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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.55 ホームレスになってんじゃん前編


 春が本格的に始まって桜満開の四月。

 宝生小学校六年生となった神奈はあと一年で卒業。中学生活はもうすぐだ。

 始業式を終えた神奈は教室の窓際で笑里、才華の傍に居る。


 一年生の頃は教室が校舎の三階だったのですぐ傍に桜の花が見えたのだが、六年生の教室は校舎一階なので木の幹しか見えない。しかし窓から上半身を乗り出せば満開の桜の木を下から見れるので悪くはない。

 教室に来てすぐ、美しい桜の木を見上げた笑里が目を輝かせていた。


「うわあ! 毎年思うけど、教室から見ると桜の木が近いね!」

「落ちるなよー。あんまり体乗り出していると危ないぞー」


 一応忠告したのだが笑里はすぐに「うわあああ!」と頭から落ちた。


「言った傍から!」


 これが三階だったら大変だったが幸いにも一階だ。か弱い女子が頭を打てばまずいが笑里なら問題ない。霊力で無自覚に身体強化している彼女はその程度で怪我をしない。

 すぐに起き上がった笑里は教室に颯爽と戻って来た。


「えへへー、落ちちゃったけど痛くないから大丈夫大丈夫」

「お前の頭は別の意味で怪我してるけどな」

「ひっどいな神奈ちゃん!」


 何事も本人に自覚がないのが一番酷い。

 彼女の背後にいる幽霊……彼女の実父、秋野風助が鬼の形相を神奈に向けるが全く気にしない。そもそも父親なら真剣に彼女の頭を心配した方がいい。


 五年生最後に行われた期末テスト。

 笑里の点数は目を疑いたくなるほど酷いのだ。

 国語、算数、理科、社会、英語の五教科全てが二十点台。

 義務教育だから進級出来ているものの、高校生なら留年確定コースである。


「テストの点数は……まあ、アレだし、アレがアレだから良いんだし」


「アレがアレって何だよ。ちょっとは勉強しろ阿呆」


「なにおおお!? 神奈ちゃんだって魔法少女ゴリキュアが絡むと変な感じになるじゃん! テストで良い点とっても残念な人ってのがこの世界には居るんだよ! 才華ちゃん、才華ちゃんからも何か言ってやってよ!」


 頼みの綱にされた黄髪ゆるふわパーマの少女は溜め息を吐く。

 彼女らしくなく心ここにあらずといった様子だ。普段なら背筋も伸びて姿勢すら模範生のようなのに、今は猫背なうえ軽く俯いて暗い表情をしている。


「……そうね、笑里さんはテスト前くらい勉強した方がいいわ」

「私にじゃないよお!」


 友達二人に言われて悔しいのか笑里は地団太を踏む。


「どうした才華。珍しく落ち込んでるっぽいけど、何かあったの?」


 軽く俯いていた才華が顔を上げて「ええ、まあそうね」と呟く。


「恥ずかしい話、昨日お父さんと喧嘩しちゃってね……」


「才華ちゃん……いつからパパじゃなくてお父さんって呼ぶようになったの?」


「今そこ重要じゃなくね!? 喧嘩の原因を訊くべきじゃね!?」


「……いいえ、実はそこが重要だったのよ」


「呼び方重要だったの!?」


 額を手で押さえて才華は頷く。


「パパって呼ぶの、何だか子供っぽいでしょう? だからお父さんって呼び方にしたんだけど、前の呼び方の方が良かったみたいでね。……家出しちゃったのよ」


「家出したの!? お父さんって呼ばれたくらいで!?」


 呼び方が変わっただけで家出するなど信じれられない。しかもそれが大富豪の藤原家当主だというのだから世も末だ。父親がどう呼ばれたいかなど、親ですらない神奈には分からないが呼び方一つで家出までするとは思えない。何か他に原因があるのではないかと訊いてみたものの才華は首を横に振る。


「二人はお父さんのことをどう呼んでいたのかしら」

「父親が生きてた頃は父さんって呼んでたなあ」

「私はお父さんって呼んでるけど家出されたことないよ」

「……うちの親が特殊なだけよね、やっぱり」


 絶対他に居ないとも言い切れないが家出する父親はレアケースだ。


「少ししたら帰って来るんじゃないか?」

「家出したのが昨日の朝だから、もう一日帰って来ていないわ。会社の業務とかはお母さんが一時的に引き継いでいるから大丈夫なんだけど……。お父さん、意地張ると厄介なのよね」


