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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.58 新入部員と頼み事


 五月中旬。今日も神奈達は文芸部の活動を行っている。

 六年生になったため、部活動結成から二年経ったが新入部員は一人も入らなかった。元々人気がなくて廃れていた部活だ。新入部員が来ないのも不思議ではない。


 ――しかしある日、珍しく部室に来訪者が現れた。


 椅子に座って本を読んでいた速人が口を開いたのが始まり。

 扉の方を見た彼は「誰か居るな」と、気配を察知して告げたのである。

 その言葉の通り、少しするとノックして扉を開けた者がいた。


「あのー、すみませーん。ここに神谷神奈先輩が居ると聞いたんですけど……」


 入って来たのは不安そうな顔をしている男女四人。

 先輩と言っていることから学年は下だろうこと以外何も分からない。


「神谷神奈は私だけど。誰だ?」

「あ、あなたがあの神谷先輩ですか!」

「あの? 何か噂になってんの?」


「はい。喧嘩したら誰も勝てない、正しく力の化身! 運動会での活躍もあって今では俺達の間じゃ恐怖の対象ですよ! 実物は迫力があって漏らしそうですよ!」


「……あれ? 褒められてなくね?」


 運動会でせっかく活躍したのに、恐怖対象になっていたとは神奈も知らなかった。

 同学年の間ではそんな噂を耳にしたことがない。

 おそらく五年生以下の間だけで酷い噂が流れているのだ。


 さらっと漏れそうだと言い放った男子含め、四人は全員内股になっている。早くトイレに行ってほしいものだが一向に動こうとしてくれない。怖いと言ったわりに四人はジッと神奈を見つめている。


「ねえあなた達、学年は知らないけどまずは名乗ったらどう?」


 パタンと本を閉じた夢咲(ゆめさき)夜知留(やちる)が呆れた目を四人に向ける。


「はっ、も、申し訳ありません! えっと、俺は五年二組の内藤って言います。後ろに居るのは右から霧崎、結女(ゆいめ)坏土(はいど)です」


「そう、私は夢咲夜知留、文芸部の部長をしているの。新入部員かと期待したんだけど違うみたいね。何か用件があるなら慌てず静かに話してね。下の学年の子の頼みを聞くのも最上級生の役目でしょうし、力になれることならなってあげるから」


 文芸部員は速人以外が本を閉じて聞く体勢を整えた。

 夢咲の言う通り、小学校とはいえ最上級生なので頼みを聞くくらいする。内容次第では突っぱねるが基本的には解決に力を貸す。速人も本を読み続けてはいるが耳を傾けてはいるだろう。


「……実は、俺達五年二組に四月から転入生が来たんです。名前は王堂(おうどう)晴嵐(せいらん)。彼女は傲慢な態度ばかり取るうえ、同じクラスの生徒を下僕のように扱っているんです。逆らった奴には暴力を振るってきますし俺達にはどうしようもなくて……。そこで、最強と名高い神谷先輩に彼女を懲らしめてもらおうと思い、今日は参上した次第です」


「下僕のようにって……具体的には何をされたんだよ」


「パシリは当たり前。宿題を代わりにやらされ、給食を奪われる。横暴な態度に我慢出来ず坏土が逆らったら殴られました。王堂は自分をまるで神のように思っているんですよ」


 暴力は当然として、給食についても立派ないじめだ。

 坏土という男子生徒が左手を出すと、彼の人差し指がありえない方向に折れ曲がっていた。どう見ても骨折しているしのんびりしている場合ではない。思わず「病院へ行け!」と叫んだが「あ、我慢強いんで大丈夫です」と返された。どう考えても我慢強いとかそういう問題ではないと思う。


「……でも、暴力に暴力で返したらやっていること同じじゃないか?」


「王堂は自分より弱い奴に従うつもりがないらしいんです。だから強い神谷先輩に屈服してもらって、手っ取り早くいじめを止めてもらおうと思って」


「そういうタイプか。……まあ、まずは様子を見せてもらおうかな」


 一方からの話しを聞いただけでは現状把握が足りない。やはり実際に横暴な態度や暴力行為を振るう現場を見なければ、止めようと動くことが出来ないのだ。王堂の像もこの目で見なければ見えてこない。


「ちょっと待って。確かに神奈さんなら大抵の問題は解決出来るけど、力の化身である神奈さんに頼み事をするんだから、タダってわけにはいかないんじゃない? 私の言っている意味、分かるよね?」


