12.7 子王――世の中結局、顔である――
よく晴れている朝。神奈は学校の教室で一人考える。
盗難事件を解決することを決めたので、何かしらしようとは思う。しかし何をどうすれば解決出来るのか分からない。犯人を待ち伏せして、力ずくで捕まえるというのが手っ取り早く、それでいて現実的ではあるが、いつ来るか分からない。朝なのか、昼なのか、夜なのか。朝や夜なら誰もいない時間。昼ならば体育の授業中しかない。だが盗みを働くのを止め、もしかすれば二度と表社会には顔を出さないかもしれない。
盗みを働かれた回数は、これまでに十以上。昼となればそれだけの回数、誰にも見つからず不法侵入しているということになる。憶測にすぎないが、誰かが手引きしている可能性、もしくは生徒の中に犯人がいるという可能性もある。考えれば考えるほど、犯行方法などいくらでも出てくる。
「ねえ神奈ちゃん、難しい顔してどうしたの?」
「もしかして腹痛かしら」
笑里と才華の二人が神奈の近くに寄ってくる。
「腹痛じゃないよ。盗難事件について考えてたんだ」
「盗難事件……まだ学校でしか被害が出てないし、話もあまり広まってないとはいえこのままはまずいわよね」
「人の物を盗むなんて最低だよね! 私が成敗したい!」
成敗とは懲らしめることだが、実は斬首などの重い罰を与えるという意味もある。本人は少しもそんなつもりはないだろうが、腕力が普通ではない笑里に殴られたら死すらありえてしまう。
これは笑里より早く犯人を見つけなければ、大変なことになるなと神奈は密かに思う。
「警察は積極的に動いてくれないし、自分達で解決しなければならないのは確かね」
「あれ? 警察に誰か話したのか?」
「ええ、被害にあった女生徒の一人がね。まあ結果は残念だったようだけど」
小学生の物が多少盗まれた程度では警察も動かない。もちろん被害が続出すれば動くだろうが、規模が小さく、他の事件で多忙ということもあり取り合っていない。
警察も動かない。動いてくれる大人がいても進展がない。つまり子供だけでどうにかするしかない。それがよく分かったからか、笑里が高らかに宣言する。
「それならここは名探偵笑里の出番だね!」
(なに言ってるんだこいつ)
「いい? 二人とも、犯人は絶対に現場に戻るものなの」
「それは絶対とは言えなくないか?」
たとえば連続殺人犯。次の獲物を見つけるべく動くので、現場に戻る意味がない。
今回の窃盗犯も次の犯行に及びさえしなければ、現場になど戻らないだろう。
「ならあれだよ。全身黒タイツの人が犯人だよ!」
「それは推理漫画だし、漫画とかのは演出だから! 実際に着てるわけじゃないからな!?」
「それじゃ名探偵さん。犯人の目星はついてる? 動機は?」
才華が意地悪そうな笑みを浮かべると、笑里に問いかける。
質問された笑里は笑みを消し、視線を神奈達から逸らして口を開く。
「……犯人は絶対に現場に戻るものだよ」
勢いだけで言い出したことなので笑里は何も分かってない。
名探偵というよりも、迷探偵である。
「そういえば女子の私物って何が盗まれたんだ? そこらへんの情報知ってる?」
「噂だと玩具とかのようね。この前はアニメ放送中の魔法少女のステッキが盗まれたらしいわ」
「あぁ、それじゃあ警察も動かないか……」
被害が玩具では、事件として扱うのに少し弱い。警察機関を動かすのは、よほど暇でなければ無理だ。それが玩具屋であるなら立派な事件だが、学校から盗まれたとすれば、そもそもどうして学校にあるのかという疑問も出る。学校に玩具を持ってくることは校則で禁止されているからだ。
(そもそも犯人の狙いはなんだ。女子生徒が持っている玩具なんて盗んで、何をどうする気だ。なんにせよよほどの変態か)
「みんな! 聞いてくれ!」
そう教壇に立って大きな声を上げたのはクラスの人気者、それでいてリーダー的存在である熱井心悟だ。真っ赤な炎のような髪を逆立たせている彼は、数秒で教室中の注目を集める。
「今、六年生のクラスで盗難事件が発生しているのは知っているだろう?」
「知ってる知ってる、有名なやつだよな」
「だよね! 犯人ホントに卑劣だわあ」
「犯人って誰なんだろ……」
教室の誰もが事件のことを知っていて、犯人のことをよく思っていない。すぐに教室全体に不穏な空気が広がるが、熱井はそれを吹き飛ばすように大声を出す。
「決して許せないだろう、だから僕達で捕まえよう!」
(どうしてそうなった。いや許せないのは分かるけど、なんで私達のクラスが捕まえなきゃいけないんだ)
「どうやってだよ熱井、先輩だって捕まえられてないんだぜ」
「だよね、私達じゃ無理だよ……」
自分達が出来るわけないと、まだ小学生の彼らは悲観的だ。許せないと思いつつ、誰も捕まえる行動に移そうとしないのは、単純に勇気が足りないからだ。自分達が弱いと知っているからこそ、犯罪者と対峙などしたくないと思う。
――しかし、熱井だけは違った。
「いや出来る! 諦めたらそこで試合終了だ!」
(なんの試合だよ。バスケとかしてないよね?)
