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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.593 自称王様登場


 山でキャンプをしている神奈達はバーベキューを終える。

 嘔吐するハプニングもあったが楽しく食べられた。斎藤とゼータは野菜しか食べられなかったようだが力不足が招いた結果だ。二人だって全力で挑めば肉の一枚や二枚を食せたかもしれないのに、自分には交ざれないと諦めた心こそが真の敗因。


「それでは私は失礼します。まだ山菜探しの途中ですし」


「リンナさん、久し振りに会えて良かったわ。元気でね」


「毒があるものに気を付けてねリンナちゃん!」


「お前が言うな。毒キノコを食べたお前が」


 ゼータはキャンプに来たわけではないので、神奈達とずっと一緒にはいられない。

 家族のために、そして節約のために山菜やキノコを採取する役目がある。

 久し振りに会えたのにあまり話せなかったのは残念だが仕方ない。


「……あら? そういえばリンナさんってバチカン市国に留学していたような」


「え、バチカンってどこ――」

「あーそうそうバチカンね、バチカンだったね! 言うの遅くなったけどおかえりリンナ! 久し振りの日本はさぞ満喫したいだろう、さあ妹達のもとへお帰り!」


 ゼータが神奈に近付いて「どういうことですか?」と問いかけてくる。

 正直なところ神奈も忘れていたが小学三年生の時に勢いで、バチカン市国に留学したと出鱈目な発言をしたのを思い出した。クローン問題を抱える彼女を遊びに誘わないよう、笑里達に向けての発言だったはずだ。耳元でひそひそ事情を説明すると彼女は「はぁ」とため息を零す。


「次からはちゃんと言ってください。言わないと何も分からないんですから」


「うん、ごめん。善処する」


 答えを聞いて「約束ですよ?」と笑みを浮かべた彼女は去っていく。

 年に数回しか顔を合わせなくなってしまったし、今年から遊びに行く回数を増やそうと思った。顔を合わせなくても仲良しのままなのはいいことなのだが。


「じゃあ王堂、お前もお兄さんの方へ戻れよ」


 晴嵐は「えー」と口を尖らせて嫌そうな声を出す。


「えーじゃない。お前はお兄さんと仲良くなりたいんだろ? 無用な心配かけていたら悪印象だろうが。とっとと戻れ、捜索願い出されないうちに」


「そうだよ王堂さん。あんまりお兄さんに心配かけないようにしないと」


 神奈に便乗して斎藤がそう言った途端、晴嵐の目の鋭さが変わる。

 懐から拳銃を取り出した彼女は斎藤の頭へ銃口を向ける。


「斎藤よお、お前に説教されなきゃなんねえ覚えはねえぞ」


「何で僕だけ呼び捨て!? 僕も先輩だよね!?」


「貴様のつっこみキャラはよお、姐さんと被ってんだよクソボケ」


 本当に引き金を引きかねないため神奈は力尽くで取り上げて、銃口を握り潰すことで無力化する。それだけに止まらず、銃そのものを丸めて紙屑のようにしてから遥か遠くへ投げ捨てた。

 丸まった拳銃はあっという間に全員の視界から消え失せた。


「困りますね晴嵐さん。神奈さんを斎藤さん如きと一緒にされては。二人のつっこみレベルは天と地ほどの差があるでしょう!」


「腕輪、話がややこしくなるから黙ってくれる? 王堂、お前も妙なこと気にすんなよ。寧ろ私の負担が減って楽になるから助かっているしさ」


 斎藤はどこにでもいる普通の思春期少年であるがゆえ、神奈がつっこみたいことにすぐつっこんでくれるのだ。

 彼の存在、個性の薄さには常に感謝している。

 一緒に過ごしていて一番楽とまで言えるほどである。


「……でも斎藤なんて」

「ねえ僕何かした? 何かしちゃったの?」


 困惑する彼に夢咲と泉が「そういえば」と話し出す。


「私、あなたがゲイだって誰かに話しちゃったかも」

「そもそも僕はゲイじゃないんだけど!? 脳がBL作品に焼かれたの!?」


「実は私も校内の人間に斎藤って六年生は揶揄うと面白いって言ったか、も」

「それは君の感想! ていうか最近やたら揶揄われると思ったらそれが原因か!」


 何だか可哀想になってくる話が後ろでされているので神奈は同情する。

 ……とはいえ晴嵐が彼に拳銃を向けたり、扱いがぞんざいなのは噂と無関係だろう。部活中には彼とよく話しているため嫉妬の可能性がある。晴嵐は無駄に神奈のことを慕っているので十分ありえる話だ。


