12.6 商店街――カード――
2023/11/03 文章一部修正
この町、宝生町には商店街が一ヵ所存在している。
商店街といえばスーパーなどの買い物できる施設が建ってから、客が減って絶滅しかけているなどという話もある。スーパーの方が店内だから夏は涼しく、冬は暖かくて季節気温関係なしに快適であるし、生活に必要なものなら店内にほとんどの物が揃えられている。なにより駐車場があることにより車で来れるため、距離が遠い人でも来やすくなっている。
そんなスーパーにも負けず、いや少し負けているがこの宝生商店街は多少の賑わいをみせていた。
「商店街……思えば初めて来たかも知れないわ」
そう神奈の左を歩いている才華が呟く。ちなみに右には笑里も歩いている。
「え? 藤原さんって商店街来たことないの?」
「ええ、そもそも買い物はあまりしなくてね。……でもこれからはいい経験かもしれないし、積極的に来てもいいかもね」
才華はお金持ちのお嬢様だ。商店街に来たことがなくても不思議ではない。買い物といってもスーパーや商店街などで買ったり、インターネットで欲しいものを探して買えるようなシステムもある。様々な方法があるので、商店街に来たことがなくても問題があるわけではない。
「じゃあ才華ちゃんって買い物したことないの!? だったら私が買い物のお手本見せてあげる!」
(普通に買い物はしたことあると思う。それとお手本もなにも、ただ買いたい物を持ってお金払えばいいだけだろ)
「ふふ、買い物くらい経験はあるわよ。それに大丈夫、これで好きなだけ買えるから」
そう言って才華が可愛らしい私服から取り出したのは――黒いカードだった。
この黒いカード、お金持ちしか持てないというブラックカードである。笑里は知らないようできょとんとした目をしている。
現在では支払い方法もいくつかの種類がある。単純に紙幣や硬貨で払うこと、そしてカードやアプリなどの電子マネーで払う方法。神奈はだいたい手持ちの紙幣や硬貨で払う方法をとるが、近年電子マネーを利用する人が増えている。これからは電子マネーの時代というのが世間の考えだ。
「なに? その黒い板……板チョコ?」
常識などがすっぽり抜けている笑里がそんなことを言う。
さすがにブラックカードと板チョコは全然違う。だいたいもしもチョコレートだったなら、今頃は春の暖かさのせいで溶けている。その場合、才華の服は一部が茶色く染まり、一日着れなくなるだろう。
「ブラックカードよ。これを使えば硬貨とかがなくても買い物ができるの」
「どうやって使うの? 美味しいの?」
「お前いつまで食べ物だと思ってんだよ! 仮に食べたらなくなって二度と使えないだろ!」
「じゃあ笑里さん、これから私が使ってみるからよく見ておいて!」
近くのとある小物専門店に才華は向かい、白黒のペンギンのストラップを手に取る。
「すいません、これください」
「はいよっ、じゃあ六百円ね」
可愛らしい商品だがそこそこ値が張るストラップ。才華はそれを買うため、ブラックカードを店員に見せつける。
「カードで」
「ああ、ごめんね。ウチは電子マネー使えないんだよ」
「……え」
(使えないのかよ! 自信満々に出して恥ずかしいだけじゃん!)