「僕達がこれから先、犯人が来るまで待ち伏せすればいいんだ! もちろん暇だというのならスクワットでも腹筋でもして構わない!」
(そんなおかしなやつらがいたら、犯人が近寄らないだろ)
「犯人はあなただああああああ!」
いきなり笑里が席から立ち上がって、教壇近くにいる熱井に指をさす。
突然の大声に誰もが驚き、注目が集まる。
「どうした笑里、いきなり叫んで」
「神奈ちゃん、私言ったよね! 犯人は現場に戻るものだって! 心悟君は現場に戻ろうとしてる、つまり犯人は心悟君だよ!」
「やっぱりこじつけだよ! 熱井君が犯人なわけないだろ!」
あまりにも酷い推理、もはや推理とも呼べない暴論。なんの証拠もなく犯人と決めつけるなど、頭が弱い考えられない人間の証拠である。せめて犯人扱いするのなら、それ相応の物的証拠か状況証拠がなければ話にならない。
そんな暴論を投げかけられ、熱井は――
「えっ? そんな、まさか、僕がやったのか……?」
顔を青ざめさせて、俯かせた顔を右手で覆い呟いていた。
「お前はなんで真に受けてるんだよ! 自分が無実なことは自分が一番分かってるだろ!?」
「そ、そうだよね、僕は犯人ではないよ! と、とにかくみんなで協力して真の犯人を捕まえるんだ!」
やはり真犯人の尻尾掴むには、単純に次の犯行を待つしかない。だが笑里の言っているように現場に戻ってくるにしても、怪しい人間など神奈には見当もつかない。
手がかりも何もない現在では、学校の中だけでも生徒と教師全てに疑いの目がかかる。神奈は悩みからため息を吐くと、朝のホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴る。
時間なのでクラスの担任教師がやって来て、熱井は教壇の上にいたことで罰を言い渡された。
グラウンド十周。一周二百メートルなので合計二キロメートル走れということだ。しかしそんな程度で終わるような男ではなく、熱井は「その十倍は走ってきますよ!」などと叫び、授業中も体育ではないのに走っていた。
一限目の終了間近、熱井は合計ニ十キロメートルを走り終わって教室に戻る。走り終わった熱井は汗一つかいていない。
日常を修行に変えている男だ、その身体能力も普通の小学生からしたら脅威である。試しに神奈がルカハで測ってみれば身体能力が130と出た。この世界のスポーツ大会で優秀な成績を出せるレベルだ。
130という数値はどう考えても小学生の数値ではない。ニ十キロメートルという長い距離も、全力疾走なら五分とかからない。以前の体力測定の時に握力計も破壊しているなど常人離れした動きで記録を出している。こんなことをいうと笑里や速人はどうなるんだという話になるが、そう考えていると神奈自身の数値が気になってきてしまうので、神奈は考えることを止める。
自分を測ることができないというのが、このルカハという魔法の欠点だ。気になって腕輪に測ってもらったこともあるが、数値を見てから黙ったので神奈は訊くのが怖くなった。
一限目の授業が終わると、神奈の席に才華がやって来る。
「藤原さん、どうしたのさ」
「決まってるでしょう? 盗難事件についてよ」
才華は笑里と一緒に来ると神奈は想像していた。だが笑里は寝ていて動かない。
仲はいい方な二人だが、今のように近寄ってきて話してくるのはだいたいが笑里と一緒だ。笑里抜きで話してくることなど数えられる程度でしかなく、才華と神奈は仲がいいといってもその程度だった。それが一人で来るなんて、盗難事件が起きたことも無意味ではなかったと、神奈は不謹慎だと分かっていても密かに思う。
「なにか犯人捕まえられるいい案でも思いついたのか?」
「案ってほどじゃないけど、一つだけ試してみたいことがあるの」
迷探偵笑里よりは期待できる人間である。才華は考えがぶっ飛んでいるわけではない。
「防犯カメラを設置してみたいのよ」
「……なるほど、まあ藤原さんなら実行できるだろうな」
考えがぶっ飛んでいるわけではないというのは怪しくなってきた。
小学生だけで買える値段でもないだろうし、作るなど論外。しかし才華はお金持ちなので、実現可能ではある。
「それじゃ今から先生達に掛け合ってみるわ、無断で設置はマズいものね」
