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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.592 キャンプで知り合いに偶然会う確率は天文学レベル


 自宅の豪邸にて藤原才華は実父へ怒鳴り声を上げる。

 怒りのままに「どうしてよ!」などと叫ぶのは実に才華らしくない。

 普段は冷静に物事に対処出来ているというのにこの時ばかりは違った。


 怒鳴り声を上げる原因となったのは父、堂一郎の発言だ。

 普段通り「うむ、そうだな」と言われても怒らないしスルーするが、今日の発言は才華の冷静さを欠かせるレベルのもの。


「声を荒げるな才華、常時冷静であれと教えただろう」


 つい立って横長のテーブルを叩いてしまったが今は食事中。

 立つのもテーブルを叩くのも良くないと分かっていたつもりだった。

 分かっていても人間、沸点を超えると自制が効かなくなる。ましてやまだ小学生の才華に感情のコントロールを完全なものにしろなど無理な話。歯を食いしばった才華は大人しく椅子に腰を下ろす。


「……ええ、ええ。冷静になれるならとっくになっているわよ。そんなことより理由が知りたいのよお父さん。先程の発言の理由をね」


「お前は藤原の後継者となる者。それが理由だ」


 実母である山茶花(さざんか)が堂一郎の言葉に頷く。


「そうよ才華、あなたは藤原家の娘なの。お友達とお別れは辛いでしょうけど今生の別れではないの。一時的なものなのよ。……受け入れなさい、あなたが藤原の娘であるならば」


 才華にとって両親は絶対的な存在。

 欠点はあるが尊敬しているし、反抗する気も起きない。

 結局「……はい」と両親の決めた方針を受け入れるしかなかった。




 * * *




 八月初旬。小学生は夏休み真っ只中。

 宝生小学校六年生の神谷神奈は現在、友人達とキャンプをしようと山にやって来ていた。去年友人達は海に行ったらしいが、神奈は事情があって行けていない。そのため今年は才華が「去年の分まで楽しみましょうね」と言ってくれた。


 小学生最後の夏なのだ、言われなくても友人達と遊ぶつもりである。

 宿題を後回しにしてでも遊び尽くすつもりだ。仮に宿題が終わらなくても卒業まで粘れば時効に出来る。……いや、三年生の時を思い出すと夏休み明けに絶対やらされるだろう。今年は早めに終わらせると決めた。


「テントの設営も終わったし今やることはやったわね」

「ああ、虫除けスプレーもかけたしな」

「この季節は蚊が多いの嫌よね……」


 才華の言葉に神奈が頷く。


「これから何すんの?」

「そうね……山といえばキノコや山菜集めかしら」

「ごめんそれだけは勘弁してくれ。私、今まで言わなかったけどキノコ嫌いなんだ。形も味も全てが嫌いなんだ。例外はキクラゲだけなんだ」


 キノコを採取するのは別にいいが、その後は絶対に食べるつもりだろう。三年前も同じことをしたしそうに違いない。友人達には悪いが今回は神奈自身が楽しみたい。嫌いなキノコのことは考えたくないのである。


「……となると……あれ? キャンプって何をすればいいのかしら」

「まさかのノープランか。才華らしくないな」

「私、神奈さんが思っているほど完璧じゃないもの」


 ノープランなら仕方ない、そもそも才華に計画を立てろなんて誰も言っていない。

 自分のやりたいことを決めるために神奈は友人達の様子を見ることにした。友人達は今己のやりたいことに没頭している。それに便乗する形で過ごせば昼食まで時間を潰せるはずだ。

 一先ず神奈は夢咲夜知留がいるピンク色のテントへと向かう。


 テントは女性陣と男性陣の二種類を用意してある。

 少し狭いが神奈、才華、笑里、夢咲、泉の五人がピンクのテントを利用するつもりだ。それに比べてブルーの男性陣テントは霧雨、斎藤、速人の三人のみと過ごしやすそうである。


