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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.52 練習白雪姫――つっこみを添えて――


 とある日の放課後、演劇練習の時間。

 総監督である夢咲の「一回通しでやってみよう」という言葉により、五年一組の教室内で最後まで演じてみることになった。因みに机や椅子などは教室後方に寄せて演技スペースを確保している。


「では、これより五年一組の演劇を披露したいと思います。白雪姫という童話を演劇にするので楽しんでいってください。えー、昔々あるところに……」


 未だグダグダな演劇だがさすがに出だしで失敗したりしない。ましてやナレーションは文芸部部長である夢咲夜知留だ、彼女なら文章を読み慣れているし言い間違いも少ない。

 序盤の設定羅列が終了したところで笑里と泉が登場。


「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだあれ?」


「それはお(きさき)様。あなたが一番美しいです、よ」


「……何か台詞から気遣ってる感が出てないか?」


 泉特有の遅れて告げる語尾のせいなのでどうしようもない。この程度なら気にする生徒もあまりいないだろう。今さらキャスティング変更というのも時間を無駄にする行為だ、劇は続行させる。


「お后様はそれからも毎日同じことを繰り返し鏡に訊き、答えに納得する日々。しかし、ある日突然魔法の鏡による返答が変化したのです」


「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだあれ?」


「それは白雪姫、あの御方が一番美しいです、よ」


「……何ですって!? 白雪姫、あのクソガキが!?」


 意外と演技の上手い笑里の台詞を聞いた神奈は思わず「お后様口悪っ」と呟く。


「許せない、一番美しいのは私でなければいけないのに! ムキイイイ悔しいいいいい! 狩人、狩人をここに! 早く来させなさい!」


 狩人役の速人が「お前偉そうだな、殺すぞ」と言いながら登場。

 確実に台本にない台詞なのだが夢咲は何も言う素振りを見せない。何だかんだで速人は真面目だ、本番では台本通りにやってくれるだろう。


「よく来たわね狩人! あなたに命じます、白雪姫をぶっ殺しなさい!」


「殺しの依頼か……ならば金を払え」


「お金? えーこんなの台本になかったよ。……えっと、じゃあ、私に協力するなら世界の半分をくれてやろう!」


「どこの魔王!?」


 お后様といえど世界の半分をあげられるほど権力はないはずだ。彼女は魔王でもないただの性悪女なのだから。……これは台本通りにやっていない速人が悪い。

 台本をちゃんと読んだのか問うと彼は読んでいないと告げた。悪気なさそうに言う彼の頭を神奈は叩き、台本をちゃんと見るよう言っておく。


「七歳になった白雪姫はある日、森を歩いていました。そんな時、お后様の命令でやって来た狩人が目の前に現れます」


 笑里が退場した代わりに白雪姫役の才華が登場。

 標的を前にした速人が懐から手裏剣を取り出す。

 狩人なら弓や刀剣がメジャーだろうがそこは置いておく。


「貴様が白雪姫か」

「はい、私の名前は白雪姫です。あなたは誰ですか?」

「これから死ぬ奴に関係ないだろ。さっさと死ね」


 無表情で手裏剣を投げつけた速人に全員が驚愕した。

 偽物を期待するが台本すら読んでいない男だ、確実に本物である。何度も目にしている神奈には確かめなくても分かる。このままでは殺人事件が起きてしまうので咄嗟に「殺すなああああああ!」と叫びながら乱入して手裏剣を掴む。


「なに平然と殺そうとしてんだお前! 狩人は白雪姫を殺せないの!」


「……いや、だがな……一度受けた依頼を無視すると評価が下がる。プロとしてどんな仕事も絶対失敗するわけにはいかない」


「今そのプロ根性要らないんだよ! これたかが演劇だよ!?」

「ぐっ、それでも……!」

「面倒くせえなお前!」


 アクシデントはあったが練習なのでやり直しがきく。

 一先ず速人を説得した後、もう一度白雪姫と狩人の出会いをやり直す。


「貴様が白雪姫か」

「はい、私の名前は白雪姫です。あなたは誰ですか?」


「俺は狩人、貴様を殺しに来た。しかし……う、ぐっ……殺したいのに……殺せない……! プロとしてあるまじき失態……! 早く、俺が自分を抑えている間に早く逃げろ!」


 歯を食いしばった速人は必死に自分を抑えつけている。

 予想に反して、殺したくても殺せない感情が諸に伝わって来る。夢咲が「やっぱり私のキャスティングに狂いはなかったね」と言っているが、今の様子を見れば確かに狩人の葛藤がよく表れている。もっともそれは演技でも何でもないのだが。