無慈悲な宣告に才華は表情が固まり、とぼとぼと歩いて神奈達の元に帰る。
「カードはいつ使うの?」
元気がなくなった才華の心を、悪気ない笑里の一言が抉る。
「そ、それは……なんというか……ごめんなさい」
「いや、もういいよそれは。気にするなって」
肩を軽く叩いて、気にしないように神奈が言うと、振り返った才華は僅かに涙を浮かべる。
「ねえ君達」
もう小物専門店から離れようとした神奈達が、見知らぬ男子に声を掛けられた。
美形で薄い笑みを浮かべている男子は、神奈達より身長が高く、先程才華が買うのを断念したストラップを持っている。
「これが欲しかったんだろ? さっき買おうとしてガッカリしてたのが見えたから、これどうぞ?」
いきなり声を掛けてきたのも、ストラップを買ってくれるのも、神奈は二人の知り合いだからかと考える。美形で笑うと笑顔が輝いている男子など、一度会えばそうそう忘れない。少なくとも神奈の知り合いではなかった。
「なあ、この人誰? 藤原さんの知り合いか?」
「いいえ……知らないわ」
「なら笑里の知り合いか?」
「ええ? 全然知らないよ?」
(なるほど、つまりあれだ。私の知り合い……なわけもないな。ふむ、まあ新手のナンパだろう。正直小学生を相手にするのはどうかと思うけど、向こうも小学生くらいの身長だ。私がナンパされるのはおかしいけど、対象にする年齢としてはおかしくないな)
小学生といえど異性に興味がないわけではない。むしろ上級生なら興味を持ち始める年頃だ。
「緊張してるのかな? 大丈夫、僕はカッコいいけど緊張しないで気さくに話してくれていいよ?」
(なるほど、つまりあれだ。こいつはナルシストだ。控え目に言ってキモいな)
少年は自分がカッコいいと思い込んでいる。実際顔の作りは上の中辺り、世間一般的に見てカッコいいとされる美形である。だがそれが裏目に出てしまい、困惑している神奈達が、自分のカッコよさに緊張していると勘違いしている。
「えっと……ありがとう、ございます」
引きつった笑みを浮かべながら、才華はストラップを受け取る。
「いいんだ! 僕の顔に見惚れるのは分かるから。自分でも毎日鏡を見て見惚れてるから!」
「堂々のナルシスト発言だな!? なんなんだお前!?」
「ああ、僕は子王だ。宝生小学校の六年生、まあ君達の先輩にあたる」
(このナルシストは先輩だったのか。つまりあれだ、気持ち悪いよこのナルシスト先輩)
げんなりとする神奈。だが笑里は特に気にしておらず、才華は名前に聞き覚えがあり思い出そうとしていた。
「子王……? もしかしてあの……?」
「藤原さん知ってんの?」
「ええっと、噂にはなってるのよね。高学年に手入れされた人形みたいなカッコいい男子生徒がいるって。学校中の女子が噂してるからさすがに知ってるわ」
確かに子王は美形だ、それは神奈も認めざるをえない。ただ人間は見た目も大事だが、本当に大事なのは中身であるとも考えている。ナルシストに惹かれている女生徒は外見にしか拘っていない。ルックスに拘っていない神奈達には、ただのナルシスト先輩にしか見えない。
もっとも子王も悪気があるわけではない。性格はいい方で、女子人気も外面だけでなく、内面の方も評価されてのものだ。
「あの、どうして私にストラップを……?」
「困っている人を見たら助けるのが当たり前だろ? だからさ、藤原さんも買えなかったくらいで落ち込まないでね」
「ん? どうして私の名前を?」
「ああ、僕は学校の女子生徒全員の名前を覚えているんだ。いずれ僕のことを、好きになってしまってもいいようにね。今から名前や趣味なんかをチェックしてるんだよ」
内面の良さというものに言動は入らない。子王は悪事を働くような悪ではないが、単純に気持ち悪さが悪だ。さすがの笑里も才華も顔を青ざめさせるほど気持ち悪い言動であった。
「ねえ子王さんはどうしてそんなに気持ち悪いの?」
笑里が爆弾発言した。欠点をオブラートに包むことなく、ストレートに問いかけたのだ。
「直球すぎるだろ! もう少しオブラートに包めよ!」
「き、気持ち悪い……? この僕が……?」
「うん! すごく気持ち悪いよ!」
まるで褒め言葉かと錯覚してしまうくらいに、笑里は元気よく笑顔で言い放っている。
どういう神経をしていたら、どういう育て方をしたらこんなふうになってしまうのだろうか。神奈は笑里の後ろにいる父親である幽霊を見ると、顔を強張らせて、拳を固く握っていた。先程の発言がふしだらに聞こえたのか、風助の怒りは収まらない。