 女性陣テント内を覗くと夢咲と泉の二人が中で読書していた。

 アウトドアなのかインドアなのかよく分からない過ごし方だ。


「二人は読書か。笑里はどこ行ったんだ?」


「秋野さんならキノコ探しに出掛けたよ。私が食べれるキノコの特徴を教えておいたから大丈夫……なはず。……あれ、大丈夫かな、急に不安に」


「毒キノコ食いそうな奴を一人で行かせんなよ」


 笑里の頭が弱いのは誰でも知っている。見た目が美味しそうなんて理由で毒キノコを食べてもおかしくない。

 不安を顔に出す夢咲は「ちょっと様子見てくる」と告げてテントを出て行った。


 様子を見るのは彼女に任せた神奈達は男性陣テントへと向かう。

 ブルーのテントへ近付くと急に速人の怒鳴り声が聞こえてきた。

 不思議に思った神奈は才華と顔を見合わせて、入口の布を捲って中を覗く。


「だから邪魔だと言っただろうが! すぐに片付けろ!」

「蚊の対策をしろと言ったのはお前だろう。文句言うな」


 テント内で言い争っているのは速人と霧雨の二人。

 その間には巨大な緑色の蚊取り線香が存在していた。

 状況を把握するべく入口近くで困り顔をしている斎藤へ話を訊く。


「何があったんだこれ? でっかい蚊取り線香があるけど」


「神谷さん……実は、夏場は大量の蚊がいるから対策しようって話になってさ。でも霧雨君が作った巨大蚊取り線香を置いたらスペースが圧迫されちゃって。退けろって隼君が怒っているとこ」


「まず一言。市販の物を使え」


 なぜ自作する必要があるのか。なぜ大きくする必要があるのか。

 蚊取り線香なんて今時コンビニでいくらでも買える時代。

 販売されている物を使えばそれだけで全て解決する気がする。


「――神谷さん神谷さん大変だ大変だ、よ!」


 大声で呼んでいるのは泉だ。男子達のくだらない喧嘩を仲裁する暇もなく、神奈は「今度は何だよ」と呼ばれた方向へと走る。


 テントから外に出ていた泉の傍らには笑い転げている四人の少女の姿。こうなった原因は分からないが笑里や夢咲はまだいい。状況を混沌とさせているのは今日誘っていない少女二人だ。


 赤髪ツインテール少女、王堂晴嵐。

 ピンク髪の少女、リンナ改めゼータ・フローリア。

 この場には居ないはずの二人が笑里や夢咲と合わせて笑い転げている。


「王堂にリンナ、どうしてここに!? というか何があったらこんな状態になんだよ! こいつらは笑わなきゃ死ぬ病にでもかかったのか!? 怖いよこいつら!」


 休む間もなくずっと笑っている四人に対して、心配より不気味さが勝る。


「これはスマイリーキノコの影響ですね」


 解説してくれたのは神奈が右手首に付けている白黒の腕輪だ。

 聞いたこともない名前に神奈は「スマイリーキノコ?」と首を傾げた。


「食べると一日中笑い続けて死ぬキノコだ、よ」


「その通りです泉さん。四人は食べてしまったようですね」


「へえ、笑い続けて死ぬ……やばいじゃん。どうすりゃいいのさ」


「キノコの毒だと分かれば何とかなるかも、よ」


 解毒剤か何か持っているとは思えないし、霧雨だって今から作ることは不可能だろう。この世界に解毒魔法なんてものがあって、腕輪が知っているのなら助かるはずだ。試しに訊いたら「解毒魔法ならありますよ」と言っていたので、教えてもらおうとした時に泉が口を開く。