「そんなっ、私を殺そうとするなんて……いったい誰が」

「依頼人を暴露する殺し屋がどこにいる!」

「喋れよ! あとお前は狩人な!」

「……お后様だ」


 かなり苦しそうな表情のまま速人は告げた。

 事実を知った才華は礼を言い、頭を下げてから逃げていく。

 演技スペースから出て行った彼女と入れ替わるように笑里が登場。


「狩人が適当な動物の臓器を渡し、死んだと思い込んだお后様は大変喜びました」

「おーほっほっほっほっほっほ! これで邪魔者はいなくなったわ!」


 高笑いしながら去っていく笑里に代わり、走って来た才華。

 息を切らす演技をしながら周囲を警戒しながら先へ進む。徒歩へ切り替えた彼女の前に七人の男女が現れた。


 霧雨和樹、斎藤凪斗、夢野宇宙(そら)、真崎信二、クロエ・スペンサード、灰島シャルロッテ、鈴木渡の七人だ。神奈がよく知らない生徒も交じっているが速人よりはマシな演技をするだろう。


「はあっ、はあっ、あなた達は……?」

「お」

「れ」

「た」

「ち」

「は」

「も」

「り」

「に」

「す」

「む」

「こ」

「び」

「と」

「だ」

「よ」

「何で一人一文字ずつ喋ってんだあああああ!」


 演技どころではない問題が発生してしまったので神奈は我慢できず叫ぶ。


「え、いやだって台本の台詞、誰が言うか書くところに小人達って」

「一人ずつじゃなくて全員で揃えて言う台詞だろ! 分かれよ!」


 いったいこれまでの練習時間で何をしていたのか是非知りたいところだ。まさかずっと一文字ずつ喋っていたというのか。もしそうなら誰かしら気付いて止めてほしい。

 何度目か分からないアクシデントで中断したが演劇を再開する。


「はあっ、はあっ、あなた達は……?」

「俺達は森に住む小人だよ。こんな場所に急いでやって来た君は誰だい」

「私の名前は白雪姫。お后様に命を狙われたため、こうして逃げて来たのです」


 小人役達は一斉に心配そうな表情を作った。


「おおそれは大変だ」

「それなら俺達の家に来るといい」

「そうだそうだ、人間には手狭だろうが宿なしよりはマシだろう」

「おいでよおいでよ」


 先程のアクシデントはあったが七人の感情表現は中々に上手い。

 思わず神奈も「おお」と驚いてしまうくらい、小学生の劇とは思えないくらいの上手さであった。隣の夢咲によると感情表現の練習に大半の時間をつぎ込んだという。台詞を読み上げる練習もしてほしかったものだが、既に直ったのだしもう気にしない。


「白雪姫は出会った小人達と森で暮らし始め、平穏で楽しい生活を送りました。しかし、そんな順風満帆な日常はいつまでも続くことはなかったのです。崩壊の始まりは、国で好き放題するお后様のある一言でした」


 才華と霧雨達が退き、笑里と泉が演技スペースに登場する。


「やらなくても分かっているから最近は確認していなかったけれど……鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ? まあ、当然私よね」