「だな、じゃあ私は情報収集にでも行ってくるよ。噂だけじゃどうしようもないし、もっと詳しい話を被害にあった学年の人に訊いてくる」
それから才華は職員室に向かい、神奈は被害にあっている六年生の教室に向かう。
宝生小学校は一階に六年生の教室があるので、三年生の教室がある三階から階段で下りるだけだ。
「神奈さん、六年生に話を訊くと言っていましたが当てはあるんですか?」
階段を神奈が下りている途中、腕輪が話しかける。
当然の疑問だ。接点など自分から持ったことがないし、友達は悲しいことに数人しかいない。いきなり知らない者から話しかけられたら困惑するし、性格がいい人間でないと話も聞かないだろう。
「大丈夫だよ、一人いるから。関わりたくないけど」
「……ああ、もしかしてついこの前の」
辿り着いた答えは正解。神奈のしょぼい人脈では、悲しいことに話を訊けるのはただ一人。商店街で知り合った子王だけである。
知り合いといっても神奈はいい印象を持っていない。子王のことをナルシスト先輩呼ばわりし、本名は忘れてしまっている。初対面で自画自賛ぶりを見せられれば、心が広くないと誰でも避ける。基本的に会いたくない変人などの名前を、神奈としては覚える気がない。例外は速人のみで、しつこすぎるから覚えざるを得なかった。
「あの、子王君!」
(ああそうだ、子王とかいう名前だったような気がする)
女子生徒の声が耳に届き、神奈はようやく子王の名前を思い出す。
声の出所を探してみれば、一階の階段の影からだ。神奈は階段を下りて、存在がバレないように見守る。
「どうやら告白のようですね」
「……今って一限目終わった休み時間だよな」
なかなか告白がこの時間に行われることはない。大抵は昼休み、もしくは放課後が主流だ。さらに最近では会話できるアプリで済ませることもある。こうした面と向かっての告白は、現代では減りつつある。
「突然呼び出してごめんね? でも今しかないと思ったの」
(今しかないわけがないだろ。もっと時間考えろよ)
「その綺麗な、人形みたいな顔に一目惚れしました! お願いします、私と恋人になってください!」
「……悪いね、僕のカッコよさは罪だ。君のような可憐な蝶々を魅了してしまうのだから。そしてそんな君の告白を受け入れることができないのだから、僕は本当に罪な男だよ」
(やばいな、聞いているだけで耳が腐りそうだ。現実そんなことはありえないけれど、それくらい言っていることが気持ち悪い。なんだ可憐な蝶々って。普通に名前を呼んであげればよくない?)
発言の意味を理解しつつ、女子生徒は僅かな希望を捨てきれずに確認する。
「えっと、つまり……」
「ごめんなさい、ということだね」
「うっ、くうっ……今なら、花沢さんがいなくなったからいけると思ったのに……!」
女子生徒は振られた事実に落ち込み、涙を零しながら走り去る――外に。
これから授業始まるのに彼女はどうするのか。ショック受けるくらいなら、やっぱり放課後にした方がよかったのではないか。同情はしないが、こうすればよかったのではと、神奈はもっと他の選択肢を思い浮かべていた。
走り去った女子生徒を見送ると、目的を果たすため神奈は子王に姿を見せる。
「よかったのか? 恋人になっちゃえばいいのに」
告白を断った直後だからか真顔であった子王の表情が、やけにタイミングのいい神奈の登場で、僅かに目を丸くしたことで変わる。それでも無表情に近い顔だったが、気が紛れたかのように一息つく。
「君は……神谷さんだね。見ていたのかい? いけない子だ、君も僕に告白かい?」
「寝言は寝て言えよ、そんなことのために来たんじゃない。ちょっと訊きたいことがあってさ、いま六学年で起きてる盗難事件ってあるだろ? あれについて知ってること教えてくれない?」
「……盗難事件、どうして君がそんなことを知りたがるんだい? 危ないよ?」
「興味本位ってわけじゃない、犯人を捕まえたいと思ってるだけだよ。そのために情報が必要なんだ」
盗難事件のことを口にした瞬間、微妙にだが子王の顔が強張る。
間違いなく子王は何かを知っている。そう神奈は確信した。