「――〈アンチオールポイズン〉」

「魔法!?」

「ああ私が教える筈だったのにいいいいい!」


 白い光が笑い転げている四人を包む。

 魔力の流れ、魔法名が存在すれば疑いようがない。

 泉沙羅は魔法使いだ。今まで誰にも悟らせずに過ごしていたのである。二年も近くに居て神奈は全く気付けなかった。魔法使いだと思いもしなかった。


「……泉さん、使えたのか」


「話すほどのことでもないと思ったんだ、よ。黙っていてごめん、ね」


「……この前に夢咲さんが言っていたっけ。友達相手でも全てを話せるわけじゃない。……私だって隠していることがあるんだ。泉さんは気にしなくていい」


 スマイリーキノコを食べた四人の笑いが止まる。

 記憶はあるようで「……死にたい」と呟くくらいネガティブになっていた。

 何はともあれこれで一件落着。細かい問題はあるが再びキャンプに専念出来るというものだ。


「気になっていたんだけど、何で王堂とリンナがいるんだ?」


「オレは兄貴とキャンプに来たんすよ」

「私はキノコや山菜を採取しに来ました」


 どちらの理由も納得だ。今回やって来た山は藤原家の私有地ではなく、キャンプ地として普通に使われている場所だ。山菜やキノコを採りに来る人間も僅かだがいる。


「二人の事情は分かった。じゃあ次は……夢咲さん、笑里、詳しく教えろ。何だあの様は。夢咲さんは毒キノコを食べさせないように向かったんじゃないの? 何で自分も食べちゃってんの?」


 気まずそうに夢咲は視線を逸らして口を開く。

 語られた内容はこうだ。毒キノコを食べないよう見張るために笑里の(もと)へ向かうと、既にスマイリーキノコを食していた三人が笑い合っていた。しかしスマイリーキノコの見た目も毒も知らなかったため、笑顔になるほど美味しいのかと思い試食。結果、毒に侵されて自分も笑い転げたという。


「何やってんのさ」

「……面目ない」


 何ともまあ間抜けな話に神奈はジト目で彼女を見つめる。

 彼女の隣に正座している笑里へ視線をずらすと、プイッと顔を逸らす。

 苛ついた神奈は笑里の両頬を掴み、左右に引っ張りながら言いたいことを言う。


「次からは一人で行くなよ笑里。せめて才華か私を連れて行くようにしろ」

「ふぁ、ふぁい。ふぁかりふぁした……」

「何て?」


 両頬を引っ張られている状態だから笑里は上手く喋れていない。

 とりあえず次回行くことがあれば才華か神奈が同行すればいいのだ。才華には豊富な知識があるし、神奈には腕輪がある。毒キノコかそうでないかくらい判別はつく。


「みんなー、ちょっと早いけどお昼ご飯にしましょう!」


 周囲に声が響く。見ればバーベキューセットの用意をしている才華が居た。

 一人でせっせと準備している彼女のもとへ男性陣が集まっていく。


「リンナ、もしよければお前も食べていかないか?」


「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて」


「あ、じゃあオレも交ざっていいっすか!?」


 ゼータが承諾して神奈と歩いていると晴嵐も交ざりたいと言う。

 立ち止まって振り返ると期待の眼差しを向けられていた。まるで餌を心待ちにしている犬のようで、現実には存在しない尻尾がブンブン振られている幻覚を見た。


「お前は戻れよ。家族と来たんだろ?」


 家族が来ているのに単独行動しては心配をかけてしまう。キャンプに来ている兄を連れてくるならともかく、一人で神奈達の食事に交ざるのはよくない。


「……兄貴はオレが居なくても心配しませんよ」


 顔に憂愁(ゆうしゅう)が色濃く出た晴嵐は呟く。


「兄妹仲悪いの?」


「よく分かんないっす。兄貴は普段から組のみんなにおんなじ態度ですし、あんまり喋ってもくれません。今日同行しているのだって私が勝手に付いて来たからなんすよね。もっと仲良くなりたいんすけど……。でもこの機会! せっかく姐さんに会えたんですしもっと仲良くなりたいなと!」


「まあ、邪魔しなければいいけどさ」


 別に神奈は晴嵐が嫌いなわけではない。面倒に思っているだけだ。

 学校で会ったら懐き度MAX状態で走り寄って来たり、脚に頬擦りされたり、座ってくださいと四つん這いで言ったり等々例を上げればキリがない。

 面倒臭さの塊のような後輩である。慕ってくれるのはいいが限度がある。


 交ざる許可は出したが、一応兄に連絡を入れさせた。

 もし連絡しなければどうなっただろうか。本当に妹への関心がないのなら捜そうともしないし、勝手に帰るかもしれない。晴嵐への気持ちを確認するには丁度いいが、妹を心配する真っ当な兄なら心配させたくない。