「別に対価なんてなくても私は……」


 今はいじめをどうしても許せない質なので神奈は動きたいと思っている。

 対価なんて初めから必要としていない。夢咲を困り顔で見るが彼女の目は真剣だ。


「もちろん分かっています」


 内藤は懐から財布を出して紙幣を手に取る。

 一万円札だ。小学生にしてはかなりの大金。これで夢咲も納得してくれると思ったが、彼女は一万円札を受け取った後に首を横に振る。


「残念だけどお金じゃないのよ」


「金じゃないのかよ!? なら返してやれよ!」


「私からあなた達への要求はただ一つ。――文芸部に入部すること」


 彼女の言葉に神奈達は驚いて目を見開く。


「夢咲さん……もしかして、新入部員がいないの気にしていたのか」


「このままじゃせっかく作った部活が消滅しちゃうし、これくらい強引な勧誘を仕掛けないとダメだと思ったの。後一人を彼等に何とかしてもらえば部は存続よ」


 確かに入部シーズンは過ぎたので、何もしなければ今年は誰も入らない。来年三月に神奈達が卒業すれば部員はゼロ、文芸部は自然消滅。それを防ぐには新たな部員五人を確保するしかない。

 夢咲からの要求に内藤達は「分かりました」と頷く。


「じゃあ文芸部に入る代わりに、王堂晴嵐のことをお願いします」


「取引成立ね。これからよろしくね内藤君、霧崎さん、結女(ゆいめ)さん、坏土(はいど)君。さっそく後で入部届を提出してもらうからそのつもりでね」


 かなり強引な部員確保方法だがこれで部員は十人。

 神奈達六年生六人が卒業すれば残りは四人。部活動存続のためにはあと一人。

 部員確保も目的に加えつつ、神奈は五年生の頼みを聞いて動くことにした。



 * * *



 宝生小学校五年二組の教室。

 神奈は後輩の頼みを聞き、まずは教室内の様子を見ることにした。

 室内では一部を除いて変わった様子がない。変なのは、最後列の席に居る赤毛の少女……の下で四つん這いになっている太り気味の男子生徒。ハアハアと吐息を漏らす彼は頬を赤く染めている。


 依頼してきた男子生徒、内藤が「あれです、あの赤髪の」と告げているが、神奈はどうしてもその下で椅子となっている男子が気になってしまう。


「……椅子みたいになっている奴は?」


「ええ酷いですよね。クラス委員長の青木君はいつもあんな風に椅子になるよう命じられているんです。見てくださいあの赤い顔。今にも倒れそうなくらい辛そうだ」


「……いや、辛いというより喜んでいるよねあれ。興奮しちゃってるよね?」


 ハアハアと吐息を漏らす様はそういう性癖で喜んでいるようにしか見えない。

 マゾヒストの素養を秘めていたのだろう。正直あれを見て助けたいとは思わない、助けたら文句を言われそうである。


 赤毛の少女、王堂(おうどう)晴嵐(せいらん)が女王。クラス委員の肥満気味男子がペットといったところだろう。ライトノベルのタイトルにするなら【クラス委員の僕はドS問題児のペットです】なんて感じになるかもしれない。


 眺めていると王堂が「おい、内藤! 内藤はどこだ!」と叫び出す。


「ああマズい、呼ばれているんで俺は行きますね」


 王堂の下に慌てて駆け寄った内藤は「何でしょうか」と告げる。


「今日のスケジュールは?」

「本日は一限目から順に国語、算数、体育、社会、給食の後に理科となっています」

「給食の献立は?」

「献立は白米、オニオンスープ、カルパッチョ。デザートに桃の缶詰です」

「そうか分かった。ご苦労、下がっていいぞ」


 怠そうに手を振ってそう言った王堂に従い、内藤は神奈がいる教室入口へと戻って来た。


「……と、まあこんな感じに扱き使われる日々でして」

「お前慣れてるだろ。どっかの執事かと思ったわ」


 今のところ神奈は王堂を懲らしめる必要性を感じていない。

 椅子の青木はへらへら笑って嬉しそうだし、内藤も完全に王堂の態度に慣れている。クラス全体が馴染んでいるようにすら見える。雲固学園の天寺の時とは違い、クラスのどこにも辛そうにしている人間が居ない。