「僕が知っていることのだいたいはたぶん噂になっている内容と同じだと思うよ? まあそれ以外でっていうのなら、犯人の目撃情報があるかな」
「目撃情報、そんなのがあるのか? だったらどうして……」
「捕まえないのかって? 目撃情報といっても大したものじゃない。夜にたまたま忘れ物を取りに来た子が見たらしいんだ、犯人のシルエットだけを。……大人だったらしい、分かっているのはそれだけ。犯人は走って逃げてったらしいから、その子も追いつけなかったんだってさ」
「大人……か」
大人。まずその言葉で思い浮かぶのは教師だろう。教師も人間だ、犯罪を犯すことも少なからずある。可能性としてはありえないわけではない。
それに教師ならば犯行がしやすいというのもある。生徒に教える立場なら、生徒と接する時間も多い。授業のスケジュールだって知っていて当然で、他のクラス、もしくは自分の持つクラスが体育を行っているとき、授業中に自習とでも言い席を外せば、誰もいない教室での犯行は容易い。
「それ以外は本当に知らないさ、それじゃあ僕は行くから」
もうすぐ授業が始まるからか急ぐ背中に、神奈は情報のお礼を口にする。
「ありがとうナルシスト先輩」
「……できれば子王という名で呼んでほしいよ。可愛い後輩には」
期待はあまりしていなかったが、犯人が大人だと絞れたのは大きい。嘘を吐く理由がないので、信憑性も高い情報だ。
これで才華にはいい報告ができそうだと、上機嫌で神奈は階段を上っていく。
自分の教室に戻る途中、廊下で才華とばったり出くわしたので、神奈は先程の情報を報告する。才華の方も防犯カメラ設置の許可が取れ、二人は一度頷くと、改めて盗難事件解決を決意した。
その日の夜、犯人が現れるかもしれないので、教室にて神奈は才華と一緒にパソコンを見ていた。
防犯カメラ設置については、費用は全て藤原家が負担するという条件だったので、当然受け入れてもらえた。さらに全てで五台も設置する許可がおりている。被害は六年生のみなので、五台でも充分役目を果たせるだろう。そもそも昇降口に一つ設置すれば、侵入者など絶対に見つけられる。
神奈達の後ろには、才華が車で行き帰りするための運転手の老人と、護衛と名乗る黒服五名が立っている。
(それにしても……執事服を着ている白髪の運転手はまだいい。ここまで車で来ているんだからそれはいい。でも護衛ってなんだよ、藤原家って本当になんなんだよ、怖いよ)
「今日犯人が来るのだとしたら早く終わるのだけど……。そううまくはいかないかしらね」
「どうだろうな。……まあ映像見てるだけでいいんだ、気長に見てよう」
六年一組の教室に持ち運ばれた一台のパソコン。それには設置した防犯カメラ全ての映像が流れ続けている。
設置した場所は一階の昇降口、職員室前、六学年それぞれの教室前。昇降口のものは全体が見えるようにしているので、窓ガラスを割って侵入でもしない限り犯人が映る。仮に窓ガラスを割って侵入しても、音で気付いた神奈達が駆けつければいい。
神奈は手元にあるポッテトチップスの袋を開け、一枚取り出して食べる。
「ちょっと神谷さん、遊びじゃないのよ? 重要なことなのだけど……私の分はある?」
「欲しいのかよ……。別にこれ食べていいって」
「ありがとう、ずっと見ているだけだと暇なのよね」
暇などと言うと、遊びではないという言葉の重みがなくなる。
結局二人はお菓子を食べながら話をし、つまらない映画を見ているような気分になっていた。神奈は口元を手で押さえて大きな欠伸をする。もう子供は寝る時間である。
眠くて閉じそうになる目を神奈が手で擦るのを見て、才華も小さいが欠伸をしてしまう。
「眠いわね……」
「お嬢様、どうやら今日は来ないようですな。今日のところはお家に帰りましょう、護衛の方々はテレビを持ってください」
「そうね、神谷さんごめんなさい。せっかく付き合ってもらったのに犯人は――」
「待ってください。お嬢様、神谷様もこれをご覧ください」
パソコンを持ち帰ろうと近付く護衛、その中の一人が映像の一つを指さす。
そこには昇降口の映像が映っていて、人の姿があった。犯人かと喜ぶ才華だったが、神奈はどうも喜ぶことができずにいた。
――そこに映っていたのはナルシスト先輩。つまり子王であったからだ。
 