 現在はおよそ十一時半。

 バーベキューはキャンプで定番だが、木に囲まれた場所なので火の扱いには注意しなければならない。注意を心の片隅に留めておき、各々持って来た食材を金網の上に乗せて焼いていく。


 食材は基本肉と野菜。少ないが才華の持って来た海鮮系もある。

 贅沢にエビを焼き、小皿に入れてあるタレにつけ、笑里が一気に頬張る。

 あろうことか彼女は少ない海鮮系メインで食べ進めており、さすがに阻止するために他者が動き出す。彼女がゲソを取ろうとした瞬間、晴嵐が箸で奪取した。


「ああ! 晴嵐ちゃんが私のイカを盗った!」


「ふっ、これは姐さんのもんでさあ。さあ姐さん、どうぞ!」


「ご苦労。その調子で私の分を確保しておけ」


 偉そうに告げる神奈は小皿でゲソを受け取る。

 ――戦いだ。バーベキューは単なる食事だが戦いなのだ。

 弱者は満足に食べれるものを食べれない。必然的に余り物を食べる結果に終わる。自分が食べたいものを食べるには知恵と武力が何より必要となるのだ。そう、時には他人を利用してでも食を勝ち取る必要がある。


「ずるいよ神奈ちゃん! 晴嵐ちゃんと組むなんて!」


「何を言っているんだ笑里? 戦場でズルいも何もないだろ」


「ここ戦場なの!?」


 それすら認識していなかったのかと神奈は呆れた目を向ける。

 これより先は覚悟ある者だけが肉と魚介を食べられるのだ。

 敗者は大人しく野菜だけ食べるしかない。


「さーて、次に餌食となるのは何かな!」


 神奈が次に目をつけたのはいい具合に焼けてきた肉。

 こんがりと焼けて色づいた肉に箸を向けたが、一歩先を夢咲が行って肉を勝ち取る。負けじと奪おうとするが肉に箸を触れさせることも出来ない。身体能力の差があるはずなのに全て躱された。


「ふっ、無駄だよ神奈さん。私はこの土壇場で新たな力に覚醒したからね」


「新たな力、だと」


「今までの私は二秒前に自身の危険を察知する程度しか出来なかった。だけど今、私は対象を選べるようになったの! 肉に迫る危険を予知させてもらったよ!」


 つまり今の夢咲は自分以外に訪れる害も予知出来るようになっているということ。もはや彼女相手だと闇雲に奪おうとするだけでは奪取不可能。効率を考えれば別の相手にターゲット変更した方がいい。


「くそっ、夢咲さん相手じゃ分が悪いか。それなら!」

「俺だろう? 神谷」


 霧雨の持つ箸が肉へ伸びるのを確認した後、超スピードで奪おうとしたら何者かの箸が割って入る。誰だと思い腕を見てみれば、骨と見間違える白い腕が動いていた。

 白い腕はよく見ると霧雨の背中と繋がっており、彼のもとへ肉を運ぶ。


「同時に八本の腕を操作出来る発明品〈阿修羅〉。圧倒的な数で実力差を埋めさせてもらおう。この環境下においてこの機械は真価を発揮する!」


「ちくしょう、無駄に凄い機械を作りやがって! となれば……」


 神奈が視線を向けた先には箸を構えた速人の姿。

 二人の箸は音速を軽く凌駕する速度で同時に動き、互いに肉や魚介を取り合う。


 その二人の肉取り合戦をすり抜けて、泉と才華の箸が肉を掴む。

 正に天才的な神業。二人のスピードに生まれる僅かな隙を優秀な頭脳で導き出し、見事肉をゲットしてみせた。


 斎藤が真似しようとしたが箸が弾け飛ぶ。やはり並大抵の人間では真似出来ない。一連の流れを見守っていたゼータと彼は諦めて狙われない野菜を涙目で食べ進めた。


「……腕を上げたな隼」


「ふん。日々をダラダラ過ごしているお前とは違うからな」


「だけど私には及ばない。一生埋まらない差を感じていろ」


 全速で腕を動かせば隼達が全員吹き飛んでしまうため全力は出せない。今までは隼より若干上程度のスピードしか出していなかったが、その程度では技術をフル活用して追いついてくる。確実に勝利するために箸を動かすスピードを若干上げた。