「……本当に助ける必要あるか?」


 実際に五年二組の雰囲気を見た神奈が助けるか悩んでいると、王堂が新たな動きを見せた。近くの席で会話していた男子二人へと彼女が歩いて近付く。


「おい、貴様等が話していたのはボケモンの話だな?」


 萎縮してしまった男子生徒は「え、は、はいそうです……」と答える。

 ボケモンとは略称であり、正式名称はボケットモンスター。自分で不思議な生き物を捕獲して育成する大人気ロールプレイングゲームだ。最近神奈も最新作をクリアしたがストーリーが子供向けにしては感動出来る。次回作も絶対に購入しようと思えた。


「貴様等の伝説ボケモンとオレのボケモンを交換しろ。オレが買ったのはバイオレッドだからスカーレッドのボケモンが手に入らないんだよ。一応言うが貴様等に拒否権はない」


「……あ、はは。じゃあ俺達コラードンを渡します」


「よし、オレからはバチリスをやろう。野生で捕まえてから全く育成していないが」


「なっ、ただの雑魚じゃないですか! そんな雑魚と伝説級のコラードンじゃ明らかに釣り合っていないですよ!」


 ボケモンは毎回二種類の最新作が出ており、片方だけ買ったらもう片方のボケモンが手に入らない。入手するには誰かと交換するしかない。因みに王堂が渡すと宣言したのはどちらでも手に入るし、序盤で出て来る弱ボケモンである。


「ほう……オレに文句があるのか」


 キレた男子生徒は「当たり前です!」と叫ぶ。

 そんな時、王堂はスカートのポケットから何かを取り出した。


 ――拳銃だ。女子小学生が持ち歩く代物ではないため神奈は目を疑う。


 破裂音のような発砲音が教室に響き、黒板に穴が空く。

 偽物だと思っていたが確実に本物だ。偽者だとしても本物と遜色ない偽物だ。

 この前ホームレスの倉間(くらま)繕海(ぜんかい)が所持していたものとは違う。できればあんなアホらしいダンボールの拳銃であってほしかった。


「ひいっ! も、ももも文句はな、ないですから!」


 勇気を出した男子生徒もさすがに拳銃の前では無力。

 また萎縮してしまった彼は大人しくボケモン交換を行う。


「……銃、か。おい内藤、こりゃどういうこった?」


 普通の女子小学生が拳銃を持ち歩いているわけがないのだ。男子小学生が平然と帯刀している世界だが、一応銃刀法違反の法律は存在している。速人が見逃されているのは玩具だと思われているからかもしれない。


 人間相手ではないが平然と撃ててしまえた時点で只者ではない。……只者ではないのだが、わざわざ拳銃を使っている相手を警戒する理由はない。戦闘力数値化魔法〈ルカハ〉で一応調べたが夢咲と同レベルであった。


「実は王堂の親ってヤクザらしいんですよ。なんでもこの前までイタリアの組織と抗争していたらしくて、潰したから日本に帰って来たとか……」


「ヤクザ……初めて見た」


 魔法使いや宇宙人に比べれば前世で身近な存在だったはずだが、なぜかそれ以上に珍しく思えた。まるで絶滅危惧種を偶然見つけたかのような驚きである。


「やっぱりヤクザ相手じゃ神谷先輩でも勝てませんか?」

「いやいや余裕だよ。あんな奴は瞬殺だよ瞬殺」


 全く問題なく勝てる相手だがいきなり殴るわけにはいかないし、理由もない。拳銃で脅すのはやりすぎだが人間には当てていないため、今まで見た範囲だとどれも許容範囲だ。非日常に慣れすぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。


 暴力を振るう瞬間を待つことにしている神奈は監視を続行する。

 授業には出席しなければならないし、王堂は授業を真面目に受けているらしいのでその時間だけは戻る。あっという間に昼休憩の時間になり、神奈は給食を全て笑里にあげてから五年二組の教室入口で中を見張った。


「あ、神谷先輩!」

「内藤……どうしたその頬」


 神奈に気付いて寄って来た内藤の頬は赤くなっている。

 誰かに殴られたように見える頬を押さえた内藤は涙目である。


「王堂にやられました。あいつ、今日の給食にこれを入れろって言ってきて、断ったら殴られたんです」


 そう言って内藤がズボンのポケットから出したのは小さなビニール袋。中には白い粉が入っているのだけ見せたら彼はまたポケットにしまう。


「白い粉……まさか」


 親がヤクザだという王堂晴嵐が彼に渡した白い粉。

 ヤクザ。白い粉。この二つから連想されるのは誰でも同じ物だろう。

 渡されたのは麻薬などの薬物に違いない。もし日本での扱いが禁止されている薬物だったら警察沙汰だ、たとえ子供だとしても容赦なく拘束される。まだ小学生のため留置場には送られないだろうが厳しい罰が与えられるはずだ。