 家を出ておいて今更帰りづらいと思うのは家出した人間によくある話だ。時間が経てばその分だけ帰りづらくなるというのに、意地や罪悪感から帰るに帰れない。

 置いていった家族に会うのが日に日に怖くなっていく。

 家で待っている家族の心配は日に日に強くなっていく。

 家出に限らずだが何事も早期解決が誰にとっても楽である。


「私や使用人達も捜索しているんだけどね……」

「そっかあ、早く見つかるといいね」


 神奈は二人に聞こえないよう「今の時期に行方不明か」と呟く。

 実は今、宝生町には殺人鬼が潜んでいる。裏の事情に精通している速人からの情報なので間違いないし、実際に被害も出ている。三月下旬に行った卒業生を送る会の帰りでプラティナリアが襲われたのだ。倒れている彼を発見した泉の報告では胸をナイフで刺されており、人間だったら致命傷の一撃だったらしい。体の構造が地球人と違うプラトン人だからこそ命を拾えたのである。


 あまり考えたくはないが今の宝生町をうろつくのは危険だ。仮に殺人鬼と才華の父親が出会ってしまった場合、既に殺されている可能性も視野に入れなければならない。


「私も見かけたら家に戻るよう言っておくよ」

「私も私も!」

「ありがとう二人共。今日には見つかればいいんだけど……」


 誰かの家に泊まっている可能性もあるが、ずっと外に居るのだとしたら時間が経つほど殺人鬼へ会う確率が高まっていく。早々に居場所を特定しなければ命が危ない。見かけたら声を掛けるのは当然として、見つけるために動こうと決めた。

 親が死んで悲しむ子供を神奈はもう見たくない。



 * * *



 家出した才華の父親、藤原堂一郎を見つけるために神奈は町を探索する。

 他人の家に逃げ込んでいる場合は神奈に打つ手がない。一先ずは野宿していること前提で居そうなところを捜す。

 野宿といえばホームレス。

 ホームレスといえば……神奈には居る場所が見当もつかない。


「不安ですね、才華さんのお父さん」


 右手首に付けている白黒の腕輪に神奈は「ああ」と答える。

 断定出来ないが、プラティナリアを瀕死にまで追い詰めたのは殺人鬼の可能性が高い。彼と戦ったことのある神奈だからこそ分かるが彼は強い。もちろん神奈には遠く及ばないがグラヴィーなどを軽く凌駕する強さを誇る。


 つまり相手は相当な実力者であり、警察機関はあまり当てに出来ない。

 そんな相手に戦闘面では一般人程度の人間が会って、とても五体満足で居られるとは思えない。まだ出会っていないのを祈りつつ才華の父親を捜す。


 宝生町内を歩き回っていると神奈は公園を見かけた。

 学校帰りの時間だというのに子供が一人も居ない。他の公園なら子供達が遊んでいる光景が広がっているはずなのに、まるで以前行った心霊スポットの公園のように静かだ。一つ違うのは幽霊ではなく人間の大人が居ることだろうか。


 ボロボロの警察服を着ている男がベンチに座って天を仰いでいる。

 髪と髭が伸び放題なことからまともな生活は送っていないはずだ。警察服を着ているのは謎だがコスプレか何かだろう。……なぜかは全く分からないが。


「……ん? 君は」

「げっ、気付かれた」


 男は神奈に気付いたようでベンチから立ち上がり、公園入口へと歩いて来る。


「やっぱり神谷神奈ちゃん、神谷神奈ちゃんじゃないか! 大きくなったなあ!」


 ものすごく知り合いっぽい雰囲気で話しかけてきた男に神奈は困惑する。

 記憶を掘り起こしてみたが彼と関わった記憶が何一つ出てこない。そもそも見覚えすらない。こんなに特徴的な外見なら、目にした瞬間に思い出しそうなものだが思い出せない。


 一応腕輪にも確認してみたが「知らないですね」と返された。

 腕輪の記憶力は信頼出来るので神奈と男は本当に会ったことがないのだろう。


「あれ、分からないかな? まあほんの少し外見が変わったかもしれないけど」


「……他の神谷神奈と勘違いしているんじゃないですか? ほら、世の中には同じ顔の人間が三人いるって言うでしょ。同じ名前の人間も三人いたっておかしくないし」


「ほら俺だよ俺! 倉間(くらま)繕海(ぜんかい)だよ!」


「捜している人間に掠りもしない!」


 倉間(くらま)繕海(ぜんかい)という男の名前を聞いて神奈は思い出した。

 出会ったのは二年前、小学三年生の時の冬。

 真面目だが勢いで動きすぎて空回りしていた警察官であり、偉い役職の人の息子だったはずだ。しかし勢い任せの捜査で何度もミスを犯し、ついに左遷されてしまった。好青年のような警察官だったはずだが現在の風貌はまるで別人。もはや好青年でも警察官でもなく、ホームレスの中年男にしか見えない。


