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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.51 演劇準備――毒リンゴ役って何だよ――


 宝生小学校のみで行われている行事「卒業生を送る会」というものがある。

 お世話になった卒業生に、五年生が恩返しとして何かを行うという行事だ。全てのクラスでやると時間が掛かるので何かをするのは五年生のみ。つまり今年は神奈達の番ということ。

 現在は三月十五日。教壇に立つ女教師が詳細を話している。


「もうすぐ卒業生を送る会があるねえ。みんなは何をやりたいかな?」

「去年の五年生って何やってたっけ」

「確か……マジックショーじゃなかった?」

「影絵とライトアップのショーもやってたよね」


 行事といっても特にお堅いものではない。基本的には何をしても自由なので去年はマジックショー、一昨年は卒業ソング合唱などなど様々だ。五年一組の生徒達は何をやるか話し合っているが、選択肢が多すぎるせいで決めるのに時間がかかる。


 意見を出して賛成票の多さで決めることになったが中々決まらない。

 熱井心悟の発案……千羽鶴をその場で折る。

 霧雨和樹の発案……ロケット打ち上げ。

 秋野笑里の発案……雪合戦。

 夢咲夜知留の発案……集団で一つの物語の音読。


 千羽鶴や音読会は地味だし、ロケット打ち上げは派手だが難易度が高すぎる。

 雪合戦についてはそもそも当日の天候が分からないため却下。

 今出ている意見に入っている賛成票は、発言した本人の一票のみと悲しい結果だ。

 停滞した状況の中、才華が真っ直ぐに手を挙げて発言する。


「あの、演劇とかどうかしら」


 聞いていた女教師は「演劇かあ」と苦笑した。


「演劇は今からだと練習が間に合うかどうか……」

「でも千羽鶴とかよりマシだと思います。ここ数年で行ったクラスもないですし」

「酷いな藤原さん! 僕の千羽鶴作成という案のどこがいけないんだい!?」

「逆にどこがいいと思ったの?」


 女教師の言う通り、演劇は練習に時間がかかる。どうせやるなら衣装の準備などもしたいし大変だ。それでも才華の言う通り、千羽鶴や音読会よりマシというか無難な催しだと神奈も思う。


 発案した本人以外やはり千羽鶴などは嫌だったらしく賛成票が一気に集まる。

 多数決の結果、五年一組の出し物は演劇に決定した。



 *



 オレンジ髪の少女が教室内で口を開く。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」


 彼女が向いている先にはマジックミラーを顔近くで持っている黒髪の少女。


「それは……私です、よ」

「ちがああああああう! 違う違う!」


 雰囲気をぶち壊して二人の間に割って入った神奈は叫ぶ。

 現在、宝生小学校五年一組は卒業生を送る会で披露する演劇に向けて猛特訓中。演劇の内容は決まり、各々割り振られた分担で真剣に取り組んでいるのだが……順調とは言い難かった。


「泉さん、そこ『それはあなたです。でも白雪姫の方がもっと美しい』だからな」

「ごめんごめん次はちゃんと憶えられると思うから、さ」

「頼むぞ本当に……。もう一回あらすじ確認しとくか」


 演劇を行うと決めた五年一組は内容を白雪姫に決めた。

 別の童話にしたかったのだが他のクラスも演劇をやるうえ、題材が被ってしまったため仕方なく白雪姫に変更したのだ。

 神奈はもう一度台本に書かれたあらすじに目を通す。


 昔々、王様と美しいお(きさき)様が居た。

 二人の間に産まれた美しい王女は白雪姫と名付けられたが、それからまもなくお后様が亡くなる。その後、王様が新しいお后様を迎えた。外見だけで結婚したのか性格は最低の一言に尽きた。


 美しいことだけが自慢の新たなお后様は魔法の鏡に「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだあれ?」と問いかけ、鏡が「それはお后様。あなたが一番美しい」と答えるのが日課。……ところが白雪姫が七歳になった日、鏡の返答が変化する。

 魔法の鏡はお后様より白雪姫の方が美しいと答えたのである。


 怒り狂ったお后様は、白雪姫を森で殺すように狩人に命じた。しかし狩人は白雪姫を殺すことができずに逃がし、猪の内臓を白雪姫のものだと偽って渡した。有名な童話にも意外とグロいシーンがあるらしい。