「そうね、私もはっきり言って引いてしまいました。ストラップくれたのにごめんなさい」
「はっきり言いすぎだろ二人共! ほら先輩傷ついてるじゃん!」
「あ、ああ、あああ、き、君はどうだい? 僕のことが気持ち悪いと思うかい?」
一連の流れから答えなど決まっている。子王も薄々分かっているが、どうして聞きたがるのかといえば信じたいからだろう。これまで直接悪口を言ってきた者などおらず、誰もが子王の容姿を褒めちぎっていた。今まで築き上げてきた自信が、少し悪口を言われたくらいで揺らいでしまった。その自信を取り戻すには、やはり残り一人に褒めてもらうしかない。
「かなり気持ち悪いと思う」
「ぐっはあ!? 辛辣だああ!」
現実は非情である。容姿と性格がよくても、言動に気をつけなければ評価は落ちる。
まるで言葉が実体化して貫かれたかのように、子王はオーバーリアクションを取る。そして落ち込んだかと思えば、なんでもないように元の態勢に戻る。
「……君達のことはしっかりと覚えたよ。いつか必ず僕に惚れさせてあげよう」
そう告げると、子王は身を翻して颯爽と去っていく。
(あれがカッコいいとでも思っているのか。生まれる世界を間違えたんじゃないのか? あれがいるべきは乙女ゲームとかそんなんだろ……いや、気持ち悪いからダメだ。どんなヒロインでもすぐに好感度が最低になってしまう)
「気持ち悪い人だったね!」
「お前はもう少し色々と抑えろよな。それじゃあショッピングの続きといくか」
「そうね、目的があるわけじゃないけど」
子王のことは頭の片隅に放置し、神奈達は純粋に商店街を楽しむ。
文房具屋で笑里が鉛筆を使おうとしたら折ってしまったので才華が買い取ったり、ダサい服しか置いていない服屋で才華が店員に聞こえないように文句を言っていたりだ。
それから肉屋で才華が雑学を披露した。牛肉は薄い赤色の方が美味しいようで、濃い赤だと味が落ちるという情報。牛肉は年をとるとどんどん色が濃くなって、品質も悪くなる。神奈は今度買う時から参考にしようと思う。
肉屋から離れると、時間も忘れて楽しんだ結果夕方になっていた。
赤い夕陽が、商店街をオレンジに染めていく光景は綺麗だ。そんななか、神奈はとある人物を見つける。
「リンナ……?」
商店街奥にある店から出ていったのはピンク髪の少女。神奈はその少女を見て、居候のことを思い出した。追いかけようと思ったとき、すぐ近くの雑貨屋から声が掛けられる。女子向けだろう可愛らしい商品ばかりが置いてあるのが、笑里や才華の目を引いた。
「へいお嬢ちゃん達! 可愛いね、これ一つどうだい?」
話しかけられたのは三人全員だ。店長は一枚のハンカチを持っていて、それを差し出す。
ハンカチにはオレンジ色の一輪の花が刺繍してあり、花に詳しくない神奈と笑里では分からない。しかし雑学を多く持つ才華は見て分かったので口を開く。
「この花、キンセンカですね」
「ほう、知ってんのかお嬢ちゃん……。その通り、これはキンセンカ。丁度今くらいに咲く花だな」
「ええ、春から初夏の辺りにですよね。オレンジだけじゃなくて黄色の花も咲く、鮮やかな植物」
「そうだな。そしてそこのお嬢ちゃんの髪色と一緒だったからさ、咄嗟に声を掛けたんだ。なんかこう運命みたいな感じがしてな。どうだい? このハンカチ」
確かにこの花は笑里の髪色とと同じオレンジだ。花が刺繍されているハンカチなどオシャレだし、客観的に見て可愛い。
「ええ? いいんですか? ありがとうございます!」
笑里は礼を言うとハンカチを受け取り、そのまま去ろうとする。その堂々と商品を持っていこうとする笑里に、店長は汗を掻いて慌てる。
「いいって……いやお金お金! 代金まだだよお嬢ちゃん!」
「え? くれるんじゃないの?」
「何言ってんの、あげるわけないでしょ商品なんだから……」
笑里は『どうだい』と訊かれたから貰えると勘違いしたのだ。それにしても酷い勘違いだが、一切の悪気はない。ただ常識が通用しないだけだ。もはや笑里は常識などに囚われない。
「店長、彼女の分は私が払います。カードで」
「ああそう? まあ払ってくれるなら別にいいけど……ウチ電子マネーは使えないんだよ」
「……そうですか」
もう宝生商店街では電子マネーが使えないと、才華はいい加減に思い知らされた。