「違いま、す。この世で一番美しいのは、七人の小人と森で暮らす白雪姫で、す」


「……はあ!? も、もう一度訊くわよ。この世で一番美しいのは誰!」


「この世で一番美しいのは、七人の小人と森で暮らす白雪姫で、す」


 変わらない返答に笑里が「うぬぬ、ふんがあ!」と怒り狂う。

 その怒り方はどうかと思うが上出来だ。彼女の演技は小学生の範疇で上手い。


「死んでいなかったのね白雪姫! 己、狩人め、私を騙したな! 奴は後で処刑するとしてまずは白雪姫だ。今度は私の手で確実に殺してくれるわ!」


 台詞を聞いた速人が「ほう、逆に貴様を処刑してやる」と殺気を放出したので叩いて止める。ついでに「狩人の出番はもうゼロだっつの」と注意しておく。


「お后様は魔女に変装して小人の家を訪れます」

「白雪姫。おいでになさって白雪姫」


 もうじき神奈の出番なので気乗りしないが準備はしなければならない。

 真ん中がチャックになっている紫リンゴの着ぐるみへ入り、嫌な顔をしながらチャックを閉める。着ぐるみが大きすぎるせいで足のつま先が僅かにしか出ないため、歩くのも大変だ。バレないようこっそり「フライ」と呟いて飛行魔法を使用した。


「はーい、どちら様ですか?」

「私は旅人です。是非とも才華ちゃんに……あ」

「本名を出すなよ。まあ間違いは誰にでもあるし気にすんな」

「神奈ちゃん……ぷ、あ、あっはっはっはっは何その恰好!」

「笑うな!」


 狭い視界の中で笑里が大笑いしているのが見える。才華は窓の方を向いて口元を押さえている。気持ちは分かるし、神奈だって同じ立場なら笑うが止めてほしい。いつか笑われたのがトラウマになって演劇に出られなくなってしまう。


「……ったく、さっさと劇を再開させようよ。もうつっこみ疲れた」

「私は旅人です。是非とも才華ちゃんに……あ」

「同じ間違いしてんじゃねえよ! 学習能力働かせろや!」


 それから本当に何度目か忘れたが演劇を再開させる。

 さすがの笑里も三度目の失敗はしないだろう。二度あることは三度あるなんて言葉もあるが、三度目の正直という言葉もあるのだ。


「私は旅人です。是非とも才――白雪姫にこの毒リンゴを食べてほしいのです」

「おい毒って言っちゃったよ! 正直者すぎるだろうが!」


 名前の方が途中で言い直したが疲れていたのでスルー。しかし、正直に毒リンゴと告げてしまうのにはつっこまざるを得ない。


「ふぅ、私は旅人です。是非とも白雪姫にこのリンゴを食べてほしいのです。やったああああああ! 言えたああああああああ!」

「喜ぶの後にしろよ」


 やっと来た出番なので神奈は紫リンゴの着ぐるみのまま、瞬時に笑里の方へ移動。

 常人からすれば突然現れたように見えるから驚くだろうと指示したのは夢咲だ。この程度の高速移動なら魔法と違い、日常的に使っているので大した騒ぎにならない。


「まあ珍しい色のリンゴ。本当に頂いてよろしいのですか?」

「どうぞどうぞ。生のまま齧ってお食べください」

「はい、ありがたく頂戴します」


 少ない出番が終わった神奈は笑里と一緒に演技スペースから出て行く。

 リンゴを食べるフリをした才華は台本通りその場に倒れる。バタンッと大きな音を立てたのはまるで本当に気絶してしまったかのようだが、きちんと受け身で衝撃を受け流していた。彼女は自身の演技に対して妥協を許さない。


「リンゴを食べた白雪姫は倒れてしまいました。なんと、変装したお后様が持って来たリンゴには毒が含まれていたのです。仕事から帰って来た小人達は死んだ彼女を見て大いに嘆きました。七人の小人は麗しい彼女を埋葬するのを躊躇い、ガラスの棺に寝かせて保管します。その後暫くして、近隣の国の王子様が森に現れます」


