に二人は「えぇー」と嫌そうな顔をする。


「でもとりあえず勝負だ内藤!」

「そうね外道!」


 二人はジャンケンを開始し道場内の注目を集めた。謎に張り合う二人の勝負が白熱している間に、ホワイトボードに内藤と外道の名前を書く。


 内藤が勝ちを収めたジャンケンに決着がついてから、熱狂していた生徒達が座ってシーンと静かになる。切り替えが早いというか、適応力が高いというか温度の高低が激しくて少し怖い。


「三人揃ったし今日は終わりにしようか。練習試合は来週土曜日の午後二時からだから、皆……特に三人は遅れないようにね」


 生徒達が元気よく「はあい!」と返事して帰り支度をする。


「はぁ、どうしてこうなるんだ……せっかく道場も盛り上がってきたっていうのに」


 秋風は壁に向かって深いため息を吐くと独り言つ。

 そしてもう一度深いため息を吐いて、その場に膝から崩れ落ちた。




 * * * 




 全国の小学生は金曜日に何を思うだろうか。

 宝生小学校の六年一組の教室では、やっと帰れると疲れた顔をしている者がいれば、やったあ帰れると笑顔を浮かべる者もいる。しかし四方八方に跳ねた黒髪が特徴的な少女、神谷神奈はどちらにも属さない。なぜなら授業も聞かずに眠っていたので疲労を感じていないからだ。


 机にうつ伏せになっている神奈のもとに、一人の少女がやって来る。

 オレンジの髪を揺らしながら歩いて来たのは友人の秋野笑里だ。


「ねえ神奈ちゃん。明日の午後二時に道場で練習試合があるんだけど見に来ない?」


「……道場? ああ、あそこか。まあ暇だし行くよ。才華は誘ったのか?」


「才華ちゃんは親の都合ですぐに帰ったし来られないって……残念だなぁ」


 嬉しそうな表情から一転、悲しそうな表情に変化した笑里は窓の外を眺める。

 神奈は心の中で才華も大変だなと呟きながら席を立ち上がる。


「帰ろう」

「うん」


 神奈達は教室を出ていき、通学路を歩いて家へ向かう。

 秋の終わりで冬も近くなっている時期だというのに、神奈と笑里は防寒具を何も付けていない。


 神奈は神から授けられた加護で気温などの上昇低下は感じない。オンオフを切り替えられるが基本発動状態。そのため周囲の人の服装に合わせているが、余計な出費なので防寒具は買っていない。冬場はいつも半袖から長袖に替えるだけで事足りる。


 しかし笑里はといえば夏も冬も一年中半袖であった。息を吐けば白くなるという寒さでも半袖である彼女は、若干普通の感覚からズレている。指摘しても「別に平気だよ?」と言われるだけなので、笑里の周囲の人々は既に諦めていた。


「――さあて、場所はここでいいかな」


 下校中に神奈達はそんな声を聞く。

 声の方向を確かめると、塀ブロックに囲まれた空き地に四人の少年が存在していた。剣山のような髪型をしている少年一人を、他の三人が睨みつけて囲んでいる。


「ん? あれ……喧嘩か?」


「そうみたいだね、ああして友情を深めていくんだよね」


「いやそんな少年漫画風には見えないけど」


 現場は友情を深めるというより、致命的な亀裂が入るような状況。

 神奈が嫌ういじめの現場そのものだが、囲まれている少年は呑気に欠伸している。とても恐れなどの感情が存在しているようには見えない。仮に囲まれている側が強いなら助ける必要はないだろう。


「上野、テメエも今日で終わりだぜ!」

「そうだぜ上野、今日で終わりだぜ!」

「……そうだぜ、今日で終わりだぜ!」


「いや語彙力なさすぎだろ、言ってること全員同じじゃん! それと最後の奴ちょっと考えて結局それかよ!」


 囲んでいる少年達の台詞に思わず神奈はつっこんでしまった。

 こういう時だけ自分のつっこみ気質が嫌になる。しまったと思ってももう遅い。

 少年達は神奈と笑里のことを視認して鋭く睨んでくる。


「見世物じゃねえぞ!」

「そうだ、見世物じゃねえんだよ!」

「……そ、そうだぜ!」


「だからお前ら語彙力酷いな!?」


 そんなやり取りを眺めている中心の少年、上野と呼ばれていた彼は「ふわあぁ」と欠伸をして頭をポリポリと掻く。


「お前ら……もう俺帰っていいか?」


 その言葉を聞いた少年達はハッとして中心の上野に襲い掛かる。

 神奈達は「あっ」と声を上げるだけで止めようとしない。三人の拳が一斉に上野に辿り着こうと進んだが、彼は勢いよく座り込んで下に避けた。三つの拳は対象を失い各々の顔に吸い込まれる。


「あーあ」


 上野は呆れたような声を漏らし、笑里はその動きを見て「わぁ」と声を漏らす。

 少年三人は拳を引き、頬を痛みで赤くしながら蹴りを放つ。


「おっせえなあ」


 上野は勢いよく跳ね、相手の一人に飛び蹴りを叩き込む。さらにその反動でもう一人、続けて最後の一人にも飛び蹴りを喰らわせて元々いた場所にドンッと着地する。

 一連の流れは三人が蹴りを放ってから一秒も経たず行われていた。


「あー、弱すぎ。よっわいなああ……はあ、明日は用事あるし帰るか」


 彼は空き地からドンッという音を立てて跳び上がり、余所の家の屋根に着地。屋根から屋根に飛び移ることで移動して神奈達の視界から外れる。あっという間に見えなくなった彼を見て、神奈達は茫然として少しの間立ち尽くす。


「なんだったんだあいつ」


「でも凄かったね! なんかこうドババッって感じで!」


「お前もか、語彙力……」


 神奈達は気絶していた少年達を一応病院にまで連れていき、そのまま帰宅した。


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