「あと拳銃はもう他人に向けるな。傲慢な態度も止めろ。いいな?」


「はい。すみません姐さん……と、斎藤」


「先輩は付けてくれないんだ……」


 項垂れる晴嵐と斎藤。

 先輩付けはもう諦めていいんじゃないかと神奈は密かに思う。


「仲を深めたい、遊びたいってんならまたいつか付き合ってやるからさ。今はお前を待っているはずの人のところへ帰れよ。私達は逃げも隠れもしないんだからさ」


 晴嵐は「はい、オレ帰ります」と爽やかな笑顔で告げる。

 家族も神奈達も逃げないしいなくならない。仲を深める時間などこれからたっぷりあるのだし急ぐ必要もない。彼女が兄と仲良くなれるのを祈る――そんな時だった。


「――神奈さん! 何かが途轍もないスピードでこちらに向かって来ていますよ!? 到着まであと一秒もかかりません!」

「対処する時間がねええええええ!」


 ようやく話が纏まったところでの乱入者。

 上空から降って来た人間が着地して、大地に小さなクレーターを作り上げる。その人間を見た晴嵐が目を丸くして「あ、兄貴」と呟く。


 晴嵐と似た赤髪をオールバックにした男だ。

 そこらの野生動物が臆して一目散に逃げ出すくらいに怖い。

 目の下にある横線の傷もあって、ただでさえいかつい顔面がとても怖い。


「晴嵐……貴様、こんなところで何をしている」


「兄貴こそ……。もしかして、オレを心配して捜してくれたのか?」


「心配? ふっ、くくっはははははは! この世の頂点、王たる俺様が誰かの心配をするわけがないだろう。血が繋がっている程度で貴様如きを特別扱いなどせん。ここへ来た理由に貴様は関係ない」


 晴嵐がなぜ傲慢な態度と発言を繰り返すのか、神奈は原因が分かった気がした。

 家族で兄や姉といえば弟妹の見本となるべき存在。それがあからさまに異常者のような喋り方と態度。晴嵐が傲慢に育ってしまったのは確実に目前の男のせいだ。

 全て察しただろう才華の瞳に怒りが宿る。


「ねえあなた、そんな風に言わなくても――」

「黙れ。まだ王たる俺様が話している途中だ」


 突如、才華の開いていた口が勢いよく閉じられた。

 歯と歯がぶつかったガキンという音がしたことからも痛さが伝わる。目を見開いた彼女は両手で口と顎を押さえる。


「この中に、これを投げた者がいるはずだ。俺様に丸まった拳銃をぶつけた不届き者が、速度と方角から計算して確実にいる。俺様はそいつに制裁を加えに来ただけだ。王たる俺様の気分を害した罰を与えなければならん」


 偉そうに喋る男が見せつけたのは確かに丸まった拳銃。

 拳銃といえば、ついさっき神奈が晴嵐から取り上げて投げ捨てたはずだ。しかも紙屑のように丸めてから遠くへ投げたはずだ。ここまで状況証拠が揃ってしまえば犯人は自ずと分かる。


(私だああああああああああ! 確実にさっき投げたやつだああああ!)


 普段面倒事に巻き込まれる側の神奈だが、今回ばかりは巻き込んだ側になった。


「あ、あのーそれ私が投げ捨てたやつです。ごめんなさい」


「ようやく名乗り出たか不埒者め。貴様、名は?」


「神谷神奈」


「……その名前。そうか、貴様があの神谷神奈か。それなら遠慮はいらんな、貴様を死罪にしてやろう。俺様に殺されることを光栄に思え」


 神奈が咄嗟に「頭イカれてんのか?」と口に出してしまった時。

 赤髪オールバックの男が丸まった拳銃をデコピンで弾き、途轍もないスピードで神奈の額へ直撃した。


 あまりの威力に上半身だけ反れてしまうほどの高威力。

 少し驚きつつ体勢を直して額に触れると、少量の液体の感触が指にあった。何かと思い指を見てみれば赤い液体が付着していたため目を丸くする。神奈が自分の血液を見るのは随分と久し振りだ。


 拳銃は頑丈だがデコピンで弾いただけで神奈が血を流すなど珍しい。

 魔力が込められた刃物で刺されたら出血するが、拳銃には何の魔力も込められていなかった。つまり純粋なデコピンの威力だけで神奈にダメージを与えたということ。その事実だけで目前の男が出鱈目な存在だと分かる。