「はい、砂糖です」

「砂糖かよ!?」

「王堂は甘党らしくて……。俺は辛い味が好きだから断ったんですけど」


 神奈の想像は現実と全く違った。


「おい内藤! 早く準備手伝えよ!」

「あ、呼ばれたんで失礼します。王堂への制裁はお願いしますよ」


 まだ五年二組は給食の準備が終わっておらず、当番が慌ただしく動いている。

 白い帽子とエプロンを付けているのが給食当番だ。クラスの分の食事を給食室から運び、自教室でクラスメイトに分配する仕事をしなければならない。その機会に自分の分を多くする小賢しい学生も居るため、隣の人間の食事量をチェックするルールがある。


 当番の中には昨日人差し指が折れ曲がっていた男子、坏土(はいど)も交じっていた。よく見れば左手の人差し指が完全に治って元通りになっている。驚きのあまり「治っている……」と呆然と呟いてしまった。


 元々我慢強いなどと言って痛そうにしていなかったとはいえ、我慢強さと自然治癒力は関係ない。神奈だって骨折の完治には数日掛かるというのに、一日も経たず治る彼の自然治癒力は常軌を逸している。


 そんな彼が給食のオニオンスープを目前の生徒の皿に入れようとした時――カツンと金属音がした。

 左肘がオニオンスープの入っている鍋にぶつかってしまったらしい。それにしては不可解な点があるので、王堂に注意を向けつつ思考を妙な音に割く。

 色々考えていると給食当番による配膳が終了していた。


 給食を食べる様子を見てみたが王堂に不審な点はない。……いや、青木という男子生徒を椅子にしているのはおかしいが、それ以外にはない。器用なことに青木は椅子になりながら給食を食べている。


 その後、午後の授業を受けてから神奈は五年二組の教室へ向かった。

 

「――もう我慢出来ない! 王堂、お前の態度は苛つくんだよ!」


 一人の男子生徒の大きな声が廊下にまで聞こえてくる。

 他のクラスにも聞こえているだろうが野次馬は一人も居ない。帰りのホームルームを早くやっているところもあるのだろう、他クラスより自クラスを優先するのは仕方がない。

 神奈が五年二組の教室を覗いてみると、内藤と王堂が向かい合っていた。


「貴様、オレに歯向かうつもりか? 奴隷の分際で王に意見しようとはな」


「また銃か? でもこっちだって対策してないわけじゃない。神谷せんぱあああい! 来てくださああい! 今こそ制裁の時なんですうう!」


 内藤がピンチのようなので「他力本願じゃんか」と言いつつも教室へと入る。

 神谷先輩という言葉で察した生徒も多く「六年生の神谷神奈だ」や「あれが本物の暴君」などなど言いたい放題だ。助けを求めた内藤でさえ「ひっ」と上擦った声を上げた。


「……貴様が噂の神谷神奈か。想像より弱そうな女だな」


 赤髪ツインテールの王堂の言葉に「は?」と返し、魔力で威圧してみれば予想通り顔を青褪めさせた。隣の内藤や、距離を取っている他の生徒達の顔まで青褪めているのは気にしない。


 ついさっきの言葉、弱そうだなという侮辱の言葉。あれだけに苛つく。

 王堂の戦闘力を知っているからこそ、神奈の実力を知らないとはいえ見下されたのに腹が立ってしまった。大人の対応が出来る人間は怒らずに受け流すのだろうが、未だに子供っぽいところがある神奈には厳しい。


 類似例として笑里に「頭悪いね」と言われたり、速人に「お前は弱いな」と言われれば怒りのボルテージが溜まりやすいのだ。特に速人から侮辱されると、良識を一時的に捨てて殴ってしまうくらい耐え難い。


「神谷先輩……王道なんて、や、やっちゃってください」


「待て待て。まずは何があったのか説明してくれ」


 内藤の狙いは分かっているがキレた理由が分からないのだ。

 我慢の限界を超えてしまう程の何かがあったとは思うのだが。


「先輩だって知っているでしょう!? 暴力ですよ暴力! あの女はまた俺に暴力を振るってきたんです! 他人の痛みが分からないからこんなことするんだ、あいつは最低の人間だ」


