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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.591 日常の裏②


 巷では快楽殺人鬼などと呼ばれている男、日枝(ひえ)呂都(ろと)は宝生町を歩く。

 殺人鬼ではあるが人を殺して快楽に溺れたことなどない。殺す理由は至ってシンプル、趣味である。正確に言えば死に際の一言を聞くのが趣味なのだ。誰からも理解されないだろうが日枝呂都、通称ピエロは理解を得ようとしていない。決して理解者が欲しくないわけではないが、そんな者はどこにも居ないと理解している。


 ――だからだろうか。


「そこの君、パーカー教に入らないか!?」


 自分と同じで誰からも理解されない趣味を持つ人間を見ると親近感が湧く。

 顔を白く塗り、鼻に赤く丸い飾りを付けてメイクしているピエロに話しかけるのは、誰でも相当勇気がいるためあまり話しかけられない。獲物を捜す時はいつもメイクしているため避けられるのは慣れている。

 しかし、今日は黄色いキノコ頭の男がいきなり声を掛けてきた。


「パーカー教って何かな? なぜポクを勧誘するのかな?」


「おおその一人称はポクと同じじゃないか! さっき変だって言われて傷付いたんだけど、やっぱりポク以外にもいたんだね! じゃあパーカー教に入ろう! パーカー教はパーカー好きのパーカー好きによるパーカー好きのための宗教さ!」


「ぷっぷっぷ、意味不明だねえ。君は面白い、面白いからこそ……殺したくなる」


 一般人に理解を得られない者同士仲良くなれる可能性はあったが、そんなことより趣味に生きている方が大事だ。死に際に何と叫ぶのかピエロはそれが知りたい。好奇心のままに隠し持っていたナイフを彼目掛けて振るう。

 胸へナイフが触れた瞬間――ピエロの体に強烈な電気が流れてきた。


「ばばばばばばば!?」


「うーん? ナイフを刺そうとしたってことは君……パーカー教に入りたくないってことなのかい? 参ったな、こんな調子じゃ全人類パーカー着用計画が進まないよ」


「……状況、分かってんの?」


 ズレたことを呟く謎の男にピエロは呆れた。

 どんな人間だろうと刺されそうになったら危機感を抱くものなのに、彼は全く気にしていない様子であった。


「君が入信を断ったことかい?」


「ポクが君を殺そうとしたことだよ」


「何いいい!? 君、ポクを殺そうとしたのか!? こうしちゃいられない、この町に住む人間の一人として然るべき対応をさせてもらおう!」


「……へえ、どうするのかな?」


「警察に電話するのさ! 同好の士を失うのは辛いけど仕方ない!」


 謎の男はスマホをパーカーのポケットから取り出して「もしもし、ライデンですが」と通報し始めた。ここでようやく男の名前を知ったピエロは、自身の持つ能力で通報を妨害しようとしたが無意味だと悟る。

 ライデンのスマホはそもそも電源すら入っていない。


「あのさあ、君のスマホ電源入ってないんだけど?」


「……し、しまった。さっき電気を流してしまったから故障したのか」


「君バカでしょ? よく言われない?」

「え、パーカー?」

「バカだね。うん、バカ決定」


 まさかここまで頭がクレイジーだとはピエロも予想外。

 呆れ続けているとライデンの姿が掻き消え、気が付けばすぐ目の前に拳があった。

 おそらく何もしなければ直撃し、意識を刈り取られていただろう。ピエロの能力〈反転〉の前ではどんな攻撃も無意味なので力に救われた。初見殺しの能力なのでライデンは止められるなど想像していなかったはずだ。


「うーん? 見えない壁、バリアかな?」

「さてさて、これから死ぬ奴には関係ないさ」


 ピエロは目前の男を殺せると確信している。

 先程ナイフが触れた瞬間電流に襲われたのは、彼が常に電気を流しているからに他ならない。しかしピエロは電流の向きすら反転させられる。反転出来る対象は一つのみなので反撃されたら逆に殺されるが。


「じゃあ、さよならバイバイ!」


 ピエロは先程と同じようにナイフをライデンの胸へ突き出す。

 触れた瞬間、電気は――彼自身へと流れた。ピエロは痛くも痒くもない。

 さっき刺せなかったのは電流のダメージによるものだ。電気が流れてこないならナイフを刺す動きに支障はない、思いっきり彼の胸へとナイフを突き立てた。これで彼は致命傷を受けて死亡までのカウントダウンが始まる――かに思えた。


「な、な、に? 肉を刺した感触が……ない?」


「電気が逆流してきた。君の能力か、まさかポクと同じような力を扱える人材がいるとはね。神様がポクにだけ与えてくれた力だと思っていたんだけれど。そう、パーカーの静電気を消し去るために」


「……君、その体は」


 ライデンの胸には確かにナイフが突き刺さっているように見える。

 しかし、引き抜いてみれば血も傷も肉も存在していない。

 存在しているのはバチバチと弾けている電気のみ。

 彼は体を電気そのものに変化させることが出来る。そうとしか考えられない光景が目前にあった。仮説が合っていると信じてピエロは飛び退く。


「ポクは電気そのものになれる。物理攻撃なんか効かないよ」


「ぷっ、ぷはははは! そのようだねえ……でも、教えない方が良かったんじゃあないのお? お得意の電撃は君を苦しめる、アイアンメイデンに入れられたように拷問染みた苦痛を与えるう!」


 ――〈反転〉を発動した瞬間、ライデンが悲鳴を上げてエビ反りになった。


「ぎゃああああああああああああ!? ば、あああばばばばばばば!?」


「ぷくく、ポクが今何を反転していると思う。……君の電気耐性だよ」


 体を電気に変えられるのは確かに素晴らしい能力だ。物理攻撃が効かない以上、攻める手段は限られる。たとえ絶縁体を使用したとしても焼き切れてしまう。

 ……しかし、耐性を反転したらどうなるか。

 答えは単純。無効が弱点へ早変わりして自滅する。


「あーあ、こんな殺し方じゃ死に際の言葉が聞けないな。失敗失敗」


 あっという間に黒焦げの死体の出来上がり。

 死因は感電だが焼死体のようで、焦げた肉の臭いが周囲に広がった。


「失敗しちゃったからもう一人くらい獲物を捜そうかな。お、あの子が良さそうだ」


 ピエロの視界に入ったのはまだ小学生くらいに見える少女。

 黒髪をおさげにしている彼女は、薄汚い黒ローブを身に纏っていた。そして左脇で大事そうに分厚い本を抱えている。

 少女がピエロに気付いたため、獲物を逃がさないよう走り出す。


「そこのお嬢ちゃん! ちょっと死に際の一言を聞かせてくれないかなあ!」


 少女は左脇に抱えていた分厚い本を手に持ち、ピエロへと向けた。


「――禁術、〈狂気の脳(ケレブルムインサニア)〉」

「は? はぎゃえべびゃばびじじぼば!?」


 何かを言われた瞬間、ピエロは思考が乱れた。

 脳が溶けているような感覚を味わい、何も考えられなくなる。やがてピエロの生命活動は停止してしまう。


 日常に潜み、蠢く闇は決して殺人鬼だけではない。

 七月上旬。長年人々を殺し続けた殺人鬼は宝生町にて、自分よりももっと深い闇に呑まれて死亡した。


 一見平和が戻ったように聞こえるがそんなことはない。

 平和など、初めからこの町に存在していないのだから。


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