「……アンタ、まだ公園にいたのか。ホームレスみたいな……っていうかホームレスでももう少し綺麗な服装してるだろ。まさかずっと公園に居るわけじゃないだろうな」


「何を言っているんだ! ホームレスだなんて……俺は立派な警察官だぞ! 確かに家を追い出され、左遷先の公園付近の林に住んでいるが断じてホームレスなんかじゃない!」


「いやそれをホームレスって言うんだよ! 住むなら家に住め、アンタ社会人だろ!? 家を借りるくらい出来んだろ警察官の収入なら!」


 家の購入は一括だと大変なのでローン払いにする人間が多い。アパートなどの部屋を借りるのも一つの手だろう。働いている大の大人が払えない金額ではない。どんな仕事であれ、仮にも警察官なら安いアパートくらい借りられるはずだ。借りられないほど収入が無いのならそれは警察署に問題がある。


「家ならあるさ。さすがに野宿は辛いからな」


「ああそうそりゃあよかった。ところでこの公園、やけに人が少ないっていうかアンタしか居ないよな。普通なら子供の一人や二人居るだろ」


 二年振りに会ったとはいえ今は繕海のことはどうでもいい。

 重要なのは才華の父親捜索、手がかりになりそうな情報の収集だ。


「……以前はもっと子供が遊んでいた場所だったんだけどね。暫く前に不審者情報が出てから子供も近寄らなくなってしまったんだ。俺がずっと見守っていたのに不審者を見逃していたなんて警察として恥ずかしいよ」


 そう言いながら繕海は不審者情報の載った紙を渡してくる。

 暫く前と言うが殺人鬼の情報も約五か月ほど前に速人が告げてくれた。殺人鬼は精神異常者と変わりないので、日頃の服装も常識とはかけ離れたものに違いない。宝生町に滞在している時間は長いし不審者として目撃されていてもおかしくない。


 神奈は紙に書いてある情報に目を通す。

 一、公園にあるベンチに座って気味悪い視線を子供に送っている。

 二、容姿は髭や髪の毛を手入れしていない中年男性。

 三、ほぼ一日中公園に居座っている。

 四、服装は汚いコスプレ警察服。


 一つ一つの情報を見た後に神奈は目前の男を一瞥した。

 酷い偶然だが書かれている情報通りの男に心当たりがある。


「アンタのことじゃねえか! よくもこの公園から子供達を追い出しやがったなこの野郎!」


「はは、まさか! 勤務中の警察官を不審者扱いなんてしないだろう!」


「今のアンタは(まさ)しく不審者だよ。一度職質されてこい」


「職務質問だって? はは、面白いジョークだな。俺は警察だよ?」


「本当に面白いジョークだな不審者」


 以前ならともかく今の繕海の風貌だと言い逃れは出来ない。

 いっそ公園で過去に遊んでいた子供達や、付き添いの保護者達に訊いてみればいい。誰もが繕海を不審者だと証言するだろう。


「……それはさておき、私は今人を捜しているんだ。藤原堂一郎っていう人なんだけど知らないか?」


「藤原堂一郎。その名前、あの国家の懐刀藤原家の当主じゃないか。途轍もない権力を持っている御方だよ、娘さんの名前は才華といったっけ。あの子や友達の君を疑ったせいで俺は公園に左遷されたのさ。もう警察署に入ろうとしても追い出される始末でね」


「それもう警察クビになってんだろ」


 公園で一日過ごすような人間に期待していなかったが予想通り、不審者警察官はあまり役立ちそうにない。もともとダメ元で訊ねただけだ、成果がなくても残念には思わない。


「うーん……あの新入りなら何か知っているかもな」


「新入り?」


「ああ、俺がさっき付近の林に住んでいるって言っただろう。実は集団で生活していてね。最近やたらと物知りな男が新しくやって来たんだよ」


 どうせ手掛かりもない状態だ。神奈はその新入りとやらに訊ねてみることにした。

 繕海の案内で公園の北に存在している林へと神奈は歩く。付近と言うだけあって林はすぐ傍にあり、徒歩一分もかからないほどに近かった。少し林の中を歩いていると木が伐採されて拓けた土地に出る。