「ふん、少し小突いただけで大袈裟だな。貴様は腐った木屑か?」


「腐っているのはお前の性根だ! ヤクザの子供が偉そうにしやがって! さあもう分かったでしょう、あいつを、王堂晴嵐をぶちのめしてくださいよ!」


 本人が言っているので暴力を振るったのは真実のようだ。

 王堂は神奈に比べれば弱いが、一般人の中で身体能力が高い方である。軽く小突いたつもりでも相手の骨が折れる可能性だってある。……といっても力のコントロールが小学五年生にもなって出来ない者は少ない。内藤にダメージがあまりない程度には手加減しているだろう。


 それでもいじめの定義は複雑で、被害者が「いじめだ」と言えばいじめるつもりが加害者になくてもいじめになってしまう。

 ダメージの有無は関係なく、被害者の匙加減一つで全てが決まる。弱者に寄り添いすぎた結果、いじめの定義を利用して被害者面する人間だっている。今では嘘か真実か非常に分かりづらい世の中になってしまった。


「今日一日で王堂の態度が悪いのは分かったけど――茶番は止めようぜ、内藤」


 色々考えて、神奈は内藤の味方になるのを止めた。

 企みを気付かれたのが信じられないのか彼は「へあ?」と間抜けな声を出す。


「坏土だっけ? あいつの左手の人差し指、昨日は折れ曲がっていたのにもう治ったみたいで凄いな。……ああ、この場合、直ったって言った方がいいか」


「ま、待ってください、坏土にそんな魔法みたいな力はありませんよ」


「魔法なんか使わなくても取り返ればいい。あいつの左腕、義手だろ? 給食配膳で鍋とぶつかった時に金属同士がぶつかる音したし。アホらしい茶番だったな、内藤」


 本当にバレないと思っていたなら正真正銘のバカだ。

 坏土の義手を壊して怪我を擬装する案はいいが、翌日に別の義手に変えてくるのは悪手すぎる。ありえない方向に曲がった指が一日経たず完治する人間などいない。……この世界ならどこかにいてもおかしくないが滅多にいないはずだ。常識で考えてありえないとなぜ分からないのか。


 内藤は俯き、数秒後に神奈へと向き直る。


「……騙したのは申し訳ありませんでした。でも、王堂晴嵐がどんな人間かは見て分かったはずです。俺はみんなのために行動したんですよ」


「それでやろうとしたことが、私を騙して王堂を殴らせるって方法か? クラスメイトの義手を壊してまで? お前さ、本当にみんなのためだって思ってんのか?」


「……おい、さっきからごちゃごちゃうるさいぞ部外者が」


 置いてけぼりになっていた王堂が口を開く。


「ふん、ようはオレを罠に嵌めようってことだろ。馬鹿が。二度と歯向かえないように痛めつけてやる!」

「うるさいのはお前だ黙ってろ!」

「……は、はい」


 意外にも王堂は素直に口を閉じた。先程の威圧が効果的だったのかもしれない。

 一時的に沈黙状態となった場で最初に話し出したのは内藤だった。


「……先輩の言う通りですよ。別にみんなのためってわけじゃない」


 彼が語るのは彼自身の家庭事情。

 内藤の両親はヤクザと繋がりのある業者に借金をしていた。

 金を返せない両親への過度な追い込み、家具などの差し押さえで家庭は崩壊。


 心が限界だった両親が彼を置いてどこかへ逃亡した結果、借金だけが残った。最近金を貸した業者が王堂家と関わっていると知り、何とか痛い目を見せてやりたい一心で行動したという。


「私怨かよ。自分の都合に他人を巻き込むな。だいたい、悪いのは王堂よりお前の親じゃんか。これじゃただの八つ当たりと大差ないぞ」


「……分かってますよ。自分が、愚かだってことくらい」


 項垂れてしまった内藤はもう作戦実行出来る状態ではない。

 神谷神奈と五年二組全員を巻き込んだ一連の騒動は、一人の男子生徒の株を落としまくって収まった――かに思えた。

 空気が最悪の中、パアンと破裂したような音が教室内に響く。


「……何してんだ、王堂」


 音の正体は拳銃だ。発射した銃弾は内藤の肩を貫く――前に神奈が掴む。

 マゾヒストっぽい男子生徒を椅子にしたり、給食に砂糖を入れようとするのを神奈は許容している。他人を殴るのも軽度なので少し注意するだけにしようと思っていた。しかし、拳銃で人間を撃とうとするのは看過出来ない。