「なら私が払います」
「おうそうか、なら三百円だ」
目に見えて落ち込んでいる才華は項垂れてしまっているので、とりあえず三百円という安さならと神奈が払っておく。本来なら笑里が払うべきだが、彼女は財布を今日持っていない。
百円玉三枚を受け取った店長はあることを確認する。
「毎度、そういえばお嬢ちゃん達は宝生小学校の生徒かい?」
「そうですけど、どうして分かったんですか?」
「この辺りで小学校っていったらあんまり数がないからな。まあそれは置いておいて、今あの学校で盗難事件が起きてるだろ。お嬢ちゃん達も気を付けろよ?」
「盗難事件?」
神奈と笑里は首を傾げる。盗難事件なんて聞いたことないからだ。二人は授業中も話を聞いていないし、学校では寝ている時も多いので噂など知らない。
「ああ、二人共……何も知らないのは予想してたわ」
呆れたような声を出して才華は苦笑いし、二人の方に振り向く。
「宝生小学校の六年生クラスで起きてる事件よ。……女生徒の私物が盗まれてるみたい。これはついこの前に先生が言ってたからね?」
「そ、そうか……大変なんだな」
「うーん、言ってたかなあ……?」
「言ってたの! あなた達が寝てるのよ!」
よく才華は周囲を観察している。神奈は言われた通り、朝と昼食と帰りくらいしか起きていない。たまに授業中に起きている時もある程度のものだ。笑里も神奈よりは起きているが、寝ている頻度はかなり高い。
授業中に寝ていて学力は大丈夫なのか。才華は寝ていないし、成績優秀なのでテストはオール百点。神奈も前世でやったことなので、凡ミスさえしなければ百点を取れる。しかし笑里は先日国語のテストで十三点という記録を叩き出した。国語以外も似たような点数ばかりである。あまりの酷い成績に、担任教師は涙を流しながら答案を採点していた。
「……あぁ、そのなんだ……学校で先生の話はちゃんと聞けよ?」
「大して関わりのない店長にまで言われたよ! 悪いとは思っているけどなんで店長にまで言われなきゃならないんだ!」
「いや、正論だからね? 神谷さんはテストの点数とか問題ないけど、笑里さんは大問題だからね? この前の国語のテスト何点だったか覚えてる?」
「えっと……百点かな」
「十三点よ! しかも合ってたのは記号の選択問題だけだった、つまり運が悪ければ零点でもおかしくなかったんだからね!?」
「そ、それでも運がよければ百点だもん」
そうはならない。記号の選択問題は確かに、知識になくても勘で当たることもある。だから対策として半分までしか問題には入っていない。つまり五十点が限度だ。今の笑里の実力では、決して小学校のテストで百点など取れない。
「今度、勉強会でもしましょうか。できるだけその頭を良くしてあげるわ」
「えぇ……勉強は嫌いだなあ」
「同じく」
一応笑里に百点を取れる方法は、手段を選ばなければ存在する。カンニングだ。笑里にならば、視認できない速度で動いて、他人の解答を見るという最低の手段が取れる。だがもしもこれを行った場合、風圧で他の生徒に迷惑がかかるうえ、強風でバレる可能性も高い。
その方法以外で、神奈なら腕輪の協力でカンニングすることができる。ただし腕輪は都合のいい便利道具ではない。カンニングという悪行に協力などしない。
三人は勉強会の約束をし、商店街から帰宅する。
家に帰ってから、神奈はリンナに今日のことを話していた。
「あはは、それは大変ですね……。でもいいじゃないですか。そうやって楽しく過ごせるなら」
「まあ悪く思ってはない……あ、そうだ。お前今日商店街にいた? なんかリンナと瓜二つのやつ見つけたんだけど」
「私はずっと家にいましたよ」
「そっかあ、じゃあ別人だったのかも」
商店街にて神奈が見たのは別人だった。それにしては本当に似ている少女で、まるで生き別れの姉妹のようだと思えた。リンナは記憶が少し曖昧であるが、家族はいるだろう。なんとか記憶を戻し、家族に再会させてあげたいということを、神奈はたまに考えている。
「神奈さん、それより盗難事件の方はどうするんです?」
深く考えていると腕輪がそう問いかけるので、神奈は現実に引き戻される。
「そっちはどうにかするか……」
事件というのは放置していても良いことは起きない。現状が維持されるか、悪化するかの未来しかない。盗難事件の犯人を捕まえることを神奈は決意した。