「着いたぞ、ここが俺の住む場所だ」


 木々に囲まれた広い円状のスペースには家がいくつも建っている。材料は木の枝やダンボールなどであり、どう見てもプロの仕事ではない作り方。明らかに自作である。

 スペースにいる約三十人の男女は殆どが高齢者。若い者も居るには居るが圧倒的に少ない。そんな集団の中に子供も居たので社会の闇を感じた。


「……ホームレスの溜まり場じゃん」

「ああ。彼等はな」

「ここに住んでいる時点でアンタもだよ」


 林にある家に住んでいると言われた時点でこの光景は想像出来ていた。

 ログハウスの可能性も考慮していたのだが、集団で生活していると繕海が言った時に淡い希望は消え失せた。どう見てもホームレスにしか見えない外見で、林に住んでいて、集団で生活しているとくればもうこういった光景しか想像出来ない。


「――おい倉間、誰だその子は」


「おおリーダー。ちょっと人を捜しているらしくてさ、新入りに会わせたいんだよ。神奈ちゃん紹介するぜ。この男はここの生活を仕切っている(おさ)みたいな人だ」


 確かに長といえば長だと納得する見た目をしている。

 繕海に近寄って話しかけてきたのは眼鏡を掛けた白髪の老人だ。衣服はダンボールの鎧一つであり、手にはダンボール製の剣を持っている。あまりに酷い風貌に神奈は「変態だ!?」と叫ぶ。


「新入り……ああ、あいつか。あいつなら俺の家に居るよ」


 長の老人が指をさした方向にあるのはログハウスの出来損ない。

 丸太ではなく全て枝で作られているのはいいが、補強する方法がガムテープとセロハンテープなので見栄えがよくない。強度も不安になる。

 それでも一人でゼロから作ったにしては上出来な家だ。


「自作したわりによく出来た家だな爺さん」


「ふっふっふ。長年こんな場所で暮らしていると暇すぎてな、何を作っても凝ってしまうものだよ。君も住んでみるかね?」


「断る。私には父さんが残してくれた家があるんでね」


 出来が良いといってもあくまで素人レベル。数人の小学生が集まれば作れる程度の家。……そもそも神奈はホームレスではないので出来がどれだけ良くても住まない。

 今住んでいる家は短い年月だがは今世の家族と過ごした場所だ。繋がりを強く求めているので引っ越しは選択肢に浮かばない。神奈は一人残されてから生涯をあの家で過ごす将来設計をしている。


「ならばもし将来路頭に迷った時は歓迎しよう」

「あ、その時は友達の家に居候するから大丈夫」


 何かの事故で今の家を失い、金がなくてホームレスに成り下がった場合の策も考えてある。利用するようで申し訳ないので本当に最終手段だが当然才華の家だ。藤原家の財力なら安心だし、才華の人の好さに付け込めば居候は容易い。


「さ、時間は有限だ。さっさと新入りとやらに会わせてくれ」

「分かった分かった。急かすなよ神奈ちゃん。慌てると良いことないぜ」


 やれやれといった様子の繕海の案内で長の家へと向かう。

 家主である長は日課の素振りがあると言ってどこかへ去って行った。もはやあの老人につっこむ気すら失せた。つっこみをするしない以前に関わり合いたくない人間もいるのだ。


 繕海が長の家の扉を無遠慮に開けて中を確認する。

 ノックくらいしたらどうなのかと思っていると「居たぞ」と言って中へ入っていく。警察官の仕事が出来ない関係なく礼儀のなさでクビになったのかもしれない。

 神奈は一応「お邪魔します」と言ってから枝製の家に入る。


「紹介しよう神奈ちゃん。こいつが新入り――FFだ」


 家の中に居たのは見覚えがありすぎる黄髪の男性。

 彼も神奈の顔を見て驚愕しているが、それ以上に驚いたのは神奈自身だ。

 そこに居たのは紛れもなく才華の実父。――藤原堂一郎その人なのだから。


「ホームレスになってんじゃん!?」


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