「や、止めてくれよ兄貴! 姐さんを攻撃しないでよ!」


 分かりやすく焦っている晴嵐が神奈の前に出て庇う。しかし、兄に「どけ」と言われたままに従って横へずれた。


「俺様に命令するな。次に命令したら実妹だろうと罰を与えるぞ。……それはそれとして貴様、なぜ生きている? 俺様が殺すつもりで攻撃したのだから死ねばよいものを。神の系譜、やはり只者ではなかったか」


「勝手に死罪なんてごめんだぜ。並の人が今の喰らえば死ぬけどさ。それよかお前は滅茶苦茶強いな、血を流すなんて久し振りだぞ。しかもデコピンで」


「当然だ。この俺様、王堂(おうどう)晴天(せいてん)には力がある。ゆえにこの世の王なのだ」


「――突然変異、ですね」


 唐突に話に割って入ったのは神奈の右手首にある腕輪だ。

 普通腕輪が喋る事態ともなれば初めての者は驚愕する。あの天寺静香だって驚いていたのに、目前の王堂兄は全く動じない。興味深そうに「ほう」と呟いただけである。


「生命体にはたまに、突然変異体と呼ばれる者が生まれます。特殊能力を持っていたり、身体能力や魔力が高まったりと種族を超越した存在になるのです。トルバ人にしては強すぎるレイさんやエクエスも突然変異体ですよ」


「へえ、つまりこいつは地球人を超越した存在ってわけね」


「当然だ。俺様は誰よりも強い、この世の王なのだから」


「お前そればっかりだな。もう飽きたわ」


 口を開けば自分が王だと告げる晴天に神奈はうんざりしてくる。

 何となく、何となくだがもう察しはついた。晴天は自分の力の強さで調子に乗っている痛い人だ。しかも他人を見下しまくっているし、家族への当たりも強い。


「……ふん。貴様等いつまで立っている? 俺様の前ではひれ伏せ」


 晴天がそう告げた瞬間、神奈と速人以外が頭を下げて座り込む。

 固有魔法は他人に命令出来るとかそんなところだろう、言動とベストマッチな効果だが使っても碌なことにならない。それに神奈は加護のおかげで効かないので無意味な固有魔法だ。


「ぐっ、お、おおおおおお! この俺がこんな奴に頭を下げるなどおおお! ありえんぞおおおお! 意地でも立ってやるうううう!」


 意思の強さか実力か、速人は根性でひれ伏すのを耐えていた。

 もう少しで膝を付いてしまいそうだが必死に立っている。血液が目と鼻から垂れてもお構いなしで耐えようとしたが、やがて糸が切れたように顔面から地面へ激突する。


「もう止めてよ兄貴! オレ、この人達と一緒に居たいんだ! 殺さないでくれ!」


「止めん。認めん」


 頑なな様子の晴天に神奈は苛つく。


「誰が誰と付き合うかなんて個人の自由だろ」


「晴嵐は曲がりなりにも俺様の妹。弱者と付き合うなど俺様が許さん」


「なら、私がお前より強ければこのまま付き合い続けてもいいってわけか」


「そうなるな。無論、そんなことはありえないわけだが」


 こういった力に溺れた人間を納得させる時、一番手っ取り早いのが自分も力を見せつけること。時には言葉より暴力を選んだ方がいいケースもあるのだ。


「やってみなきゃ分かんないだろ。ボコボコにしてやんよ王様」


「戦って勝つのが俺様だという運命は変わらん。だから一つ、貴様をテストしてやろう。俺様より強いとぬかした阿呆が、全力の一撃を喰らっても生き抜けるかどうかをな」


「一発殴られるのを耐えるだけか。それでいいなら早くやれよ、楽勝だから」


 晴天は「愚か者め」と呟き、神奈の右頬を斜め下から殴り上げる。

 その場に留まろうと思っていたが彼の力は想像以上に強い。両足が地面から離れ、木々を貫いてあっという間に大空へ飛ばされる。晴嵐の「姐さあああああああん」という悲鳴が微かに聞こえた。


 想定外だったのが彼の実力意外にもう一つ。パンチの打ち方。

 今まで戦ってきた者達と比べて遥かに――未熟。


 晴天は素の実力が高すぎるがゆえ、おそらく本気の戦いをしたことがない。殴り方をまるで分かっていない素人同然の拳は、せっかくの腕力を活かせないのだ。こればかりは戦いで危機感を抱かないかぎり改善しないが神奈にとってはありがたい。