 ナレーションが途切れると同時に禿頭の男子が演技スペースに侵入。

 息を切らせ、肩を上下させる様は本当に疲労しているかのようだった。


「ふう、ふう、どうやら兵士達とはぐれてしまったらしいね。森の中で腕立て伏せと腹筋と背筋とスクワットを千回やっていたせいか」

「そんな筋トレ好き王子いないだろ!」


 尚、夢咲曰く先程まで本当に筋トレしていたらしい。疲れているように見えたのは演技ではなく、実際に疲れていたのだ。なんとも熱井らしいといえば熱井らしい。


「森を彷徨った王子様は偶然、小人達の家を発見しました」

「ごめんください! 実は歩きすぎで疲れてしまいまして、どうかこちらで休ませてくれませんか! 一緒に筋トレに励みましょう!」


 毒リンゴの着ぐるみを脱いだ神奈は「休む気ゼロじゃねえか!?」と叫ぶ。


「小人達の家に宿泊した王子様は、これまた偶然白雪姫の死体を発見しました」

「なんと美しい女性だ! あ、あの、もしよければこちらの女性の屍を譲ってくれませんか! もう死者とはいえあまりに綺麗だ、是非国に連れて帰りたい!」


 普段の暑苦しさが消えていない熱井が大声で台詞を読み上げる。それを聞いて小人役の霧雨は腕を組み、難しい表情を浮かべる。


「いくらで買う?」

「死体売買!? アドリブじゃねえか!」

「僕が持つ全財産を払っても構わない!」

「乗るな! そして払うな!」


 実際に懐から財布を取り出し、さらにその中から三百円を出した熱井。百円玉三枚を受け取った霧雨。子供が読む童話なのにアドリブで闇取引が加わってしまった。


「暫くして王子様は自力で帰ることにしました。ガラスの棺に入った白雪姫を運びますが、道中で運悪く棺を落としてしまいました」

「うわっ、しまった! 折角の綺麗な姫が傷付いてしまう!」


 本当に才華を運び、床へ落とすわけにはいかないので熱井がそっと下へ降ろす。本番では各々の衣装と共にガラスの棺も用意するので本格的になるはずだ。


「……ん、ごほっごほっ! こ、ここは……いったい」

「ま、まさか! 白雪姫が生きている!?」


 起き上がった才華を前にして熱井は驚愕して仰け反る。


「なんと、白雪姫は毒リンゴを喉に詰まらせて仮死状態になっていただけであり、落とされた衝撃で蘇ったのです。その後、白雪姫は王子様の住む国へ行き、結婚することになりました」


 立った才華と熱井が向き合う。

 どうやっているのか神奈は知らないが才華は頬を赤く染めている。彼女はキスのフリをするシーンに照れていたが演技中は落ち着いているはずだ。本当に照れているとは思えず、血流操作でもしているのではと疑ってしまう。


「私を助けてくれた愛しい御方。あなたの妻となれて私は幸せです」

「僕も君のように美しい女性と結婚出来て幸せさ。一緒に筋トレしていこう」

「最後まで筋トレを推すなこの王子!」


「こうして白雪姫と王子様は結婚し、幸せに暮らしました。一方、お后様は狩人の告発により罪が明らかになり、牢屋に入れられましたとさ。めでたしめでたし。……これにて五年一組の白雪姫を終了いたします」


 五年一組内で演技していた生徒、見守っていた生徒全員が終了と同時に気を抜く。

 一部の者達は「終わったああ」と座り込んだり、友達と談笑したりする。練習とはいえやりきったのだから多少は羽目を外してもいいだろう。……どう考えてもグダグダだったのは置いておく。


 一息ついていた夢咲へ神奈は「なあ」と話しかける。


「なんつーか、最後結構適当っていうか……白雪姫って本当にこんな感じで終わんの? 何か釈然としないっていうかさ」


「さあ、本の知識がある程度で私自身は読んだことないから」


「読んだことないのかよ!?」


 一番の問題は読んだことすらない物語を演劇にしようとした総監督だった。


「まあいいじゃない。とりあえず本番までに演技を仕上げることだけ考えよう」

「……はぁ、大事なのは結局そこだもんな」


 そう、一番大事なのは上手な演技で演劇をやりきること。

 卒業生を送る会が堅苦しいイベントでないとはいえ、派手に失敗するのだけは避けたい。毒リンゴ役なんて絶対失敗しない配役の神奈だからこそ、他人の心配ばかりしてしまう。出来れば成功させて楽しい思い出を作りたいものだ。


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