58.59 頭のおかしな奴からは逃げろ
神谷神奈は今まで愉快でおかしな奴等と過ごしてきた。
ちょっと頭が弱かったり、常識不足の宇宙人だったり、発明狂いの天才だったりとそれはもう多くの者達だ。イラっとすることもあれば、楽しくて笑い合うこともある。……だがそれは友人として付き合える程度のおかしさだからである。クレイジーすぎる人間とはそもそも付き合えない。
「――君、パーカー教に入信しないか!?」
今、神奈の目前には白いパーカーを着た大人の男が立っていた。
黄色いキノコ頭、つり目にたらこ唇と特徴的な男だ。
目的もなく適当に散歩していたら彼が急に話しかけてきたのである。しかもパーカー教などと意味不明な宗教の勧誘。ここまでクレイジーな人間はあまり目にしたことがない。
「えっと、まず……何? なんとか教?」
「パーカー好きのパーカー好きのためのパーカー好きによる宗教さ! ポクの名前はライデン・パーカー。こよなくパーカーを愛する男だ。君からもパーカーを愛する気持ちが伝わってくるから勧誘している」
「……帰っていい? いや許可いらないよな、帰るわ」
身を翻した神奈の肩をライデンが「待ちたまえ」と掴んで止めてくる。
見知らぬ狂人に触られるのは嫌なので肩の手を振り払い、高身長ゆえ彼の顔を見上げて睨む。
「君ならポクの気持ちが分かるはずだ。この暑い日にパーカーを着ている君なら!」
「微塵も分からない」
確かに今は七月上旬。気温は約三十度を記録し、直射日光を浴びてしまう外の道路に居るとさらに暑くなる。こんな夏の暑い日に生地の厚いパーカーを着ている人間は少数かもしれない。
神奈は少数派になりたいわけではなく、ただ単に気温で衣服を変えていないだけだ。転生時に授けられた加護、防護の加護の影響で環境変化にはめっぽう強い。神奈の意思次第で熱を遮断出来るのだから夏服になる必要がないのである。
「ポク達パーカーを愛する者、通称パカ民は危機に瀕している。それはパーカーがダサいと宣う謎の勢力が出現したからだ。ファッションセンス皆無の奴等はこぞってポク達を批判する。だからポクは立ち上がった! パーカーを愛する者達で集い、パーカーの真の素晴らしさを世に広めるのだ!」
ライデンの言う通りパーカーがダサいと言う人間が居るのは事実。そういう人達に認めさせるために行動を起こす彼の心は素晴らしい。……だが、神奈はそういった活動に全くと言っていいほど興味がない。勧誘されても困る。
「ふーん、その宗教とやらに何人が入ったわけ?」
「残念ながら未だポク一人さ。みんなシャイだからね」
「そっか。お疲れさん。じゃあ私帰るから頑張れよ」
神奈は身を翻し、道路を踏み砕く勢いで走り出す。
関わりたくない部類の人間というのは誰にでもいるものだ。
そんな相手に遭遇した時、人はどうにかして逃走を図る。
もうライデンと話すのが疲れた神奈は常人には追いつけないスピードで離れる。音速すら生温い、光速に近いスピードで距離を引き離した。
「待ってくれえ! パーカー教に入信してくれえ!」
――かに思えた。
「なっ!? はっ!? 何で追いつける!?」
「ポクの執念を舐めてもらっちゃあ困る! 絶対に入信させるぞ!」
人通りが全くない道路を走っている神奈に追従するライデン。
今の神奈は全力とまでいかずともそれに近い速度だ。つまり、平然と追いつける彼は相応の実力者ということ。
「ていうかさっきから気になってたけどポクって何!? 僕とかじゃなくてポクなの!? 一人称それでいいの!?」
「え、そんなに変かな」
「変だよ! 自分をポクとか言っている奴、今までに見たことないぞ!?」
会話しながら地味に速度を上げても全く引き離せない。