 逃がされた白雪姫は七人の小人と出会い、一緒に暮らし始める。


 白雪姫を始末したと思い込んだお后様は鏡に再び問いかけるが、その返答は変わらず白雪姫を美しいと言う。ご丁寧に居場所も告げていたため、お后様は変装して小人の家を訊ね、魔法で作った毒リンゴを食べさせて殺害成功。


 悲しんだ小人達はガラスの棺に白雪姫を寝かせて保管しておいた。

 時間が経ち、森に迷い込んだ王子様が死体に魅了されて、棺を譲ってほしいと頼む。どうやら王子様はネクロフィリアの素養があったらしい。


 運んでいる途中に王子様がガラスの棺を落としてしまったが、衝撃で毒リンゴを吐き出した白雪姫は目覚める。その後は結婚してハッピーエンドという形になる。


 因みに配役は以下の通り。

 白雪姫……藤原才華。

 お后様……秋野笑里。

 魔法の鏡……泉沙羅。

 狩人……隼速人。

 王子様……熱井心悟。

 七人の小人……、霧雨和樹、斎藤凪斗、夢野宇宙(そら)、真崎信二、クロエ・スペンサード、灰島シャルロッテ、鈴木渡。

 毒リンゴ……神谷神奈。

 総監督、ナレーション……夢咲夜知留。

 裏方……その他生徒達。


「ずっと言いたかったんだけど毒リンゴ役って何だよ!? ねえこれいる!?」


 神奈は総監督も務めている夢咲へと大声で抗議する。


「演じることでよりリアルさが追及出来るんじゃないかと思って」

「どっかでリンゴ買ってきた方がリアルだと思うけどね!?」

「当日はあれを着て出演してね」


 そう言って夢咲が指さした方向にはリンゴの着ぐるみ。

 足が若干出るだけで体も頭も覆われてしまう大きな紫色のリンゴだ。視界は顔部分に開けられた小さな穴二つからしか確保出来ないし、脚も爪先が出る程度なので動きづらそうだ。嫌なので神奈はあからさまに顔を歪めた。


「あ、総監督。その、最後のキスシーンって本当にやるのかしら」


 若干頬を赤く染めた才華がもじもじしながら確認する。

 超優秀な彼女もこういったところは歳相応であり、あからさまに恥ずかしがっていた。気持ちは神奈だって分かる。


「やっぱり嫌?」

「嫌ってわけでは……ただ、その、本当にやるのかなあって」

「別に唇同士で触れなくていいんだよ。やったフリでいいんだから」

「あ、そ、そうよね! フリでいいのよね!」


 観客からは棺の中なんて見えないし誤魔化しは利く。キスしたフリでも十分騙せることに気付いた才華は安心した様子になり、熱井と一緒に偽キス練習を始めた。


「総監督ちょっとラストシーンで疑問があるんだけ、ど」


 今度は魔法の鏡役の泉が夢咲に近寄る。


「ラストの結婚式でお后様を殺さなくていい、の?」


「すごい物騒なこと言い出した!」


「いえ、おかしな提案でもないわ。実は本によってはお后様が死ぬし、最期のパターンも違うの。日本でよく知られたのは映画でやってた雷に打たれるパターンね」


 夢咲が言うには、白雪姫にはいくつも種類があってお后様も死ぬらしい。

 熱した鉄の靴を履いた状態で死ぬまで踊らされたり、白雪姫が生きていることを知って狂い死んだり、白雪姫が花嫁と知ってショック死したり、怒りで鏡を叩き割ったら破片が心臓に刺さってしまったりだ。残酷な描写もあるのに神奈は少し驚いた。


「今回のところ、お后様は狩人に罪を告発されて牢屋行きにしようと思うの。そうすれば人によってその後の展開が想像出来るでしょ? 死んだらそこで終わり。生きたまま終われば見た人の想像次第ってね」


「納得したよ、さすが我らが文芸部部長だ、ね」


 よく考えられていると神奈も思う。だから、気になるのは一つだけ。


「なあ、本当に毒リンゴ役って必要?」

「さあみんなもう一回最初からやり直そう! 時は有限だよ!」


 もう何を言っても無駄と悟った神奈は、大人しく毒リンゴ役に甘んじることにした。出番が少ないのはいいが出来れば裏方に回りたかったのである。もうそれは叶わないのでため息を吐き、自棄になり気味だが練習に集中する。



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