 もう何もかも遅い。誰も認識出来ないスピードで好きな食材達を確保する。


 十分食材を手にして満足した神奈は、未だに自分に尽くしている晴嵐に「おい」と声を掛ける。彼女はバーベキュー開始以来自分の分を全く取っていない。せっかくのバーベキューなのだし、もう神奈の障害になる者はいないので自分に集中してほしい。


「もう私の分はいいよ。自分の分を取って食べていいんだぞ」


「そうっすか? じゃあお言葉に甘えて」


 晴嵐は肉を一枚小皿に置くと、懐からペットボトルを取り出す。

 中には白い粉がギッシリ詰まっている。彼女は蓋を開けて、あろうことかその中身を一枚の肉にぶっかけた。


「え……何やってんのお前」


「何って……決まっているじゃないっすか姐さん。焼いただけじゃ味が薄いし砂糖で味付けしてるんすよ。こっちの方が美味いに決まってるじゃないっすか。食べてみれば分かるっすよ」


 食べてみればと言われても、大量の砂糖が山盛りになった肉など食べたくない。

 百歩譲って味付けするにしてもタレがあるし、調味料を使うなら塩だろう。それ以前にどんな調味料も適量を守らなければ何にかけたって不味くなる。


 野菜にドレッシングをかけたらほぼドレッシングの味しかしないように、肉一枚に大量の砂糖をかけたら砂糖の味しかしないはずだ。そこらのデザートを超越するほど甘い肉など誰が好き好んで食べるのか。


「それもはや砂糖の味しかしないだろ! いらねえよ!」


「好き嫌いはよくないっすよ姐さん」


「好き嫌いの問題じゃないから! そもそも肉に砂糖ってかける!?」


 必死に神奈が拒否していると夢咲が声を上げた。


「まあまあ落ち着いて二人共。食べ物を粗末にするのはよくないし、それは私が食べてあげるよ。ねえ晴嵐ちゃん、神奈さんがいらないなら私が食べてもいいでしょ?」


「おお、いいっすよ夢咲先輩! どうぞどうぞ!」


 貧乏暮らしゆえに食い意地だけは強い夢咲が、砂糖塗れの肉を口へ運ぶ。

 自分では不可能と思えた行為をいとも簡単に行ってみせたのだ。興味本位にしても絶対に食べたくない神奈は彼女を尊敬する。そして呆れてもいる。


「――おげえええええええええええええ!」

「結末見えてたのに何で食べたんだよ」


 口にした瞬間にビニール袋を広げ、嘔吐する結末くらい想像出来そうなものだ。

 呆れた目を向けた後で神奈は他の異変に気付く。

 速人が肉に大量の赤い粉をかけていたのだ。色からして辛そうである。


「……そんでお前は何をかけてんだ」


「一味唐辛子だ。今まで言う機会がなかったが、俺は辛党でな」


「お前も王堂と同レベルか」


「はっ、笑わせるな。お前の味覚が平凡なだけにすぎん。どうやら味覚については俺の圧勝らしい。失せろ、お子様舌」


「はあ? お前はすーぐそうやって勝敗決めるよなあ。お子様はどっちでしょうねえ。いやいやほんっとこんなんで私が負けとかないわー。食おうと思えばそれくらい私も食べられるんだよ」


 速人にバカにされるのだけは、見下されるのだけは我慢ならない。

 見えていた結末など無視だ。真の強者はその結末すら塗り替える。

 フェアな条件として神奈は加護の効力を無効化してから、一味唐辛子塗れの肉を食べる。――そしてビニール袋を広げて嘔吐した。


「おげえええええええええええええええええ!」

「何で結末が見えていたのに食べたのかしら……」


 この世には分かっていてもやってしまうことがある。

 人によって理由は様々。本能に打ち勝てなかったり、分かりきった結末を変えようとしたりだ。残念ながら神奈は未来を変えられなかった。


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