人通りがある場所に行ってしまうと余波で死人が出るかもしれない。今だって腕輪が周囲に結界を張っていなければ余波で家屋や道路が崩壊しているところだ。地上ではやはり気兼ねなく全力を出せない。
追っ手を撒くために神奈は飛行魔法〈フライ〉を使用。
あっという間に空へ飛び上がり、上空五百メートルを飛行する。
一般的に魔法でも使わない限り地球人は空を飛べない。ライデンが魔法使いの可能性もあるがそうでないのなら一気に逃げられる。これでもう逃走完了だと思った神奈は後ろを振り返り……普通に付いて来ているライデンが視界に入った。
「無駄だね。ポクは雷の速度で動くことが出来る。電撃も電熱もお手の物、結構強いんだぜ。ポクから逃げ切ることなんて絶対不可能なんだよ」
よく見れば彼の体中を電気が走っている。
彼は固有魔法で雷人間になれる、どうりで追えるわけだと神奈は納得した。
「雷速程度で粋がるなよパーカー狂い。私は雷よりも速いぞ」
「なっ、待て同類! ポク達は同志じゃあなかったのか!?」
「違うんで。さよならっと」
一気に全速力で飛行してライデンとの距離を離していく。
ただ雷速で飛ぶ彼が速いのも事実。急激に離れることはなく、少しずつ間を開けていく。結局逃げ切るまで数分かかってしまった。
狭い路地に逃げ込んだ神奈は空を見上げる。
上空にはたまに黄色い閃光が通っている。神奈の目には中にはっきりとライデンの姿が見えているが、大抵の人間には黄色い線しか捉えられないだろう。
「……参ったな。まだ諦めてないぞあいつ」
「ですねえ。こうなれば手は一つ、魔法を使いましょう」
「言っとくが〈テレポート〉も〈デッパー〉も〈パンプ・キン・プリンセス〉も使わないぞ。他に変装か自宅に帰還出来る魔法があるなら教えてくれ」
「ふっふっふ、では教えましょう。〈ナン・カカオチ・ガウ〉を」
ライデンに見つかるのも時間の問題。
嫌な思いをしないのなら使えるものは何でも使う。たとえ腕輪が教える魔法でも状況を打開出来るなら多少躊躇うが使う。
魔法使用後、遂にライデンに見つかった。
勢いよく下りてきた彼は背後から神奈に声を掛けてくる。
「ようやく見つけたよ。さあ、パーカー教に入ろう? 今なら石鹸やタオルもプレゼントするからお得だよ?」
肩を掴まれたので神奈は振り返ってみる。
「……だ、誰だ君は?」
「隼速人です」
困惑しているライデンは一歩後退った。
腕輪が教えてくれた魔法〈ナン・カカオチ・ガウ〉。
その効力は単純で、顔のパーツを自由自在に動かせるというもの。
今の神奈は目が離れ、鼻が高くなりすぎて、唇は下がっている。
整っていた普段の顔と比べると雲泥の差だ。町で通り過ぎた人が三度見するくらいに酷い。外見重視主義、通称ルッキズムがあれば確実に差別される顔である。
これほど顔が変われば同一人物だとは誰にも気付かれない。
「……さっきの少女じゃない。見失ってしまったか」
「人を捜していたんですか? なら早く捜しに戻った方がいいですよ?」
「確かにそうだが……君、君もパーカーを着ているな」
ライデンの言葉を聞いて神奈はギクッとなる。
思えば彼は服装に反応して話しかけてきたのだ。同じ服装をしていたら別人だろうと話を続けるに決まっている。つまり――。
「パーカー好きのパーカー好きのためのパーカー好きによる宗教パーカー教! 君からもパーカーを愛する気持ちが伝わってくる。さあポクの仲間になってパーカーの素晴らしさを広めようじゃないか!」
「振り出しに戻った……」
なぜパーカーを脱ぐという簡単な対処法に気付けなかったのか。
せっかく別人だと思わせたのに再び勧誘が始まってしまった。
仕方なく神奈は先程と同じ勧誘を受け流し、強引に彼から逃げ切った。