 ある程度飛ばされたところで、神奈は飛行魔法〈フライ〉を使用する。

 このまま飛ばされていては日本列島を出てしまう勢いなので、まだ国内にいるうちに山へ戻って行く。パンチに耐えられても、道に迷って帰れなかったのでは意味がない。


 元々いた場所へ神奈は静かに着地した。

 帰って来た瞬間に晴嵐が「姐ざああああん!」と泣きながら突進してきたので受け止め、引き剥がそうとするが中々剥がれない。仕方なくそのまま放置して晴天を見やる。


「これで認めてくれるんだろ。王に二言はないよな?」


「……ふん、約束は破らん。貴様という個人を認めてやろう」


 晴嵐が泣き止み「あ、兄貴! それじゃあ!」と嬉しそうな笑みを浮かべた。


「これからも晴嵐の恋人として付き合うことを許可してやる。光栄に思うがいい」


「そうかよかっ……今なんて?」


「ふん、今日はもう帰るぞ晴嵐。家に置いてあるプリンが食べたくなった」


 解決出来たと思ったのに、おかしな言葉が聞こえた神奈は耳を疑う。

 泣いて喜ぶ晴嵐は実兄に抱きつき、その実兄はといえばそのまま飛び去る。


「……え……え? ええっと……とんでもない誤解されてないか?」


 もう視界から消えた兄妹への問いは当然届かない。

 暫くの間、神奈は茫然とその場で立ち尽くしていた。




 * * *




 山のキャンプ場へやって来ていた神奈達だがもう空は暗い。

 夜空に星々が見える時間、まだ小学生の子供達は就寝時間――なわけがなかった。夏で友達と行いたいことといえば色々あるが、夜やれることは限られる。否、夜だからこそ光り輝く遊びは楽しいのだ。


 これから行われるのは笑里や霧雨が持って来ていた夏の定番――花火である。

 バケツを水で満たし、十分な距離を取って各々が花火に火を点ける。


 派手な光を撒き散らすもので楽しそうに笑う笑里と才華。

 鼠のように地を素早く移動するもので他者を揶揄って笑う泉。

 泉に仕返しとして同じことをやって笑う夢咲達。

 そして線香花火を持ちながら座り込む神奈と速人。


「おい、気付いているんだろう?」

「何が」

「藤原だ。今日の様子がおかしいってこと」


 右頬が赤くなっている神奈は「ああ、それね」と呟く。

 今日の才華は何かに悩んでいるように見えた。文芸部員は全員気付いている。


「本人が言わないなら無理に言わせる必要ないんだよ。あいつが悩むなんてよっぽどのことだろうけど、暫くは様子見。才華のことだ、自力で解決出来るかもしれない」


「ふん、そうか。なら俺達は勝負に集中するとしよう」


 神奈達は現在、どちらの線香花火が先に地面に落ちるか勝負していた。

 負けた方が勝った方の宿題もやるという条件での真剣勝負である。


「集中なんて無意味。無駄無駄無駄無駄ア! 私ならこの線香花火、一分だって落とさずにいられるね! 敗者は既に決定しているのだア! そう、つまりお前!」


「なら俺は二分落とさずにいてやる」


「だったら私は三分! この勝負、勝つのは私なんだ。私でなければならない!」


「いやそもそも線香花火って、個人のやり方で火の玉が落ちる秒数は変わらないと思いますけど。しかも二分以上保たれるものなんて見たことありませんよ」


 腕輪の説明を無視した二人は、目を血走らせて決着の時を待つ。

 そしてついに決着の時間が訪れた。両方の線香花火が地面へと落ちたのだ。

 見ていた限りだと二人の線香花火の火の玉が落ちたのは同時。つまり引き分け。


「よし、引き分けってことで私の宿題は頼む」


「何が頼むだ馬鹿。お前が宿題をやりたくないだけじゃないか」


「神奈さん、観念して自分でやりましょうよ」


 小学生が一番嫌うのは夏休みの宿題だと神奈は思っている。

 終わらないわけではなく、やりたくない。読書感想文や自由研究に至ってはやって何の意味があるというのか。だいたい勉強をしている時点で休暇ではないのだ。休みだというのなら勉強から解放してほしい。


「――みんな聞いてくれないかな」


 全員の花火が消えた後、才華が声を上げた。

 テント近くに置いたランタンの灯りに照らされる彼女のもとへ全員集う。


「どうしたの才華ちゃん、真剣な顔して」


「……みんな、私は……みんなと同じ中学校へ行けなくなっちゃった」


 なるほど、と神奈は納得する。

 彼女の悩みは進学についてだったのだ。引っ越すとまでいかずとも別々の学校に行くのは寂しくなる。宝生小学校の生徒はほとんどが宝生中学校へ進学するが、藤原家の都合で別の中学校になってしまったのだろう。