「ふん、奴隷の分際で王たるオレに歯向かおうとした罰だ。貴様にも今邪魔した罰を与えてやる。運動会の英雄だか恐怖の暴君だか知らないが、オレより上にいるような振る舞いは酷く目障りだ」


「最後の最後、歯向かう相手を間違えたのはお前自身だぞ」


 顔を怒りで歪めた神奈は、わざと視認出来ない速度で彼女に急接近する。

 瞬間移動したように見えただろう彼女は「うっ」と声を漏らして驚愕している。


「今回の騒動、お前がもっとまともな性格していればマシになったかもしれないんだぞ。私がわざわざ出張る必要もなかったかもしれないし。……お前、もっと他人に対して優しく接しろよ」


「お、オレはこの世の王――」

「黙れこのクズがああああ!」


 叫びながら神奈は彼女を殴り飛ばした。

 他人を奴隷と宣い、自らが王の如き絶対者のように振る舞う傲慢さ。王堂晴嵐がそんな性格ではなく、誰かを思いやって行動出来る性格になっていれば、上級生を呼んで殴らせるなんてことにならなかったはずだ。内藤は嫌がらせをするかもしれないがその時は彼一人に説教すればいい。


 今回王堂は被害者になれていない。彼女は紛れもなく加害者である。

 苛立ちを消せない神奈は、静まり返った教室から歩いて去った。



 * * *



 内藤が起こした五年二組騒動の翌日。

 文芸部部室にて神奈達文芸部は読書に勤しんでいた。その途中、ふと思い出したように部長の夢咲が口を開く。


「そういえば、一昨日来た五年生の四人には退部してもらったから。みんな頭に入れておいてね」


 卒業した後も文芸部を残したいという気持ちを知る神奈達は目を丸くする。


「え、でもそれだと部の存続は……」


「あのね、確かに部活を残したいとは言ったけど、部員が誰でもいいってわけじゃないの。五年二組の一件、内藤君本人から聞かせてもらったから知っているよ。他人を騙すような真似をする人には文芸部に入ってほしくないの。彼等も素直に退部してくれたし、少しは反省しているんじゃない?」


 夢咲の言葉に神奈は笑みを浮かべる。

 誰でもいいわけじゃない。最低限の資格がなければ認めない。

 実は神奈も内藤達にはこのまま部活に来てほしくないと思っていたのだ。入部届はもう受け取っているらしいし、退部も部を残したい部長には相談しづらいため言い出せなかった。


「……友達に隠し事をしている人は居たらダメか、な?」


 泉の問いに夢咲が額を押さえて考え込む。


「うーん、友達に言いづらい秘密もあるだろうし、悪意さえなければいいよ」


 隠す。騙す。境界線は確かにあるが線引きは難しいものだ。

 言わないか言うかの違いがあるだけなのか、他に明確な違いがあるのか神奈には分からない。


 実は誰にも話していない秘密が神奈にもある。

 前世の記憶がある転生者で、前世が男だという事実。

 親しい友達には話すか話さないかを迷ったまま、誰にも打ち明けられずに今日まで生きてきた。前世が男なんて爆弾を落とせば、女友達から何を言われるか分からない。


 嫌悪されるか、罵倒されるか、受け入れてくれるのか。

 秘密を打ち明けようと悩む人間はいつも不安を抱えてしまう。


「……それより、神奈さん……足元の子は何なの?」

「……ああ、これな、これ。私が知りたいよ」


 普段と同じように過ごしている神奈だが今日はおかしな点があった。

 見覚えのある赤毛ツインテールの少女が「(あね)さああん、姐さああん」と呟きながら脛に頬擦りしているのだ。この状況に一番混乱しているのは神奈自身である。


「優しくしろとは言ったけど……これは違うだろ」


「うへへ、オレは今日から一生姐さんの奴隷でーす」


「殴った場所が悪かったのかなあ……」


 もっと普通の、他人に対して思いやりを持てるようになれと昨日告げた。

 結果、王堂晴嵐は王から奴隷へと変化した。

 どういう思考回路をしていればこうなるのか神奈が知りたい。

 とりあえず邪魔なので首に手刀を落として気絶させておいた。


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