 突然の告白に驚いたままなのは笑里、夢咲、斎藤のみ。

 他の者も驚いてはいたが神奈同様に納得して受け入れている様子だ。


「え、どういうこと? 才華ちゃんの家はお金持ちなのに、中学校へ通えないなんておかしいよ! 宝生中学校へ一緒に行こうよ! 私、才華ちゃんがいないと嫌だよ!」


「笑里さん、中学校へ通えないんじゃなくて、別の中学校へ行くって話だから。……私立高三野(たかみの)女学院へ進学してくれって両親に言われちゃってね。友達と通いたいっていうのは私の我が儘だし、受け入れるしかないの」


 高三野女学院といえばテレビのコマーシャルで何度か見たことがある。

 大企業の跡取りや資産家の子供等々、金持ち中の金持ちが集まる超お嬢様学校だ。つまり、才華の両親は人脈作りに徹してほしいのだ。お嬢様達とのコネ……いや絆はきっと役立つ時がくる。


「私は藤原の長女。最近はお父さんが経営している会社の一つで、副社長代理として指揮を執り始めたわ。お父さんのフォローありきだけど勉強になっている。……私に足りないものは人脈。不祥事を起こした場合に備えての弁護士。大企業の跡取りとの繋がり。よりよい斬新なアイデアを生み出すためにも、人脈というのは大事だもの」


「だから高三野女学院か。あそこは超お嬢様学校だしなあ」


「神奈ちゃん! 神奈ちゃんは何でそんな平気そうなの!? 嫌じゃないの!?」


 目を潤ませた笑里が神奈に詰め寄り、肩を掴んで揺さぶってきた。

 神奈だって友達と一緒の学校へ行きたい。才華だけ別の中学校へ行くのは嫌だし、どうにか出来るなら引き留めたいと思っている。本人が乗り気でないのに行かせたくないとも思う。しかし藤原家の都合であるなら口を挿めない。


「静かにしろ秋野」


 家の都合を理解しているだろう霧雨がそう告げる。


「和樹君もどうしてそんなに冷静なの!?」


「冷静さは大事だぞ、どんな時でも必要だ。……藤原の家は元々、娘を宝生小学校へ通わせるような家じゃない。本来ならもっとランクが上の学校へ行っていたはずだ。出会えたこと自体が奇跡みたいなものなんだぞ。中学生になるにあたって、藤原は本来行くべき場所へ行くだけだ。俺達がどうこう言える話ではない」


「そうだね、僕も悲しいけど止められないよ」


 霧雨の言葉に斎藤も同意して、文芸部員が頷く。


「凪斗君まで……。神奈ちゃん、何とかならないの?」


 ようやく揺さぶるのを止めてくれた笑里に対し、神奈は希望の言葉を掛けられない。家庭の事情でも王堂兄妹のようなパターンならどうにかなるが、藤原家の場合は迂闊に手出し出来ない。もう別の中学校に行く運命は変えられないと思っている。


「こればっかりはしょうがないよ笑里。中学校が別々になっても今生の別れってわけじゃないんだし、才華とはいつでも会えるって。中学校に通えない夢咲さんとだっていつでも会えるんだしさ」


「ねえ待って、さらっと私が進学出来ない前提で話を進めないでよ。貧乏だけど私も宝生中学校へ通えるから。霧雨君にお金を借りて通うから」


「大人になったら返してもらうからな。利息なしでもいいから必ず返せよ」


 中学校に行くために小学生に金を借りるなど、聞いていると混乱する状況だが霧雨なら確かに貸せる。様々な発明品の開発費用は株で稼いでいると以前言っていたし、何千万という単位の資産を所持しているのだ。果たして夢咲が将来働いて返せるかは疑問だが、彼女の性格上決して踏み倒す真似はしないだろう。


「おい笑里、お前が話すべきは私じゃなくて後ろにいるだろ?」


 肩を掴む笑里の手を振り払った神奈の言葉で、彼女は静かに後ろを向く。


「笑里さん、私も悲しいし辛いけど行こうと思っているわ。藤原家に生まれた者としての務めを果たさないといけないから。……だから、あと半年近く、後悔しないように学校生活を楽しみましょう」


「うん、うん。分かった。卒業まで楽しもうね、いっぱい遊ぼうね……!」


 いつもの笑顔なのに彼女の目からは涙が溢れていた。

 無理に笑みを浮かべているのは誰でも分かるが、笑っているのは彼女なりの気遣いだと分かっているからこそ誰も指摘しない。


 彼女の心の準備が終わるのはいつになるだろうか。

 卒業という一時的な別れの日、彼女が心から笑えることを神奈は祈る。


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